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第6回:不正咬合の悪影響

第6回:不正咬合の悪影響

2024.01.25島谷 浩幸(医療法人恵泉会堺平成病院歯科 科長)

 

不正咬合による悪影響とは?

 不正咬合とは、歯並びや顎の骨の大きさのアンバランス、歯の欠損などから生じる噛み合わせの異常で、様々な問題を生じます(図1)。

図1 不正咬合
左:歯の欠損により、噛み合わせのアンバランスが生じている。(80歳代、男性)
右:歯はあるが、上下同士が噛み合わない。(60歳代、女性)
[写真:筆者提供]

 

  • 上下の歯がきちんと噛み合わないと、しっかり食べ物を噛めない咀嚼障害が起き、栄養摂取の 偏りから成長期の子どもには発育不良、大人では生活習慣病のリスクが上がります。
     
  • しっかり噛めないまま飲み込もうとすると、うまく飲み込めない嚥下障害が起きやすく、飲食物や口腔・咽頭の細菌が本来流れるべき食道でなく気道の気管支に入り込めば、誤嚥性肺炎のリスクも生じます。
     
  • 前歯が突出していわゆる「出っ歯」になると、口唇を閉じにくくなるため口の中が乾燥し、虫歯リスクも上がってしまいます。
     
  • 噛み合わせが左右で異なれば肩こりや姿勢の歪み、頭痛(偏頭痛)の原因になることもあります。

 このように、時に全身的な問題へとつながる場合もある不正咬合ですが、原因には生まれつきの先天性のものもありますが、後天性の主要原因の一つとして悪習癖(あくしゅうへき)が挙げられます。

悪習癖は口に様々な影響を与える

 悪習癖とは、口の機能に悪影響を及ぼす口周囲に関する癖のことで、不正咬合に関係するものがあります。

1.指しゃぶり(吸指癖)
 主に親指を吸い、悪習癖の中でも高頻度で認められます。指しゃぶりが長期間に及ぶと、上顎前突(出っ歯)や開咬(前歯が噛み合わない)になる可能性が高まります。

2.唇を噛む(咬唇癖)
 下唇を噛む場合は、下唇が上下の前歯の間に入ると、上の前歯は外側に出て下の前歯は内側に倒れます。その結果、出っ歯になるリスクが上がります。

3.爪を噛む(咬爪癖)
 前歯の先端が欠ける、出っ歯になるなど、様々な不正咬合の原因になります。
●エビデンス
 2009年に大野秀夫氏らが報告した研究によると、不正咬合の治療を希望して受診された子ども30人(平均年齢8.5歳)のうち、認められた悪習癖の中で咬爪癖が23人(76.7%)で最も多くなりました(図2)。

図2 不正咬合の治療希望者の悪習癖の割合
[大野秀夫ほか:口と体の癖からみた咬合異常への対応.九州歯会誌63(4):211-235,2009より引用]

4.頬杖
 時々なら特に問題ないですが、習慣化すると要注意です。特に成長期の子どもは大人より骨に影響を受けやすく、片側に持続的な力が加わると骨格に歪みを生じ、それに伴い周囲の筋肉や靱帯にアンバランスが生じます。その結果、顔が左右で非対称になり、不正咬合や顎変形症になることがあります。

 以上の悪習癖による不正咬合の結果、噛むこと以外に発声・構音障害などの問題も生じやすくなります。

不正咬合による発声・構音障害のメカニズム

 一般的に不正咬合で生じる発声障害は、母音(aiueo、アイウエオ)よりも子音(母音以外)に生じやすいと言われます。子音は歯や舌、口唇などで息の通り道を完全に、または部分的に、かつ瞬間的に閉鎖して発音するため歯の影響を受けやすいです。
 例えば、上顎前突や開咬のほか、反対咬合(受け口)、正中離開(中央の前歯の間に隙間がある)といった歯列不正で前歯の噛み合わせが不完全な場合、破裂音(p、プッ)や両唇音(b、ブッ)が出しづらくなり、摩擦音(s、スッ)や歯音(z、ズッ)も支障が出ます。
 具体的には、歯を意識して「サシスセソ」と発音すると、上下の前歯同士が微妙な距離感を保ち、その隙間から息が出て発声されるのが分かると思います。これらの歯擦音(しさつおん)は前歯の位置に問題があれば、「ハヒフヘホ」のように違った音声に聞こえます。
 会話が聞き取りにくいと、コミュニケーションに問題が起きます。話した言葉が正確に伝わらないと言葉の行き違いから、あらぬ誤解が生じてトラブルの原因にもなります。また、コミュニケーションの不具合から自信喪失し、引っ込み思案になるような精神面での悪影響も懸念されます。

