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第17回:「わたしがやらなきゃ、誰がやるの?」~特定行為、キホンのキ

第17回:「わたしがやらなきゃ、誰がやるの?」~特定行為、キホンのキ

2023.08.25酒井 郁子(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

 カピバラのところでは、昨年同様8月中旬に節電夏季休暇で10日以上の夏休みになりましたけど、そのうちの半分くらいは台風の影響を受け、晴れカピバラであるわたしにしては珍しく、ずっと雨の中の行動でした。
 台風7号の線状降水帯がもたらすさまざまな交通機関への影響のニュースを聞きながら、特定行為研修とその修了者のことを考えていました。今回はこの話題を取り上げてみたいと思います。以前は議論が起こりやすい話題でしたけど、昨今は実臨床での現実的な話題となりつつありますね。

難産の末に生まれた特定行為研修制度

 保助看法の第37条に2が追加されて開始となった特定行為研修制度。もともとの制度の目的は在宅医療等の推進でした。そしてそこに至るまで長い Journey がありました。また施行されてからも5年くらいは、なんかこう看護師業界からも他の専門職団体からも逆風が吹き、なかなか修了生が増えにくい状況がありましたよね。厚労省も、研修内容を見直したり支援策を提示したりして、受講しやすいようにと工夫してました。
 一方、2020年に「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会」の「議論の整理」が公表されてから風向きが大きく変わったことは、読者のみなさんの記憶に新しいと思います。この報告書1)の7ページに「特定行為研修を修了した看護師へのタスク・シフト/シェアの効果は非常に大きく ~中略~ 看護師がより高度かつ専門的な技能を身に着けることが医師の労働時間短縮にも非常に大きな役割を果たす可能性があることを広く周知」することが明言されたのです。

これまでにもあった、看護師の役割拡大に伴う混乱と抵抗

 ここから一気に看護師特定行為研修修了者(以下、修了者)数は増加し、直近1年間の増加数は2,043人、2023年3月時点で修了者数は6,875人となっています。あまりにも急激に増えたため、現場での修了者の配置・活用に混乱が見られることもあるにはあります。もともと複雑な制度であることに加え、医師の働き方改革の推進が制度推進の追い風となったことで、現場の制度理解が混乱してしまったのかな、とカピバラは感じます。
 同時に、これまでにも似たようなことはあったな、とも思います。カピバラは『特定行為研修修了者の配置・活用ガイド2)に関する講演3)を全国各地で行ってきましたけど、病院長や看護管理者から「認定看護師を組織に導入する時にこのようなガイドはなくて、数年にわたって手探りの状態が続いた。あの時の苦労を思い出して、もっと組織的に受け入れる努力をすべきだと思った」「専門看護師を雇用する時に医師の理解を得るのが大変だったが、修了者の導入の際にはあの時の教訓を生かし、組織的に受け入れる努力をする必要がある」といった、修了者を組織的に受け入れる環境整備の必要性に関する感想をたくさんいただきました。
 医療業界は専門職集団ですので、とある専門職の役割の拡大は、他の専門職との役割の重複を招き、それに対して、既得権益を侵されるような気持ちになってなんとなく感情的に「いやだな」と思ってしまうことがある、ということだと思います。つまり、役割の拡大に伴う混乱や抵抗です。役割拡大に伴う役割重複にまつわる感情的な抵抗はこれまでもあり、先陣を切った専門職が自分たちの実践を通して周囲の理解を得るようがんばってきた歴史が確かにありました。
 役割は A:個人が自分に課す役割(役割認識)、B:同僚など他者が期待する役割(役割期待)、C:組織が期待する役割(職務規定)の3つがあります。ABC が一致していないと仕事が混乱し、あらぬミスリードや対立が生まれてしまう。これは今まで看護業界だけではなく、医療業界全体が繰り返してきたことでもあります。

看護師特定行為の基本的理解と修了者の多様性

 まず基本的な事柄ですが、「特定行為」とは「診療の補助」業務であり、実践的な理解力、思考力および判断力ならびに高度かつ専門的な知識および技能がとくに必要とされる、21区分38行為のことです。そして、「特定行為研修修了者」とは、厚労省が認定した指定研修期間で共通科目250時間と、区分別科目もしくは領域別パッケージを受講した看護師を指します。修了者の中には、「特定行為研修を修了した看護師」「特定認定看護師」「診療看護師」「特定行為研修を含む看護系大学院を修了した看護師」「特定行為研修を修了した専門看護師」のすべてが含まれます。つまりひと口に修了者といっても、大学院を修了した人も修了していない人も、認定看護師や専門看護師の資格を有している人も有していない人も、ジェネラリストもスペシャリストも含まれます。共通点は「看護師」である、ということです。もう一度確認しておきますが、看護師特定行為研修修了者は看護師です。そりゃそうじゃん、あたりまえでしょ、と言われるかもしれませんが、思わずカピバラは下線を引いてしまいました。

