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第4回:「学び」の大きな転換期をカリキュラムで支える ― 熊本大学の事例

第4回:「学び」の大きな転換期をカリキュラムで支える ― 熊本大学の事例

2022.04.27川越 明日香(熊本大学大学教育統括管理運営機構 准教授)

現代社会を象徴するキーワードの一つとして、ダイバーシティが挙げられ、その推進への取り組みが求められています。しかし、多様な課題を抱える現代の学生に対して、教員としてどのように導き、支えることができるか、対応の難しさに悩まれる先生方も少なくないのではないでしょうか。新年度を迎えて新たな学生と出会うこの時期に、今一度、学生支援について考えてみませんか。本企画では全8回をとおし、看護教員、教育学者、コミュニケーション・キャリアの専門家、それぞれの視点から学生支援について見つめ直し、互いに課題を共有しながら、今何が求められるのかを掘り下げていきます。
今回は、教育学の専門家である川越明日香先生(熊本大学)から、“組織として”学生を支援することの意義について共有していただきます。

企画:三森寧子(千葉大学教育学部 准教授)

 

はじめに

 高校までの受け身の学修から、主体的な学びへ転換をする時期が大学の一年目である。学生にとって、学修環境だけでなく、生活環境も変わることから、これから始まる学生生活に大きな期待と不安を抱えているのではないだろうか。私は、そんな学生一人ひとりのスタートダッシュを大事にしたいと考えている。
 多くの大学では、入学してすぐに履修するのが教養教育科目である。筆者の所属する熊本大学(以下、本学)では、学生の深い学びを保証するために2019年度から独自の教養教育履修システム「科目パッケージ制」を導入した1)。今回は、学びの大きな転換期である1年次を対象に開講している科目パッケージ制の仕組みについて紹介をするとともに、科目パッケージ制に限らず「組織として学生を支える」ことの意義や学修コミュニティの重要性について考えてみたい。

体系的な学びが新たな「視点」と「気づき」を生む教養教育科目パッケージ制

 これまで、2002年の中央教育審議会「新しい時代における教養教育の在り方について(答申)2)」以降、さまざまなところで教養教育の必要性が唱えられるようになった。しかし、以前から教養教育には、専門分野以外の授業を受けることに対する学生の意欲の低さが課題として挙げられていた3)。多くの大学と同様に本学の教養教育では、学生が興味・関心に基づいて人文・社会・自然・生命の各領域から必要な科目を履修する形式を採用し、これによって教養教育の目標を達成することを期待していた。しかし、実際には教養教育のねらいが徹底できていないために、多くの学生が時間割の都合や単位の取りやすさなどを基準に履修科目を決めており、結果として4年次生や卒業生に聞くと、教養教育で何を得ることができたのかわからないという声が聞こえてきた。このほかにも、授業科目数が多いことや、学部や学科での教養教育の履修指導が十分にできていないこと、一部の科目に受講生が集中し、受講制限の科目が生じるなどの課題が多数あった。
 そこで、これらの課題を解決するために2019年度より本学が導入したのが、教養教育科目パッケージ制である。パッケージ制では、複数の科目を体系的なつながりをもったテーマで結び、約10科目を一つのパッケージとして提示する(図1)。学生は、複数のパッケージの中から興味・関心のあるパッケージを選択し、一つのパッケージの中で6単位以上を履修することになる。とくに文系の学生には自然・生命学系を主軸に捉えたパッケージ、理系の学生には人文・社会学系を主軸に捉えたパッケージを提供することで、新たな興味のきっかけをつくり(図2)、各テーマについてより深く学ぶ機会となっている。これまでとは異なる学びのスタイルは、新たな「視点」と「気付き」をもたらし、その後の学びや研究を深める礎となる。
 

図1 パッケージテーマ一覧

 

