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第18回:食中毒の王!? ノロウイルスのおはなし

第18回:食中毒の王!? ノロウイルスのおはなし

2024.08.01中野 隆史(大阪医科薬科大学医学部 教授)

 前回は自然毒による食中毒のおはなしをしましたね。確かに食中毒は微生物だけが原因ではないのですが、患者数や事件数からみると、やはり微生物によるものがもっとも多いのは事実です。その中でも、患者数としてもっとも多い原因はノロウイルスです。今回は食中毒の王道(?)としてのノロウイルスについておはなししようと思います。

発見以降、“食中毒の王道”であり続けるノロウイルス

 ノロウイルス、変な名前ですね。しかしもともとはそうではなかったんです。このウイルスが発見されたのは1968年で、オハイオ州ノーウォークの小学校で発生した集団胃腸炎事例から検出されました。よって当時は「ノーウォークウイルス」、あるいはウイルス粒子の形態から「小型球形ウイルス(SRSV)」と呼ばれていました1)。その後、電子顕微鏡ではSRSVに特徴的な形態(図1)で観察されるけれど、抗原性が異なる複数のウイルス株が発見され、わが国でも「チバウイルス」(千葉県が由来)や「音更(おとふけ)因子」(北海道の音更町が由来)などと呼ばれるウイルスが発見されています。現在の「ノロウイルス」という名称は、2002年の国際ウイルス学会での命名委員会で決められたものです。

図1 ノロウイルス
[東京都保健医療局:ノロウイルス.食中毒を起こす微生物,たべもの安全情報館,食品衛生の窓〔https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/micro/noro.html〕より引用]

 このウイルス、研究がなかなか進まなかったのですが、これは培養細胞を用いて分離培養することが非常に困難だったからで、実はそれ、現在でも変わっていません。そのため信頼できる検査法が確立するまで時間を要しました。

 さて、ご存じのようにその後ノロウイルスはどうやら食中毒の原因らしいと認知されましたね。食中毒予防法では、食中毒を発生させた飲食店などを営業停止させるような「行政処分」が可能ですので、公権力を発動するためには、しっかりした検査法が必要です。
 しかし、当時、唯一信頼に足る方法は糞便をネガティブ染色して電子顕微鏡で観察し、特徴的な形態をもとにウイルス粒子を特定することでしたので、ウイルスを食中毒の原因として定義づけるには、全国の地方衛生研究所すべてに電子顕微鏡が整備されるまで待たなければならなかったわけです。この整備が完了したのが1998年で、その年から正式にウイルスが食中毒の原因となりました(当時の食中毒統計における病因物質名は「小型球形ウイルス」)。
 そうしたらその年の食中毒患者数統計でノロウイルスは12.1%を記録し、1位の腸炎ビブリオ(28.6%)、2位のサルモネラ(26.6%)についで、なんといきなり第3位に躍り出るという驚きの結果となりました。さらにその3年後、2001年には28.6%と、2位のサルモネラ(19.1%)を大きく引き離して第1位となっています。患者数第1位というのは現在まで続いている傾向です2)

ノロウイルスの原因食材は?

 ノロウイルスの感染経路・食中毒の原因食材としては当初、二枚貝の体内で濃縮されたウイルスが加熱不十分な状態で摂食される、というパターンが多かったのです。有名なのは牡蠣(カキ)でした。しかし現在では、十分に加熱することで予防できることが知られておりますし、食材の衛生管理も行き届いており、食中毒の原因となる頻度は少なくなった印象です。
 一方で現在問題なのは「不顕性感染者が調理した料理」なんです。激しい下痢や嘔吐を続けている人が調理場に入って他人へ提供する料理を作ることはまあ、ありえないでしょうが、便は普通便、その他の症状もまったくない人でもノロウイルスを糞便中に排出する場合があります。それが「不顕性感染」です。そのような人の糞便中には、発症者と変わらないくらいの量のウイルスが排出されていることもあります。そんな人が手洗い不十分でトイレから出てきて、調理した料理が原因食材となることが現在では増えています。

