IBL/ABLとは?
ある看護教員の方から「インシデントやアクシデントは学生が主体的に考え学ぶきっかけになる」とお聞きする機会があり、そのような学習方法を何か言葉で表現できないかと、Incident-based learning(インシデントを基にした学習)、Accident-based learning(アクシデントを基にした学習)というふたつの造語を考えました。IBL/ABLはその略語です。
取材を進めると、実際にIBL/ABLにあたる学習・指導をされている先生方がいらっしゃり、今回はその知見をお寄せ頂きました。本企画がインシデントやアクシデントを通した学生の学びや成長につながれば幸いです。(NurSHARE編集部)
はじめに
看護基礎教育の現場では、学生生活におけるスマートフォン管理上の問題やソーシャルメディアの不適切利用、医療安全に関する事象など、学生が関与する様々なインシデント・アクシデントへの対応とその指導に時間や労力を費やしていることだろう。これらの事象には人の命・倫理に関する事柄が含まれており、その内容によっては周囲への影響が大きく、より重大な問題につながるケースもある。そのため、看護職を目指す者としての考え方と行動は、学生に身につけてほしい重要な教育内容の一つである。どの学校においても、入学時からオリエンテーションや日々の生活指導を通して、学生への指導に力を注いでいると思う。
しかし、そのような教員の願いとは裏腹にインシデントやアクシデントは起きているのが現実である。教員の立場からすると「あれほど指導したのになぜ起きてしまったのか」という思いが先に立つこともあるだろうが、学生の立場からは、経験のない初めて遭遇する状況の中での出来事なのである。また、学生が知識をもっているということと、実際の場面でその知識や考え方を使うということは別であるということも考えておかなければならない。知識と実際の場面がつながっていないことは多いのである。さらに、学生には「自分の周りでは問題は起きない、関係ない」という気持ちも少なからずあると思われる。
そのような状況下では、学生が主体的にインシデントやアクシデントと向き合うことは難しい。大なり小なり教員の介入はあれど、実際に事例が発生することで、「なぜ起きたのか」「今後繰り返さないためにはどうすればよいのか」に初めて目が向くことも少なくはない。だからこそ、インシデントやアクシデントの発生は、学生が自分の体験から考え行動する力を鍛えるための絶好の機会と言えるのである。
この機会を通して鍛えたいのは、看護師のものの見方と考え方、すなわち看護職に必要なクリティカルシンキングを習得していくことである。クリティカルシンキングとは能動的、系統的な認識の過程であり、自分や他者の考えを注意深く検証するために用いられるもので、事象の存在を認識し、その事象に関連する情報を探索・分析し、推測や証拠も活用しながらその情報を評価し、結論を導き出すことが含まれる。1)クリティカルシンキングの技術として、解釈、分析、推論、評価、説明、自己規制があげられる1)。クリティカルシンキングを習得するには、学生が自分の体験を通して、自分の頭脳を訓練することが近道であると考える。このような訓練では学生の思考を促すように関わることが重要であり、そこでの教員の役割は大きい。
IBL/ABLを進めるプロセス
当校のかかわりを一例として紹介する。まず、学生から何が起きたのか、問題が起きた経過について一通り話を聴く。この時に、教員の解釈したことや判断したことは伝えずに、聴くことに徹する。学生の行動の背景には、それに至る考えや判断がある。それが何なのか、問題の発生につながる考え方や判断がどこにあるのかがわかるので、指導のポイントが把握できる。
次に、学生がインシデントやアクシデントの状況を整理できるよう、事象が起きた経過を文章化させる。この文章化では、学生は事実の詳細を他者に伝わりやすいように書くことができない場合が多い。そのため、学生が書いた文章をもとに、事実を正確に表現できるように、教員が学生に問いかけながら完成させていく。そうすると、口頭説明では話さなかった事実が出てくることもある。また、記述内容には、その時の学生の考えや感情も表現するように促していく。過信があったり、緊張しすぎていたりするなど、学生の心理状態が事象に影響している場合もあるからである。
事象の経過が文章化できたら、当該の学生と教員で起きた事実の解釈、分析を学生主体に進めていく。その中で、学生の解釈・分析には、学習した知識や考え方が十分反映されていないことや考えが偏っていることがわかってくる。よく考えずに行動していることもある。そこで、学生がすでに学んでいる知識や考え方を想起させたり結び付けたりして学生自身が考えられるようにしていく。