図2 パッケージ科目の例
 

学修コミュニティの形成

 パッケージ制における理想の形は、一つのパッケージが一つのクラスのようになることである。180名の学生集団(パッケージ定員)を10名の教員集団(10科目の担当教員)で支えるイメージである。それは、毎回、同じ学生たちが顔を合わせ、同じパッケージ内に授業をもつ教員間の連携も生まれることで、「学修コミュニティ」を形成することがねらいである。また、本学は文系3学部、理系4学部の計7学部からなる総合大学であることを生かし、パッケージでは学部混在型のクラスを作り、文理横断の学際的な科目を履修することが特色の一つである。理系学部の学生集団を文系学部中心の教員集団で、文系学部の学生集団を理系学部中心の教員集団で支える構造となっている。

パッケージ科目における受講生の様子

 ここでは筆者が担当しているパッケージ科目と、受講生の中でもとりわけ医学部保健学科看護学専攻の学生(以下、看護学生)の様子を紹介したい。
 

 本科目は理系学部の学生を対象とした科目であり、心理学の知見からコミュニケーションやリーダーシップの理論について学び、コミュニケーションスキルやプレゼンテーションスキルを実践的に修得する科目である。とくに2020年度からは新型コロナウイルス感染症の影響でオンライン授業となったことから、講義部分はレジュメに音声を収録した資料をLMS(Learning Management System;学修管理システム)上で公開するオンデマンド型、演習部分はオンラインビデオ会議ツール(Zoom)を用いたリアルタイム型で行っている。
 リアルタイム型のオンライン授業では、グループワークを中心に授業を進める。具体的にはブレイクアウトルーム(Zoomの機能)を使って学部混在の6名グループを作り、アイスブレイクに多くの時間を割く。これは、コロナ禍によって途切れてしまった学生間のつながりを構築するためであり、学びの基盤となる心理的安全性を確保することを目的としている。グループワークの始めにリーダーとタイムキーパーを決め、彼らがファシリテーター役となってその日のワークを進めていく。最初は、緊張した面持ちで発言も少なく、グル-プによっては盛り上がりやワークの進度に差が見られるものの、授業回数を重ねるごとに徐々に打ち解け、授業を楽しみにする学生が増えてくる。以下、看護学生の授業後の感想を紹介する。

*心理的安全性(psychological safety);チームのメンバーに非難される不安を感じることなく、安心して自身の意見を伝えることができる状態4)
 

学生A:自分なりの大事にしたい「思い」をもつことが、行動力につながると思った。他学部の人のプレゼンを見て、自分に足りない力を考え直すきっかけになった。
学生B:今回は距離感の話が最も印象に残った。現在、コロナ感染防止の面からソーシャルディスタンスを取ることが求められているが、今日の授業で実際に社会距離を体感してみると、思っていたよりも遠く感じた。その距離で、マスクをした状態でコミュニケーションをとることは、困難なのではないかと思った。よって、人とコミュニケーションをとるうえで表情が見える距離感が重要であるとわかった。将来、看護師になったときには、感染予防という観点は当然だが、コミュニケーションの観点からも考えて行動したい。
学生C:これまで工学部や理学部の人と関わる機会がなかったので、こうしていろんな学部の人と交流して、いろんな考えを知ることができたことがうれしかった。
学生D:コロナの影響で、すべての授業がオンラインになり、人と話さない日が続くと、不安と寂しさで苦しくなる。でも、この授業ではいろんな人と話ができて、毎回とても楽しい。また、授業で習ったコミュニケーションスキルを生かしてグループワークができたので、スムーズに話ができた。

 

 これらの看護学生のコメントからもわかるように、他学部との交流によって学生同士の学びが深まっている様子が伺える。とくに、免許や資格の取得を目指す学部の学生は、「○○になりたい」という明確な目標があるため、授業での学びが将来の職業にどのような形で生かせるかという具体的な記述が多く見受けられる。一方で、学生D のようにオンライン授業が続くことによって、不安を抱えている学生もいる。

