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第1回:『おおきなかぶ』収穫チームから考えるチームの凝集性

第1回:『おおきなかぶ』収穫チームから考えるチームの凝集性

2022.04.21酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 こんにちは。酒井郁子といいます。大学でなんかいろいろと日々雑雑としたことをやっている還暦過ぎのこぶとり教授です。中学校の頃、将来なりたい職業を3つ書けという授業があり、①小説家、②大学教授、③看護師、と書きました。とりあえず②と③は達成したので、あとは①の野望ににじり寄っていきたいと結構マジに考えています。
 「NurSHARE」編集部の方から、ある日メールをいただき、「お会いしたい(オンラインで)」とのことでした。そして連載のお誘いを受けました。エッセイの連載、なんかかっこいいので、やってみようと思い、軽い気持ちで引き受けた後、エッセイってどんなものを書くんだったっけ? と、村上春樹さんのエッセイを何冊か読んでみました。村上さんの文体ってなんか感染力が高いっていうか、しばらく文体が村上春樹風になってしまって困りました(「ま、いいけどっ」って感じの合いの手が入ったりしますよね)。
 読書(主にマンガ)と韓流とサッカー観戦と料理(をつくること)が好きです。海外旅行は、めんどくさくて自分では出かけて行きたいわけではなかったけど、仕事でずいぶん行かされました。そのため、コロナ禍で行けないとなるとなんか物足りない感じです。実はけっこうエンジョイしていたんだと思います。そのほかにも好きなことはたくさんありますが、嫌いなことはあまりありません。強いていえば、話の長い人と愚痴っぽい人が、嫌いじゃないけど苦手です。

この連載のタイトルの由来

 編集のSさんが最初は「さかいいくこの○○」みたいなタイトルを3つくらいご提案してくださったのですが、ちょっとそれは勘弁してくださいとお願いしました。わたしから「ナウシカの実験室」を提案したんですが、いろいろ大人の事情があり、このタイトルはボツになりました。話し合っているうちに、「○○の○○」という原型が残り、「カピバラ教授のアデイショナルタイム」に落ち着きました。若いころ先輩(現在同じ学校で教授してますけど)に「カピバラに似てるよね」と言われたんだけど、そう言われればそうかもと思います。体型とか、顔の感じとか、鈍感そうなところとか。それにわたし、ネズミ年ですし。
 アデイショナルタイムはサッカー・ラグビー用語ですね。サッカーは前半45分、ハーフタイムを挟んで後半45分、と時間が区切られた中で勝敗を決めるスポーツですが、選手の負傷の手当て、選手交代などのいわゆるアクシデントが生じた時間はプレイ時間に含まれません。その中断時間分を試合時間に追加するわけですね。昔はロスタイムと言っていました。たいていの場合は3分とか4分とかなんですが、この時間の設定は主審に任されており、ま、てきとーです。なのでこの連載もたぶん、分量はその時々で長かったり短かったりすると思います。

カピバラは世界最大のネズミの仲間で、温暖な水辺を好むそう。どうやら毛は硬いらしい。
 

この連載で書こうと思っていること

 看護学の研究や教育をやっている方々が主たる読者だと思いますので、いろんな話題を取り上げつつ、看護学の教育、研究、大学や教育機関のマネジメント、専門職連携、EBPなどについて、読者の皆さんがちょっとフフッと笑い、もしくはふむふむと思ってもらえるような文章を書ければいいなと思っています。アデイショナルタイムには、勝っているチームがこれまでの試合の流れの中でうまくクローズさせる、負けているチームが全員総出で攻撃に出てワンチャン狙う、同点もしくは0対0で互いに最後まであきらめずに試合を動かしていく、という3つのパターンがあります。その時々で、これらのどれかのパターンになる話ということになるかと思います。
 取り上げたいテーマは、#おとぎ話や童話、#韓流ドラマ、#サッカー、#料理、#SNSで見かけたおもしろいこと、時々#ガチの研究とか教育の話、などです。どこまで続くかわかりませんが、がんばってみます。
 連載のスタートとなる今回は、童話『おおきなかぶ』を題材に、チームのマネジメントや凝集性について考えてみようと思います。

ということで本題、「おおきなかぶ収穫チーム」の話です

 『おおきなかぶ』は皆さんよくご存じのロシアの童話です。ここで取り上げるお話は、A・トルストイ(『戦争と平和』のトルストイ〔Tolstoy LN〕とは別人です、念のため)による再話(内田莉莎子訳・佐藤忠良画、福音館書店、1966年)です。
 日本では『おおきなかぶ』は20種類くらいも発行されているんですよね。そして、かぶを引っ張る順番や、かぶの色、登場人物、かけ声などが微妙に違います。今回選んだこの絵本は、子育てしていたときに子どもたちと一緒に引っぱりごっこをしながら読み聞かせたもので、ネズミが呼ばれてやって来ると、うきゃきゃきゃと下の子が笑い、上の子が「来たよ来たよ、ネズミが来たよー」と言って、そしてみんなで、「うんとこしょ、どっこいしょー、すっぽん!」と言うのが読み聞かせテンプレでした。

