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第5回:看護教員としてたくさんの壁に直面するあなたへ

第5回:看護教員としてたくさんの壁に直面するあなたへ

2022.05.06堤 国夫(滋賀県立看護専門学校)

 私が担当する精神看護学領域は、実習に際し学生が不安を抱きやすい分野です。看護のイメージを描きにくく、精神疾患の患者さんに初めて出会う学生がほとんどだからです。しかし実習を終えた学生らに対し「初日の自分が横にいたら、どうアドバイスしてあげるかな?」と問いかけると、「患者さんといっぱい会話ができるから、心配しないでいいよ」「自分のことをとても気にしてくれる患者さんだったよ」といった前向きな言葉が返ってきます。私はそこですかさず学生たちに「今の自分から過去の自分へのアドバイスは、この実習を通して自らに起きた変化そのもの」と伝え、彼らが自己の変化と向き合い成長を感じられるよう心がけています。これはまさしく、今回お話を頂いたリレーエッセイにも通ずることでしょう。
 定年が迫ってきた現在、看護教員として歩んできた道を振り返ると、いろんな思いがよみがえってきます。30年前の自分に宛てて手紙を書きたいと思います。

1通目:看護教員養成講習を修了したあなたへ

 改めて振り返ると、教員を目指した理由はあいまいなものでしたよね。臨床に出て5年ほど、学生の実習を受け入れていない精神科病院で働いていた時は、実習指導者の経験もなく、興味こそ持っていたものの教育に携わる機会がありませんでした。1990年に行われた滋賀県初の看護教員養成講習会に参加する機会を得た時は、初めて得る知識の新鮮さを楽しみながら様々なことを吸収したことでしょう。しかし、講習会であなたが得た財産はそれだけではありません。あなたは学びを通していろいろな人に出会い、生き方や考え方を知り、様々なことを教えて頂けたはずです。恩師や仲間、たくさんの人とのつながりは、あなたが教員としての経験を積み重ねてもずっと残り続ける貴重なものです。

 信じがたい話かもしれませんが、30年後、世界は未曾有のパンデミックに襲われます。医療体制のひっ迫や感染予防などのため、臨地実習が思うように実施できなくなることもあるでしょう。そんな時に助けてくれるのは、あなたがこれまでかかわってきた人たちです。「模擬患者として学生の代替実習に協力してもらえないか」と声掛けをしたら、地域の人や卒業生、これまで出会ってきた様々な方からすぐに協力を申し出て頂けます。感染予防のための休校に伴い、講義スケジュールや学内演習の予定が急に変わってしまっても、仲間の力を借りて協力することでうまく対応できるでしょう。
 あなたは日頃直面しない緊急事態の中で、改めて人とのつながりの尊さを実感するのです。周囲の方々との出会いはこれからの自分の大きな支えになることを、ぜひ覚えておいてほしいと願います。

2通目:これから教員としての経験を積んでいくあなたへ

ぐっとこらえて“待ってみる”

 初めての赴任先で小児看護学領域を担当することが決まり、小児看護の経験がないあなたは今まさに不安を感じているところなのではないでしょうか(各領域で臨床経験がある教員が専門領域の指導を担当するよう、今は制度が整備されているのですよ)。教科書を常に持ち歩いて勉強し、うまく指導ができない、必要なことが伝えられないと経験のなさを痛感することもあるでしょう。最初は何もかもをこなせなくてもよいのです。例えば実習では、自分に不足する部分は臨床指導者にフォローを仰ぎ、役割分担を明確にして、協力しながら進めていきましょう。この時の経験は、後々精神看護学を教えることになった時にも活きてくるはずですよ。

 また、臨床現場での経験があるがゆえに「この患者へはこういう看護が適しているのに」「こう考えてくれたらいいのに」とつい自分の看護を押し付けてしまうことがあります。学生自身も患者とのかかわり方などが分からず、藁にも縋る思いであなたに答えを求めてくるかもしれません。焦る気持ちは分かりますが、しかしそこはぐっとこらえて、ちょっとだけ待ってみませんか。もちろん、緊急を要する案件の場合は迅速に対応しなければなりません。しかし、すべてのケースで直接ハウツーや解決方法を伝えることが、学生にとって本当にプラスになるでしょうか。

