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第16回:めざせ健康家族! カピバラ家 夕食プロジェクト報告書

第16回:めざせ健康家族! カピバラ家 夕食プロジェクト報告書

2023.07.20酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 連日、危険な暑さが続きますね。命を守る行動をとろうとして、人間ドックが控えているのに運動不足となったカビバラでござる。読者の皆様は命を守る行動と健康状態改善のバランスをどのようにとっておられるのでしょうか。今回はカビバラ家夕食プロジェクトを例にとって、プロジェクトを“それ風に”楽しく計画的に進める方法を皆さんと共有してみたいと思います。IPEもEBPも研究も海外出張も、それを初めて行う時は、目的を定めリスクをとって資源を活用して期限までに目標を達成する非日常的仕事という意味で、プロジェクトっちゃプロジェクトですしね。

カピバラ家 夕食プロジェクト報告

カピバラ家の夕食には課題があった

 カピバラ家は、家族構成メンバーの半数が60代です。ですからフレイル予防のため栄養不足にならないようにしつつ、適正体重を維持し健康的な生活を送る必要があります。しかしこれまで食事づくりを主として担当してきたメンバー1は最近仕事が忙しくなり、帰宅が19時30分過ぎとなる日々が続いていました。そうすると夕食の準備をする時点でけっこうおなかが空いていて、大量に食事をつくり、20時過ぎにたくさん食べちゃうという状況が繰り返し生じていました。メンバー2はメンバー1の帰宅遅延の際、夕食づくりをこれまでもしてきましたが、ヘルシーな献立の作成力および調理スキルが開発の途上であることから、出来合いのお惣菜、レトルトの中華ソースでの中華料理、カレーがヘビロテとなっていました。メンバー3は、スキルは持ち合わせているものの、メンバー1よりも仕事が忙しくなかなか調理の時間をとることができません。結果として、エンゲル係数とメンバーの体重のどちらもが増加傾向となっていました。メンバー1には、3カ月後に人間ドックという大イベントが待ち受けています。昨年も軽度肥満を指摘されていましたが、今年はさらに体重増の可能性があります。メンバー2は運動不足も相まって、先日は痛風の発作の前兆のような痛みがありました。メンバー3はニキビが目立ち出しました。
 つまり、カピバラ家では、継続的に健康的な食事をとる〈理想〉必要があるが、簡単でボリュームのあるものを献立にすることが多く、また食事時間も20時を過ぎることが多くなっています〈現状〉。この理想と現状のギャップから、カピバラ家夕食プロジェクトの目的は、健康的な生活を送るため家族構成メンバー全員が健康的な食事をつくることができるようになることです。この目的に照らして解決すべき課題は、家族構成メンバー全員がヘルシーな献立作成と調理をできるようになること、そして就寝3時間前には夕食が完了する生活となることと言えます。

ある夏の朝、メンバー2が宣言した

 現状分析から、カピバラ家夕食プロジェクトの長期目標を3カ月後に設定しました。家族構成メンバーみんなで「感染症罹患者0名、かつ体重2キロ以上減少者が少なくとも2名」をめざすことに合意しました。体重減少だけをめざすとタンパク質などの栄養素が不足し不健康となり免疫機能が低下するおそれもあります。あくまでも健康的な食事の結果、体重も減らしたい。プロジェクトの目的から長期目標を設定するとき、ここがずれないようにすることも大切です。
 そんな7月某日、メンバー2が朝の業務ミーティングで、その日の夕食づくり担当を宣言しました。(調理スキルは開発途上だけど)より大きなリスクをとり成果を出すことをメンバー2は自ら意思決定し、メンバー1もメンバー3もその決断を支持したことで、その日の夕食づくりリーダーと認められました。このようにして、某日のカピバラ家夕食プロジェクトがキックオフされました。

カピバラ家の夕食プロジェクトの目標は

 リーダーとなったメンバー2のもと、某日の夕食づくり短期目標を、「目標1:ヘルシーな献立を作成できる」「目標2:目標1で作成した献立の実現のため、必要な食材を入手できる」「目標3:本日19時30分に夕食をスタートさせ、20時過ぎには家族全員食後のハーブティを飲むことができる」の3点としました。この目標に向かい各メンバーのタスクについて、メンバー1は献立作成支援(メンバー1は料理が趣味なので貴重な資源となりうる)および早期帰宅(これまでメンバー1の帰宅時間が食事時間の律速段階となっていたため大変に重要)、メンバー2は献立に基づいた調理実施、メンバー3は食材の買い出しと調理補助と後片づけと合意しました。あとは目標ごとにタスクをブレイクダウンして、やるべきことの段取りをそれぞれ助け合いながら組み立てていきます。カピバラ家夕食プロジェクトでは、1日1,000円以内で食材をそろえ、19時30分までに調理が完了し、みんなで一緒に食べる、というのが制約条件となりました。

