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第11回:看護を志す、すべての若き人びとのために~自律編~

第11回:看護を志す、すべての若き人びとのために~自律編~

2023.11.22川瀬 貴之(千葉大学大学院社会科学研究院 教授)

 さて、第10回までは、自律について論じてきましたが、私の専門である法哲学や、私の個人的趣味に引き寄せた  話題ばかりで、少し面食らった方も多かったと思います。

 そこで、自律に関するお話が、ひと段落したので、今回は、奇をてらったたとえ話や、ややこしい言い回しはやめにして、看護の実践の現場で、自律の価値を尊重するために、みなさんにとって重要であるだろうと私が思っていることを、私自身の大学病院での経験も踏まえて、率直に、飾らない言葉で話したいと思います。

  ちなみに、タイトルにある「若き」というのは、もちろん暦年齢(いわゆる年齢のことです)ではなく、みずみずしい感受性で新しいことを意欲的に学ぼうとする、すべての人に向けられています。

インフォームド・コンセントを取ること

 看護の倫理や生命倫理で、自律の価値を尊重するための具体例として、最もよく挙げられるのが、関係者、特に看護の対象者の、インフォームド・コンセントを取ることです。標準的な看護過程の様々な場面で、そして臨床研究にともなう看護介入においてはなおさら、患者さんや、そのご家族に、自分たちがやろうとしていることをしっかりと説明し、納得していただくことが必要です。

 インフォームドとは、情報を与えられた、という意味ですが、具体的に、誰に、どのようなことを、どのように説明すれば十分なのかは、前もって理論的に決めておくことが、たいへん難しいことです。まったく不可能ということはないと思いますが、おおまかにしか決めておくことができないでしょう。なので、現場での臨機応変な判断や微調整が大切なことになります。

 重要な場面においては、インフォームド・コンセントは、既定の書式を用いて、署名によって行い、証拠として保管するという形式が求められると思います。もちろん、これはこれで、行政的・法的にたいへん重要なことです。

 しかし他方で、このような記録は、あくまでも形式的なものであり、かんたんに形骸化してしまうという欠点もあります。看護におけるインフォームド・コンセントの重要性は、そのような形式的なことがらにとどまるものではありません。したがって  、看護の実践は、より実質的で、より包括的な判断が求められるものであり、総合的な人間力と高い責任感をもって行われるべきものと言えるでしょう。

たくさんのコミュニケーションを取ること

 インフォームド・コンセントの取得において、まずは何より大切になるのは、患者さんご自身の意向を確認することです。しかし、直接に本人とコミュニケーションすることが難しい、乳幼児の方、認知症や精神的な疾患・その他の重症(重傷)による意識不明などでコミュニケーション能力に不足のある方、日本語の能力が十分ではない外国出身の方などに対しては、ご家族をはじめ、適切な代理人の方とのコミュニケーションも重要になります。主に代理の方と対話するときには、代理の方が本人の意思や利益を最もよく代弁する能力と資格を備えているかどうかを、確認することも重要です。

 また、関係者の意思の確認は、一度行えば済むというものではありません。人間  の価値観や考えかたは、時の経過とともに変化する 可能性もありますから、インフォームド・コンセントという厳格な形式にこだわらずに、日ごろからこまめに、些細なことでもよいので、会話を積み重ねて、意思を再確認することが必要です。

 ちなみに、些細なこと「でもよい」と書きましたが、むしろ、こういう細かい雑談にこそ、関係者の意思や考え方を正確に理解するためのヒントが含まれていたりしますから、後で「言った言わない」の争いにならないように、また誤解やすれ違いのないように、普段からやり過ぎと思われるくらい、会話することが肝要と思われます。

 なお、倫理の文脈では、自律とは、通常は個人の自律を指すことが多いですが、集団の自律も大切です。職場のチームが、効率的に動くためには、スタッフの間のコミュニケーションがとても重要です。人間の体が有機的に統合されずバラバラでは、運動することができないのと同じように、スタッフの間の意思疎通に問題がある組織が、良い仕事ができるとは思えません。

記録を丁寧に扱うこと

 最後に、技術的で細かな点ですが、インフォームド・コンセントに関する記録をしっかりと管理することも重要でしょう。昨今、報告されることが、とみに増えている不適切な事案・インシデントは、情報の取り扱いに関するものです。どのような業界であるかに関わりなく、現在の日本社会の現場の忙しさは、どこも目を覆うばかりですから、第一線で戦っているスタッフにとって、書類や電子データの整理という仕事は、目の前の生きている人間のニーズに対応することと比べると、どうしても後回しになってしまうこともあるかもしれません。

 しかし、自分自身の情報、特に病歴のようにプライバシーに関わる   情報が、適切・厳格に記録・保管されていることへの社会的な要請は、かつてないほどに高まっています。情報は、その人そのものである、という意識で、大切に記録・保管してください。

* * *

 自律は、多くの哲学者が、人間の人間たるゆえん、あるいは人間の尊厳の根源である、と考えています。いわば、人間の魂のありかのようなものです。あなた自身の魂が、あなたが向き合うたくさんの人たちの魂が、あなたが働くチームの魂が、しおれることなく生き生きと輝き続けるために、自律の価値をぜひ大切にしてください。

川瀬 貴之

千葉大学大学院社会科学研究院 教授

かわせ・たかゆき/1982年生まれ。専門は、法哲学。京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科法政理論専攻博士後期課程修了。博士(法学)。千葉大学医学部附属病院講師などを経て、2022年10月より現職。好きなことは、旅行、娘と遊ぶこと、講義。耽美的な文学・マンガ・音楽・絵画が大好きです。好きな言葉は、自己鍛錬、挑戦。縁の下の力持ちになることが理想。

企画連載

人間の深淵を覗く~看護をめぐる法哲学~

正しさとは何か。生きるとはどういうことなのか。法哲学者である著者が、「生と死」や「生命倫理」といった看護にとって身近なテーマについて法哲学の視点から思索をめぐらし、人間の本質に迫ります。

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