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第12回:EBP実装ダンジョン~攻略のための7つの謎解き

第12回:EBP実装ダンジョン~攻略のための7つの謎解き

2023.03.24酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 カピバラの3月は、国際EBP月間でした。東京マラソンで来日していた、実装研究のきら星のようなUSAの教授と銀座でミーテイングしたのを皮切りに、EAFONSのワークショップでJapan EBP千葉の活動紹介、そして、この活動紹介で焦点を当てた大学病院のEBP研修の成果発表会と、毎週のようにEBP関連の行事が続きました。なので、EBP実装について考えることに浸った1ヵ月でござった。
 時折いただく「読みましたよ」「おもしろかった」のお言葉に支えられ、この連載も、時々低空飛行、着陸は常に胴体着陸的になんとか1年間続けることができましたが、今回は、1周年記念(祝!)として、EBP実装ダンジョンの攻略のカギとなる事柄について書いてみたいと思います。

EBP実装はダンジョン攻略だと考えると

 研究成果は実践と教育に実装され、初めて患者・利用者・家族・コミュニティに届くわけなので、エビデンスをつくったら、どのように「現場」に組み込むのかについてもよく考える必要がある。これが医療系の研究っていうこと。しかし医療現場、教育現場は、これが患者にとって良いことであるよと研究でいくら明らかになったとしても、サクっと変化するわけではありません。そこでEBPの実装を成功に導くために、いつ誰に何を働きかけるかということについて、やることの「順番」があります。そしていろんな研究者がいろんな立場で、EBP実装のための考慮すべき要素と順番をモデルにした「フレーム」を発表しています。共通しているのは、ケアを改善する、実践の質を上げる、社会を良くする、というEBPの目的かなと思います。ですので、自分たちが使いやすいフレームを見つけるといいのかなと思います。
 ケアを改善しようと思ったら、チームをつくり、段取りを決め、装備を整えて、どこにラスボスがいそうか、あたりをつけてスタートさせましょう。RPGのダンジョン攻略と同じです。ケアの改善のスタートは通常業務ではなくプロジェクトです。このプロジェクトで良い結果が得られるようなら通常業務に組み込んでいき、定着を目指すのです。

 これから説明するのは、Menlyk博士(Melnyk BM)が提唱する7つのステップに基づいています(7つのステップについてのさらに詳しい解説は、こちら https://ebp-research.themedia.jp/posts/21541307をどうぞ。カピバラのお若い友だちの友滝愛先生が精力的に更新しているブログです)。

ステップ0:「聖なる牛」を見つけたら?

 この連載の第2回「聖なる牛を探せ」で、みんなにエールを送りましたが、現場の看護師たちは、この聖なる牛探しが大好きで得意です。さあ、病棟の聖なる牛を探してみましょうとワークショップをするたびに、「うちの病棟は牛だらけです。牧場です」とワイワイきゃわきゃわ盛り上がるのです。伝統的なケアに対してこれまで何か言いたかったけど、なんか集団圧力的なものに気おされて言えなかった、でもやはりわたしのこの違和感は間違ってなかった、というような気持ちになるんでしょうね。
 「牛を見つけた、この牛をなんとかせねば」という気持ち、これがダンジョン攻略のミッションが下りてくる瞬間です。この時、なんとかせねばと思った人はまず声を上げ、仲間を見つけましょう。EBP実装にはチームが必要です。同じような疑問、違和感を覚えている同僚がいるはず。どうにも見つけられる気がしない場合は、師長さんや主任さんといった病棟のことをよく知っている人と話してみましょう。師長さんや主任さんが聖なる牛の飼い主だった(!!)場合の対処は、需要があるようならまたいつかの機会に(カピバラは最近、牛の飼い主的管理者にはほとんど遭遇しないんですけどね)。
 カピバラの経験では、このステップ0を組織内の研修に組み込むことにより、「研修だからやる」という大義名分ができ、たとえ集団圧力の強い組織でもケアの改善を考えやすくなるような気がしています。また組織の優先順位に即した牛の退治方略を考えることも重要です。たとえば医療安全重視の方向性が明確な組織なら、「この課題を解決すると患者の安全が格段に向上する」といったような課題から取り組む、働き方改革が焦点になっている組織なら「このエビデンスを実装することにより生産性、効率性が上がる」というような課題に取り組む、などのことです。また効果がある程度すぐに明確になる課題を選ぶのも重要です。効果が出そうな課題とは、発生頻度が高い、影響を受ける患者の数が多い、比較的シンプルな方法で解決できそう、みたいなことです。

