日本における子どもの虫歯の現状
厚生労働省の歯科疾患実態調査によると、虫歯を持つ子どもの割合は急激に低下しており、例えば6歳児の虫歯になる率(永久歯・乳歯)が1993年に88.4%だったのに対し、2022年には30.8%になりました1)。つまり、およそ30年の間に半数以下の虫歯率に低下したことになります。その理由として、いくつか挙げられます。
まず国民の多くが予防医学に注目し、歯科医院に行く目的も虫歯などの「治療」でなく、「予防」のためという方向にシフトしていることがあります。自治体における小児の医療費助成制度の拡充により医療費負担が軽減されたことや、妊娠中から産婦人科等で赤ちゃんの口腔ケアに関する講習会が開かれるなど、保護者の意識と行動の変化も関係していると言われます。また、歯ブラシや歯磨剤などの口腔ケア用品の市場が大きくなり、商品がより充実してきたことも挙げられます。
虫歯とは
虫歯(う蝕)とは、口の中にいる虫歯菌が糖を栄養源として分解した際に産生する酸によって歯のエナメル質や象牙質、セメント質(図1)が溶かされ、歯が欠損した状態です。ですので、虫歯の予防には、虫歯菌を除去する、虫歯菌が増えにくい環境にすることが必要になります。
虫歯のできやすい習慣、家庭・生活環境とは?
子どもたちにとってテレビやゲーム、スマホなどの誘惑が多い昨今、食事を食べた後に歯を磨くまでの時間が空いてしまうと、その間に虫歯菌が増殖し、また酸が産生され口の中は酸性に傾くため、虫歯リスクを高めます。虫歯予防の第一は歯磨きですが、食後、すぐに歯磨きをする習慣も大切です。
間食するとpHが酸性に傾く時間が長くなり、虫歯リスクが高まります。間食を減らすため、朝昼晩の食事をより充実させる工夫も必要です。
子どもは概して甘い食物が好きですから、砂糖を含む飲料やお菓子を日常的に口にする頻度が高くなりがちなことも、虫歯になりやすい環境を作ります。子どものおやつ管理は虫歯予防にとって不可欠です。
酸性度の高い炭酸飲料や柑橘類を頻繁に摂る子どもは、pHを正常に回復させる唾液のpH緩衝能の働きが抑えられ、虫歯リスクが高まります。炭酸飲料や柑橘類の摂取はほどほどがよいでしょう。
唾液は夜になると減るため、夜の食事・間食は虫歯リスクを高めます。夕食後は特におやつなどはできるだけ食べないようにする習慣を身に付けることも重要です。
子どもの虫歯は親次第-科学的視点から―
虫歯菌は唾液を介してうつりますが、人から人への感染経路で最も多いのが「親から子へ」であることが明らかにされています。お箸やスプーン・食器の共有や顔を近付けた会話など、日常のスキンシップで感染の機会があります。実際、親子で同じ虫歯菌のDNAが検出された研究報告があります。
●エビデンス
1999年に広島大学の香西克之氏らが報告した研究では、日本人20家族におけるミュータンス菌(代表的な虫歯菌)の家族内伝播を調べました。その結果、36名の子どもに対し、図2に示すように母親と遺伝子型が一致するケースが51.4%、父親では31.4%であり、日常で接する機会の多い母親から伝播しやすいことが示唆されました。
ところで、「直箸(じかばし)」という言葉があります。食事の行儀作法でお箸の悪い使い方の一つです。大皿のおかずを自分のお箸で直接つまみ取ることですが、口腔細菌学の観点ではとても不潔な行為です。唾液の細菌が他人にうつる可能性があります。食事マナーを守りながら、虫歯になりにくい環境を作ることも親や大人の大切な役割です。
子どもの歯が痛いと言って当院歯科を受診されたお母さんのDさん。「乳歯は生え変わるから、虫歯になっても気にしなくていいですよね?」。当然、乳歯の虫歯も気にしないといけないのですが、虫歯予防意識の低いDさんは以前から当院歯科の虫歯治療の常連さん。やはり親あっての子どもだなと痛感しました。
フッ素の活用
子どもの虫歯予防では、子ども自身による歯磨きでは不十分で、小学校高学年くらいまでは保護者による仕上げ磨きが必要です。また、学校では昼食の給食やお弁当を食べた後の歯磨きも、虫歯予防には必須です。しかし、家庭や学校での歯磨き(ホームケア)だけで虫歯予防は万全ではなく、歯科医院でのプロフェッショナル(専門的)なケアが必要です。その代表的なケアがフッ素塗布です。
フッ素が歯を丈夫にするメカニズムは、歯のエナメル質のハイドロキシアパタイトにフッ素が添加されるとフルオロアパタイトというより強固な結晶構造になり、酸に溶けにくくなります。子どもの生育の過程では、歯質が軟らかい乳歯や幼若永久歯(萌出して間もない永久歯)へのフッ素塗布は特に効果的です。市販される大半の歯磨剤もフッ素を含みますが、歯科医院で行うフッ素塗布はより高濃度ですので、定期的に活用することをお勧めします。
虫歯の社会的問題-地域格差-
虫歯有病率には、実は地域格差という社会的問題があります。
●エビデンス
厚生労働省の3歳児歯科健康診査における都道府県別虫歯有病率の推移(2003~2021年)(表1)をみると、いずれの都道府県でも急速に低下していますが、北海道・東北地方と九州地方・沖縄で高く、東京都や愛知県などの都市部で低い水準であり、地域差があることがわかります。最少と最多を比較すると、2003年は東京都と沖縄県で2.24倍、2021年は同じく東京都と沖縄県で3.10倍と、格差は開いています。
●地域の取り組みで虫歯を減らすことが可能
しかし、虫歯を予防する環境を作れば、虫歯を減らすことが可能です。約20年にわたり12歳児の虫歯数が全国最少となった新潟県は、1981年に全国に先駆けて「むし歯半減10か年運動」を始めるなど行政や県歯科医師会、大学、教育委員会等が一丸となった取り組みで知られます。フッ素のうがいは現在、9割以上の小学校で実施され、文部科学省の令和2年度調査によると12歳児の虫歯数は全国で最も少なく、0.2本でした2)。
個人でフッ化物洗口という生活習慣を何年も続けるのは困難ですが、フッ化物洗口実施小学校では、どのような家庭の子どもでも学校に行けば、虫歯予防の生活習慣を送ることができる利点があります。
以上のように、虫歯予防には個人レベルの歯磨きだけでなく、家庭や学校、地域での積極的な取り組みが必要であり、それを推進する国の動きにも期待したいですね。
【引用文献】
1)厚生労働省:令和4年歯科疾患実態調査結果の概要,p.5,〔https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001112405.pdf〕(最終確認:2023年11月2日)
2)文部科学省:学校保健統計調査/令和3年度都道府県表,〔https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00400002&tstat=000001011648&cycle=0&tclass1=000001172048&tclass2=000001172050&stat_infid=000032258892&tclass3val=0〕(最終確認:2023年11月2日)
【参考文献】
1)島谷浩幸:頼れる歯医者さんの長生き歯磨き,わかさ出版,2019