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第5回:学生支援としてのキャリア教育 ― 長崎大学の事例

第5回:学生支援としてのキャリア教育 ― 長崎大学の事例

2022.05.11矢野 香(長崎大学キャリアセンター 准教授)

現代社会を象徴するキーワードの一つとして、ダイバーシティが挙げられ、その推進への取り組みが求められています。しかし、多様な課題を抱える現代の学生に対して、教員としてどのように導き、支えることができるか、対応の難しさに悩まれる先生方も少なくないのではないでしょうか。本企画では全8回をとおし、看護教員、教育学者、コミュニケーション・キャリアの専門家、それぞれの視点から学生支援について見つめ直し、互いに課題を共有しながら、今何が求められるのかを掘り下げていきます。この機会に今一度、学生支援について考えてみませんか。
今回は、コミュニケーション・キャリアの専門家である矢野香先生(長崎大学)に、キャリア教育の視点からの学生支援について共有していただきます。

企画:三森寧子(千葉大学教育学部 准教授)

 

はじめに

 「キャリア」とは単なる職業選択だけでなく人生・生き方全般のことを指す。文部科学省1)は、「キャリア教育」とは「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」のことと定義している。本企画第1回 で「一人ひとりの学生を、入学した後も目的をもって充実した学生生活を送り、自らの将来に向けたキャリアに明確なビジョンをもち、自らの課題を克服しながら成長していくプロセスを経て、社会に送り出すにはどうすればよいのだろうか」と問題提起がなされた。これこそまさにキャリア教育の視点である。そこで今回は、学生支援としてキャリア教育が果たす役割について考えることを目的とし、筆者の勤務する大学における看護系学生に対するキャリア教育事例を紹介する。

長崎大学医学部保健学科の紹介

 国立大学法人長崎大学(以下、本学)は、1857年オランダ海軍軍医のポンペが開いた日本最古の医学校「医学伝習所」を起源とする総合大学で、医学部をはじめとする文理10学部からなる。本学では、医学部保健学科として理学療法学専攻(定員20名)、作業療法学専攻(定員20名)とともに看護学専攻(定員80名)を設置しており、少ない定員で細かな所に手の届く教育体制を特長とする。卒業後は、大学院進学のほか、就職先として医療機関、訪問看護ステーション、老人保健施設、老人福祉施設、介護老人保健施設、肢体不自由者施設、地方自治体等がある。

保健学科の学生は、キャリアについて小学生のときから考えている

 自分のキャリアについて考え始めた時期について全学部生に対する調査*1を行ったところ、「高校生から」という学生が有意に多かった2)。回答は学部によって有意差があり、保健学科を含む医学部と薬学部は小学生から、教育学部と歯学部は中学生、多文化社会学部は高校生、工学部は大学入学後から自分のキャリアについて考え始めた学生が多かった。水産学部と環境科学部は時期に差はなく、経済学部は小学生からという回答は少なかった。このように本学保健学科の学生は、早い段階から自分のキャリアについて考え始め希望が明確になっていることが多いという特徴がある。

*1現在、本学の学部は保健学科を含む医学部、歯学部、薬学部、教育学部、経済学部、工学部、水産学部、環境科学部、多文化社会学部、情報データ科学部の10学部である。本調査当時は、情報データ科学部は開設されていなかった。

 一方で、看護系大学では「大学生活への転換が円滑でない学生がいる」という豊嶋ら3)の報告や「『看護師になる』という目的は明確化されていたとしても、学習習慣の身についていない学生や、大学教育への適応に課題を抱える学生が入学していることも否めない」という市原4)らの指摘もある。
 こうした高校から大学への移行がうまくいっていない学生に対する学生支援の意味も含め、本学ではキャリア教育科目を全学必修科目として開講している。開講当初は教養教育の選択必修科目であったが、2020年度から必修科目へと変更した。これは初年次教育の役割も意識してのことである。濱名5)が指摘するように「学生を就職という“出口”から目標にむけてナビゲートしようとしていたキャリア教育と、“入口”からみて大学生活に円滑に学生を移行させようとしてきた初年次教育」は共通する内容が多く、近年のキャリア教育は従来の職業選択教育だけだったときと比べ、学士課程教育の出口から入口にシフトしてきたということも背景にある。つまり、学部で専門科目を学ぶ意欲をより深めるため、また、大学入試の結果を受けて“不本意入学”した学生や具体的目的があいまいな学生が充実した学生生活を送るための支援として必修化したのである。講義では、自分が長崎大学に進学した目的、専門分野を選択した理由を明確にし、大学4・6年間の目標と暫定的なキャリアデザインを立てることを達成目標の一つとしている。本講義の特徴を以下に3点紹介する。

