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甲賀看護専門学校の人権教育―学年を超えて学び合い「権利」について考える

甲賀看護専門学校の人権教育―学年を超えて学び合い「権利」について考える

2023.06.30NurSHARE編集部

「学生の権利意識が強くなっている」。近頃、さまざまな場面で先生がたからお聞きすることが多い言葉です。権利を守ることはもちろん大切なこと。しかし、「学生たちは自身の権利を主張するあまり、それを主張される相手の気持ちや果たすべき自身の義務に目が向けられていないのではないか」と感じられている先生もいらっしゃるのではないでしょうか。
 滋賀県の甲賀看護専門学校(甲賀市)ではそうした時代の潮流も踏まえ、“相手の立場を考えること”を学ぶ特別授業「合同人権学習会」を実施するようになったといいます。今回は同校の中尾裕子副校長と林カオリ教務主任に、本取り組みについてお話を伺いました。

 

甲賀看護専門学校の概要

 甲賀看護専門学校は、甲賀市と同県湖南市が設立し、公立甲賀病院が運営する、公立の3年課程の看護専門学校である。現在は1学年40名、全校120名の学生が在籍し、2001年の開校以来639名(2023年4月時点)の卒業生を看護師として社会に送り出してきた。
 チューター制(個人指導教員制)を採用する同校では、学生生活での不安や悩み事をはじめ、健康相談や学習指導など、3年間同じ教員が細やかに学生のサポートを行う。家庭を持つ学生を対象に交流会なども実施し、学生が学びを深めることに集中し充実した学生生活を送れるような支援を重視している。

甲賀看護専門学校の外観
 

「相手の立場で考える」機会になれば

 同校の「合同人権学習会」は、ことし2023年の実施で6年目を迎える。例年8月頃から準備を開始し、11月の実施当日まで約3ヵ月の時間をかけているという。「人権学習」と聞くと、いわゆる人種差別や性の問題など人権問題に関する学習というイメージを抱かれるかと思うが、同校の合同人権学習会は身近な事例から「相手の立場」「相手の気持ち」を考え、それを通して権利や義務、ひいては人権問題と向き合うような内容としている。
 同校が「合同人権学習会」を実施するようになったのは、5年ほど前のことだ。当時から教員らは「学生の特徴が変わってきた」と感じていたという。実習指導者の指導を受け止められなかったり、「責められている」と感じてしまったりするケースが増えた。時に厳しい指導が行われると「私だけ差別だ、不公平だ」との声も聞かれるようになったのだ。
 そんな学生らの様子を見て、他者の考えや思いへの想像力が不足していることが一因であると考え、「自分と相手、お互いの立場について考えられる学習」として、人権学習会の開催を決めた。

縦割り制で学年を超えた交流も図る

 同校の合同人権学習会のもうひとつの特長は、全学年、全学生が一緒に学び、そして全学年の学生が混じってグループワークを実施する縦割り制である。このように実施したのは、学年を超えて学生同士の交流を持つ機会をもってほしかったからだ。

 以前より、新卒看護職者の短期離職が全国的課題となっていたが、その傾向は同校の卒業生においても例外ではない。中尾副校長は「近年の学生には、用心深く周囲との交流を持ちたがらなかったり、自分を出すのが苦手だったりする面があるように思います」と話す。こういった特徴が影響して、悩みを話せるほどに発展した人付き合いができないために、誰かに胸の内を打ち明ける機会がないまま離職を選ばざるを得ないのではないか。教員陣はそう考えた。
 臨床に出て悩みを抱えた時、自ら相談して意見を聞ける先輩がいることで、その後の離職防止にもつながるだろう。卒後にも続く先輩後輩の関係性を構築する機会になれば、というのも、3学年がともに学ぶ場づくりを目指した理由のひとつだ。

自分なりの考えを持ってもらうための設計

 合同人権学習会の当日、まず学生らは教員が作成した事例VTRを自分の教室で視聴し、各登場人物の立場になって考えたことをメモする。その後、それぞれが指定された場所へ向かい、あらかじめ割り当てられたグループでのグループワークに参加する。ファシリテーター役の教員が見守る中「登場人物それぞれにどのような思いがあるか」「登場人物それぞれの立場における権利と義務とは何か」「事例から何を感じたか」というテーマで話し合い、まとめを行った後にクラスに戻って各々の学びを共有する、という流れで会は進行する(図1)。

図1 合同人権学習会の実施要領

 

