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第1回『梅切らぬバカ』

第1回『梅切らぬバカ』

2023.06.28NurSHARE編集部

 本コラムは、みなさまの休日のおともにおすすめしたい映画作品をご紹介するミニ連載。笑って、泣けて、考えさせられて……医療に通ずるテーマや描写を含む作品を中心に、往年の名作から最新作まで、NurSHARE編集部の映画好き部員がお届けします。
※本文中で作品の重要な部分に触れている場合があります。

『梅切らぬバカ』(和島香太郎監督,加賀まりこ/塚地武雅主演,日本,2021)

[映画『梅切らぬバカ』オフィシャルサイト,〔https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/〕(最終確認:2023年5月29日)より引用]

作品のあらすじ

 知的障害を併発する自閉症スペクトラム障害の息子・忠男(ただお)と都会の住宅街にたたずむ古民家でふたり暮らしを送る珠子(たまこ)。明るく前向きな性格の珠子ですが、49歳を迎えた忠男の将来を案じています。
 ふたりが大切にしている庭の梅の木は姿を消した夫(父)の象徴。しかし大きく育った枝が道まで伸び、隣に引っ越してきた里村一家から苦情を受けてしまいます。その後、一家の一人息子・草太(そうた)や母の英子(えいこ)はひょんなことから珠子親子との交流を少しずつ深めますが、父・茂(しげる)はなかなか打ち解けることができません。
 ある日忠男の通う作業所の担当者からグループホームに空きが出たと案内された珠子は、見学を経て悩んだ末に忠男の入居を決めました。しかし、以前に入居者が地元住民とトラブルを起こしていたことを知り、珠子の心には不安が募ります。一方、母親と初めて離れて暮らすことになった忠男は、環境の変化に戸惑って集団生活の中で揉め事を起こし、グループホームを抜け出してしまい……

相手の事情や特性をふまえて接する寛容さ

 タイトルの由来は「桜伐る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」ということわざです。木の種類によってそれぞれ性質が違うことをふまえた手入れが求められることをいい、転じて人間も各々の性格や特性を踏まえて育てたり接したりする必要がある、という文脈で使われます。
 このことわざを体現するかのように、珠子は忠男の特性を理解し献身的に育ててきました。反面、忠男たち知的障害者を理解し受け入れることがどうしてもできず、グループホームの立ち退きを要求する地域住民たちもたくさん登場します。私道に張り出した梅の枝は、ほかの人々からすれば邪魔なもの、排除すべきものですが、珠子にとっては大切な宝物。つまり父親を象徴すると同時に、物語の中で忠男を暗喩するアイテムでもあるのです。

 隣人の里村家から見ても、当初の忠男は自分たちの生活を脅かす警戒すべき人物、邪魔な梅の枝でした。しかし、珠子親子の優しさに触れ交流を深めるなかで、相手の事情や特性を知り、いい意味で忠男のハンディキャップを気にしない寛容さが生まれます。物語の中で、里村家の人々は地域住民たちの忠男やグループホームへの批判に疑問を感じるようになりますが、それは十把一絡げの「知的障害者」としてではなく、「ひとりの隣人」として忠男をとらえ始めたからにほかなりません。里村家の人々は次第に梅の枝を切ることにこだわらなくなり、最終的には枝と共存しながら生活していきます。

理解と受容、人と人とのつながりが生み出す光

 本作中で珠子と忠男はさまざまな人たちとかかわります。しかし、物語の結末を少しだけお話ししますと、親子と彼らを取り巻く環境は、当初とあまり変わりません。これまで暮らした古民家にふたり住み続け、近隣住民たちとの確執や知的障害者への偏見も明確には解消されないまま、エンドロールを迎えます。「障害者の自立」「地域との共存」といった課題そのものは街に根強く残ったままなのです。一方で、里村家の人たちにとって「理解できない人」だった忠男が「忠さん(忠男の愛称)」に変わっていく過程からは、珠子と忠男の未来は決して暗くないのでは、と思わせてくれるような“人と人とのつながり”が感じられます。茂が当たり前のように梅の枝の下をくぐって出勤していくシーンには、なんとなく救われるような思いを感じました。
 根本的な問題が解決しないリアリティの中に、ちょっとだけ歩み寄りあうことで生じた一筋の光が射すような、あたたかくも考えさせられるストーリーです。

NurSHARE編集部

とあるNurSHARE編集部員。看護学生向けテキストの編集業務もしています。業務に奮闘する毎日、自らの不出来さに枕を涙で濡らす夜もあるけれど、映画鑑賞とJリーグ観戦で即復活して明日へのエネルギーを充電できるお手軽(?)仕様。人生のベストワン作品は『レイジング・ブル』(マーティン・スコセッシ監督/ロバート・デ・ニーロ主演、アメリカ、1980)。

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