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地域に寄り添い健康づくり『コミュニティナース』

地域に寄り添い健康づくり『コミュニティナース』

2022.02.24NurSHARE編集部

 日本各地に飛び出す看護学生たち 『全国ぶっコミプロジェクト』で登場した「コミュニティナース」。この新たな看護の在り方によって学生たちが自身の看護観を見つめ直したように、現場で働く先輩の中にも、コミュニティナースとしての活動を通して自分らしい看護を見つけ出した看護師がいます。地元で生き生きと働く彼女がかつて辿った困難な道は、看護学生たちにとってもキャリアを考える良きヒントになるかもしれません。
 ※コミュニティナースについての詳細は、上記記事をご覧ください。

 喫茶店「ボン・クラージュ」(埼玉県蕨市)の一角は、毎月第2、第3水曜日の午後になると「街の保健室」に変わる。健康相談をしたい人、血圧が気になる人、毎日のちょっとした出来事を誰かと共有したい人――美味しいコーヒーやオムライスを楽しみながら朗らかな笑顔で彼らと語らう「保健室」の主は、看護師の辻由美子さんだ。

 辻さんは特別養護老人ホームに勤務しながら、休日には地域住民の健康づくりに寄与する「コミュニティナース」として同市周辺で活動している。2021年12月には地元の看護師養成所で「全国ぶっコミプロジェクト」の学生たちと共に講義を行うなど、コミュニティナースとしての看護実践や新たな看護の在り方について発信し続けてきた。しかし、辻さんがコミュニティナースと出会うまでの道のりは、決して平坦ではなかったという。

コミュニティナースの辻由美子さん

自分らしい看護の在り方に悩む日々

 かつては戸田市内の訪問看護ステーションに勤務していた辻さん。子育てがひと段落し、常勤の訪問看護師として道を極めようとしていた頃、滋賀県にいる義母から「夫が認知症になった。助けてほしい」との連絡を受けた。「身近に助けてくれる人はいないの?」と聞いてみると、「どうすればよいのかわからない」という返答が返ってきた。義母は義父のことを相談したり、色々な行政支援やサービスを利用したりしたくても、まずどこに行って誰に話をすればよいかわからなかったのだ。
 苦悩する義母の声を聞いて、辻さんは「今の地域包括ケアシステムだけで、あらゆる人の健康を支えるのには限界があるのではないか」と疑問を持った。義父や義母のように適切な支援をうまく受けられず困っている利用者の力になりたい、という気持ちが日々強まっていき、不安を抱える利用者の気持ちに深く寄り添う訪問看護師になることを目指した。

 だが、目の前の利用者を助けようと熱意を傾けるほど、職場の同僚との関係には溝が生まれていく。「患者さんと必要以上に仲良くなりすぎている」と上司から注意を受けた時も、なんとか自分なりの看護を認めてもらおうと努力した。それでも頑張る度に空回りして𠮟責を受ける回数が増え、職場でも孤立するようになった。自信を無くしてすっかり落ち込み、自分は看護師に向いていないという考えが常に頭をよぎるようになったころ、インターネットを介して出会ったのが「コミュニティナース」という看護の在り方だ。これだ、と思った。

 コミュニティナースの本質のひとつは、街の人々が病気になる前に彼らと出会い健康維持の手助けをすることだ。街の人たちから信頼され、気軽に相談しやすい身近な看護師として、日々の対話や健康チェックなどのかかわりを積み重ねながら、彼らと一緒に”うれしい、楽しい”という体験を通して関係性を深めることが大切である。
 訪問看護師としてはうまくいかなくても、コミュニティナースとしてなら、「共感と傾聴が得意」「色々な人とすぐに仲良くなれる」「相手の本心を引き出したり、背中を押したりできる」といった自分の持ち味が役立てられるかもしれない。自信を失い弱気や不安、挫折感といったネガティブな感情で渦巻く心に、光が差したような気がした。

 

ボン・クラージュで相談者の健康チェックを行う

コミュニティナースに自分らしい看護を見出す

 思い切って勤め先のステーションを退職し、かつての上司がいる特別養護老人ホームへと転職した。自分のやりたい活動に理解を示してくれた上司の応援も受け、働きながらCommunity Nurse Company株式会社(矢田明子社長、島根県出雲市)の人材育成プログラム「コミュニティナースプロジェクト」を受講。コミュニティナースのイロハを一から学んだ。民生委員を努めるボン・クラージュのオーナーに掛け合って「街の保健室」を開催するようになったのが、2019年のことだ。
 もっとたくさんの人たちとかかわりたいと考え、駅近くの商店街に店舗を構える友人の協力を得て、店の軒先で屋台版「街の保健室」も開いている。自身の活動を見ていた地元公民館の職員から声を掛けられ、行政とも連携して地域住民の健康づくり支援イベント「看護師つじちゃんのおしゃべりコミュニティルーム」を定期的に開催するようにもなった。

