音は味覚に影響を与える
味覚は、舌表面に数多くある舌乳頭(図1)の「味蕾(みらい)」という小器官が味成分をキャッチし、味覚神経を介して脳に信号が送られることで感知されます。
しかし、舌からの信号を脳がどう解釈するかは、飲食物の色や歯応え、形、照明などに影響されることが明らかにされています。特に音や音楽によって、料理の味だけでなく、食べたいもの、食べたい量まで変わることが注目されています。

[写真:筆者(yururisya)]
◎エビデンス
オックスフォード大学のチャールズ・スペンス教授の研究チームは、聴力・視力(矯正視力)が正常な20名を対象に、ポテトチップスを噛む際に生じるパリパリ音の影響について調査を行いました1)。その結果、パリパリ音をコンピューター処理で増大または強調させて食べると、カリッと感や新鮮さの評価がアップすることが示されました。この、いわゆる「ソニックチップ」研究は、乾いたパリパリ音が調味料になることを証明したのです。なお、この研究チームは、2008年にイグ・ノーベル賞(ユーモアのある優れた研究に対して贈られる賞)を受賞しています。
また、チャールズ・スペンス教授は、高級ワインそれぞれに合うクラシック音楽を探る研究も行っています。その中で、相性のいいクラシック音楽を聴きながらワインを飲むと、ワイン単体よりも全体的に甘く感じられたことなども報告しています2)。
このように、「音の調味料」や「音の味付け効果」と呼ばれる「ソニックシーズニング」に関する研究が、各国で進んでいます。
感覚が影響しあうクロスモーダル現象
味覚と聴覚など、本来別々の知覚が互いに影響を及ぼし合うことを「クロスモーダル現象」といいます。例えば、「チリン」という風鈴の音を聴くだけで実際の気温より涼しく感じたりするのも、この現象が関与します。
図2のように、五感による知覚割合は視覚が80%以上で大半を占めますが、次に聴覚が11%で続きます。視覚に比べると割合は小さいですが、料理に対する知覚判断でも聴覚の影響を受けることは決して不自然ではないと思われます。

日本ではまだ馴染みが薄いですが、英国などヨーロッパでは、クロスモーダル現象を活用して料理を提供するレストランや飲食ビジネスが浸透しつつあります。
英国のレストラン「キッチン・セオリー」では、インスタグラムのアカウントで「我々は料理を作るだけでなく、体験を作る(筆者訳)」3)というコンセプトの記載があるように、提供されるコースは、バリエーション豊かな音や音楽、照明などの演出とともに提供されます。
実際にお客さんがヘッドホンを装着して料理を食す場面を、同レストランの公式YouTubeで見ることができます。このような観点で、レストランや飲食店で流れるBGMに耳を傾けてみても面白いかもしれませんね。
音楽は甘味に影響する?
甘味は特に心理的要因の影響を受けやすい味覚とされています。関連研究を紹介しましょう。
◎エビデンス1
2019年にKantonoらが報告した研究では、チョコレートのジェラートを食べながら好きな曲を聴くと甘味やミルクっぽさが際立ち、嫌いな曲の場合は苦みやクリーミーさが際立つことが分かりました4)。
◎エビデンス2
2013年に明海大学歯学部の研究グループは、歯や顎に特に問題がない成人22名を対象に、純音(単なる音)3種類(10ヘルツ、4,000ヘルツ、20,000ヘルツ)とヒーリング系の音楽3種類(モーツァルトのCD2種類、自然音を収録したCD1種類)が味覚(甘味・塩味)の感受性にどう影響するかを解析しました5)。
その結果、純音とモーツァルトによる聴覚刺激では味覚への影響は甘味・塩味ともに有意差が認められなかったのに対し、自然音による刺激では甘味の感受性の低下が認められました。
自然音のCDには、小川のせせらぎ、虫の鳴き声、風の音、波の音などが収録されていました。自然音は1/fゆらぎ(規則性と不規則性のバランスがとれた状態)をもち、その繰り返しが人間にとって心地よさとして伝わることから、本研究では自然音のCDによるリラックス効果で覚醒レベルがやや低下したために感受性が低下したと推察されました。
飛行機内の音も味に影響する?
飛行機内では、気圧や湿度の影響等で味覚が鈍化する傾向にあると言われますが、機内の「音」も味覚に関係することが分かってきました。
◎エビデンス
2011年にマンチェスター大学の研究グループが報告した研究では、飛行機の中で絶えず耳につくエンジン音に代表される「ホワイトノイズ」の味覚に対する影響が調べられています6)。対象者48人に「ホワイトノイズ」を聴いた状態でお菓子などを食べてもらったところ、音が大きくなるにしたがい、甘味と塩味が感じにくくなるという結果になりました。
このような研究報告を受け、機内食は塩やスパイスを多めに加えて味を強調する工夫がされるようになったほか、英国の航空会社ブリティッシュ・エアウェイズ等は機内食を美味しく感じさせるための音楽のプレイリストを作り、実際に活用しています。
以上より、音楽を効果的に活用しながら、美味しく料理を食べるようにしたいですね。
* * *
Kさん(60歳代、女性)は以前、何本かの虫歯治療をしましたが、ここ数年は特に問題もなく、定期検診と口腔清掃で来院されます。
最近来院された際、「ちょっと気になるだけですけど」と前置きされた上で「引っ越ししたぐらいから料理の味が分かりにくくて…」と悩みを打ち明けられました。
唾液の潤いもあり、歯磨き状況も良好。歯や歯ぐきも健康で、服用中の薬もなく薬の副作用でもありません。
引っ越しについて聞くと、「郊外から利便性のある街中に」とのこと。味覚に関与する亜鉛不足や音環境の変化による味覚の影響が考えられましたが、「大したことないから様子見るわ」とのことで、その日の検診を終えました。
そして、3か月後。新たな検診で来られたKさんは「特に何もしなかったんだけど、味覚、元に戻ったのよ」と嬉しそうに話されていました。音環境の変化による一時的な影響だったようです。新しい環境に慣れて味覚が順応した可能性が示唆される一例でした。
1)Zampini M, Spence C: The role of auditory cues in modulating the perceived crispness and staleness of potato chips. Journal of Sensory Studies 19(5); 347-363, 2005
2)Spence C, Richards L, Kjellin E, et al: Looking for crossmodal correspondences between classical music and fine wine. Flavour 19(2); 1-13, 2013
3)「Kitchen Theory」Instagram〔https://www.instagram.com/kitchentheory/?hl=ja〕(最終確認:2025年5月26日)
4)Kantono K, Hamid N, Shepherd D, et al: Emotional and electrophysiological measures correlate to flavour perception in the presence of music. Physiology & behavior 199; 154-164, 2019
5)草野 寿之, 奥津 史子, 松川 高明, 他:聴覚刺激が味覚機能に及ぼす影響ー甘味と塩味についてー.顎機能誌 19;145-156, 2013
6)Woods AT, Poliakoff E, Lloyd DM, et al: Effect of background noise on food perception. Food Quality and Preference 22; 42-47, 2011