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第2回『アフター・ヤン』

第2回『アフター・ヤン』

2023.07.26NurSHARE編集部

 本コラムは、みなさまの休日のおともにおすすめしたい映画作品をご紹介するミニ連載。笑って、泣けて、考えさせられて……医療に通ずるテーマや描写を含む作品を中心に、往年の名作から最新作まで、NurSHARE編集部の映画好き部員がお届けします。
※本文中で作品の重要な部分に触れている場合があります。

『アフター・ヤン』(コゴナダ監督/コリン・ファレル主演,アメリカ,2021)

[映画『アフター・ヤン』公式サイト,〔https://www.after-yang.jp/〕(最終確認:2023年7月3日)より引用]

作品のあらすじ

 舞台は「テクノ」と呼ばれるアンドロイドや、クローン技術が普及した近未来。茶葉の販売店を営むジェイクは、妻のカイラ、養女のミカ、中古テクノのヤンと穏やかな毎日を過ごしていました。
 ある日ヤンは突然故障して動かなくなり、ヤンを兄同然に慕っていたミカはひどく落ち込んでしまいます。正規修理店では修理できず代替品の購入を勧められ、藁にもすがる思いで違法メカニックに修理を依頼するジェイク。その結果、やはりヤンの修理は叶わないこと、ヤンには通常のテクノにはない特殊なパーツが組み込まれていることが分かりました。
 テクノを展示する博物館の館長の調査で、特殊なパーツは1日に数秒間だけヤンが見たものを録画できるメモリバンクだと判明します。ヤンとメモリバンクをぜひ展示したいと前のめりな館長ですが、ジェイクはひとまずメモリバンクを持ち帰り、保存された動画を見てみることに。膨大な映像の中で、ジェイクはある若い女性を見つけます。彼らの「家族」になる前に、ヤンが目にしてきた光景とは……

アンドロイドに心はあるのか?

 『ブレードランナー』をはじめ、「アンドロイド(人間型ロボット)やAI(人工知能)は感情や意志を持ちうるのか」をテーマにした映画は少なくありません。本作のヤンもアンドロイドであり、メカニックや博物館の館長、隣人といった家族の外の人たちはヤンを交換のきく「モノ」として扱います。
 ですが、1日数秒という縛りの中でヤンが残した光景、たとえばジェイクたちとの交流の風景や、コーヒー店で出会ったある女性の姿を収めた映像は、本来あるはずのないヤンの感情や愛情、美しさを見出す感性を感じ取れるような、まさしく人間の記憶と呼べるものでした。一定の基準に沿ってAIが録画するよう判断を下しているのか、心が備わったヤン自身がその場面を覚えておきたいと「感じた」のか。もはやその区別がつかないのです。

変わる家族のあり方、変わらない家族のつながり 

 主人公家族の形にも目を向けてみると、ヨーロッパ系のジェイク、アフリカ系のカイラ、アジア系(中国人)の養女であるミカ、そしてテクノのヤン、という構成や、登場人物たちがそれを当たり前としている様子からは、現代以上に多様性に溢れた家族像が見出せます。そして、ヤンの「死」を受け入れられずふさぎ込むミカ、毎日修理に奔走するジェイクにカイラが訴えかけた「ヤンが直らないなら、それでも事実を受け入れて家族は前に進めるはず」という思い……作中の至る場面に散りばめられた家族の悲しみや、ヤンが遺した“記憶”を通して彼を懐かしみ、別れを受け止めきれないながらも前へ進もうとする姿からは、いかにヤンが「家族」の一員として当たり前の存在であったかをうかがい知ることができます。現代においても「ペットは家族」という認識が一般的になりつつあるように、時代の変化は家族を家族たらしめる定義をも変えていくのかもしれません。しかし、その根底にある心のふれあいは、きっと普遍的なものであり続けるのでしょう。

 それを象徴するのが、劇中に登場する接ぎ木のエピソードです。同級生に父母との人種の違いを揶揄されて悲しむミカに対し、ヤンは「違う植物同士がつながってひとつの新しい品種になる」という接ぎ木の性質を家族の形に例えて慰めます。人種や血縁、ときには生物か無生物かすら問わないつながりによって構成されていても、同じ時間や愛情を共有するひとつの家族であることに変わりはない。そうミカを諭すヤンのまなざしは兄が妹に向ける愛情そのものでした。
 物語はジェイクとカイラが「ヤンを博物館に展示したくない」と感情を吐露しあい、ミカが「ヤンに会いたい」と“記憶”に登場した思い出の歌を口ずさんで終わります。さて、ヤンの喪失を経て家族はいったいどのように変容し、成長していくのでしょうか。

NurSHARE編集部

とあるNurSHARE編集部員。看護学生向けテキストの編集業務もしています。業務に奮闘する毎日、自らの不出来さに枕を涙で濡らす夜もあるけれど、映画鑑賞とJリーグ観戦で即復活して明日へのエネルギーを充電できるお手軽(?)仕様。人生のベストワン作品は『レイジング・ブル』(マーティン・スコセッシ監督/ロバート・デ・ニーロ主演、アメリカ、1980)。

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