 そうなりますと、「典型的な原因食材」というのを挙げることができません。腸炎ビブリオなら夏の生魚、サルモネラでは鶏肉・鶏卵、カンピロバクターなら肉類と、食中毒原因微生物には典型的な原因食材があることが多いのですが・・・。いままでのノロウイルス食中毒事例では、たとえば給食の食パンとか(異物を検知するために手袋をした人がひとつずつ触って調べていた)、刻み海苔(海苔の製造工程ではなく海苔を細かく刻む工程でウイルスが混入した)などもありました。肉も野菜も果物も、あるいは主食も副食も関係なく、人の手が触れる可能性があるものはすべて原因食材となり得るわけです。また、ノロウイルスに感染していったん症状が出た人が治ったとしても、糞便中にウイルスは1週間から1カ月程度排出され続けることが知られています。
 このような食中毒を予防するためには、調理者の普遍的な手指衛生の徹底が必要となります。つまり、トイレから出てきたらしっかりと手を洗うという、ごくごく簡単かつ当たり前のことを、しかし、「いつでも」「どこでも」「だれでも」やらないといけないということでして、こういう対策が、実は簡単そうで一番難しいのだと痛感します。

ノロウイルスに感染してしまったら……

 ノロウイルスに感染した患者の糞便や吐物には多量のウイルスが含まれています。患者の吐物1 g当たり108~1011個(1億 ~1,000億)個のウイルスが存在するといわれます。糞便の場合でも1g当たり数億個は確実に入っているようです。しかしノロウイルスの感染閾値(症状を出す最小の摂食量)は感染実験の結果、10から100個だと言われています。国立医薬品食品衛生研究所の資料によると、お風呂の水(1,000L )に1gあたり10億個のノロウイルスを含む糞便をたった0.1g溶かしたと仮定して、1mL中に100個のウイルスが入っている計算になります。吐物であれば100g中に最大10兆個のウイルスが存在することになりますから、単純計算では1,000億人以上を下痢・嘔吐で苦しめることができるウイルス量となり、まるでバイオテロの世界です(すべてのヒトに感染が成立するわけではありませんが・・・)。

 また、吐物を乾燥させてしまった場合、吐物とウイルスがほこりのように舞い上がり、他の人の口に入って、唾液とともに飲み込んで感染が成立する場合もあります。これ、一部のマスコミでは「空気感染」と呼んだこともあるんですが、空気感染は基本的には経気道感染なので、ノロウイルスの場合、正確な表現ではないです。国立感染研究所のWebサイトでは「塵埃(じんあい)感染」と呼んでいます3)。ほこりによる感染という意味で、こちらの方が正確です。
 吐物は乾燥させず、すみやかに、適切に処理することが重要です。とくに絨毯に付着した吐物はやっかいで、欧米ではクルーズ客船での集団発生例もあることから「cruise ship diarrhea(クルーズ客船下痢症)」の別名もあります。

ノロウイルスの消毒

 ノロウイルスがやっかいなのは、このウイルス、エンベロープ(インフルエンザウイルスなど一部のウイルスに見られる脂質二重層膜)を持っていないウイルスだということです。一般的な消毒薬として汎用されるアルコール(エタノール)は、エンベロープを持っているウイルスに対しては、そのエンベロープに働いて界面活性作用で破壊し、効果を発揮します。しかしノロウイルスのようにエンベロープのないウイルスの場合、エタノールのもうひとつの作用であるタンパク変性作用を期待するしかないのですが、さきほども申したように、感染閾値が10個とか100個とかの世界ですので、通常の消毒薬でいう、たとえば感染力価を10万分の1(105分の1)まで下げる、といった消毒力がたとえあったとしても、ノロウイルスの感染制御には全然追い付かないことになります。米国CDCもガイドラインでアルコールはあくまでも「alternative method」(代替法)としてしか有用ではなく、手指衛生の場合は石けんと流水による機械的な手洗いしかない、と述べています。