ある化学反応が起こる時、それは様々な化学反応が複合的に生じた結果として起こっているといいます。この様々な化学反応のうち、全体の反応速度に最も大きく影響する化学反応を「律速段階」と呼びます。

プロジェクトの実行段階で生じたリスク

 さて、プロジェクト計画では想定されるリスクへの対応方法も明確にしておく必要があります。リスクは想定することでリスクではなくなり、対処計画となります。しかし想定できないからリスクなんですね。カピバラ家夕食プロジェクトでも、好機リスク(予想していないポジティブな出来事)と脅威リスク(予想していないネガティブな出来事)が生じました。
 好機リスクは、「値引きされたカキフライ」です。スーパーに買い出しに行ったメンバー3は、朝の業務ミーティングで決定した献立(ペスカトーレと冷ややっこサラダ)の材料を予定通りにかごに投入。しかしレジに行こうとした時、半値になったカキフライが目に入り、購入を決断。メンバー2はカキフライが大好きなので、好意的に(といいますか、うっひょーとかなり喜びをもって)それを受け止めました。ここでカロリー過剰摂取リスクが発生しました。値引きされてるカキフライは、財政面では好機リスクですが、カロリー面からみれば脅威リスク。このように想定されていなかったことが起きた時に、プロジェクトの目的に照らして慎重に検討することがリーダーには求められます。うっひょーとか言ってる場合ではないのだよ。
 脅威リスクは、メンバー1の仕事上の整理整頓が予想外に時間を要したことです。約束の時間には間に合わないかもしれないと思いつつ急いで帰り、自宅のドアを開けると、まだペスカトーレが出来上がっていませんでした。どうもパスタの分量をめぐりメンバー2と3の間で対立が生じていたようです。メンバー1も交えてブリーフィングを行い、想定外の献立であるカキフライのカロリー分はパスタの量を減らすという解決策が選択され、予定より10分遅れ19時40分に夕食完成、20時10分には食後のハーブティに到達することができました。

プロジェクトの目標は達成されたのか

 さて、ここでプロジェクト目標を評価してみましょう。
 「目標1:ヘルシーな献立を作成できる」についてはメンバー全員が意見を出し合って、ペスカトーレと冷ややっこサラダというなかなかに健康的な献立を作成・合意することができました。目標1は予定通り達成です。
 「目標2:目標1で作成した献立の実現のため、必要な食材を入手できる」については、カロリー過剰摂取リスク(値引きされたカキフライ購入)が発生しましたけど、必要な食材は入手できましたので目標達成としましょう。
 「目標3:本日19時30分に夕食をスタートさせ、20時には家族全員食後のハーブティを飲むことができる」については、メンバー1の遅刻がありましたが、パスタのグラム数をめぐる対立が生じ調理作業が遅延していたため、他のメンバーを待たせるなどの影響はさほどありませんでした。またその話し合いにメンバー1が参加することができたためカキフライのカロリー分のパスタを減らす提案をしたことも、ピンチをチャンスに変えるファインプレーでした(我ながら)。逸脱の程度は許容範囲ととらえ、目標達成と判断しました。

本プロジェクトの残された課題 (全体評価)

 このように目標をどの程度達成できたのかを評価したその次に、全体として目的にどのくらいにじり寄ったのか、さらに目的に近づくために解決すべき次の課題は何なのかを明確にすることが全体評価です。今回残された課題として、まずはメンバー2、3がカロリー計算と栄養のバランスのアセスメントの力を身につけることでがあげられます。これらが備われば、食材購入時のいろんなリスクを回避できるかもしれません(スーパーはリスクの宝庫ですよね)。そのための健康アプリの導入を検討することが課題①です。次に継続的に19時30分に夕食をスタートさせられるように、それぞれ家族構成メンバーは一日の業務管理をさらに見直し、ムダを省き、さらなる働き方改革を行うことが課題②となります。もちろん調理スキルはさらに研鑽が必要かと思いますが、これは課題というより継続的な努力事項と考えられます。

