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第10回:看護教育のスタート地点に立ったあなたへ

第10回:看護教育のスタート地点に立ったあなたへ

2022.10.21渕田 英津子(川崎市立看護大学看護学部 教授/地域連携推進センター長)

 大学を卒業後、看護師経験や保健師経験を経て大学院に進み、そして教員としてのキャリアを歩み始めたあなた。大学院を修了してやっと出発点に立ったところですね。
 あなたは今、どんな看護職を育てたいと思っていますか? あなたは、大学院で学びながら「自分はどんな看護教育をしたらいいのだろう?」と考え続けてきました。これから教員として歩む過程で、日々の業務に追われて余裕がなく、時に自分の看護観や教育観を学生に押しつけがちになり、自分が本当にしたい看護教育を見失ってしまうこともあるかもしれません。
 今日は、あなたが教員として何を大切しているのか、その原点はどこにあるのか、これまで歩んできた看護の道のりを振り返ってみたいと思います。

確かな学びのために教育の質を問い続ける

 あなたの教育者・研究者としての原点のひとつは、間違いなく学部教育です。あなたは先生方に見守られながら、看護や教育に必要な基本的な知識を教わるとともに、自分の看護観や教育観の基礎をはぐくんできました。
 特に小児看護学の演習では、グループごとに事例が提示され、おのおのの事例患者に必要な看護を自分たちで考えました。本当の患者のように、事例の状況は授業のたびに変化します。予測した通りの経過であることも、そうでないこともありました。患者の情報を得て、病態の理解はもちろん患者や家族のニーズは何か、どんな職種と連携するとよいかまで、グループでディスカッションを重ねました。あなたの記憶にこの演習が強く残っているのは、「深く考えたい」「突き止めたい」と思わせてくれる学びの方式に、楽しさや強い興味を覚えたからでしょう。授業における仕掛けの大切さを、実はあなたは学部生の頃に教わっていたのです。
 探究の面白さや、学生が興味を持てる教授方法の重要性を教えてくれた化学の講義や実習、自分の価値観だけで物事を捉えないことや根拠のある分析の大切さを学んだ法学の模擬裁判…。探究の楽しさや「なぜ?」を掘り下げる視点、多様な価値観の尊重など、教養科目での学びもまた、あなたの看護や教育の礎を築いてくれています。

 自分が受けてきた学部教育のような素晴らしい学びを学生に伝えたいあなたは、自身の教育の質を上げなければなりません。
 看護学は日進月歩、情報がアップデートされていきます。あなたは、学生たちに最新の情報を伝えたいと思っています。そのために、自分自身が変化に敏感になり、探究心を生かして情報を得続けましょう。しかし、あくまで学びの主体は学生です。ただ知識を教えること以上に、自ら「考えたい」と思える姿勢が定着し続けることの重要性を、あなたは身をもって感じているでしょう。それならば、学生の興味関心を引くような問いかけをしてみましょう。
 たとえば食事制限が必要な療養者への看護を考える時は、「もし、突然、自分が好きなものを食べられなくなったらどう思いますか?」というように、学生にとって身近なことを足がかりとするのです。

個々の価値観を大切にすることを伝える

 保健師として働いていた頃、地域住民のある男性との出会いをきっかけに、価値観が違う人とのかかわりについて本格的に考えるようになりました。長く妻を介護していたその男性は「行政の世話になりたくない」と保健師の家庭訪問を拒み続けていました。関係を築くための第一歩として、あなたは「どうしたら家に入れてもらえるだろうか?」と考え、まずは地道に通い続けることを決めました。
 訪問を繰り返していると、男性は少しずつ心を開いてくれるようになりました。「お金はかかるのか」「家で最期を迎えたい」「若い頃は…」と男性の価値観や人生観をお伺いさせていただくようになりました。しかしある時、男性が使用済みのおむつを干して繰り返して使っていたのを見つけ、感染を案じて新しいものを使うようにアドバイスをしたら、あなたは男性から「もう、帰ってくれ」と言われてしまいました。

 今のあなたなら、自分とは異なる相手の価値観に自分のものさしで踏み入ってしまい、それまでの生活が崩れるのを恐れた男性にかかわりを拒まれてしまったのだと考えると思います。
 相手が大事にしていることを知ろうとせずに、看護職としての役割を優先してしまった苦い経験を教育に活かしてください。教員として、学生にああしてほしい、こうしてほしいと思っても、まずは学生のペースや理解度、おのおのの価値観を踏まえて、どのように導くことが学生にとって最善なのかを考え、個別性を大事にした教育に取り組んでください。あなたの価値観ではなく、学生の価値観を聴いてみてください。
 看護師・保健師としては患者や対象者の個別性を大事にできていても、教育の現場に来ると途端に学生の個別性に目が留まらなくなってしまうこともあるかもしれません。そのような時は、焦る前に、学生とのかかわりを楽しみ、学生のよいところを探してみてください。コミュニケーションが苦手でも、実習記録を上手に書ける学生がいます。その逆の強みと弱みを持つ学生もいます。カンファレンスの資料や会場の準備や片付けを率先してするような、視野が広く気遣いができる学生もいるでしょう。学生の強みと弱みを知り、学生の価値観も大切にしながら学生らしく成長することが大切だと考えます。

