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第1回:ポストコロナはいつ来るの? ~ロシアかぜに学ぶ~

第1回:ポストコロナはいつ来るの? ~ロシアかぜに学ぶ~

2023.03.02中野 隆史(大阪医科薬科大学医学部 教授)

はじめに

 みなさま初めまして。医学部で微生物学・感染制御学の教員をしております「とろろ」と申します。実は私の家族が私のメタボのお腹を見て、「とろろ」とは一文字違いで大・中・小の3種類がいる、あの「おばけ」の名前で私を呼んでいるのですが、さすがにそのままでは使えないかと思いまして、一文字置き換えております。機会を頂きまして、今回から微生物・感染症に関する、ちょっとしたお話をさせて頂こうと考えております。何卒よろしくお願い申し上げます。

 さて、新型コロナウイルス感染症はまだまだ続くような勢いですね。感染症の正式名称はCOVID-19でして、我が国では2020年初頭から流行が始まり、4月になってどこの大学でも入学式がなくなったり、遠隔講義に切り替えになったり、大変なことになりましたね。このお話の執筆時は2023年1月なので、流行初期からもう3年が経過していることになります。いったいいつになったら、以前のような生活が戻る、「ポストコロナ」時代が来るのでしょうか。 
 実は今から100年以上前にも「新型コロナウイルス感染症」のパンデミックがあったようなのです。今回はそのお話をさせていただきます。

ヨーロッパで大流行した過去の「新型コロナウイルス」

 今の千円札の肖像は細菌学者の野口英世です。私は野口英世の伝記を読んで細菌学者を志したのですが、そのお話はまたの機会として、今のお札は2024年を目途に、新しいデザインに変更されることになっています(図1)。野口先生のお顔を拝見するのもあと少しかと思っていたのですが、なんと新千円札の肖像が北里柴三郎になることが決まりました。北里先生も偉大な細菌学者でして、われわれ微生物学研究者にとってはたいへんありがたいことです。

図1 北里柴三郎の肖像が施された新千円札のデザイン
[財務省:新しい日本銀行券及び五百円貨幣を発行します,https://www.mof.go.jp/policy/currency/bill/20190409.html,アクセス日:2023年1月12日より引用]
 

 北里先生は19世紀の終わり頃、ドイツのコッホ(Koch R)の元に留学しています。このときヨーロッパで猛威をふるった、「ロシアかぜ」というインフルエンザの流行に遭遇しました。そこで、北里はパイフェル(Pfeiffer R)とインフルエンザ患者からグラム陰性の球桿菌を分離し、1892年に「インフルエンザ菌」と命名し発表しました。
 インフルエンザの原因は細菌ではなくウイルスであることは、そののち1933年にフェレットを使った分離培養で明らかとなるのですが、実際、北里らの発見した細菌はインフルエンザのようなウイルス感染症に続発する、二次性の細菌性肺炎や中耳炎、髄膜炎の起因菌として重要であり、現在でもインフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)という名前は残っています。ヒブワクチンで予防する病原細菌といえば分かって頂けるでしょうか。ヒブ(Hib)というのは、インフルエンザ菌血清型(莢膜型)bの頭文字なんですね。

 ロシアかぜは1889年からヨーロッパを席巻しました。1918~19年シーズンから大流行した「スペインかぜ」とともに、インフルエンザウイルスによるパンデミックと信じられてきました。しかし2005年、ベルギーのレーベン(Leuven)大学のグループが、ロシアかぜはインフルエンザウイルスが原因ではなく、「新型の」コロナウイルスが原因である、という論文を発表しました。
 ここで私たちヒトに感染するコロナウイルスの型を整理すると、表のようになります。いわゆる「普通かぜ」の原因となるヒトコロナウイルスは4つの種があり、それ以外にSARS(重症急性呼吸器症候群)の原因である「SARS-CoV-1」、MERS(中東呼吸器症候群)の原因である「MERS-CoV」、そしてCOVID-19の原因である「SARS-CoV-2」の総計7つの種がヒトに感染するコロナウイルスです。レーベン大学のグループはその中で普通かぜの原因である「OC43」に注目しました。

