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第24回:満天に輝く星、満開の桜~見えないことが支えている

第24回:満天に輝く星、満開の桜~見えないことが支えている

2024.03.29酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 今年はここ数年と比べて桜の開花が遅いようですね。カピバラの筆もなんか遅くなってしまって、3月末ぎりぎりになってしまいました。この連載も今回で24回目。2年間も続けることができましたのは、皆さまが読んでくださるおかげです。ありがとうございます。
 満開の桜を待ちながら、今回は「看護師等特定行為研修修了者とはどんな存在か」についてカピバラ的見解を書いてみようと思います。連載第17回の「わたしがやらなきゃ、誰がやるの? ~特定行為、キホンのキ」と合わせて読んでいただけるとうれしいです。

「看護師等特定行為研修修了者」とは

 第17回で語ったことに対しては、周囲からコメントやフィードバックをかなりいただきました。中でもカピバラが驚いたのは、「特定行為研修修了者が看護師だということをこの記事で知った」「特定行為は診療の補助業務だということはカピバラ連載を読むまで認識していなかった」という感想を複数いただいたことでした。なんと! そこからだったか。やはり話の前提を確認し合うことって大切ですよね。
 ということでまずは、「看護師等特定行為研修修了者(以下、修了看護師)」とはどのような存在かというところをおさえていきたいと思います。
 「特定行為に係る看護師の研修制度」は、保健師助産師看護師法に位置付けられた研修制度で、2015年10月から開始されています。看護師が手順書により特定行為を行う場合にはこの研修の受講が必要となります1)。特定行為は、診療の補助であって、看護師が手順書により行う場合には、実践的な理解力、思考力及び判断力並びに高度かつ専門的な知識及び技能が特に必要とされる21区分38行為2)です。この研修では、到達目標が定められており、一定の質の研修ができることが担保され、厚生労働大臣が指定した学校、病院を指定研修機関と言います。そして、特定行為に関する到達目標を達成したと評価されると科目ごとの修了証が発行されます。これをもって、修了看護師は特定行為実施に関する手順書(医師の包括指示)に基づき、患者への特定行為実施の可否判断を自律的に行うことができるようになります。ここまでは大丈夫ですよね。
 さて、修了看護師は手順書に示された病状の範囲内であれば、特定行為の実施の可否判断を行うことができます。しかし、特定行為研修を修了していない看護師も、患者の病状を医師に報告して、その医師がこの看護師に具体的指示を出せば、特定行為を実施することはできます。え? ちょっと待って、なんかぐるぐるしてきたぞ。この点が「修了看護師とは」をわかりにくくしているポイントの一つかなと思います。
 そしてさらなるぐるぐるポイントが、現場で実施される特定行為(診療の補助業務)は、医師との協働的パートナーシップに基づくものであるということです。つまりそれぞれの修了看護師の実践能力だけでなく、パートナーとなる医師との信頼関係、およびその関係を規定する所属組織の考え方により、各行為の実践可否判断の裁量範囲が変動するんです。法律などの外部からの規制で裁量範囲を決めているだけではなく、実施当事者である医師と看護師がそれぞれ相互の裁量範囲を自分たちで決めていく必要がある、この点も「修了看護師とは」の見えにくさにつながっていると考えられます。しかし特定行為に限らず「診療の補助業務」とはそもそもこのような性質をもっていると言うこともできます。
 また21区分38行為ある区分別科目のどれを修了したのかにより、できることはいろいろです。21区分38行為すべてを修了した人から、1区分だけ終了した人まで幅があります。
 上司、看護師および医師の同僚、そして患者さんと家族に対して、「わたしは何をすることができる看護師であるのか」という自分の実践能力と実践範囲を、ちゃんと説明し、診療ケアに組み込む方法をわかってもらうこと、このことが修了看護師が現場でやるべき一番目の仕事なんですね。でもこれは修了看護師に限ったことではありません。専門看護師も認定看護師も、研修を終えて現場に戻るときには同じことに直面するのだと思います。

修了看護師を取り巻くいまの課題~ぶっちゃけ、どうよ? 