例えば、医療安全であれば『今回起きたことは授業で学習したヒューマンエラーの分類で考えると、何にあたると思う?』というように、倫理であれば『医療倫理の4原則で考えてみようか』というように、知識と結び付けて考えていけるようにしていく。学生が知識を想起できないときは、テキストや授業資料を使いながら学生自身で考えていくように働きかけている。
この過程では教員の「待つ」姿勢が重要である。学生の個人差もあるが「待つ」ことによって学生は焦ることなく、考える時間をもつことができ、自ら気付いていく。自分で気付き考えた結果は自分のこととして受け入れやすく、インシデントやアクシデントが及ぼす影響についても実感することになる。結果、学生自身で適切な行動を導き出せるようになる。
インシデント・アクシデントを振り返り指導にも活かす
臨地実習で起きたインシデント・アクシデントについては、可能な限り指導を担当した看護師にも振り返りの過程に同席してもらうことで、学生と指導担当看護師の両者にとって意義が大きく、より得るもののあるディスカッションができる。当校ではできる限り病棟と時間の調整を図り、学生・指導担当看護師・教員の三者で振り返りを行っている。
学生にとっては臨床の看護師のものの見方と考え方を学ぶ機会になると同時に、看護職の一員として同じ立場で考えるという体験ができるため、学生の役割意識の高まりを実際に感じている。
指導担当看護師からは「学生の考え方を知る機会になり、インシデント・アクシデントを起こさないために配慮していくところがわかった。実習指導に活かしていきたい」との意見をもらっている。お互いの意識をブラッシュアップでき、学生は自身の学びを、指導担当看護師は今後の実習指導をよりよく進められるようになるのである。
また学内では、実習内外で学生に発生した全ての事例について、教員全員で事例検討をしている。その目的は、学生が問題となる行動を回避していくための指導に役立てるためである。事例検討を通して学生の考え方や行動の傾向を知ることで、発生に至る前に学生の行動を予測する力をつけて、指導に活かす。教員も学生と同じく、クリティカルシンキングをすることで教育力を高めていけると感じている。
学生の心情を汲み取りながら寄り添って学びを深める
インシデントやアクシデントが起きた時の学生への指導過程で注意を払わなければならないことは、教員の指導のあり方である。教員が学生との振り返りをどのようにしていくかで、学生の思考や心に及ぼす影響も異なってくる。教員という立場では、ややもすると経験者の目線で問いただすような聞き方をしたり、「こう対応すべきだった」と自分の考えを押し付けたりしてしまうこともあるかもしれない。このようなかかわり方は、学生の思考を促すどころか学生の心の中を責められたという感情でいっぱいにさせてしまう。
インシデントやアクシデントは、起こしては困るとされているものである。その当事者になったという事実だけでも、学生の心には様々な感情が沸き起こっているはずである。失敗したという感覚や怒られるという心理が反射的に働き、防衛反応をとることも少なくない。そうなると、その事象から学ぶことができずに失敗体験で終わってしまう学生もいる。起きた問題に向き合うことは勇気のいることである。
インシデントやアクシデントから学びを得てもらうために、教員には学生の心情をくみ取りながら共に考えていく姿勢が求められると考えている。まず、学生がどのような考えで行動していたのかをじっくり聞くことから始め、考え方を変えたり、考えを深めたりして適切な対応を次からはとれるよう一緒に取り組む教員の姿勢は、学生の気づきを促しうる要素である。また同時に、学生はそのような教員の関りから対人関係スキルを学ぶこともできるのではないだろうか。
おわりに
教育現場でインシデントやアクシデントが起きないように、学生の行動に多くのルールを設けることや制限を加えることで対処するという考え方もあるかもしれない。しかし、そこからはルールに従って行動する人は育てられても、自ら考えて行動する人は育たないのではないだろうか。制限よりも自ら考えて行動する人を育てる教育環境を整えていきたいと考えている。
1) 日本看護科学学会:看護学を構成する重要な用語集、2011年6月24日、https://www.jans.or.jp/uploads/files/committee/yogoshu.pdf
アクセス日:2022年4月11日