 そうはいっても適切な消毒法は感染制御に必須なのですが、これまた困ったことに、前述のとおりこのウイルスは培養細胞を使って培養をすることができませんので、消毒効果を定量化できないのです。そこで多くの文献では、代替ウイルスとしてウイルス学的に近縁なネコカリシウイルスを用いた実験結果を載せています。こちら、ネコの弱毒生ワクチンにも使われるウイルスでして、培養することができるので感染価が測定できるんですけれど、消毒薬の抵抗性がノロウイルスと同じかというと、そこはあくまでも想像の世界なんです。しかし、このウイルスを使って「類推」するしかありません。それによりますと、70%エタノールを用いた場合、感染力価を10万分の1まで下げるためには、接触時間が5分間必要とされています。5分間ずっと手指をアルコールに浸けておく、というのはなかなか難しいと思いますし、そこまでやっても不活化できる力は「10万分の1(105分の1)」ですから、感染を防ぐための十分な方法とはいえない(吐物1gに108個として、103(=1000個)にしか減らせない)んです。

 ノロウイルスに有効な消毒薬としては次亜塩素酸ナトリウムがあります。手指には使えませんが、吐物で汚染された机や床など、環境の消毒に使用可能です。家庭用の塩素系漂白剤も代用することができます。ただし、対象物に応じた適切な濃度を守ることと、金属腐食性がありますので表面の材質には注意が必要です。

ノロウイルスの検査

 検査に関しては、歴史的には電子顕微鏡によるウイルス粒子の観察しかなかった、といいましたが、その後、糞便を対象としたウイルス抗原検出キットが開発されています。ただし、抗原性と感度の問題があって、感染していても陽性とならない(偽陰性)場合があることに注意が必要です。ウイルス学的にはRT-PCR法を用いることができます。ただ、検査で診断がついたとしても、特異的な抗ウイルス薬があるわけでもないので、治療に結びつけることができません。
 ノロウイルスに罹っても、1日もするとだんだん治ってきます。乳幼児や高齢者の場合、脱水や吐物による窒息に注意が必要なのですが、成人の場合には対症療法が基本です。そのため、ウイルス抗原検出キットによる検査診断に関しては、3歳未満、65歳以上の人など、健康保険適用となる対象が限定されています。

 私もノロウイルスに罹ったことがありますが、洋式トイレに座って下痢に耐えていると、今度は吐き気に襲われて便器に向かって吐きたくなり、立ったらいいのか座ったらいいのか、便器を前にクルクル、前を向いたり後ろを向いたり、とても苦しい時間を経験することになりました・・・。第13回でお話しした、私がマニラでコレラ菌?毒素原性大腸菌?に感染したときもとても辛かったのですが、そのときは腹痛などはなく、ただただ水様便が出続けるだけでした。それに比べると、下痢だけではなく嘔吐もプラスされるノロウイルス感染症のほうが、やっぱりずっと辛いですねえ・・・。もう、二度と勘弁してほしいですね・・・。

【引用文献】
1)厚生労働省:Q2「ノロウイルス」ってどんなウイルスですか?.ノロウイルスに関するQ&A,2004年2月4日,〔https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/kanren/yobou/040204-1.html#02〕(最終確認:2024年7月24日)
2)厚生労働省:(2)過去の食中毒発生状況.4.食中毒統計資料,〔https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html〕(最終確認:2024年7月24日)
3)NIID国立感染症研究所:ノロウイルスとは,〔https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/452-norovirus-intro.html〕(最終確認:2024年7月24日)

中野 隆史

大阪医科薬科大学医学部 教授

大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)医学部卒業後、同大学院医学研究科博士課程単位取得退学(博士(医学))。大学院時代にHarbor-UCLA Medical Centerに留学。同大学助手時代に国際協力事業団(現・同機構;JICA)フィリピンエイズ対策プロジェクト長期専門家として2年間マニラに滞在。同大学講師・助教授(准教授)を経て2018年4月より現職。医学教育センター長、大学安全対策室長、病院感染対策室などを兼任。日本感染症学会評議員、日本細菌学会関西支部監事(前支部長)、大阪府医師会医学会運営委員なども勤める。主な編著書は『看護学テキストNiCE微生物学・感染症学』(南江堂)など。趣味は遠隔講義の準備(?)、中古カメラの収集など。

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