看護教育のための情報サイト NurSHARE つながる・はじまる・ひろがる

第8回 記述統計・確率分布はこう教えている―知識の本質と事象を結びつける

第8回 記述統計・確率分布はこう教えている―知識の本質と事象を結びつける

2023.08.04宮下 光令(東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野 教授)

はじめに

 前回で量的研究の研究デザインの講義は一通り終了です。今回から6回に分けて医療統計学について学びます。

 ちなみに今回から東北大学医学部保健学科検査技術科学専攻の3年生(看護は2年生)との合同講義になりますので、この医療統計学の講義内容は少し臨床検査技師や検査技術科学の研究も意識しています。検査技術科学専攻の学生は初回と医療統計学の6回の講義を受けて試験に合格すれば「医療統計学」の単位が与えられます。研究デザインに関する講義は任意聴講です。

 医療統計学の初回講義の目標は「データをどう要約するか」です。その後に「確率分布」について教えています。現在教えている学生は、看護学専攻も検査技術科学専攻も1~2年次の全学教育(教養教育)で数理統計学の入門的講義を必修にしています。また、現在の学生は高校時代に相関係数や統計的推測まで学んできた学生が多いようです。
 ただし、それらが身についているかというとまったく別で、とくに数理統計学に関しては数式展開や統計学的検定の作業的な側面は経験があるものの、現実的な医学的事象と結び付けて考えることはほとんどできていないようです。そこで、医療統計学の講義では数理的な側面はできるだけ全面に出さず、現実的な医学的事象を直観的に理解できることを重視して教えています。

 この原稿では平均や標準偏差など統計学の基本事項についての説明は省略し、私がどう教えているかという点に焦点を当てたいと思います。統計解析の実例も出しながら話しますが、よく使うデータとして、「身長のデータ」というものも提示しています(図1)。

図1

データをグラフで要約する

 データの要約にはグラフでの要約と数値での要約がありますが、まず最初にグラフでの要約について教えます。グラフでの要約は「ヒストグラム」「幹葉表示」「箱ひげ図」について話したのちに、「棒グラフ」「折れ線グラフ」「円グラフ」「帯グラフ」「レーダーチャート」「散布図」などについて話しています。多くが高校生までに学んできたことの復習です。どういうときに、どのようなグラフを書くかということは厳密なルールはないと思いますので、細かくは教えていません。原則的なルールはある程度あると思いますが、そのルールに縛られすぎると、柔軟でわかりやすいグラフの作成ができなくなるかもしれないと思っています。実際の論文を見て学びながら、わかりやすいグラフを常に探求していって欲しいと思います。

データを数値で要約する(要約統計量)

 次は数値で要約する方法(要約統計量)です。分布の位置の指標(平均、中央値など)、ばらつきの指標(分散、標準偏差など)、形の指標(歪度、尖度)について教えます。分布の位置の指標に関しては、日本の世帯年収の分布の例を使っています。ばらつきの指標としての標準偏差は、この図のように平均偏差では計算が大変で、標準偏差のほうが統計学的に何かと性質がよいと教えています。本当はもう少しちゃんとやったほうがいいのかもしれませんが、これ以上詳細に説明するとついてくることができない学生が結構出てくると思います。そこで全学教育の数理統計学とは少し違う視点で、本質的な考え方を分かってもらうことを目指しています(図2)。

図2

 正規分布とその確率計算

 正規分布の説明に入る前に確率変数と確率分布の話をほんの少しだけしますが、定義を言うだけで、実質何も説明していないのと同じ程度です。確率分布に関しては、正規分布の確率計算をしてもらうことで、なんとなく慣れて欲しいと思っています。ちなみに、次回以降統計学的検定などの統計的推測の話をしますが、記述統計と推測統計の違いも曖昧にしたまま進めていっています。
 正規分布に関しては定義やその性質を説明したのちに、標準正規分布と標準化得点(Z値)の話をします(図3)。

図3

 標準正規分布について説明した後に、Z値の計算や正規分布の確率について話します。正規分布では平均±1標準偏差に全体の約70%、平均±2標準偏差に全体の95%が入ることを説明し(図4)、少し演習もしてもらいます。私は論文のTable 1において、年齢などのその論文で重要な変数の平均±標準偏差の値が出ていると、平均±2標準偏差を計算して「●~●」などとその値のメモをすることがよくあります。このように、分布の全体像を直観的に把握する癖をつけるのは有用だと思っています。

図4

 次は正規分布表です。正規分布表の見方と考え方について(図5~7)説明した後に、いくつか演習問題をしてもらっています(図8)。正規分布表をみながら数字を見つければよいのですが、実際に正規分布を書いて、平均や標準偏差などを書き込んだうえで、この部分の確率がいくつか、という風に進めると理解が深まると思います。正規分布を逆にみる(上側・下側確率をもとにZ値を計算する)方法も教えます。そうすると、95%が入る領域が平均±1.96標準偏差であることがわかります。

図5
図6
図7
図8

 正規分布の確率計算の仕上げは偏差値の計算です。偏差値について説明したうえで(図9)、実際に偏差値が60以上、70以上の割合を求めてみます。最後に以下のように偏差値が100を超える例を出します(図10)。

