看護教育のための情報サイト NurSHARE つながる・はじまる・ひろがる

第15回『わたしを離さないで』

第15回『わたしを離さないで』

2025.05.28NurSHARE編集部

 本コラムは、みなさまの休日のおともにおすすめしたい映画作品をご紹介するミニ連載。笑って、泣けて、考えさせられて……医療に通ずるテーマや描写を含む作品を中心に、往年の名作から最新作まで、NurSHARE編集部の映画好き部員がお届けします。
※本文中で作品の重要な部分に触れている場合があります。

第15回『わたしを離さないで』(マーク・ロマネク監督/キャリー・マリガン主演,イギリス・アメリカ合作,2010)

[映画.com:わたしを離さないで.作品情報,〔https://eiga.com/movie/55678/〕(最終確認:2025年5月22日)より引用]

作品のあらすじ

 キャシー、ルース、トミーの3人は、外界から切り離された寄宿学校「ヘールシャム」で絵や詩などの創作活動に取り組みながら特別な子どもとして育ちました。しかしある日、新任の先生から自分たちは臓器を提供するために生まれ育った「提供者」であること、数回の「提供」で命を落とすことを告げられます。その先生はほどなくして学園を去ってしまいました。
 やがて18歳になった3人は、施設の決まりでコテージという場所に移り、他の施設からきた仲間も交えて共同生活を始めます。そのうちキャシーはトミーと親密になったものの、キャシーに嫉妬したルースのアプローチによってトミーは彼女と恋人同士になり、トミーを譲ったキャシーは孤立。それをきっかけに彼女は「介護人」になるための研修を受け、コテージを出て働くようになります。数年後、介護人としてのキャリアを積んだキャシーは、あるきっかけから「提供」を開始したルースと再会し……

クローン人間と「普通の」人間

 主人公のキャシーたち3人は、実は人間のドナーとなるためだけに育てられたクローン。この世界の人間は、クローンから得た臓器を移植することによって、がんを始めさまざまな病いを克服しています。ヘールシャムは彼らを管理するための施設で、コテージは彼らが臓器提供を待つための居場所。彼らは自分の生き方や死に方を選ぶ権利、臓器提供に意思表示する権利を有さないのです。
 しかし、食事をしたり眠ったり、教育を受けたり遊んだり、時には恋をする彼らと、臓器を提供される側の人間に、異なりがあるのかは分かりません。そう考えたのはヘールシャムの施設長も同じだったようで、彼らに絵や詩の創作活動をさせたのは「クローン人間に魂はあるのか」をテストするためだったと作中で明らかになっていきます。施設長は、クローンに魂があることを証明しようと、彼らが作った芸術作品を本物の人間たちに見せる活動をしていました。しかしその活動が頓挫したためか、ヘールシャムは閉鎖されます。施設長が「そんな証明誰も求めてなかった」と言ったように、クローンも魂がある人間なのだと認めてしまえば、これまで当たり前のこととして行ってきたクローンによる臓器提供に倫理的な問題が出てしまうからなのでしょう。

「介護人」のしていることはケアなのか

 キャシーがルースやトミーと異なるのは、長く「介護人」として業務を全うし、何度も他者を看取りながら自らが提供に回る時を待っているという点です。「介護人」は提供者の世話をしたり、書類など提供者の公的な手続きを代行する仕事。世話とはたとえば、「提供」を間近に控える提供者の好物を買ってきてあげることなどです。かつて仲違いしたルースへは、最後の提供を前に「トミーも含めて3人で旅行がしたい」という願いを聞き入れその場を設けます。
 こういったキャシーの業務は一見、提供者への精神的ケアのように見えます。しかし、そもそも提供者たちが自分らしい生活を送れているのか、尊厳あるその人らしい死を迎えられているのか、という点から改めて見ると、その行為を「ケア」と呼んでよいのかには疑問が残ります。介護人の業務は、あくまでクローンの肉体や精神が提供者としての役割を全うすることに耐えうるよう整えるためのものであり、彼らから臓器を移植された人間たちが享受できるような全人的ケアとは程遠いものなのです。また、キャシー本人も介護人の仕事を「形だけの仕事」と称します。クローンの本質はあくまで提供であり、介護人は与えられた期限までの過ごし方のひとつにすぎないように思われます。
 ルースとトミーを看取った後、自らも提供開始の通知を受け取ったキャシーは、「私たちと私たちが救う人たちの間に違いはあるのか」と考えます。その問いの答えが見つかる日は来るのでしょうか。

NurSHARE編集部

とあるNurSHARE編集部員。看護学生向けテキストの編集業務もしています。業務に奮闘する毎日、自らの不出来さに枕を涙で濡らす夜もあるけれど、映画鑑賞とJリーグ観戦で即復活して明日へのエネルギーを充電できるお手軽(?)仕様。人生のベストワン作品は『レイジング・ブル』(マーティン・スコセッシ監督/ロバート・デ・ニーロ主演、アメリカ、1980)。

企画連載

スクラブとポップコーンとキネマ

みなさまの休日のおともにおすすめしたい映画作品をご紹介するミニ連載。笑って、泣けて、考えさせられて……医療に通ずるテーマや描写を含む作品を中心に、往年の名作から最新作まで、NurSHARE編集部の映画好き部員がお届けします。

フリーイラスト

登録可能数の上限を超えたため、お気に入りを登録できません。
他のコンテンツのお気に入りを解除した後、再度お試しください。