ステップ1:ダンジョンのマップを見つける~臨床疑問の定式化

 改善すべきケアを見つけたら、それを解決可能な臨床疑問として表現しましょう。誰に対しての(population)、どんなケアが(intervention)、何と比べて(comparative)、どんな効果があるのか(outcome)を具体的に書いてみましょう。これがいわゆるPICOです。これをつくって、疑問を文章にする。そうすると、どんな領域のどんなケアで、求める成果はどんなことなのかが形になり、キーワードが決まってきます。大きな牛に見えていたものに対して、これとこれを調べて、これとこれを比較して、何をゴールにしてどんな順番でやるのかと、解決の道筋が見え始めます。ダンジョンのマップを手に入れるということですね。
 これには思考実験といいますか、思考のコツみたいなものがあるので、できればPICOを考えるスキルを有している人、たとえば大学院を修了している高度実践看護師の方々、看護管理者、大学の教員、研究の経験がある医師などにコンサルテーションできると良いと思います。あと、PICOはたくさんつくってみることが大切です。宝くじは買わないと当たらないと言いますか、鉄砲も数打ちゃ当たると言いますか、10個くらいPICOをつくってみれば1個くらいはいい感じのものができるかもしれません。気軽に取り組むのが大切です。

ステップ2&3:装備を整える~情報収集と情報の吟味

 どんなダンジョンなのか、が見えたら、装備を整えます。エビデンスを収集し、そのエビデンスが信頼でき、妥当であるのかを吟味して、「どんなケアを実装するのか」を決めるのがステップ2と3です。現場で働くみなさんが自分たちのケアを改善するための情報を集めて点検する時には、ちょっとしたコツがあります。それは既存の診療ケアガイドラインがあるのかをまず調べることです。「Mindsガイドラインライブラリー(https://minds.jcqhc.or.jp/)」は日本語で調べられますので、おすすめです。ガイドラインがあるなら、もうそれである程度装備が整います。
 ガイドラインが発行されていないことがはっきりしたら、システマティックレビューを行っている2次文献を探して読みましょう。システマティックレビューが見当たらない場合、潔くそのネタは保留にして寝かせておきましょう(研究者はここからが勝負です。先行研究を網羅的に読み知識のギャップを見つけるのが、研究のスタートライン)。臨床のみなさんがEBP実装を行おうとする時は、研究論文がある程度たくさんあり、一定の見解が得られている(つまり診療ケアガイドラインに載っている、システマティックレビューが複数公開されている)事柄を選んでEBP実装を行うことが第1選択となります。
 しかしこのステップが臨床のみなさんにとっての大きな障壁になることがあります。論文を読むのが苦手、ガイドラインを探すのも難しい、入手したけど、自分のPICOと照らし合わせてみるとゲシュタルト崩壊が起きて、「わたし、何のために何を探していたんだっけ ??」みたいになることありますよね。ここでは、さっきも言いましたけど、探して読んでまとめるスキルを有している賢者を召喚する、つまり論文検索と読解スキルの高い人(つまり研究者とかです)と友だちになり助けてもらいましょう。実は一番効果的なのは自分が論文を読めるようになることです。そのためには大学院でそのスキルを磨くというのがカピバラとしてはお勧めしたいところです。またガイドラインの中には購入しなければ入手できないものもあるので、そんな時に組織から予算を工面してくれる看護管理者がいるとより良いと思います。そもそも文献データベースを組織として契約しておいてくれないと文献を調べることもできませんし。そんなこんなのEBPの知識とスキルの獲得と、環境の整備が進むと、ステップ2&3は大きな障壁ではなくなるように思います。このステップ2&3で研究者と実践者のコミュニケーションが進めば、研究者にとっては現場に即した研究の進め方を理解することにつながりますし、臨床ではケアの改善が進みやすくなります。
 「慣れてきたら文献を読むのが楽しくなってきました」と修士1年の前期くらいによく院生がきらりんと目を輝かせてつぶやくことをよく見聞きしますが、それってダムに水が溜まったっていうことなんじゃないかなと思います。ある程度たくさん読んでいくと、知識と知識の関係性が見えてこれがこうだからこれはこうなっているのね、と、どんどん使える知識になっていきます。そうなったら楽しくなるんです。ここまでチームおよび病棟で一緒に勉強しながらやってきたところは、もうEBPダンジョンの70%くらいを攻略してきたってことになります。