本学におけるキャリア教育としての学生支援の特徴

①入学後すぐの教養教育必修科目

 保健学科を含む全学部1年生の第1クォーターで「キャリア入門」を開講している。文部科学省6)によると、2019年度に学部段階の教育課程内でキャリア教育を実施している大学数は全国の国公私立786大学中726大学と全体の97.8%に上っている。こうした中、本学でも2016年度から全8回1単位を4人の教員で担当するオムニバス形式の講義を開講した。

表 「キャリア入門」授業内容
  タイトル 内容
第1回 キャリアとは?    キャリア概論
第2回 大学生として 大学で学ぶ意味
第3回 社会に生きる一人の人間として  大学生に求められる倫理観
第4回 長崎大学でのキャリア  本学の支援体制・社会体験活動紹介
第5回 ロールモデルに学ぶ① アントレプレナー*2講演
第6回 ロールモデルに学ぶ② 卒業生・先輩の体験談
第7回 チームで働く力  自己分析:自分の「強み」を知る
第8回 私のキャリアデザイン キャリアデザインの立て方
*2アントレプレナー(entrepreneur):ゼロから新しい会社や事業を創り出す人。起業家。

 

 本講義の効果として、学生は授業により自分のキャリアについて考える機会が増え、キャリアが明確になり、不安が低下した2)という。この効果は、医学部をはじめ歯学部、薬学部、教育学部といった資格や免許取得を目指す学部と、それ以外の学部では程度に差があった。

 

②学部混在によるアクティブラーニング型授業

 2つ目の特徴は、本企画第4回 でも紹介された他学部の学生との混在クラスを編成し、グループワークを取り入れたアクティブラーニング型授業である。もともと保健学科は総合大学である強みを生かし、同じ医療従事者を目指す医学科や歯学部、薬学部との合同授業で医療・保健・福祉の連携・協働のあり方を学んでいた。さらに全学部学生との共修により他者との異なりを学ぶ機会を設けている。
 講義後のリポート(すべて保健学科1年女子学生)では、次のような声があり、多様性や「チームで働く力」をより意識することにつながっている。

 

グループに様々な学部が混ざっていたからか、なおさらみんな違った得意分野があり、いいチームが作れそうだった。社会に出ても自分の特性を生かしていきたいと思う。

チームで動くとき(医療現場など)のために頼る力というのも少しずつつけていきたいと感じた。

 
③自己理解と他者理解のためのアセスメント導入

 最後の特徴は、自己分析に取り組むことで「医療人の中でもとくに自分はどんな強みがあるのか」を認識させ、自己理解と他者理解を深めていることである。アセスメントとしてアメリカのギャラップ社が開発した「クリフトンストレングス」7)を使用している。これは人がもつ才能を抽出し、それらを共通性のある性質で分類し資質としてまとめたものである。この結果、「実行力」「影響力」「人間関係構築力」「戦略的思考」の4つの資質要因において、本学学生は学部と年度に関係なく「人間関係構築力」の資質を強みとしてもっていた2)
 講義後のリポート(すべて保健学科1年女子学生)では、次のとおり、前述のように早い段階からキャリアを考えていた保健学科学生ならではの感想もある。客観的な自己理解は、職業選択に対する確信をもたせる効果もありそうだ。

 

「原点思考」や「ポジティブ」、「包含」が素質にあることは自分は案外看護師に向いているのではないかと、今まで看護師に向いていないのではないかと思ったこともあったため、少し勇気づけられました。

私の資質にあった「回復志向」のところに、医療系の仕事に喜びを感じるかもしれないという記述があり、進路選択が早すぎたことに対する不安もなくなりました。

 

 また、診断結果はグループワークで他の学生と共有している。「強み」というポジティブな視点から自分と他者との違いを意識することで、チーム医療に対する素地を育成することに一役買っていると考える。
 さらに講義後の課題として、結果を受けて自分の心当たりがあるエピソードをまとめさせている。一例を紹介する。

 

