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【座談会】「新・学生支援」を考える(2) : “生き方”を学ぶ仕組みをつくる

【座談会】「新・学生支援」を考える(2) : “生き方”を学ぶ仕組みをつくる

2022.05.18NurSHARE編集部

これまで本企画で共有された学生支援における課題を踏まえ、これからの学生支援として何が求められるのかを掘り下げるべく開催した、本企画プランナー・三森寧子先生(千葉大学教育学部)と3名の執筆者による座談会の様子をお届けします。

※この座談会は2022年3月25日に開催しました(ただし、本文中の学年などは2022年度に合わせています)。

<座談会 (1) はこちら

“キャリア=生き方”を学ぶ仕組みをつくる

他者とのかかわりを実現するキャリアセンター

矢野:三森先生がおっしゃった「1対1のかかわり」「他者とのつながり」というのが、学生支援のキーワードの一つとして見えてきましたね。そうした時に「キャリア」という概念をうまく使って欲しいということを、ご提案させてください。本学では2019年度にキャリアセンターをつくり、そこに教員やキャリアカウンセラーを専任で配置しました。キャリアといっても、就職にかかわる部分だけでなく、“生き方全般”というふうに捉えたんですね。そしてキャリア相談は「1年生からいつでも来ていいんだよ」ということを学生に広く知らせました。さきほど三森先生のお話の中でも出てきたように、学生相談というと“心が病んだときに保健室に逃げ込む”ような負のイメージがあって、キャリア相談をすることを躊躇させているかもしれないという懸念があったからです。就職活動の相談はもちろん、学生時代の過ごし方、将来への不安とか、あらゆる相談にキャリアカウンセラーの資格をもった職員が対応しますよと学生たちに積極的に伝えました。つまり、ちょっと誰かに聞いて欲しいなという時に、1対1でかかわってくれるのがキャリアセンターなんだと知ってほしかったのです。実際に就活生だけでなく、1年生もセンターに相談にやって来ます。「どうやってアルバイトをみつけたらいいか」「一人暮らしで朝起きられない」など、あらゆる相談が持ち込まれます。内容によっては先輩学生を紹介し、相談するよう勧めることもあります。高校までの担任の先生や先輩に話すような感覚なのでしょう。ちょっと気になることがあれば1対1のかかわりをもてる場としてキャリアセンターがあることを保障したわけです。もし、学内にキャリアセンターが設置されていない、キャリア専任担当者がいない、という場合でも、こんなふうに学生の生き方全般のことと捉えて1対1のかかわりを教職連携でなんとかやっていただけることもあるのではないかなと、ご参考にしていただけると幸いです。

三森:貴重なご示唆をありがとうございます。いつでも来ていいよとアナウンスをしたら実際に学生さんが来てくれた、というのはすばらしいなと思ったのですが、そのキャリアセンターについての周知はどのようにされたのですか?

キャリア教育科目をカリキュラムに組み込む

矢野:キャリア教育科目の授業の中です。本学では入学してすぐの1年生が受講するキャリア教育科目を必修化しました。教員だけでなくキャリアカウンセラーにも話をしてもらってキャリアセンターについても案内しています。教職協働でつくっている授業です。2022年度で必修化して2年目になりますが、2年生、3年生になって「キャリアセンターのことを思い出したので来ました」という学生がいますね。

三森:カリキュラムの中に位置づけたということですね。

矢野:そのとおりです。この科目の立ち上げは5年ほど前でしたが、最初から必修科目にするのは難しかったので、選択必修科目としてスタートしました。

三森:当時、立ち上げには川越先生も携わられたのですか?

川越:そうなんです。私は前職が長崎大学でして、キャリア教育科目の立ち上げの際は矢野先生らと一緒に、この科目では学生にどのような力を身に付けさせたいのか、それによってだれが科目を担当するのか、どのくらいの学生が受講してくれるかなど、不透明な中で模索を続け、困難の連続でした。でもいざ始まってみると、矢野先生を中心とした学際的な教職員集団が集まり、とてもいい授業ができたという実感があります。だからこそこれをなんとか必修にしたいという思いをもちながら、私は大学を移ることになってしまったので、以降は矢野先生が奮闘されたわけですが。やはり総合大学で教養科目を必修にするって、難しい面がありますよね。池口先生や三森先生はよくご存じのように、看護のような資格取得を目指す学部・学科では専門の科目数が多いので、ただでさえパンパンに科目が詰まっている中で、教養科目まで全学一律で必修とすると余白がなくなってしまうから。