注意:今回はカピバラ家の夕食を例にとったので、チームメンバーの行動変容がプロジェクトの目的・目標に設定されていますが、本来プロジェクトとは、働きかける対象がチームの外になることのほうが多いのです。たとえば、大学でIPEを導入するプロジェクトといった場合、チームメンバーはIPEを推進したいコアメンバー、プロジェクトの対象は大学のIPEに関係する学部教員という感じです。

カピバラはプロジェクトマネジメントの専門家ではないが

 カピバラはプロジェクトマネジャー(プロマネ)の資格はありませんし、それを専門的にお勉強したことはありませんで、完全に独学です。ただし、IPEとかEBPとか、今までにやったことのないことを組織に導入するとか、ケアの質改善のアドバイスをするなどのことを通して、医療者が行うプロジェクトには2つ特徴があると最近考えるようになりました。

説明責任を果たすことが苦手な医療者はけっこう多いかも

 その1つめはプロジェクトリーダーに不可欠な資質「説明責任を果たすこと」が苦手な医療者が多いっていうことなんです。「今日の夕食は自分がつくるから、みんな協力して19時30分には食べよう!」と宣言し、その通りに実現することがプロジェクトであり、その進捗管理をするのはプロジェクトリーダーの役割です。カピバラのステレオタイプかもしれませんが、医療者は「19時30分までに夕食づくりが間に合わないかもしれない」という可能性を確率でとらえ、その確率が10%でもある場合には「今日の夕食はみんながそろったら食べられるように一応用意しますが、買い物がうまくいかなければ無理かもしれません」というような意味の状況説明(といいますか最悪のシナリオ説明)をしてしまうことがよくあります。うまくいかなかった場合のことを慎重に考え、「うまくいけば19時30分に食べられると思います」みたいな言い方をする。これは説明責任を果たす言動というよりも、結果責任を回避する言動とメンバーやプロジェクトの対象となる人々から思われちゃうかもしれない。プロジェクトは納期・締め切りから逆算して目標に掲げた(願った、言った)ことを実現するために計画を立てて、その通りに行うというのがキモです。すなわち「薬が効いたら退院」と考えがちな医療者には、「何日に退院できるように薬を調整する」というような逆転の発想が求められます。これ実際にはすごく難しいですよね。実臨床ではやってみないとわからないことも多いのですから。ここをクリアできると医療者が行うプロジェクトの質がすごく上がるように思います。

プロジェクトの目的・目標方策が混然一体となりがち

 では2つめ。医療者は多くの場合とてもまじめで医療の受け手のことをよく考えています。しかしこの素晴らしい資質がちょっと逆方向にエンジン全開になると、プロジェクトの目的、目標、方策が混乱してしまう、あまつさえ混乱していることに気づかない、ということが発生する可能性があります。たとえば、目的の混乱。健康的な生活を送ることが目的となると、目標はヘルシーな夕食の献立づくりってなりますよね。でも目的が「彼女/彼の心をつかむ」だったら目標は彼女/彼の好きなものをリサーチしてそれに合わせた献立づくりをする、になりますし、「記念日を祝って家族のきずなを強める」みたいなことが目的になると目標は「お祝いにふさわしい献立をつくる」になります。目標(着地地点)が、アジア方面になるのか、EU方面になるのか、はたまた北米方面になるのか、目的で違ってきちゃう。なので目的をとり違えると自分が想定していた目標とはまったく違う地点に不時着ということになりますね。プロジェクト的には、目的の妥当性を常に点検し、目的に照らして目標の整合がとれているのか、方策が実現可能かをサービスの受け手の状態の変化に応じて柔軟に調整し続けることがとても重要になります。カピバラはよくこのような迷子になります。目的って目に見えないので、ほんと言葉にしてしつこいくらいに確認し合うことが大切だといつも自戒しています。

プロジェクトのキモは目的を見失わず達成のためのリスクをとること

 つまり、いろんなプロジェクトがあるけど、プロジェクトのキモは、その目的を見失わず、リスクをとって、しかし実現可能なように目標を設定し、そこに向かってメンバーをまとめ努力し続けていくこと、と言えるのかなと思います。
 さてカビバラ家夕食プロジェクトの長期目標が達成されるのか、健康な生活を送ることができるようになるのか…。続報はまたいつか、プロジェクト2としてご報告できればと思います。

 

くわしい書誌情報はこちらから→https://www.nankodo.co.jp/g/g9784524234677/

 

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酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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