ステップ4:ラスボスにどう立ち向かうか~実践への適用

 ここまでで何をやるのか(エビデンスに基づいた実践の改善ネタ)を決めましたよね。たとえば、「消化器術後の腹帯着用を廃止する」「〇〇検査後のルーティンの血圧測定を中止する」「持続点滴中のミトンによる身体拘束を行わない」といった、“やっていたことをやめる系”の改善に取り組むチームもあるでしょう。「せん妄予防ケアのために、入院時に高齢者のせん妄リスク評価を行う」「ICUで挿管中の人の鎮静薬を徐々に減少するトライアルを導入する」など、“これまでやっていない新しいこと加える系”の改善に取り組むチームもあると思います。
 “やめる系”のEBP実装のキモは、現場のみなさんが「このケア・業務をやめても世界は終わらない」「このケア・業務をやめたら、患者家族の負担が減る」「わたしたちも業務が減りハッピーになる」と思えるようにすることです。“加える系”EBP実装のキモは、「これをやったら、患者の安全が、安心が、安寧がすごく良くなる」と実感してもらうことと同時に、業務整理をしてムダな業務を省き、業務量を増やさないことです。そしてEBPを実際に部署に導入する時には、「これをやったら患者もスタッフも楽になる !!」「今行っているケアは最新エビデンスに基づいているでしょうか?」「〇〇ケアは診療報酬にも組み込まれています。病棟でやれていますか?」みたいな、キャッチフレーズでもって部署のみなさんの興味と関心を引き付けましょう。なになに? と思ってもらってから実際の改善の概要と、必要な知識と行うべきケアスキルを説明する。そして1事例から始めて小さな成功を積み上げましょう。患者の良い変化を共有するなど、部署の中でのケアに関するコミュニケーションを増やしていくと楽しくできると思います。5~10事例でケア改善を試してみると確かに、患者(利用者、家族など)に良い変化が起きるんです。そこを確認をしながら進めていきましょう。

 ところで、看護師だけでできるEBP実装ネタはほとんどありません。昨今の医療では単一職種で完了する診療ケア業務はないのですから、医師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、栄養士などと協働しないと、ケアを改善することは難しいですよね。多職種チームでケアの改善を話し合う時の共通言語が、EBPであり、ガイドラインであり、研究論文です。そしてこの時の共通のゴールは、患者の安全、安心、安寧ということになります。

ステップ5&6:評価と祝福、そして普及

 患者に改善したケアをやってみて、10例くらいのうち、8例くらいに良い結果が出たとします。そうしたら、やりっぱなしではいけません。ダンジョン攻略は、脱出し宿屋に帰るまでがセット。なぜ効果があったのか、効果が出なかった2事例は何が要因だったのかをまとめましょう。そして、次の改善に生かす教訓を共有しましょう。これが評価です。そして、ダンジョン攻略が成功したことを院内発表会などで共有し、みんなで祝福しましょう。だって頑張ったんですからね。その結果、患者へのケアが良くなったわけですから、花火を打ち上げましょう。それが良いケアの普及につながります。良い評価を得るには、現実的なゴールを設定して達成していくことが重要です。壮大な長期的目標ではなく、3ヵ月くらい頑張ってみたら、こんなに良いことが患者とスタッフに起きたよ、ということをまとめてプレゼンしてお祝いするんです。そして次のダンジョンに進む。そうして経験値を上げていきましょう。

EBP実装のリーダーシップ

 EBP実装にはリーダーが必要です。カピバラの私見では、リーダーとは、メンバーをまとめて(このチームから離れたくないなと思わせると言い換えても良いかもしれません)、危険を察知し、進むべき方向性を指し示す役割の人。組織の方向性と部署の困りごとと、患者の安全、安心、安寧を結び付けて、ケア改善の方向性を見失わない人がリーダーになると良いと思います。
 そんなリーダーシップを獲得できると、さらに実践の改善が楽しくなるのかなと思います。リーダーシップの話はまたいつか書いてみたいと思います。

 

前回に引き続き! 日本老年看護学会 第28回学術集会のお知らせ

 

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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