矢野:その点に対しては、以前からあった初年次教育にあたる2単位の必修科目から1単位いただきました。初年次セミナー1単位、キャリア教育科目1単位と割り振って、初年次セミナーのご担当の先生方の負担も減らしつつという感じで調整をしましたね。

川越:そうでしたね。

矢野:「キャリアとは就職活動のことだけではない」と学生にわかってもらうのと同じく、教職員に対しても説明が必要でしたね。全学の教務委員会などで時間をいただき、教職員に対して「キャリアとは生き方全般のことで…」と説明をさせていただくところからでした。学長はじめ、当時の担当理事や副学長にご理解があったからこそ実現しましたが、やはり現在のカリキュラムを整備するまで時間はかかりましたね。

三森:看護師になりたい、養護教諭になりたいと思って進学した学生でも、途中でその思いが弱まったり、これでいいのかなと悩む時があって、こうした迷いはまさしく彼らの生き方そのものに直結することですよね。自分はこれから何者として生きていけばいいんだろうと、そういう揺らぎを覚える学生は一定数いると思いますから、“キャリアは生き方全般”というのは本当に大事な視点ですね。そして、そういうことを教育としてカリキュラムに組み込んだり、学内にセンターをつくったり、大学としてキャリアを支える仕組みをつくられていることがとてもうらやましいです。

看護学生のキャリアを育む教養科目

矢野:本企画第5回 でも書かせていただきましたが、本学の学生たちを分析すると、保健学科の学生は小学生という早い段階から自分のキャリアを考えていたという傾向があることがわかりました。その思いのまま大学で看護を専攻し、たとえば実習に出て何かうまくいかなかった時に「本当に私の将来、看護師でよかったのかな…」と揺れてしまう。しかしキャリア教育科目の授業を受けることで、「進路選択が早すぎたことに対する不安もなくなりました」「今まで看護師に向いていないのではないかと思ったこともあったため、少し勇気づけられました」という声も聞こえてきます。授業の中では私自身のことについて「キャリアなんて、私だってこの年齢でもまだ悩んでいるんだよ」ということも正直に伝えているんです。そして「正解はないことだから、“考え方”を教えるのでみんなで自分のキャリアを考えようよ」と。一方、学内の教職員に協力を求めることが他の授業に比べて多いのも特徴です。先にお話したように教職協働を意識して、「キャリアは生き方だから、事務職員の方だってTA(ティーチング・アシスタント)の学生だってキャリアの先生になり得る、だからみんなで考えていきましょう」という場や雰囲気をつくることに努めました。

川越:本学(熊本大学)ではキャリア教育科目は1年生が多く受講する選択科目ですが、長崎大学の考えにならって、授業の中では先輩から学ぶ回を設けていて、4年生または大学院生、教員との対談をしてもらっています。大学でどんな勉強をしてきたかという話題から、それこそ生き方にかかわる壮大な話まで、いろいろな分野の先輩たちに登場してもらいます。学生たちは、「あ、この先輩の考え方と近いな」とか、「分野は違うけどこの先輩が言っていること、よくわかるな」とか、通常では接する機会のない分野の先輩たちの話に感じるものがあるようです。

矢野:とくに看護は人とかかわる職業ですから、学生時代にこうして一人でも多くの人の生き方、キャリアに触れておくことが、臨床に出て患者さんや他職種の方々と接するときに役に立つのではないかという仮説をもって取り組んでいるのですが、池口先生、看護のご専門の立場からはいかがですか?

池口:おっしゃるとおりだと思います。多くの人の生き方、キャリアに触れるという意味では、私の経験上、看護専門学校にはセカンドキャリアとして看護師を目指す学生が一定数集まるのですが、大学を出て別の仕事に就いていた学生、修士号を取得している学生、シングルマザーの学生など、いろいろな背景があります。彼らと、高校を卒業してすぐのあまり生活体験がない学生たちとがいい具合に混ざり合うので、生き方やいろいろなことを学ぶ機会が自然にあるんです。ですから、大学よりも1年短い3年間の中で教養科目に充てられる時間も少ないのですが、そういう環境があるから自然と学生同士で成長し合う、助け合うという専門学校ならではの良さがあると思います。一方、大学は高校を卒業したばかりの現役生が多いので、生活体験もなく、多様性を感じる機会も少ないので、やはり教養科目としていろいろなことを考えたり想像する時間が必要なのではないかと。人の人生を感じられるような人を育てたいよねという話は、三森先生ともよくしているのですが、それにはひたすら看護や医学の専門的な知識を身に付ければよいわけではなくて、「教養の力」がすごく大事なんじゃないかと思っています。