大切なことなので繰り返します。「特定行為とは診療の補助である」

 修了者は、実践的な理解力、思考力および判断力ならびに高度かつ専門的な知識および技能を得ており、特定行為研修によりその看護実践能力が標準化されていると言えます。そして医師が作成する「手順書」をもとに一定の診療の補助(特定行為)を行うことができるのです。
 21区分38の特定行為4)をじっくり眺めてみると、その現場の状況により、「すでに業務として看護師が医師の指示のもと行っていること」「医師だけが行っていること」に分かれると思うんですが、混乱の要因には、日本の実臨床は医師と看護師のタスクの分担の実態が非常に多様であること、看護師の実践能力もいろいろであることが挙げられると思います。ですから、前置きなしにこの21区分38行為を特定行為だよと見せられたときに、「医師のタスクを看護師がやるのか」と思ったり「すでにうちの施設ではやっているのになにを今さら」と思ったりと、それぞれの状況に応じた多様な反応が出てくるのも否めないと思います。

“行為” を看護にするものとは

 その混乱の代表格に「特定行為は看護ではない」というものがあります。この言説は間違ってはいるわけではないですが、説明が足りてないかも、と思います。
 たとえば、排泄介助行為について考えると、その介助行為だけ切り取れば、それは看護ではない。なぜなら、その患者さんの状況をアセスメントして、適時適切に尊厳ある方法で、その人にとって快適で人間らしい排泄を支援するという意図をもって介助すれば、それは確かに看護です。一方、病棟で決めた排泄の時間になったから、もしくは看護師が早く休憩に入りたいからと、患者さんが排泄したいと思っていてもいなくてもおかまいなしに介助すれば、排泄介助行為は尊厳を傷つける虐待行為にもなりえます。極端な物言いに聞こえるかもしれませんが、そもそも看護はそのような侵襲性を伴う行為であり、だからこそ丁寧に教育し国家資格の免許をもって、他人の排泄介助をするに足る知識と技術と態度を保証しているわけですね。
 特定行為も同じことです。特定 “行為” だけ取り上げればそれは看護であるとは言い切れない。その行為を実施する以前の患者さんの状態のアセスメントと臨床推論、それに基づく看護目標があって、成果を期待して特定行為を実施する場合、看護になるというわけです。行為を看護にするものは、その行為を行う主体である看護師の判断と意図です。ですから特定行為研修を受講する看護師は実践的な理解力、思考力および判断力ならびに高度かつ専門的な知識および技能を得ようと、膨大な勉強をし、演習をし、OSCE に挑み、実習をし、研修終了後もインターンシップなどで自分の判断と技術と態度を洗練させ、自律した活動に移行していくと言えます。

特定行為研修は看護師の何を補強するのか

 カピバラは先月、医学部・看護学部・薬学部の学生チームが一人の患者さんを受け持って診療ケア計画を立案・実施し評価するという、診療参加型 IPE の実習を見守っていました。学生たちの実習成果発表会を聞いていて、チームにより患者ケアのパフォーマンスに大きな差があることに気づきました。その要因は、医学部生の臨床推論と診断、それに伴う治療計画の出来具合の差でした。つまり医学部生の臨床推論がいまいちだと(患者の状態が難しい場合、仕方ないこともあります)、それにつられて看護学部生の看護計画があいまいなものになってしまうのです。また診療ケア計画のあいまいさに対して、薬学部の学生が薬剤に関連する確かな知識による投薬計画で診療ケア計画を補強していたことも興味深いことでした。この現象は大学病院という治療依存の環境だからこそ目立ったのかもしれません。IPEの側面からこの現象を見ると、「だからお互いの知識をシェアして、なんとかみんなで力を合わせてより良い診療ケア計画にもっていこうね」という話になります。
 でもカピバラは、また別のことを思ったのでした。看護学部の学生は、専門基礎科目で病態生理も薬理学もフィジカルアセスメントも学んでいます。それなのになぜ、実習でそれを生かすことができずに、つまり、看護学生自ら病態および治療の理解、そしてアセスメントをもとに、今後の成り行きを予測することがあいまいなままに、患者の気持ちに寄り添う的な看護計画になってしまうのか? ということです。
 ところが、カピバラのところの博士前期課程「特定看護プログラム」5)の学生たちの事例報告を聞いていると、病態生理も薬理学も活用したフィジカルアセスメントに加えて臨床推論ができるので、患者の体の中で起きている異常な状態のメカニズムが見えている。そのため、今後の成り行きの予測が複数あり、それに伴う治療選択も見えている。これらの判断と予測により、適時適切な看護のオプションが明確にイメージされており、その看護のオプションに、手順書に基づいた特定行為の実施の可否判断が組み込まれているのです。
 つまり特定行為研修は、看護師の患者の状態に対する判断や、必要な治療とケアの予測の精度を補強するものだと思うのです。そしてこのように看護師の判断精度が上がることにより、患者マネジメントが適切になります。修了者が行うこのような精度の高い判断を看護チームがシェアできることにより、たとえば「熱が38℃なんですけど、どうしたらいいでしょうか」みたいな、指示受けのために当直医を起こしたりするなどのことが減って、結果として医師のタスクはかなり軽減されるということになります。