 2023年8月時点で修了看護師は8,820名、直近1年間では2,496人増加しています。指定研修機関も373ヵ所となり、定員数5,437人となっています3)。つまり単純計算すると、10年後にはおよそ6万人の修了看護師が活動できることになります。そして前述したようにこの修了看護師たちの実践範囲は人によって違うということになります。
 一方、過去1年間における就業先で特定行為を実施していない者の割合は31.6%、そしてその要因として「就業先で修了看護師が活動できるような体制がない」が52.8%でした。また特定行為を実施する際の困難としては「特定行為研修制度について周知すること」が53.6%、「修了者自ら手順書を作成しなければならない状況がある」が38.3%ということでした3)
 つまり、所属組織のステークホルダーの特定行為研修に関する制度理解の不足もさることながら、深堀りすると、組織が、その理念に即して修了看護師に何を期待するかが明確ではないことや、修了看護師の役割開発と組織実装が修了看護師個人に任されている現状があるのではないか? ということが懸念されます。
 高い受講料を払い、時間をかけて共通科目と区分別科目を修了したのに、その3割が特定行為を実施していない、うち5割の人が活動体制がないと回答しているという現状の原因として、医師と看護師の実践のしかた、すなわち専門職性の認識違いや解釈違いがあるかもしれません。加えて、タスクシフト/シェアに関するステークホルダー間の利害の不一致もあるかもしれません。

 カピバラ、こんなふうにいろいろ考えてみたんですけど、特定行為研修制度が医療に及ぼす影響の見え方が統一されていないってことなんだな、という結論にいったん至りました。特定行為研修制度そのものはスペシャリストを育てる研修ではありませんし、高度実践看護師を育てる研修でもありません。ジェネラリスト看護師の能力の底上げをする制度と言えるのです。なんなら中堅看護師は全員特定行為研修を修了する! くらいのことを目指すということなんですよね(もちろん認定看護師や専門看護師といったスペシャリストが、自分の実践に必要な特定行為研修を修了するということはあります)。

医師と看護師のスペシャリスト認識の違いがぐるぐるを加速させる

 日本の大部分の看護師はジェネラリストです。専門看護師や認定看護師といった専門分野、すなわちスペシャリティを獲得した看護師たちも元はジェネラリストです。看護師の基礎教育を修了し国家試験に合格して、それから、いろいろな現場で看護を実践する中で研鑽を積んだのち、専門分野を選択します。なので、現在およそ160万人いる看護師の多くはジェネラリストとして活動していると言えます。
 医師は違いますよね。国家試験合格後2年間の臨床研修「いわゆる研修医」が終わった段階で、専攻(スペシャリティ)を決め「専攻医」となる。そして3年以上の専門研修プログラムを修め認定試験に合格すると「専門医」となります。さらにそのあと、「サブスペシャルティ」領域の専門医となる医師もいます。このようにして医師の多くは、医学部入学後10年以上をかけて「〇〇科専門医」になっていきます。
 このへんの、医師と看護師双方の育成課程およびキャリア形成プロセスの相違点の相互理解、これなしに一緒に働くと、期待する能力に対して互いに解釈違いが起きるだろうなあということは容易に想像できてしまいます。
 たとえば△△外科の専門医というスペシャリストが、自分の病棟の特定行為をフルコンプリートしている修了看護師というエキスパート・ジェネラリストをパートナーとする時、この育成課程の相互理解がないと、役割期待を過度にもってしまったり、反対に過小になっていたりということが起きて、診療の補助行為を超えて医行為をやってくれることを期待する、手順書を発行してもらえない、診療の補助行為を移譲しないなどのことが生じる(生じてきた)ということだと思います。

ジェネラリストが特定行為研修を修了すると?

