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ポストコロナ時代の看護学教育―EBN志向のテキスト活用から考える

ポストコロナ時代の看護学教育―EBN志向のテキスト活用から考える

2024.01.30深井 喜代子(東京慈恵会医科大学大学院非常勤講師/岡山大学名誉教授)

看護学は不屈の実践科学である

 「看護(学)は人々の健康生活を支援する方法を探究し、万難を排して現実社会にその成果を活かすことを目的とする、不屈の実践科学である」といっても過言ではないだろう。
 令和6年(2024年)は信じ難いような残酷な出来事が起こる中で始まった。元日に能登半島を震源とする巨大地震に次いで、翌2日に起こった前代未聞の航空機同士の衝突事故……人間はいったいどれだけこのような悲惨な体験を強いられなければならないのか。被害状況を伝える報道画面には、いち早く現地に赴いた災害医療チームの中で看護者たちが粛々と活動する姿が映し出されていた。
 思えば、ほんの数年前、世界中を絶望の淵に陥れたコロナ禍によって看護界も大きな試練に直面した。実践活動はもちろん、教育も研究も突然に平常の営みを奪われた。しかしながら、他のすべての社会活動と同様に、看護界も関係者が一丸となって目指す目標への迂回路や新たな方略を探索・開拓することに専心し、驚くほどの速さで立ち直った。さらには(ビフォーコロナより)一歩前進したことを自覚し始めた矢先であった。
 人々の平穏な暮らしにおいてはもちろんだが、コロナ禍や戦争、そして巨大地震など自然がもたらす不可避の大災下でも、看護者は常に被災者のそばにいて今まさに必要とされる支援活動にたずさわる。この強靱なプロ意識は彼らが拠り所としてきた看護学という不屈の学問によって育まれてきたといえよう。
 本稿では、社会がこうした苦難の中にあっても粛々と活動する有能な看護者を育て、看護学を進歩・発展させ、ひいては看護の重要性を社会によりアピールする方法を、EBN志向のテキスト活用を提案しながら考えてみたい。

EBN志向を育む方略としての基礎看護学テキスト

 『基礎看護学テキスト 改訂第3版』が2023年暮れに南江堂から出版された。その副題の“EBN志向の看護実践”という句は2006年の初版から掲げてきた。『基礎看護学テキスト』が通常の看護基礎教育のシリーズ本から独立しているのは、本書が(南江堂の)シリーズ本製作に先だって企画・出版されたからという至って単純な理由からである。ただ、当時の看護学者なら2000年前後から医療界を席巻した“Evidence-Based”という概念を少なからず意識していたはずである。
 わが国では1990年代に看護学教育の四年制大学化が急ピッチで進んだが、看護学の教科書はケア技術のマニュアル本のようで、そもそも看護学領域の論文(原著)は驚くほど少なかった。それゆえ、編者らはEBN志向の看護実践の実現のために、ぜひとも学の根底を成す基礎理論(理論的根拠)を随所に示しながら看護(学)を解説した(いわゆる既存の専門書のような)テキストを世に出したいという思いがあった。そのポリシーこそが看護の学と実践を進化させ、すべての看護者が自らの専門性に自信と誇りをもつことにつながると考えたからであった。

基礎看護学テキスト(改訂第3版)
 ―EBN志向の看護実践

編集:深井喜代子/前田ひとみ
428頁,2023年12月
定価: 5,940円(本体5,400円 + 税)
 
 