 あなたが指導する精神看護の場では、患者とのかかわりが難しく、疾患の影響で揺れ動く患者の言動や態度に学生が右往左往してしまうこともあります。そんなときは、視野を広げてあげましょう。患者がある場面で発した一言だけではなく、その日や過去数日の様子、体調など、患者をトータルで捉え直して、学生自身が患者に合った対処方法を探せるよう導くのです。患者と向き合う過程で生まれてきた感情を見つめ、自分にできる行動を実行するために考えるよう促すと、たいていの学生は自ら“主体的に考える”意味を理解してくれるものです。

主体的に考え患者に最善の利益を提供する

 “主体的に考える”ことの重要さは看護において普遍的なものです。例えば患者への援助ひとつとっても、それを受ける患者自身がどう思っていて、本当に必要としているのか、ニーズをキャッチできなければよいケアとは言えません。学生が援助を考えている時は、なぜそのケアが必要だと考えたのか問いかけましょう。「抜け毛が多く不快そうにしているから洗髪をしたほうがよいと思った」といったような、患者の様子をよく観察したからこそ引き出せた答えであればしめたもの。学生が自ら考えて導き出せた答えです。「行動計画に書いてあるから」「やるように指導されたから」といった、学生が患者の様子を踏まえて考案した援助でなかった場合は、生活状況や治療上の規制など、常に患者さんの状況を意識した援助ができるよう、学生たちを導きましょう。「前回の洗髪はいつだったかな?」「自分が患者さんの立場だったら、今の状況をどう思うかな?」と問いかけて、対話を通して学生に気付きを得てもらうため働きかけるのです。

「自分が受け持つことで患者に最善の利益を提供できるよう心がけなさい」。今の私が学生たちに教えていることです。“最善”を達成するための考えが教員の中にも養われているように、学生たちにも今できることを一生懸命考え、取り組んでもらうことが成長につながるのではないでしょうか。

学生たちのロールモデルに

 もうひとつ、あなたには大切にしてもらいたいことがあります。あなたの教え子となる男子学生たちとのかかわりです。これは女子学生と差を付けるということではなく、男性看護師の先輩、ロールモデルとして、自分の看護やキャリアに対する考え方を学生に伝え一緒に考えていけるような看護教員になってほしいという意味です。未来の看護現場は男女関係なく活躍の場が広がっていますから、その分特性や悩みなども多様化しています。彼らの活躍の場が広がるよう、仕事や活躍の場についての悩みに寄り添い、相談に乗れることがあればぜひアドバイスをしてあげてくださいね。

 今でこそ「少し待って」「視野を広く」と言える私も、かつて若手教員だったころは「正解にたどり着かせることが看護教育」だと思い込んで悩むことがありました。 そうではないと気が付けたのは、場数を重ねて心にゆとりが生まれてきたからこそです。学生に自ら考えさせ導くためには、自身が経験を積むことも必要なのです。
 いつの間にか看護師、看護教員になっていた私ですが、これらは自分にぴったりの仕事であったと感じています。自らの看護のベースでもある「人に対しての尽きない興味」「周囲の人とのかかわりを通した相互作用」を大事にしながら、看護教員としての残りの時間を過ごしていきたいと思います。
 

堤 国夫

滋賀県立看護専門学校

つつみ・くにお/滋賀県立看護専門学校を卒業後、セフィロト病院に就職。1990年、滋賀県看護教員養成講習会受講。滋賀県堅田看護専門学校設立準備室に出向。その後、滋賀八幡病院において実習指導・非常勤講師を担当。1998年、滋賀県立総合保健専門学校にて看護教育(小児看護学)に携わり、現在、滋賀県立看護専門学校で精神看護学を担当。また、ICTにも積極的に取り組み、様々な看護技術の効果的な習得のためにVOD(ビデオ・オン・デマンド)システムを構築している。

企画連載

リレー企画「あの頃の自分へ」

本連載では、看護教員のみなさまによる「過去の自分への手紙」をリレーエッセイでお届けします。それぞれの先生の、“経験を積んだ未来の自分”から“困難に直面した過去の自分”へ宛てたアドバイスやメッセージをとおし、明日からの看護教育実践へのヒントやエールを受け取っていただけるかもしれません 。

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