 学生自身の価値観を大切にすることに加えて、他者の考えや価値観を尊重することの重要さも丁寧に伝えていきましょう。「この(事例の)患者の疾患、認知機能、生活機能、価値観をどう捉えますか?」と近くの学生とディスカッションをさせ、私だったらこうする、私以外の人だったらこうすると周囲と考えを共有できる機会も大切です。患者や家族、かかわる他職種の人たちの価値観も重んじること、自分と違った意見があって当たり前だということを理解すると同時に、診断や治療方針など、職種や立ち位置によらず同一の理解が必要な情報があることも知ってもらいましょう。
 目指すところは、確実に看護技術ができることだけではありません。患者や家族が自分が受けた看護に対して何を感じたか、不安や心配なことはないかなど、それぞれの価値観から生じる気持ちや生活を踏まえた個別性のある看護を思考して実践できる、そんな教育をしていきましょう。

“こんな看護職を育てたい”という確固たるビジョンを持って

筆者の看護教育観を象徴する「オリジナルマーク」

 冒頭、あなたに「今、どんな看護職を育てたいと思っていますか?」と問いました。あなたは経験を積んでいくにつれ、きっと“思考力のある看護職”を育てていきたいと強く思うようになるはずです。物事や看護の対象に興味関心を持って深く考えること、自分や周りの人たちの価値観を大切にすること、そのどちらにも思考力は欠かせない大切な力だと考えます。

 「思考力のある看護職を育てたい」というビジョンが見えると、そのためにどのような教育をしたいかも明確になります。「思考力を鍛えるためにはどうすればよいだろう?」と考えた未来のあなたは、講義においてディスカッションや発問を増やし、知識の確認を兼ねた振り返り用紙を毎回用いて学生の学びの確認や疑問を大切にしています。また、振り返り用紙にコメントを添えて次の講義で返却するようにしています。
 こうした相互性のあるコミュニケーションを大切にすることで、学生たちも「この授業では自分の意見や思ったことを何でも言語化してよい」と安心し、他者の意見にも関心を向け、思考が深まっていくことを感じてくれると思います。“どんな教育をしたいか”について一本芯の通ったスタンスを持てば、自分の方向性が見えるだけでなく、学生たちにもその意図が伝播し、相互理解のもとに身に着けてほしいことをしっかり学び取ってくれるはずです。

 これからの教員生活において、これでいいのかと迷いが生じる時があるでしょう。しかし、迷いは新たな気付きにつながることが多いです。自分の教育者・研究者としての考えを自分のものとするために、周囲の先輩たちと積極的にコンタクトを取ってください。そして意見を頂いたら、咀嚼して自分の中に落とし込んで、自分の考えに昇華させましょう。
 「あの人がこう言っていたからこう」ではなく、「いろいろな人のアドバイスを受けて私はこう考える」と言える、自分自身の“考える力”も磨き続けながら、理想の看護教育を突き詰めていきましょう!

渕田 英津子

川崎市立看護大学看護学部 教授/地域連携推進センター長

ふちた・えつこ/北里大学看護学部卒業、浜松医科大学大学院医学系研究科看護学専攻修士課程、山梨大学大学院医学系研究科ヒューマンヘルスケア学博士後期課程を修了。病棟看護師、行政保健師の経験ののち大学教員となる。2022年より現職。大学教員として教育・研究に真摯に取り組む大学教員や看護職のリーダーの育成を目指している。現在は学生、地域住民、関連機関、教職員共同型地域包括ケアシステムの構築と、包括的な視点で高齢者や認知症高齢者を理解できる老年看護学教育を試行錯誤しながら取り組んでいる。

企画連載

リレー企画「あの頃の自分へ」

本連載では、看護教員のみなさまによる「過去の自分への手紙」をリレーエッセイでお届けします。それぞれの先生の、“経験を積んだ未来の自分”から“困難に直面した過去の自分”へ宛てたアドバイスやメッセージをとおし、明日からの看護教育実践へのヒントやエールを受け取っていただけるかもしれません 。

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