デジタル化社会の初学者とは 

 急速にIT化・ICT化が進むデジタル化社会において、看護実践者の養成にたずさわる者は学生の思考回路がどのようであるかを心得ておく必要があるだろう。特にスマートフォンが普及する以前に教職に就いていた世代は要注意である。というのも、筆者のようにハンコや紙媒体によるホンモノ認証が主流の時代に学校教育を受けたいわゆるアナログ世代と現代の若者とでは、新しい概念を理解する際の脳内での処理過程が異なっているように思えるからである。
 コロナ禍を体験した世代は言うに及ばず、最近の学生は身辺の多くのものがデジタル化した環境下に生まれ、育った。彼らは二足歩行する前から知育遊びの1つとしてタブレット等デジタル端末を操る。会話が出来るようになるころには、アナログ時代の人間とはけた違いに優れた速度と許容量を持つ大脳の情報検索能力(処理能力ではない)を身につけている。 “プラットフォーム”“クラウド”“ローミング”などといったアナログ世代には既知の英単語が、IT用語としての新たな意味をもって瞬く間に日常語となっていく。中年以上の教師が時代に追従するのは容易ではないが、学生たちは両者を包含した単語としていともたやすく吸収していく。この学生の持つ“強み”を教師は心得ておくべきである。
 ただ、彼らが扱う個々の情報は簡単明瞭なだけに比較的紋切り型かつ一面的で、それだけで説や理論のように反論に耐えうるストーリーを成すものでなはい。一般に、彼らは膨大な数の問いそれぞれの正解は知っているが、臨地実習でそれらを活用するのは苦手である。言い換えれば、彼らは多くの選択肢を所持しながら、多様に変化する現実社会の中で展開される看護問題に臨機応変に対応するための意思決定力には長けていないということになろう。考え(選択肢)が頭の中でパッチワーク状に並んでいるが、それらを関連づけて解決策を見出す方法(tips)に習熟していないのである。そこで、特に看護基礎教育にたずさわる私たちは、学生の情報検索能力という強みを看護問題の解決に活かす教育方法を工夫する必要がある。その方略の1つがEBN志向の教科書の活用だと筆者は考えるのである。

教科書活用がデジタル-アナログ連結思考の鍵となる

 一般に、書籍、とくに学習書の編著者はその内容を読者に十分に理解し役立ててもらうために可能なかぎりの工夫を凝らすものである。デジタル化世代のデジタル脳にアナログ思考を馴染ませることで創造する力を育てることは、教育者の理想とするところだろう。本稿で紹介する『基礎看護学テキスト 改訂第3版』にも、筆者は常套的なレイアウトにいくつかの“こだわり”を込めた。
 その1つは“目次”である。目次には大・中・小の項目が並ぶので、これらを人や大樹などの事物に見立てて図式化するような課題を出して、学生自身で看護学の全体構造を発見してもらうのも面白いかも知れない。目次の並びは編著者によって幾分異なるが、揺るぎない普遍的な共通構造があるからである。
 2つ目は、テキスト全体に貫いたEBN志向である。例えば個々のケア技術には、初版から可能な限り最新のエビデンスを示すようにしてきた。原著論文からの理論やデータの引用方法、文献列挙の方法も標準的な学術雑誌に準じたルールがあることを伝えている。
 その3つ目は適所に“欄外説明”を置いたことである。これは拙著『新・看護生理学テキスト』(南江堂,2008年)の、「ひっかかる用語が出てきたら、他書に頼らないで読み進められるように、その用語の至近場所に説明文を置く」というポリシーを踏襲している。この欄外説明にももちろんEBN志向が貫かれ、標準的で信頼性の高い、現時点での最新の情報が記載されている。この配慮は、学生がスマホなどで用語を調べる際に情報のサイト(出典)や内容(正否や質など)の判断力を養うのに役立つはずである。
 4つ目に、第3版では“コラム”として、看護学界でトレンドな用語を抜粋し、個々の執筆者の“こだわり”を込めて紹介・解説した。ここにはいくぶん独断と偏見が見えるかもしれないが、“研究的思考”を養う材料として活用できよう。学生が「面白い」「こういう考え方もあるんだ」「ほかに似たような説はないか」などと思考を展開するようになればしめたものである。
 そして最後5つ目に“索引”である。手前味噌になるが、基礎看護学の教科書に和洋両方の索引を載せたのは本書の初版が初めてだったように思う。第3版では和文の索引数は看護学領域の他書に比べてとびぬけて多い印象だが、図らずも国家試験出題基準の用語のほとんどをカバーする結果となった。日常的にスマホ検索に親しんでいる学生たちでも、知りたい用語が大方索引に載っているばかりか得られる情報が保証付きだとわかると、索引を頼りにするようになるだろう。開いたページの記載内容と(いちいちサイトを訪問しなければならない)スマホ検索では信頼性と利便性が格段にちがうからである。実は、手の込んだ索引では、一見単語の羅列のような“索引を読む”ことで用語のより深い解釈が導かれることもある。