 辻さんの活動は参加者との気軽なおしゃべりに始まり、血圧や体脂肪率の測定、脳トレ、転倒防止運動、会話を通した健康チェックなど多岐にわたる。「病院の看護師さんや保健師さんは忙しそうでなかなか相談できないが、ここなら話しやすい」「ひとりだと塞ぎがちになるが、励ましてもらえることがうれしい」「定期的に血圧チェックをしてくれてアドバイスも受けられるのがありがたい。健康状態に気を配るようになったし、数値の変化も分かるから頑張れる」と住民たちからも好評で、何度も保健室を訪れる固定ファンも多い。

 辻さんのコミュニティナースに対するポリシーのひとつは、“健康づくりのお手伝い役に徹する”ことだ。保健室を訪れた人々に自分の考えや「こうしなさい」という指導を押し付けることはしない。医療の邪魔をしないよう、“医療施設のひとつ手前”にいる存在として、相談者に寄り添いながらその人なりの健康を一緒に見つけることを心掛けているという。

学生たちに伝えたかったことは

 2021年の暮れを迎えたある日、辻さんは地元の蕨戸田市医師会看護専門学校(埼玉県戸田市)から特別講師としてのオファーを受け、同校で地域・在宅看護論の1コマを利用した特別講義を行うことになった。コミュニティナースとしての活動やそこに至るまでの自身の心の動きなど、学生らに何を話そうかと考える中で、「自分が本当にやりたいことは何か、自分の頭で考えて欲しい」という言葉が頭をよぎった。

 看護師は病院や医療施設の中で人生の大半を過ごすことになる職業だ。どうしても視野が狭くなり、一度自信を無くすとなかなか負のスパイラルから抜け出せなくなってしまったり、違和感や疑問を抱いてもそれを閉じ込め続けて、いつしか心の声が聴けなくなってしまったりすることもある。
 どん底とも言えるかつての自分の姿を思い返すと、自分の語りが未来の看護師たちが躓かないための助けになれば、たとえ躓いたとしても、自分の可能性を見つけて再び立ち上がれるような力になれれば、との願いがあふれた。

 日々の学業や業務は大変かもしれないが、時には自然の中に身を置き美しいものに触れてみてほしい。恋をしたり家族を持ったり、泣いたり笑ったり怒ったりして感性を磨いて、本当に大切なものは何かを敏感に感じとって欲しい。
 学校や勤める施設の外、自分の外側の世界へと視野をできるだけ広げ、「自分はどうしたい?どうなりたい?」と自分と対話を繰り返して、自分の感情に素直に従って生きてみてほしい。しんどかったら逃げてもいい。
 私の活動を見て「自分も街で自分の特技を生かして何かしたいなぁ」と思ったら、就職後でも遅くない。ぜひチャレンジしてほしい。

 心の中に湧き上がってきた言葉を、とにかく精一杯伝えた。学生らからの反響は大きく、講義後のリアクションペーパーを通して「学校の授業とは違う貴重な視点をもらえた」「自分もやってみたいと思った」という感想がたくさん寄せられたそうだ。学生はなかなか反応を言葉や態度で示してくれないもの、というイメージを持っていた辻さんにとって、彼らのポジティブな感想は驚きでもあり、「若い看護人材が自分なりの看護を実践するための、ひとつの種まきができた」ことを実感させる喜びでもあった。

ひとりの住人として、看護の力で街に貢献する

 「看護師の働く場所は病院だけではないよ、と学生たちに知ってほしかったんです」と辻さんは笑う。今の彼女の看護の場は、住み慣れた地域すべてだ。看護師である前にひとりの住人として街を愛する辻さんにとって、得意なことを生かして地域の人々が心身共に健康でいられるよう支援すること、すなわちコミュニティナースとしての看護の在り方は、自分らしく生きながらも地域や誰かの笑顔を引き出せる最良のものなのではないだろうか。
 「この街の人々が住みたい場所で、少しでも長くその人らしく人生を楽しめるように、自分の強みとこれまで看護師として培ってきた力を生かして、今後もお手伝いを続けていきたいです」

ちょっとしたつぶやきもアセスメントして健康づくりにつなげるのが「辻さん流」だ

 

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