義歯の概要
令和4年の厚生労働省・歯科疾患実態調査では、義歯(入れ歯)使用率は65~69歳でおよそ20%ですが、75~79歳になると50%を超えています1)。
義歯は1本の歯から32本すべての歯の欠損に至るまで、あらゆる欠損を補うことができ、インプラントのような手術も不要です。特に高齢者には安全で適応の幅が広いため、眼鏡と同様に快適な日常生活を送る上で大切な存在です。
義歯は歯科用語で「可撤性床義歯」といいます。可撤性とは取り外しできることです。図1のように義歯の構造は、床(しょう)と呼ばれる口腔粘膜を覆うピンク色の部分、歯に相当する人工歯、歯に掛けて義歯を安定させる金具(クラスプ*など)から成り、“取り外しできる”のが最大の特徴です。取り外しは手間である反面、外してあらゆる角度から洗浄できるというメリットがあります。
*残っている歯に義歯を引っ掛けて固定するための金具
高齢者は義歯の誤飲リスクがある
高齢者は歯や唾液が少ないことで、噛む機能(咀嚼機能)が不十分で、嚥下機能にも悪影響が出ます。
さらに、高齢者は咳反射で吐き出す力が弱いため、義歯の誤飲事故につながることがあります。義歯を誤飲すると、鋭利なクラスプなどによって咽頭や食道などの消化管に粘膜損傷を起こすリスクがあります。
また、寝たきりであったり、介護度が高い高齢者は、咽頭痛や嚥下時痛などを的確に訴えることができず、誤飲の発見が遅れて咽頭浮腫や頸部膿瘍、縦郭気腫などの重篤な合併症を併発し、緊急な治療を要することもあります。
「消化器内視鏡ガイドライン」では、異物摘出術の適応として緊急性がある場合の「消化管壁を損傷する可能性があるもの」に「有鉤義歯(部分入れ歯)」が掲載されています2)。症例としては、たとえば2011年に広島市立舟入病院外科のグループが、誤飲した義歯のクラスプがS状結腸を損傷させ、開腹手術が必要になった症例を報告しています3)。
義歯誤飲の頻度や傾向
◎エビデンス①
2018年に産業医科大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科のグループは、当科で過去15年間に対応した咽頭・食道の義歯誤飲症例についての詳細な調査を報告しました4)。
症例は26例で年齢中央値は79.5歳であり、26例中21例(約81%)が認知症や脳梗塞、アルツハイマー病、統合失調症などによる脳機能障害を有していました。
クラスプが粘膜を損傷した部位の最深部は、食道入口部~頸部食道11例、下咽頭10例、中咽頭4例、上咽頭1例でした。
また、摘出手術時に全身麻酔を使ったケースが14例、局所麻酔が12例で、気管切開を要した例が4例、頸部外切開を要した例が1例、死亡例が1例でした。特に食道入口部~頸部食道の介在義歯症例は、11例中9例(約82%)の高率で全身麻酔しました。
本調査では、義歯の形状として、U型は第一大臼歯または第二大臼歯まで欠損がある総義歯に近いサイズの義歯、J型は大臼歯の欠損はないが湾曲部分を含む義歯、I型は湾曲部分を含まない部分義歯と分類しました(図1の部分義歯はU型に相当)。この分類に従い、誤飲した義歯の形状と重症度の関係を調べると、U型14症例中9例(約64%)で全身麻酔が必要でした(図2)。また、気管切開症例の義歯はすべてU型で、この中には死亡した例が含まれていました。
以上より、介在部位が食道入口部~頸部食道の場合やU型義歯では重症化する傾向があることが示唆されました。
義歯の誤飲が起きる状況や発見部位など
◎エビデンス②
2012年の東京医科歯科大学の研究グループの報告では、1998年から2011年までの期間に医学中央雑誌で掲載された義歯誤飲に関する論文を検索し、その中から診断や治療の経過が比較的詳細に記載されていた可撤性義歯の誤飲症例54例について分析しています5)。