 筆者がテキストに込めたこれらの“こだわり”を活用する具体的な方法を教師が学生に示すことは、デジタル思考脳の学生たちの意思決定力を育てる“仕掛け”あるいは“tips”になるかもしれない。それには、教師が基礎看護学の講義に入る前に上述したようなテキストの読み方や効率的な活用方法(たとえば索引の用語を辿りながらスマホで検索するなど)を紹介する、という一手間が必要となろう。なぜなら教師はアナログ思考とデジタル思考の利点と欠点を知り、両者を巧みに組み合わせて専門性を磨いてきた看護学研究者だからである。

基礎看護学は多様な読者を許容する

 “看護学概論”が膨大な看護学を入り口付近で紹介する入門書なら、“基礎看護学”(“基礎看護技術”ではない)は看護学の門を数歩進んだ応用編、すなわち“臨床あるいは臨地看護学”に直接つながる専門書である。看護学を専攻する初学者が基礎看護学のすべてのコンテンツをマスターしなければならないのは当然だが、専攻学生でなくても医師や薬剤師、理学または作業療法士などの医療専門職、さらには人の健康問題に深い関心をもつ一般の人々など世代やアイデンティティを問わず、基礎看護学は学び応えのある教科である。それと言うのも、看護学の教科書には複雑な数式や暗号めいた略号はほとんど出てこず、保健・医療・福祉に関連した国民生活にとって重要な法規や要綱が更新・掲載されており、その上で人々の日々の暮らしという次元で健康関連事象を丁寧に扱っているので、たとえば“衣服”や“手洗い”のように中学生や小学生でも容易に理解できるからである。
 仮に『基礎看護学テキスト』の番外の読者を想定するなら、医療最前線で最も身近に協働することになる医学生やベテランの看護実践者であろう。前者には少なくとも看護学概論を、そして彼らになじみ深いEBN志向をコンセプトにした『基礎看護学テキスト』をアドバンストな自習書として薦めたい。そして、長年の経験で現場の臨機応変の対応・処理には長けているが学術情報に触れる機会が少ないであろう後者が懸念する自身の知識や技術の保持・向上を助けるだろう。さらには、家庭の一主婦が本書を拾い読みして介護や人付き合いの参考にしているという話を耳にしたこともあり、基礎看護学書には一般の人々をも引きつける力があることを改めて認識したところである。

 以上、『基礎看護学テキスト 改訂第3版』の出版に際して、EBN志向の看護学教育の意義と方法について考えるところを述べさせていただいた。将来、紙媒体の教科書の運命さえ危惧されるポストコロナ社会において、本書がデジタル化世代の弱点をカバーしながら論理性・創造性を育む一助を担うことを願ってやまない。

(おわり)

基礎看護学テキスト(改訂第3版)
 ―EBN志向の看護実践

編集:深井喜代子/前田ひとみ
428頁,2023年12月
定価: 5,940円(本体5,400円 + 税)

<内容紹介> 研究データに裏付けされた看護実践の実現を目指し,基礎看護学の広範で多様な内容について可能なかぎり多くの根拠を示しながら解説した好評テキストの改訂版.今版では,新しいエビデンスをもとに全体を見直し,新項目として「ゲノム医療と看護」「情報テクノロジーと看護」「排便障害とケア」等を追加.看護の科学性を希求する高い志と深い学びをサポートする,看護学系教員,看護学生必携の書.
https://www.nankodo.co.jp/g/g9784524234950/

深井 喜代子

東京慈恵会医科大学大学院非常勤講師/岡山大学名誉教授

ふかい・きよこ/岡山大学理学部で動物生理学を専攻後、川崎医科大学生理学教室助手として神経生理学研究に従事(医学博士)したのち、高知女子大学(現・高知県立大学)で看護学を学ぶ。3年間の臨床経験ののち、川崎医療福祉大学、岡山大学、東京慈恵会医科大学で教鞭を執る。日本看護研究学会、及び日本看護技術学会の理事長を歴任。2022年3月に現職を辞して国際誌の編集委員を務める傍ら門下の論文指導にあたる。多趣味だが暇がないことが悩み。

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