特定行為研修修了者の活用とは、看護の質の底上げ

 日本の医療の文化として、医師がキックオフしないと物事が進まない、というきわめて日本的な特徴があります。だれが責任をとるのか、それは医師、という論理展開ですね。この構造が長らく日本の医療従事者の能力発揮の障壁になってきたとも言えますし、医師が他の医療従事者の「行為」を含めて責任をとり続けてきたことにより、看護師をはじめとする他の専門職が、主体的に「責任」をとるということについて未開発になってきた(言い換えると医師の陰に隠れてきた)ということもできると思います。これは医療界に特有の構造ではありません。正社員が非正規社員を手足のように使い、責任は正社員がとる、というような構造は大きな企業でも、大学でもあります。それでみんな働き方改革が必要になっているのではないかな、それが日本の今、ということなのかなと思います。
 特定行為研修修了者が部署にいることにより、医師は「安心感が違う」とよく言っていますが、それは、修了者の臨床実践能力が標準化されていて、できることとできないことが医師にとって明確になっていること、できることについては医師が患者のベッドサイドにいなくても自律的に判断し、必要な行為を適切に選択して実施すると、修了者の能力を信頼できるからです。(医師の自分がいなくても)患者の苦痛を軽減し、生命の危機から守ってくれるだろう、と思えるから安心するんです。本来は看護師であれば、できなくてはいけないことかもしれませんが、これまでの長い Journey から、権限の委譲をしそびれてきたカピバラ世代の医師、そして責任を負うことを回避してきた(回避させられてきた)カピバラ世代の看護職から見れば、自律した実践の第一歩であろうと思います(それだけで満足していてはいけないけど。あくまでも第一歩ということでご理解ください)。
 そして同僚の看護師は、修了者がチームにいてくれることにより「不安がなくなった」「ちょっとしたことでも患者の状態でわからないことを確認できる」と言います。看護チームへ良い影響がたくさんあるのだなと思います。そして看護チームの判断の質が洗練され看護行為のオプションが増え、結果的に患者にとって良いケアが提供されやすくなっていくと思います。

「君には決めたことがあるんでしょう? 応援するよ!」

 看護職が自分の実践能力を高めるのは、看護職として良いケアをしたいからです。患者に良いケアを提供したいから、自分の能力を向上させるんです。それが結果的に診療ケアチームへの貢献力となります。その能力を周囲の同僚が承認することで、リスペクトと信頼が生まれます。これは専門職連携の基礎です。どの専門職であれ、専門職としての能力が向上すればするほど、他者の能力への依存と信頼と承認が必要となるんです。特定行為研修制度とは、実は医療従事者の専門職連携実践能力を向上させるものでもあるのかなと思います。

 
引用文献
1)医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会:医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会 議論の整理,2020年12月23日,p.7,〔https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000720006.pdf〕(最終確認:2023年8月22日)
2)千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター:特定行為研修修了看護師の組織的配置・活用ガイド,〔https://www.n.chiba-u.jp/iperc/research/guide.html〕(最終確認:2023年8月22日)
3)酒井郁子,山本武志,山本則子ほか:特定行為研修修了者の複数配置に関する実態把握及び有効活用に影響する要因の調査(厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 地域医療基盤開発推進研究);研究報告書,〔https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/158658〕(最終確認:2023年8月22日)
4)厚生労働省:特定行為区分とは,〔https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000077098.html〕(最終確認:2023年8月22日)
5)千葉大学大学院看護学研究院ホームページ,〔https://www.n.chiba-u.jp/outline/movie.html〕(最終確認:2023年8月22日)
 

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酒井 郁子

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授

さかい・いくこ/千葉大学看護学部卒業後、千葉県千葉リハビリテーションセンター看護師、千葉県立衛生短期大学助手を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。川崎市立看護短期大学助教授から、2000年に千葉大学大学院看護学研究科助教授、2007年同独立専攻看護システム管理学教授、2015年専門職連携教育研究センター センター長、2021年より高度実践看護学・特定看護学プログラムの担当となる。日本看護系学会協議会理事、看保連理事、日本保健医療福祉連携教育学会副理事長などを兼務。著書は『看護学テキストNiCEリハビリテーション看護』[編集]など多数。趣味は、読書、韓流、ジェフ千葉の応援、料理。

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