コロナ禍における学生の悩み

 本学では、2020年にオンライン授業等に関するアンケート調査を全学生対象に実施した5)。その結果から、オンライン授業を受講するにあたって困っていることとして約4割の学生が「独りぼっち、友達がいない、孤独感を感じる」と回答していることが明らかになった。また、「気分が重かったり、憂うつだったり、絶望的に感じることがどのくらいの頻度でありましたか」という問いに対しては、約2割の学生が「何度もあった」と回答している。この結果は、本学に限ったことではないと考えているが、まずは私たち教員がこの状況に危機感を持たなければならない。とはいえ、一人ひとりの教員にできることには限界がある。だからこそ、組織として学生を支援する仕組みが必要なのではないだろうか。

教育を語る文化の創造

 大学1年生は、高校までの受け身の学習から学生自らが主体的な学修へ転換する時期である。その時期に、大学での勉強の仕方、学修習慣を身に付けておかなければ、後に学業に頓挫してしまう恐れがある。科目パッケージ制は、学問を追究する力を養うために大学側が提供するフレームと言える。そのフレームの中で、テーマに沿って教養教育科目を学ぶことで、専門教育に入る前に深く学ぶ力をしっかりと伸ばすことができると考える。
 今回は本学の事例として教養教育における科目パッケージ制を紹介した。これは文学部や理学部を有する総合大学の強みを生かした仕組みとも言えるが、本稿で述べたかったことは制度の話ではない。学生に学びのフレームを提供すると同時に、教員が必然的に協働する仕組みを作り、そこでのコミュニティを学生支援につなげることがねらいである。
 最後に、個別の学生支援を超えて、いかに組織として学生集団を支え、育てていくかについて考えたい。このことは実は、総合大学以上に単科大学や専門学校のような小規模組織では、すでに取り組まれている場合も多い。とくに看護師養成のように資格や免許の取得を目指す学問分野の場合、オムニバス科目(複数教員で一つの科目を実施)や病院実習の担当のように教員が協働する機会が多いことが理由である。読者の中には日々、授業準備や実習指導に追われ、十分な研究時間も確保できないまま、個々の学生の相談や面談などに多くの時間が割かれている教員も少なくないだろう。学生の学びと成長を促すためには、教員が果たす役割は大きい。だからこそ、自身が担当している授業科目の受講生が他の授業でどのような学びをしているのか、学修内容のほかに出席状況や課題提出状況に問題はないかなど、周囲に目を向けることが重要である。大学として学びのフレームを提供するだけでなく、教員間が「教育を語る文化」を創ることで、様々な課題をもつ学生の早期発見やケアなど、学生支援にも役立てることができるのではないだろうか6)

 
引用引用・参考文献
1)川越明日香:「学び」の大きな転換期を支える教養教育科目パッケージ制.熊大通信(68):5-6,2018
2)文部科学省 中央教育審議会:新しい時代における教養教育の在り方について(答申),2002年2月21日,https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020203.htm,アクセス日2022年4月12日
3)吉田文:大学と教養教育;戦後日本における模索,岩波書店,2013
4)Amy Edmondson:Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams,Administrative Science Quarterly44(2):350-383,1999
5)熊本大学大学教育統括管理運営機構:2020年度前学期の遠隔授業等に関するアンケート調査(学生調査),2021年3月2日プレスリリース,https://www.kumamoto-u.ac.jp/kyouiku/whatsnew/20210302,アクセス日2022年4月12日
6)川越明日香:教育の保証に向けた教育改革の取り組み,第67回九州地区大学教育研究協議会発表論文集,p.28-32,2018 

川越 明日香

熊本大学大学教育統括管理運営機構 准教授

かわごえ・あすか/長崎大学教育学部卒業後、長崎大学大学院教育学研究科(発達心理学専攻)修了、広島大学大学院教育学研究科(高等教育学コース)単位取得満期退学。2012年4月より長崎大学大学教育イノベーションセンター助教、2017年4月より現職。専門は高等教育論(教育方法、授業評価、教育評価)、教育心理学、キャリア教育。現在、熊本大学男女共同参画推進コーディネーターを務めるほか、大学教育学会代議員、同学会事業構想委員、広報委員も担う。教育方法や教育評価に関する講演も多数。著書に『納得感を高める大学授業』(ナカニシヤ出版、2012年)[共著]。趣味は旅行。

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