 学生がまず自分自身で考えてからグループワークで他者の意見を聞くという設計には、人任せにならず自分なりの考えを発表してほしい、最初は考えが持てなくても周囲の意見を掘り下げて深め、最終的には自分の考えが持てるように自分の中に落とし込んで欲しいという意図を込めた。

手作り事例VTRを作成して学習会へ

 同学習会の要となるのが手作りの事例VTRだ。前述の授業設計を踏まえると、事例提示には動画教材が最も有効だと考え、今の形に至ったのだという。長さは2分ほどとコンパクトなものであり、教員らがシナリオ作成から撮影・出演、動画の編集作業まで、すべて自分たちの手で完成させている。図2は過去の作成動画の一例である。

図2 過去の合同人権学習会で使用した事例VTRのようす
  患者が熱を出していることを知った学生(①)。それを報告したいが臨床指導者が忙しそうで声がかけられない(②)。ようやく臨床指導者に時間をもらったが、熱があると伝えたところ、「もっと早く言ってほしかった」と注意をされてしまう(③)。患者は体調が悪い中、学生が看護師を連れてきてくれるのを待っている(④)。
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実際の出来事を題材に事例を検討

 これまで取り上げた事例は、いずれも実習中などに起こった実際の出来事を基にしたもの。事例検討時に教員らがさまざまなケースを報告・共有して取り上げる内容を決めているのだという。これまでの事例は「報告したいが看護師が忙しそうで報告できない実習中の学生と、学生からの報告がなく不安な看護師」(図2)「受け持ち患者への挨拶の際に不適切な言葉遣いをした学生とその患者」など、いずれも立場の異なる複数の人物が登場し、それぞれの思いをとらえる必要があるものとなっている。学年は違っても問題を共有できる事例を扱うことで、学生の心が動き、自ら考えたことを言葉にして表現できるよう意識しているそうだ。

 図3は2022年の同学習会で使用した事例VTRの概要と指導のポイントをまとめたものである。場にそぐわない身なりで地域ボランティアに参加した学生と看護師のやりとりに、運営スタッフや地域住民も交えて、各々の立場で相手に対してどのような印象を抱くか考えるものだ。立場が違えば見方も変わることや、相手の価値観に合わせることの意味をとらえてもらえるような内容になっている。図3の太枠の中にまとめられた「登場人物の思い」は教員らが事前に想定したものだが、実際のグループワークにおいても学生からは概ね同じような考えを聞くことができるのだという。

図3 2022年の合同人権学習会で使用した事例VTRの概要と指導のポイント

 

 事例VTRは、同じ内容で人物の心の声を入れたものと入れないものの2パターンを作成している。最初は心の声なしのVTRを流し、その後に心の声ありのVTRを視聴してもらうことで、まずは登場人物たちの思いについて自分なりに考え、心の声ありのVTRによって自分が考えたこととのギャップを確認できるように工夫した。

刺激を受け合う縦割り制のグループワーク

 事例VTRの内容を踏まえて実施するグループワークは、全学年混合の6~7人のグループで行う。発言しない人を出さない目的でグループの構成人数をなるべく抑えており、実際に学生全員が発言できているという。各グループには日頃チューターとしてメンバーとかかわっている教員が参加する。教員らはファシリテーターとして、必要に応じて議論の誘導などを行うが、司会は任意の立候補制をとり、その場で決めている。例年3年生が自発的に手を挙げるそうだ。

上級生が下級生を引っ張る頼もしい姿

 同校では、これまでも学年を超えてかかわる機会はあったが、合同授業を実施した経験はなかった。「授業」としてともに同じ問いと向き合うことで、下級生は上級生のこれまでの経験からさまざまな学びを得ることができ、また上級生は下級生を仲間としてとらえ助言の仕方を身につける機会ともなっている。普段の3年生の様子を「大丈夫だろうか」と不安に思うことがあっても、合同人権学習会ではとても頼もしい姿を見せてくれるそうだ。彼らは実習で学生カンファレンスを経験しているため、他者の意見を引き出すのがうまく、とくに1年生は3年生の配慮に「すごい」と感じることが多いという。同会終了後には例年学生アンケートを実施しているが、上級生から刺激を受けてか1年生は積極的に感想や意見を記載する傾向にあるのだそうだ。
 表1に、2022年度の合同人権学習会後にアンケートで得られた学生らのおもな感想や意見をまとめた。