みんなで協力するのは大事なこと

 さて、おじいさんが「おおきなかぶ収穫プロジェクト」のリーダーだと仮定します。大きな大きなかぶになれ、と声をかけて育てたものの、とてつもなく大きくなったかぶを一人で抜くことができないため、おばあさんを呼んできて、おばあさんが孫を呼んできて、まだ抜けないので、孫が犬を呼んできて、犬が猫を呼んできて、それでも抜けなかったので、猫がネズミを呼んできて、どんどんメンバーが自律的に増えていきます。そして最後にすぽーんと抜けて、みんな大喜びでしたとさ、という、なんだかとっても達成感があるお話ですよね。

でも、リーダー・おじいさんに問いたい

 しかし、いくつかリーダーとしてのおじいさんにつっこみたくなります。まず、そもそも大きなかぶを育てる目的がはっきりしません。村が食糧難だったから村人の食糧事情を好転させたかったのか、単にわけもなく限界にチャレンジしてみたくなったのか、なんなのか。あと育てるかぶの大きさという作業目標がやっぱりはっきりしません。食糧として考えるなら収穫の際の人的コストなどを勘案して、プロジェクトを進めなくてはならなかったはず。目的・目標が明確でないため、収穫に必要な人数を割り出すことができませんでした。なのでこの収穫プロジェクトにおいてチーム構築は後追いになっていきます。それもリーダーが調達するのではなく、メンバーが自律的に次のメンバーを呼んでくるという形になってます。もしも孫が「収穫プロジェクトメンバーに入るのはイヤ」と言ったらどうするつもりだったのでしょうか。こういうチーム、けっこう実際にありますよね。逆算の発想がないっていう。

リーダーの甘さを超越した要因は…?

 そんなリーダーの見込みの甘さにもかかわらず、このプロジェクトチームはすごいパフォーマンスで「かぶを抜く」という短期目標を達成するわけですが、達成に大きく貢献したのは、信頼関係と、「うんとこしょ、どっこいしょ」というかけ声によるチームの凝集性の高まりです。日ごろの信頼関係なんて描かれてないじゃないかと思う方もいるでしょうけど、しんどい作業をするのに、呼ばれたから手伝うって、やはりこのチームメンバーのおじいさんとおばあさん、おばあさんと孫、孫と犬、犬と猫、猫とネズミの間にはなにかそういう信頼関係があったのかなと思います。

信頼関係ってなんだ?

 ここまで書いたとき、編集のSさんからコメントがありました。「信頼関係じゃなくて、圧力をかけて連れて来たって可能性はないですか?」
 そうかもしれませんね。そうだとしても、信頼関係には感情的な親和性が基盤にある関係と、相手の能力に対する信頼があります。相手の能力に対する信頼は、「高い能力だから」信頼するわけではなく、高くても低くても「常に一定の能力を出せる」という見積もりに対しての信頼なんですよね。やって来る動機がなんであれ、声をかける段階で、「自分の頼みを聞くだろう、そして引っぱる力はあるだろう」とそれぞれがそれぞれの能力を信頼した、と解釈できるわけです。
 この個別の能力への信頼を一つにまとめたものが「うんとこしょ、どっこいしょ」というかけ声ですね。20種類の『おおきなかぶ』の絵本では引っぱり方にも諸説あり、いっせいにかけ声とともに引っぱるという方法と、かぶに近い者から順々に引っぱっていく、という方法があるようです。前者の方はメンバーがタイミングを合わせる凝集性が必要で、後者は自分の前の人が引っ張ったら自分が引っ張るという「目標達成のために相手の行動を見て自分の行動の調整する」というさらに高度な凝集性が必要となります。わたしの考えでは、今回のおおきなかぶ収穫チームは急ごしらえチームですから、そんなに高度な連携は難しく、いっせいに引っぱったのではないかという仮説を持っています。

チームを一つにする「グランドルール」

 かけ声の効用というのは、チームにおける「グランドルール」とも言えます。チームが困難に直面した時、チームを一つにする言葉や考え方、それを体現する何かの象徴物ですね。グランドルールを設定できるとチームは強くなります。『スラムダンク』というバスケットボールのマンガでも、安西監督が「あきらめたらそこで試合終了ですよ」と選手たちに声をかけるシーンがあり、この言葉が、選手たちのグランドルールになっていきました。なにかピンチになるとみんな心の中で「あきらめたらそこで試合終了」とつぶやき、がんばるのです。最後は負けるけど。

おとぎ話を味わうと

 今回はおじいさんをリーダーとして仮定して話してみましたが、もしかすると、この収穫プロジェクトのリーダーは別にいるのかもしれません。ネズミが満を持して現れて最後においしいところを取っていくところを見ると、リーダー=ネズミと考えてもおもしろいかもしれません。「ネズミがかぶを食べたかったから」がプロジェクトの目的となり、その場合、ネズミはおじいさんが「かぶを育てよう」と思えるようにいろんな方策をこの収穫プロジェクトの前から展開していたのかもしれません。「おおきなかぶ育成プロジェクト」は種をまく前から始まっていたのかも。
 いろいろな仮説を考えられるというのは「おとぎ話」の奥深さだと思います。昔からいろんな国で人と人が出会い何かを一緒に成し遂げるお話が言い伝えられています。人間はまさに社会的な生き物であるなと思います。

酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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