 看護師は、症状→診断→治療→効果評価という直線的な因果の思考だけで仕事をしていません。もちろん急性期の病院では、この因果関係の思考はとても重要なんですけど、でも、治療を受ける前に気持ちを整理して苦しみを軽減しないと、治療に立ち向かうことができない人や、治療を受ける前にほかの身体症状を何とかしないと治療に耐えられない人、治療が終わっても回復の途中にあって、まだ生活に援助が必要な人、自宅に帰ることが不安でしょうがない人などがたくさんいらっしゃいます。これがプライマリケア領域だと、もっと複雑性が高まります。
 ですから、症状や治療がその人全体にどう影響しているのか、という見方とともに、生活上のいろんな事柄が症状にどう影響しているのか、という全体の関連性をアセスメントしています。その中で何が正解なのか、患者さん、利用者さん、入居者さんに直接確認してみないとわからない事柄を意味づけながら、全体としてのその人の「絵」を描こうとします。
 人間という存在は、「治療したら健康になるとは言い切れないことも、まあまああるよね」というのが看護師の基本的な立ち位置です。もちろん多くの患者さんは治療したらすっきり良くなりますが、看護師はそのような自力回復できる人のことは見守っています。一方、その人の全体的な回復過程が進まないとき、それを阻害する要因は、もしかすると家族関係かもしれないし、もともともっている病気や障害のためかもしれないし、そもそもこの治療の副作用によるものかもしれない、患者さんの職場の上司の理解不足かもしれないし、その人自身のものの見方かもしれない、というカードをいつももちつつ、患者さんの言語・非言語の反応をよく見て考えながら生活のプロセスを整えていくことが看護のコアな仕事の一つです。
 このような見方をする看護師が、特定行為研修を修了することにより、病態、診断、治療のプロセスが整理されます。健康と生活という多要因性といいますか、いろんなことが影響し合っている世界において、一本の線を引くことにより、患者さんのこれからの成り行きのオプションが明確に見える。これが特定行為研修を修了した看護師の実践能力の変化につながっていると思います。患者の状態の予測性が向上するのです。
 すると何が起きるのか? カピバラの身近な経験だと、修了看護師は「なるべく患者が、特定行為を必要とする状態にならないようにする」ようになるのです。そして「そんなに特定行為はやってないんですけど、患者さんの満足とかは上がってます」「入院期間が長引くことは少なくなりました」「夜の急変がなくなってきて、病棟が落ち着いてます」「身体拘束が減りました」ということが起きてきます。これらが、ジェネラリスト看護師が特定行為を修了すること、そして組織に効果的に実装されることによる全体的な効果かもしれないですし、新しい看護のスタイルかもしれません。これによって医師のタスクは結果的に軽減します。医師を直接介助することができるからとか、医師のタスクを肩代わりするからとかというようなことで、医師のタスクがシフトされるというだけではないのです。

満天の星と桜

 日本の地域包括ケアシステムのあまねく多くの組織にジェネラリスト看護師がいて、国民の皆様の健康と安寧な生活を支える社会的インフラとして機能しています。
 満天の星は、いつもそこにあり、輝きは変わることはありませんが、きれいな空気の夜、ほかに光源がない状態でのみ、わたしたちはその輝きを見ることができます。桜は寒い冬を越えてこそ花開き、「あ、ここに桜があったんだ」と道行く人々が思わず立ち止まり見上げる。
 あまりにも当たり前にそこにあり続けるけれど、大切なことは目には見えません。星を輝かせるのは夜空であり、桜の花を咲かせるのは冬の寒さです。

 

引用文献
1)日本看護協会 看護師の特定行為研修制度ポータルサイト:特定行為研修制度とは,〔https://www.nurse.or.jp/nursing/education/tokuteikenshu/portal/about/〕(最終確認:2024年3月28日)
2)日本看護協会 看護師の特定行為研修制度ポータルサイト:特定行為とは,〔https://www.nurse.or.jp/nursing/education/tokuteikenshu/portal/about/koui.html〕(最終確認:2024年3月28日)
3)厚生労働省 医道審議会保健師助産師看護師分科会:第34回 医道審議会保健師助産師看護師分科会看護師特定行為・研修部会 資料4,〔https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001202220.pdf〕(最終確認:2024年3月27日)
 

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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