表1 アンケートで得られた学生らの感想・意見
1年生   ・カンファレンスに参加したことが無かったので事例の中で分からない部分もあったけど、2・3年生とのグループワークでは今まで自分には無かった新しい発見や気づきを得ることができました。
・3学年合同で学ぶからこそ意味や価値があると思う。1学年でも学びや知識の共有、答えは出せるけれど、各学年がそれぞれの知識や経験を役立てながら意見をまとめることにより、より現実的な学習ができると思った。
2年生   ・特に3年生の意見は、今後自分たちが実習へ行く際に役立つ。普段話す機会がないからこういう場があって良かった。
・他学年から得る意見が全く違うのが良かった。
3年生  ・優しい合同学習で、事例もあるあるだったので話しやすかったです。自分とは違う意見や考えを持つ人も大切にされる環境を作りたいと思いました。ありがとうございました。
・1・2年生も自分の意見を持っていて発言する力があってすごいと思いました。1・2年生は全体を見る力もあるなあと感じました。
 

学習会を通して得られているもの

 こういった学びは数値で測れるものでなければ、目に見えて明確な効果を実感できるものでもない。しかし、中尾副校長は「この学習だけをもってというわけではありませんが、1年生から合同人権学習会で学んで進級した学生がリーダーシップをとれるようになっていたり、相手の思いも自分の思いも大切に考えて行動する姿が見受けられ、他者の思いを汲み取る力を身に付けてきているなと感じることが増えました」と話す。実際、廊下で合った時に声をかけ合うなど、先輩後輩間のコミュニケーションは良好だそうだ。

合同人権学習会のこれから

 同校では、合同人権学習会にはまだまだブラッシュアップすべき部分があると考えている。
 同校の教員らは例年、同学習会を通して「権利と義務は表裏一体のものである」ということを伝えられるように意識している。しかし、グループワーク中の学生らからは権利についての考え(登場人物の思いや気持ちなど)はたくさん出てくるが、義務に関する考え(思いや気持ちに応じて登場人物がすべきこと)を引き出すことが難しいのだという。「権利の面からどうか」「義務の観点からはどうか」と教員が声をかけないと、なかなかこの視点は出てこないのだ。同校では現状を踏まえ、同学習会を何度も体験してきた3年生らを対象に、権利と義務の双方の観点から考える力が身についているかを確認できるような動画教材の作成を検討中である。

 縦割りグループの割り当て方にも改善の余地がある。現行のグループ決めはチューターを基にした方法で、普段チューターとしてかかわる教員がグループディスカッションを見守れる半面、他の縦割りの機会と同じメンバーでのグループワークになることが多い。より多くの先輩・後輩との関係性を深めてもらうために、決まったメンバーだけのかかわりとならないようなグループ決めの方法を取り入れていくことも検討中だ。
 すでに確認できている効果は維持しつつ、学んでほしい点によりフォーカスして学生らに自ら「相手の気持ちに立つこと」「それぞれの立場の権利と義務」について考えてもらえるよう、同校では今後も工夫を重ねていくという。

相手の立場を考えると、結果的に自分が生きやすくなる

 「臨床判断能力の育成が重要課題となっている昨今ですが、その始まりは相手の気持ちに寄り添えることだと思っています」と中尾副校長は語る。学生たちの権利意識が高くなった中、彼らに「その要求は求め過ぎだよ」と伝えたところで、学生にとっては大人が都合よく言い訳をしているだけだと捉えられかねない。そのような学生の変化を実感してきた中尾副校長は、現状を解決する方法として、やはり学生が自ら“もしも自分が相手の立場にいたらどう思うか”を考えてみることが一番だと感じているという。

 相手の立場を考えることで、結果的に相手だけではなく自分も楽になる。学生が「なぜ自分だけ注意されるの」と責められた気になったり、辛くなったりしてしまうのは、自分の視点からしか物事を捉えられないからなのだろう。相手の立場から相手の視点で考えることで、物事の捉え方が変わり、自分も生きやすくなるのではないだろうか。教員らのそんな思いが反映された合同人権学習会は、相手の気持ちに寄り添って考えてみるための機会となり、学生らの中に根付いていくことだろう。

 「自分が権利を主張することは、相手に義務を果たすよう求めることとなりえますし、その逆もありえます。権利と義務の成り立ちはとても単純ですが、奥の深いものです。権利と義務の関係性について今一度考えてもらうことで、学生の思考力や判断力……さらにはもっとシンプルな思いやり、いたわり、感謝の心といったものの醸成につながればと願い、これからも合同人権学習会を続けていこうと思います」
 教員一丸となっての取り組み(挑戦)はまだまだ続いていく。

 

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