天気のせいで歯が痛くなる?
台風や低気圧が近づくと頭痛がする人がいますが、このように気象の変化で症状が出現したり悪化したりする病態は、天気痛や気象病などと呼ばれます。
その他にも気象の影響を受けるものとして、高血圧や心筋梗塞、熱中症、喘息などがあり、中でもうつ病、関節痛などは気圧変化に関連が強いと言われます。
では、口の中はどうでしょうか?
◎エビデンス
2015年に岡山大学の森田学教授らの研究グループが報告した内容1)では、慢性歯周炎の急性期症状(痛みや腫れなど)と天気との関連が示唆されています。
この調査では、岡山大学病院予防歯科を受診して慢性歯周炎の急性期と診断された患者のうち、急性期症状の明確な誘因が認められなかった153名を対象に、慢性歯周炎の急性症状の発生と気象条件の関連性を解析しました。
その結果、「気圧低下の毎時変化が大きい」、「気温上昇の毎時変化が大きい」といった気象条件が、痛みや腫れなどの急性期症状の発症と関連することが示されました。
天気の変化で歯や歯ぐきが痛むメカニズム
先ほどの研究は歯周病、つまり歯ぐきに現れる症状を調査しましたが、気象変化で歯自体に痛みが出ることも知られています。天気の変化による歯や歯ぐきの痛みについて、いくつかの要因を挙げてみましょう。
◎体力や免疫力の低下で炎症が悪化する
元気なときは口内も免疫力が高く、細菌などの外敵に対して抵抗力を発揮しますが、悪天候によるストレスで体が疲れると免疫力が低下します。
その結果、歯周ポケット中の歯周病菌が増えたり、歯根の膿瘍に潜む虫歯菌が活発化したりして、落ち着いていた症状が急性化して腫れや痛みを生じやすくなります。
◎自律神経のバランスが乱れ、痛みに敏感になる
気温や気圧の変化に適応するために働く自律神経ですが、激しく天候が変わると自律神経の交感神経と副交感神経のバランスが乱れ、ホルモン分泌に影響が出たりして痛みを感じやすくなることがあります。
◎気圧の変化で神経が刺激される
悪天候は低気圧が原因の場合が多いのですが、その低気圧によって歯が痛くなるメカニズムは明らかにされています。このような歯痛は「気圧性歯痛」といい、歯や周りの空洞にかかる圧力が低気圧で影響を受け、痛みを感じると言われます。
たとえば、歯の内部には血管や神経などを含む「歯髄腔」という空洞(図1)がありますが、この中の空気が気圧低下で膨張すると歯の神経を圧迫し、痛みを生じます。同様に大きな虫歯(図1)も、そのリスクを伴います。

また、歯根の先端に膿瘍や嚢胞(図2)があると、大きく気圧が低下する環境では徐々に膨張し、周りの組織を圧迫して痛みを感じさせます。

このような圧変化による空隙の膨張・収縮(スクイズ)により、歯だけでなく歯周ポケット、鼻周囲の副鼻腔(図3)や耳の中耳腔、消化管等の空洞がある組織・臓器で不快症状が出ることがわかっています。

大きな気圧変化が予想される場面ではとくに注意
気圧性歯痛は空高く飛ぶ飛行機でも起きることが知られ、「航空機歯痛」と呼ぶこともあります。
民間航空機では、高度1万m前後の上空を巡航します。このとき、機外環境は0.2気圧、気温はマイナス50℃という人間の生存にとって過酷な条件のため、客室内は与圧、温度・湿度調整、換気・循環などの空気調整システムで約0.8気圧、気温は24℃前後に保って、人工的に地上に近い環境を作り出しています2)。
しかし、離発着時の機体の上昇・下降が激しいときは、機内も外部の気圧変化の影響を大きく受けてしまいます。特に機体の上昇時は機内の気圧低下によって歯痛を感じやすくなります。
なお、気圧変化で起きる歯痛は、標高の高い山へ登るときだけでなく、海に潜るスキューバダイビング時の水圧変化でも生じます3)。
宇宙でも歯痛は起きる?
もっと高度の高い宇宙では、どうでしょうか?
JAXA(宇宙航空研究開発機構)によると、宇宙空間は0気圧ですが、宇宙船や国際宇宙ステーション(ISS)の中は地上と同じ1気圧に調整されており4)、気圧変化による歯痛の心配はありません。しかし、こうした内圧が管理された空間から外に出て、船外活動する場合はどうでしょうか?
宇宙空間には十分な酸素もなく、身を守るために宇宙服の着用が不可欠です。宇宙服の中は機能面などの理由で0.3~0.4気圧に設定されており、宇宙船内より低圧です4)。ですから、歯痛が出る可能性があります。
航空医学研究センターの検査マニュアルには「未治療のう歯(虫歯)、歯根嚢胞、根尖膿瘍および歯髄炎等は航空業務(気圧の変化)により新たな歯痛を発生させることがあるため、すみやかに治療を受けさせること」5)と記載されています。宇宙飛行士やパイロット、客室乗務員など、空で働く人たちの歯科検診は必須です。
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通院中のNさん(40歳代、男性)は来週から2週間ほど海外出張される予定ですが、左上の奥歯の歯根に膿瘍ができており、歯根の治療(感染根管処置)を行っています。
治療では通常、ファイルと呼ばれる細い針状の器具で歯根内を清掃し、消毒薬を詰めてフタをします。
しかし、国際線の飛行機に乗るため、膿瘍部の周辺に痛みが出る可能性があります。痛みが出てもすぐに治まればいいですが、症状が長引いた場合は医療機関を受診する必要があるかもしれません。
しかし、外国は医療費が高いので、できれば受診は避けたいとのこと。Nさんとよく相談したうえで、内圧が高まらないようにフタはせずに治療を終え、食べかすが詰まらないように食後のブクブクうがいを指示しました。
「痛みも出ず、快適に過ごせました」と笑顔で帰国され、治療を続けたNさんでした。
1)Takeuchi N, Ekuni D, Tomofuji T et al: Relationship between acute phase of chronic periodontitis and meteorological factors in the maintenance phase of periodontal treatment: A pilot study.International Journal of Environmental Research and Public Health 12(8):9119-9130, 2015
2)サトウ菜保子:航空機内の環境について.航空機内の環境が人体に与える影響:小児への留意
点.小児科診療UP to DATE,2017,〔https://www.radionikkei.jp/uptodate/up-to-date_2017.html〕(最終確認:2025年4月21日)
3)梅津彰,河内四郎:気圧性歯痛の原因として上顎洞炎が考えられた1例.日本口腔外科学会雑誌 45(12):829-831,1999
4)JAXA宇宙ステーション・きぼう 広報情報センター:金井宇宙飛行士アメブロ日記 宇宙服、あれコレ.JAXAウェブサイト,2017,〔https://iss.jaxa.jp/iss/jaxa_exp/kanai/blog/2017/09/07.html〕(最終確認:2025年4月21日)
5)航空医学研究センター: 13.口腔及び歯牙,航空身体検査マニュアル,〔https://www.aeromedical.or.jp/manual/manual_13.htm〕(最終確認:2025年4月21日)