 Nさん(20歳代、男性)は上顎の前歯2本が出っ歯で「何言ってるか分からん」と友人に言われることが時々あったため、当院歯科で差し歯にして歯の向きや大きさを改善しました。その結果、見た目や滑舌が改善し、会話もスムーズになったと喜んでおられました。

 不正咬合が軽度な場合、差し歯などの冠をかぶせる補綴(ほてつ)治療で噛み合わせの改善が可能です。しかし、咬合不全の範囲や程度が重度な時は歯列矯正等の治療が必要です。

わが国における歯科矯正の現状

 2020年に日本臨床矯正歯科医会が全国の20歳代~60歳代男女1,030人を対象に実施したアンケート調査の結果によると、矯正歯科治療経験者は10.2%であり、治療を受けてみたいと回答した人は28.4%になりました。
 さらに、歯科矯正の専門性の高さや高額な治療費、複数年にわたる治療期間の長さなど、壁が高い治療であることも多くの人に認識されていることも明らかになりました。
 一方、厚生労働省の令和2年患者調査で歯科矯正の年代別患者数をみると10~14歳が最も多く、次いで5~9歳、15~19歳となり、未成年が中心であることが分かりました。平成29年に比べていずれの年代も令和2年の方が多く、歯科矯正に対する関心の増加がうかがえる結果となりました(図3)。

図3 歯科矯正の年代別患者数
[厚生労働省:平成29年患者調査〔https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/17/index.html〕(最終確認:2024年1月22日)および令和2年患者調査〔https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/20/index.html〕(最終確認:2024年1月22日)より作成]
 

 歯列矯正は年齢に応じた対応が必要です。一方で、年齢の発達によって歯並びや咬合の具合がよくなることはほとんどありません。ですから、歯並びや咬合の不正が認められたら、まずは一度、歯科医院に相談してみてください。

コラム 八重歯はかわいい?

 日本では若い女性を中心に「八重歯はかわいい」と良いイメージで捉える風潮がありますが、実はこれは、日本人に限られた美意識とされています。尖った形の犬歯が上方から生える八重歯は、欧米では吸血鬼ドラキュラを連想させるため、むしろ悪いイメージの象徴なのです。
 なお、欧米ではきれいな歯並びや噛み合わせで清潔感のある笑顔を得るのは教養ある社会人として必須だという風潮があり、不正咬合を改善する歯科矯正は1つのステータスになっています。上述のように歯科矯正の件数が増加している背景には、日本人の歯並びや嚙み合わせへの意識の変化があるのかもしれませんね。


【引用文献】
1)日本臨床矯正歯科医会ホームページ:「矯正歯科治療に関する意識調査」アンケート調査結果リリース,2020年11月12日,〔https://www.jpao.jp/15news/1535awareness-survey/%E3%80%8C%E7%9F%AF%E6%AD%A3%E6%AD%AF%E7%A7%91%E6%B2%BB%E7%99%82%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%84%8F%E8%AD%98%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%80%8D%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%88%E8%AA%BF.html〕(最終確認:2024年1月22日)

島谷 浩幸

医療法人恵泉会堺平成病院歯科 科長

しまたに・ひろゆき/大阪歯科大学卒業、同大学大学院博士課程修了。大阪大学微生物病研究所、京都文化医療専門学校非常勤講師等を経て、2019年より現職。歯科医師・歯学博士、野菜ソムリエ。TV番組『所さんの目がテン!』(日本テレビ)出演等のほか、著書に『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス、2008)、『ミュータンス・ミュータント』(幻冬舎ルネッサンス、2017/文庫改訂版2021)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版、2019)がある。雑誌掲載・連載多数。趣味は自然と触れ合うことと小説執筆、好きな言葉は晴耕雨読。ブログ「由流里舎(ゆるりしゃ)農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。

企画連載

エビデンスでみる歯・口と健康のかかわり

歯の病気や口腔機能の障害・低下はさまざまな疾患や健康状態悪化の原因になります。また歯・口腔の状態は全身の健康状態や、さらには置かれている環境・社会状況などの映し鏡にもなります。本連載では、そんな歯・口と健康のかかわりを、エビデンスを基にわかりやすく紹介します。

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