表 ヒトコロナウイルスの分類
普通かぜの原因 HCoV-229、NL63、HKU1、OC43
SARSの原因  SARS-CoV-1
MERSの原因 MERS-CoV
COVID-19の原因 SARS-CoV-2

 この論文で、彼らは1965年から1998年にかけて分離された15株の「ウシコロナウイルス」と「ヒトコロナウイルスOC43」の遺伝子の相同性を解析したのです。これらは、年代を遡るごとに差が少なくなっていくことが分かりました。
 図2はこの論文から作成した図ですが、直線の右側に散らばっている青の点々は、ウシコロナウイルスの分離年を横軸に、遺伝子の差を縦軸にしてプロットしたものです。そしてその青の点々を直線近似で延長していくと、1890年あたりのところで横軸と交わる、つまり遺伝子の差がなくなるということを示しました。

 図2 ウシコロナウイルスとヒトコロナウイルスOC43の遺伝子相同性
[Vijgen L, Keyaerts E, Moës E, et al.:Complete Genomic Sequence of Human Coronavirus OC43;Molecular Clock Analysis Suggests a Relatively Recent Zoonotic Coronavirus Transmission Event, Journal of Virology79(3) : 1595-1604, 2005より作成]

昔の「新型コロナウイルス」とCOVID-19の感染爆発は酷似

 つまり、1890年あたりでは、ウシコロナウイルスとOC43は同じウイルスであったことを示唆しているわけです。この1890年あたりに何があったかというと、そうなんです、「ロシアかぜ」のパンデミックがあったわけですね。ロシアかぜは今まで言われていたようなインフルエンザウイルスが原因ではなく、ウシコロナウイルスがヒトに感染することで始まった当時の「新型コロナウイルス」が真の原因である、というのが彼らの主張です。そして現在では、その考え方は妥当なものであると考えられています。

 現在のSARS-CoV-2の由来は明らかではありませんが、おそらく野生のコウモリ由来ではないかと考えられています。このウイルスがヒトに感染するようになってアウトブレイクを起こしたことと、ウシコロナウイルスがヒトに感染してロシアかぜのアウトブレイクを起こしたことは酷似しています。この「新型コロナウイルス(当時)」は現在のOC43、つまり「普通かぜ」の原因ウイルスとなるわけですが、歴史的にロシアかぜは1889年から始まり1895年頃に収束を迎えています。つまり当時の新型コロナウイルスが普通のかぜのウイルスになるのに約6年かかっていたわけです。

 もちろん1890年頃と現在では医療事情が異なっていますし、人の移動の状況もまったく異なります。現在ではワクチンが実用化され、数種類の抗ウイルス薬が手に入りますし、RT-PCRや迅速抗原検出キットなどの検査法も使えるようになっています。またロシアかぜの死者の多くは続発する細菌性肺炎が実際の死因であると推測されますが、おそらくその大部分は現在では抗菌薬で治療が可能でしょう。
 ですからこの「6年」というのは現在のパンデミックにそのまま当てはめることはできないですが、参考になる数字じゃないかなあ、と個人的には思っています。
 日常生活の制限がいつまで続くのか、と思うと憂うつになりますが、たとえばあと3年の我慢と思えば、まだ耐えられるかな、なんて思ったりします。科学的な根拠があるわけではありませんが。。。みなさま、くれぐれもご自愛くださいね。

中野 隆史

大阪医科薬科大学医学部 教授

大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)医学部卒業後、同大学院医学研究科博士課程単位取得退学(博士(医学))。大学院時代にHarbor-UCLA Medical Centerに留学。同大学助手時代に国際協力事業団(現・同機構;JICA)フィリピンエイズ対策プロジェクト長期専門家として2年間マニラに滞在。同大学講師・助教授(准教授)を経て2018年4月より現職。医学教育センター長、大学安全対策室長、病院感染対策室などを兼任。日本感染症学会評議員、日本細菌学会関西支部支部長、大阪府医師会医学会運営委員なども勤める。主な編著書は『看護学テキストNiCE微生物学・感染症学』(南江堂)など。趣味は遠隔講義の準備(?)、中古カメラの収集など。

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