図9
図10

 学生は、偏差値は100を超えないと思っているようで、自分の計算結果をみて「あれ、計算間違った?」と思うようです。ついでに、IQは100を基準に標準偏差が15程度で標準化するので130程度が偏差値70に相当することや、昔の学校の成績評定で「5」が7%、「4」が24%だったのは1.5標準偏差、0.5標準偏差に相当することなどを話し、正規分布に基づく確率が世の中で広く使われていることを教えています。

さまざまな確率分布

 最後に「対数正規分布」(図11)、「2項分布」(図12)、「ポアソン分布」(図13)、「一様分布」について説明します。それぞれ、具体的にどのような変数が従うかなどの具体的な例をいれ、また分布の形を見せ、正規近似できることを示しながら説明します。

図11
図12
図13

講義後のフォローアップ

 この講義の終わりには、正規分布をはじめ、今回説明した確率分布に従う変数を調べてみることを勧めています。残念ながら統計の講義に入ってから質問や感想の数が激減してしまい、難しかったなどの感想が増えてきます。今回の講義では演習がそこそこあるため、看護学専攻の学生からは「久しぶりに頭をつかった」といった感想をもらうことも多いです。

統計教育の高校・教養課程・専門課程の連携

 詳しくは知らないのですが、最近のデータサイエンス重視の流れなどもあり、高校での数学教育が見直されているようです。以前から統計的推測などは高校の教科書に載っていたのですが、大学入試で出題する学校が稀だったのでほとんどゼロから教える必要がありました。現在の学生は共通テストで統計が課されるようになったこともあり、相関係数や統計的推測まで学んで来ているようで、高校の復習になったという声が聞かれるようになりました。2025年の共通テストから、また少し変わるようですね。

 大学の教養課程でも数学科目を有する大学が多いと思います。本学の教養課程では、看護学専攻には線形代数学を取る学生が多かったのですが、数年前に教養課程の数学担当に統計学の基礎的な考え方を教えてもらうように交渉しました。そこでは数理統計学ではなく、高校の復習のような内容でいいので、分布や統計的検定、回帰分析などの直観的な理解や幾何学的な理解、現実のデータへの応用的な内容を講義してくれないかとお願いしました。
 担当の先生はこちらの意図を理解し、初年度は数学担当のトップの先生が担当してくれたのですが、それでも内容は数理統計学でした。その後も少し話をしましたが、数学科目はいろいろな学科から出向いて講義してくれる先生が多く、応用的な内容は難しいとのことでした。

 教養としての数理統計学と言ってしまえばそれまでなのですが、数理統計学は統計学の基本的な考え方や応用のシーンを理解してから学習したほうが学習効率もよいと思っています。現実にはせっかく教養課程で数理統計学をやっても身についておらず、手の運動にとどまった状態で専門課程に進学してくる学生がほとんどのように思います。おそらく全国的にそのような状況ではないかと思うのですが、皆様の学校ではどうでしょうか。医療系の教養課程で学ぶべき統計学について、ある程度のガイドがあってもいいと思っています。

参考文献
1)市川伸一,大橋靖雄ほか:SASによるデータ解析入門 第3版(竹内啓・監修), 東京大学出版会,2011
引用・参考文献
1)宮下光令:がん看護研究理解のための基礎講座.第2部.分析に悩まない質問票の作成 ,第30回日本がん看護学会学術集会,平成26年2月20日,〔http://plaza.umin.ac.jp/~miya/misc.htm〕(最終確認:2023年6月8日)
2)宮下光令(編著):緩和ケア・がん看護 臨床評価ツール大全,青海社,2020

本連載では、読者のみなさまからのご意見やご要望、ご質問などを募集しております。こちらのフォームより、ぜひお気軽にお寄せください。

宮下 光令

東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野 教授

みやした・みつのり/東京大学医学部保健学科卒業、看護師として臨床経験を経て、東京大学にて修士・博士を取得。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻助手、講師を経て、2009年10月より現職。日本緩和医療学会理事、日本看護科学学会理事、日本ホスピス緩和ケア協会副理事長。専門は緩和ケアの質の評価。主な編著書は「ナーシング・グラフィカ 成人看護学6 緩和ケア」(メディカ出版)、「緩和ケア・がん看護臨床評価ツール大全」( 青海社)など。

企画連載

宮下光令の看護研究講座「私はこう教えている」

 この連載は、私が担当している学部2年生の「看護研究」の講義の流れに沿って進めていきます。私の講義では、“判断の根拠となる本質的な点は何か”ということを中心に伝えています。あくまで私の経験に基づく、私はこう考えている、ということを解説していますので、読者の皆様には「個人の独断と偏見に基づくもの」と思っていただき、“学部生にわかりやすく伝えるにはどうすればよいか”を重視した結果としてお許しいただければと思います。自由気ままに看護研究を語り、そのことが何かしら皆様の看護研究を教える際のヒントになるのであれば、これ以上嬉しいことはありません。

フリーイラスト

登録可能数の上限を超えたため、お気に入りを登録できません。
他のコンテンツのお気に入りを解除した後、再度お試しください。