 高校3年生の時、学校で模試があり、教室に向かっていました。その時、階段でうずくまり、具合が悪そうにしている同級生がいました。(中略)
 周りにいる人はどうしていいかわからず、心配そうにその子を見ているだけでした。私はその子と話したことがなく、また、もう少しで模試が始まるので、教科書や参考書を見て勉強したいという思いがあったため、声をかけようか少し戸惑いました。しかし、どうしても放っておくことができず、その子に「大丈夫? 保健室に行こう」と声をかけ、保健室に連れて行きました。(中略)
 このように、具合が悪そうにしている人や困っている人を放っておけず、その人のために何かをしてあげたいと思うところ、(中略)
 今までの様々な出来事を思い返し、自分には「回復志向」の資質が強みとしてあることに気がつきました。将来看護師として働くときに、この資質を強みとして、どのようにすればうまくいくのか考えていきたいです。

 

  このように自己の経験と関連づけるという活動は、深い学び(ディープラーニング)においても重要である。

おわりに

 こうした3つの特徴をもつ講義で本学での学びをスタートし、卒業後は医療現場で活躍する先輩たち。本講義ではこうした先輩たちへのインタビュー動画も教材として使用している。その中から一人の声を紹介し本稿を締めくくることとする。

 

Tさん女性(作業療法士1年目)

 社会人基礎力というか、学部の講義以外の課外活動というかバイトとかサークル、ボランティアで身についたなぁというのを実感しています。(中略)
 一見、医療分野に関係ないようにみえると思うんです。臨床で働くうえでは頻繁に行われるカンファレンスとか、病棟患者さんの支援とか、多職種連携で地域の保健医療福祉の専門職の方と在宅医療の話をすることがあるんですけど、そういうときに1年目ですけど、対応の方法を積極的に発言する力につながっているかなと思います。

 

 この卒業生は在学中、ボランティアなど社会活動に積極的に参加していた。正課内で足りない学びを正課外で補完していたのである。このように正課と正課外での体験がつながっていくことがキャリア教育と学生支援の共通点でもあろう。看護基礎教育など目的養成系学部の専門教育では実習も必修科目となるため、他学部以上に時間割が窮屈である。にもかかわらず正課外でも学生支援を要求されると教員の負担がさらに大きくなる。限られたマンパワーでどのように学生を支援するのかが課題である。一案として、正課と正課外、専門教育と学生支援という区別を取り除いた広義での人生全般(キャリア)の教育という視点がヒントになるのではないだろうか。

 
 
引用文献
1) 文部科学省:中央教育審議会答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」<抜粋>,2011年4月,https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/attach/1303768.htm,アクセス日:2022年3月10日
2) 矢野香:初年次における学生のキャリア意識とキャリア教育科目の効果.長崎大学大学教育イノベーションセンター紀要 10:7-19,2019
3) 豊嶋三枝子,小口多美子:看護系大学における初年次教育の実態;教員への質問紙調査から.日本看護学会論文集看 護教育40:140-142,2009
4) 市原真穂,冨樫千秋,吉野由美子ほか:看護系大学の初年次教育への取り組みと課題;初年次教育を担当する看護教員へのインタビュー調査から.千葉科学大学紀要13:177-185,2020
5) 濱名篤:日本の学士課程教育における初年次教育の位置づけと効果;初年次教育・導入教育・リメディアル教育・キャリア教育.大学教育学会誌29(1):36-41,2007
6) 文部科学省:令和元年度の大学における教育内容等の改革状況について(概要),2021年10月4日,https://www.mext.go.jp/content/20211104-mxt_daigakuc03-000018152_1.pdf,アクセス日:2022年3月10日
7) GALLAP:クリフストリングスについて, https://www.gallup.com/cliftonstrengths/ja/253661/CliftonStrengths.aspx,アクセス日:2022年3月10日

矢野 香

長崎大学キャリアセンター 准教授

やの・かおり/日本大学大学院総合社会情報研究科人間科学専攻博士後期課程修了、博士(総合社会文化)。NHKキャスター歴17年を経て、2014年より現職。専門はコミュニケーション・キャリア。「医療人のコミュニケーション」も研究テーマの一つで、長崎大学病院では医師・看護師対象のFD講師を担当。著書に『NHK式+心理学 一分で一生の信頼を勝ち取る法』(ダイヤモンド社)などベストセラー多数。

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