三森:本当にそうですよね。人と接する職業に就こうとしているのに、人のことがわからないというのは、なんとも悲しいことだなと思います。矢野先生のおっしゃるとおり本当にいろいろな患者さんがいらっしゃるから、そうした方々と向き合おうとしたときに、20年と少しの人生経験しか持ち合わせていない学生にはわからないことはあって当然で、そこをいかに想像力で補えるか、ということですよね。その想像力の支えになるのが、池口先生が挙げてくださった「教養の力」だと思います。それに、それこそキャリアを見据えて思いが揺らぐような時には、それまでとは違う見方ができることが大切だと思いますが、そこでもやはり教養教育での学びが生きてきますよね。

教養科目の学びを大事にする

教養科目を学びやすくするカリキュラム

池口:私も教養科目を豊かに学んでもらえる機会をもう少し取れるといいなと思っているのですが、看護は資格取得が念頭にあるので、どうしてもカリキュラムが過密になってしまいます。だから、川越先生や矢野先生のところのような総合大学では、どのように教養科目の教育をされているのかお聞きしたいです。

川越:おっしゃるとおり、過密なカリキュラムの中でいかに学生たちに教養教育を学ばせていくかというところが、本学でも課題でした。これまで学生にとっても教員にとっても教養科目は重要度が低く扱われてきたので、学生から卒業するときに「教養教育では何を勉強したのかわからない」と言われてきました。でもこれはきっと学生たちではなく、私たち教員側にも問題があるのではないかなと。学生が教養教育の大切さを感じられたり、授業を受けるのがワクワクするような科目にしていくことが大切ですよね。
 そこで本企画第4回で書かせていただいたように、大学側がいくつかの科目をひとかたまりにしてパッケージ化した「教養教育科目パッケージ制」という学びのフレームワークを提供することにしました。とくに自分の専門分野以外を学ぶことができるのが教養科目の強みなので、分野横断型の学際的な科目を学ぶ設計にしました。その中で、学部混在のクラスを編成し、さきほど話題になったような他学部の学生同士の横のつながりや、他学部の教員と学生とのつながり、教員同士のつながりをもつ機会をつくり、コミュニケーションを多く取れる場をつくってきました。2022年度で4年目を迎えていますが、ありがたいことに学内外で評価をいただいている仕組みの一つです。

複数の教員で学生をみる

三森:「教養教育科目パッケージ制」に携わった教員は、どのような評価をしていらっしゃいますか?

川越:最初はやはり、他学部の学生に教えることへの不安の声が聞こえてきたので、初年度はパッケージ科目を担当する教員向けにFDを実施して、パッケージ制の考え方や仕組みを共有し、教員同士の横のつながりをつくることを大切にしました。教員一人ひとりが多くの学生を支え続けるというのは、いつか限界がくると思うんですよね。だからパッケージ制では、一つのパッケージあたり180人の学生を10人の教員で見ていくというコミュニティづくりをあえて仕かけました。1対1でもなく、1対180でもない。マス対マスで支えていく体制が整うと、教員も学生もお互い少し楽になるのではないかと考えています。教員同士でコミュニティをつくって「最近、先生の授業はどう?」とか、「あの学生、欠席が多くなってきた」「レポートも出てこないよね、どうしたのかな」という話が日常的にできるようになると、学生に対してより早い段階で支援ができます。ここ1〜2年で、そんなアプローチが学生にできるようになってきているかなと思いますね。

矢野:今、川越先生がおっしゃった「教員のコミュニティ」というのも学生支援のキーワードですよね。私自身、教員のコミュニティがあったから情報共有ができて、悩んでいた学生をギリギリのところで救えたという事例を実際に経験しています。これを川越先生の熊本大学や本学では組織として制度の中でつくることができたことはラッキーでした。おそらく読者の方々の中には、うちでは組織単位でのコミュニティづくりはできていないよ、ということもあろうかと思います。三森先生や池口先生はこうしたコミュニティを先生たちの個のお力でつくられてきたのですよね? そういう時に先生方は、さきほど川越先生がおっしゃったみたいな「あの学生、最近どう?」みたいなやりとりができる雰囲気をどうやってつくってこられたのか、そこが学生支援につながる重要なところかもしれません。

次回 (3)  へ続く>

 

NurSHARE編集部

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