その結果、54症例のうち総義歯の誤飲が3症例でしたが、部分義歯が51症例で大半を占めました。性別では男性38名、女性16名で男性が多く、年齢は60歳代が最も多くなりました。
義歯誤飲のタイミングでは食事時が最も多く、約57%に及びました。さらに、義歯の発見部位は食道が最も多く、次いで小腸となり(図3)、摘出方法は外科手術が36症例(約67%)を占めました。
なお、今回調査された症例では32症例(約59%)で誤飲を認識していましたが、14症例(約26%)は認識していませんでした(残り8症例は症例報告中に記載がない等の理由で、認識の有無は不明)。
義歯の誤飲への対策
義歯の誤飲を防止、あるいは早期に対応できる対策をいくつか挙げます。
◎義歯の状態の確認
義歯の形状や部位、不具合の有無、非装着時の保管状況など、義歯の状態について確認し、病院スタッフの多職種で情報共有します。
◎義歯の調整
義歯がゆるい、外れやすいといった義歯の不具合などの問題点があれば、歯科医師に伝えて改善する処置を行います。
◎誤飲の可能性がある異常への対応
義歯を紛失して探してもみつからない、患者の咳や流涎が急に増えた、呼吸状態が突然悪化したなどの異常があれば義歯の誤飲の可能性を考慮し、速やかに医師や歯科医師に報告して口腔内チェックやX線撮影で確認します。
◎義歯誤飲の啓発
病院スタッフだけでなく患者の家族にも、義歯誤飲事故に対する啓発活動を行うとよいでしょう。
◎認知症患者への対応
認知機能の低下があれば、場合によっては、食事やリハビリテーションで噛みしめが必要な時以外は、義歯を外して患者専用の義歯ケースに保管してもらうことも検討されます。
◎より安全な義歯の使用
義歯の構造に危険なクラスプのない“ノンクラスプ義歯”(図4)もあります。ただし、健康保険の適用外で高額(歯数などにより数万円以上)であるため、今後の保険制度の充実が望まれます。
* * *
当院に誤嚥性肺炎後のリハビリで入院中のTさん(80歳代、男性)について内科の主治医から「入れ歯をみてほしい」との依頼が来ました。入院後2週間を経過していましたが、これまで口や歯に関する問題はなく、歯科は未介入でした。
依頼内容をカルテで詳しく確認すると、昨夜下顎の小さな部分義歯を飲み込んで一時的に呼吸困難になったため緊急で内視鏡的に摘出し、その後は安全面を考慮して義歯は使用していないという経緯が記されていました。
Tさんの義歯を確認すると、前歯の人工歯が2本だけの小さなもので、隣の歯に掛ける金具が若干ゆるくなっていました。
このような場合は金具を少し強めて外れにくく調整することが多いです。しかし今回のケースではTさんの認知症が進行していることと、嚥下機能が不安定なことなどから、再誤飲の防止のために、金具を奥に伸ばして義歯を大きくするという方法を考えました。そして、そのように構造を改善した義歯を、家族の了承を得て作成しました。
義歯の誤飲は決して珍しくはないので、気を付けたいですね。
1)厚生労働省:令和4年歯科疾患実態調査[https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_33814.html](最終確認:2026年1月8日)
2)赤松泰次,白井孝之,豊永高史:異物摘出術ガイドライン,日本消化器内視鏡学会卒後教育委員会編,消化器内視鏡ガイドライン第3版,206-214,医学書院,東京,2006
3)田崎達也,津村裕昭,日野 裕史ほか:臨床報告 有鉤義歯誤飲によるS状結腸損傷の1例.臨床外科66(13),1683-1686,2011
4)大久保淳一,長谷川翔一,髙橋梓ほか:咽頭・頸部食道義歯異物の臨床統計.頭頸部外科28(3),277-282,2018
5)下山和弘,清水一夫,大渡凡人ほか:日常生活で起こる可撤性義歯の誤飲.老年医学27(2),121-128,2012





