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看護基礎教育において、「感染看護学」をどう教えるか

看護基礎教育において、「感染看護学」をどう教えるか

2023.01.20川上 和美(順天堂大学医療看護学部、同大学院医療看護学研究科 准教授)

 看護職にとって、感染予防の視点をもって実践にあたることは平時より非常に重要でありながら、これまでの看護基礎教育においては「感染看護学」として体系的に学ぶ機会は多くはありませんでした。そのような中、COVID-19の世界的大流行という経験を経て、基礎教育においても感染看護学を教授することの重要性が改めて注目されています。そこで今回は、『看護学テキストNiCE感染看護学 』(南江堂刊、2022年)を編集された順天堂大学の川上和美先生に、ご自身の感染看護学の教育実践についてご紹介頂きます。

NurSHARE編集部

 

看護基礎教育課程の学生に「感染看護学」を教えることの意義

 患者を感染から守り、安全に看護を行うことはあらゆる看護実践の基盤となる。19世紀半ば、ナイチンゲール(Nightingale F、1820-1910)は『看護覚え書』で、すべての看護師に共通する職務は「感染予防」であると述べ、手洗いや環境管理による死亡率の減少を証明した1)
 近年では、1996年に米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)が発表した『病院における隔離予防策のためのガイドライン』が、CDCガイドラインの中で初めて日本語に翻訳、国内で出版され2)、以降、「標準予防策(スタンダードプリコーション)」の概念が医療現場での感染対策の基本として浸透してきた。そして日本看護協会が感染管理、感染症看護を看護の専門分野として特定し、2001年に感染管理認定看護師が、2006年には感染症看護専門看護師が日本で初めて認定を受けた3)。薬剤耐性菌や新型インフルエンザウイルス、ノロウイルスなどの様々な微生物による感染症に対応するため、医療機関、福祉施設、在宅医療の現場ではこれらの専門性をもった看護師が要となり、エビデンスに基づく実効性のある感染予防策が日常の看護ケアで実践されるようになった。
 このような背景から、看護基礎教育課程では、主に基礎看護学の日常生活援助技術、診療・治療援助技術の中で標準予防策、手指衛生や無菌操作などの感染予防にかかわる知識と技術が教授されてきた。臨地実習では、新生児から高齢者までのあらゆる発達段階にある人への看護をとおして、基礎看護学で学んだ感染予防技術を修得する。

 そのような中、2019年末に新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)が発生し、2020年3月11日には世界保健機関(World Health Organization : WHO)よりパンデミック(世界的流行)が宣言され4)、以降、教育機関や臨地実習の場で、看護学生は医療従事者と同様の感染予防策の実施が求められるようになった。しかし、現在の看護基礎教育課程では「感染看護学」という独立した看護専門分野はなく、体系的に学ぶ制度はとられていない。
 感染看護学は、微生物学、臨床医学(感染症学)、疫学・保健統計、保健医療福祉行政論、看護倫理、基礎看護学、公衆衛生看護学など、多様な知識の統合を基盤とする看護分野である。感染の発生と伝播を未然に防ぐ「感染予防(infection prevention)」の責務を果たすために、集団を対象とした感染管理(感染制御)と、患者個人への感染症看護の両方の問題解決技法を使い分け、活用するという独自性がある5)
 こうした感染看護学の学修は、今後も新興感染症・再興感染症、自然災害といった新たな健康危機に直面し得る現代において看護職に期待される、保健医療福祉の現場で患者の健康と権利を守り、健康危機管理への対応を含めた安全な看護を実践する力の修得に寄与するものである。看護基礎教育課程で感染看護学を独立した科目として体系的に学ぶ必要性に迫られていることを、筆者は実感している。

順天堂大学における「感染看護学」の授業の実際

科目のねらい

 本学医療看護学部では、3年次前期に「医療看護の統合と発展」の科目の1つと位置づけ、選択科目として7回(1単位)の「感染看護」を開講している。開講以来、担当教員間で授業内容の検討を重ね、感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)の解説、手指の微生物の培養を行い手指衛生の効果を検証する感染予防技術演習、医療従事者や地域住民を教育対象に設定した感染予防キャンペーンのグループ発表などを取り入れてきた。しかし、基礎看護学で学ぶ手指衛生や個人防護具の着脱技術との重複、保健医療福祉行政論との重複、発表準備の学生の負担などが課題となっていた。そこで、既習科目との重複内容を検証し、さらに、3年次後期から始まる分野別実習において「感染看護」の学びを活用できることを目指し、『NiCE感染看護学』をテキストとして活用した授業構成を改めて検討し、2022年度に授業内容を刷新した。2022年度に実施した本科目の全7回の授業概要を図に示す。
 学修目標は、「あらゆる場と対象への看護実践の基盤となる感染看護について、チーム医療の一員として多職種と連携し実践できるための知識と技術を学修する。/感染症をめぐる諸外国および日本の動向と課題を理解したうえで、集団を対象とした感染制御システム、個人を対象とした感染看護および患者をとりまく倫理的課題、地域との連携・協働の実際を学ぶ」とした。とくに、患者集団の感染リスクへの感染管理、感染・易感染の健康問題を抱える個人への感染看護の考え方を修得することと、昨今の感染症患者に対する偏見・差別の課題を認識し、倫理的な解決策を考える力を養うことをねらいとした。

図 順天堂大学医療看護学部における「感染看護」の科目概要
 

全7回の構成と、各回の授業内容

 授業方法にかかわらず、どの回も教員の一方的な授業とならないよう、学生の考える力を養うことを目指した双方向的な授業展開を心がけている。

第1回:感染看護概論

 第1回「感染看護概論」では、感染看護とは何か、感染看護の対象と感染看護を学ぶ意義について説明し、感染管理と感染症看護の違いについて学修する。感染看護学の体系的な理解を促進するために、人々が感染症と対峙してきたこれまでの歴史、現代の感染症対策の現状と課題、感染予防のために看護職が果たす役割や機能を教授している。

第2回:医療機関における感染制御活動、第3回:感染管理看護師の役割と活動

 第2回「医療機関における感染制御活動」、第3回「感染管理看護師の役割と活動」では、主に医療機関での集団を対象とした組織的な感染管理(感染制御)について学修する。第2回では、順天堂大学医学部附属順天堂医院感染対策室室長・堀 賢教授より、医療機関での感染制御を主導する立場から、臨床現場での多職種連携による医療関連感染対策、アウトブレイク(集団感染)対策といった実践的な内容を学ぶ。学生は本授業で初めて組織的な感染管理・感染制御活動を学修するため、多くの映像教材を活用している。第3回の授業では、感染症看護専門看護師、感染管理認定看護師の役割と活動、感染リンクナースとの連携、チームの一員としての看護学生の役割など、感染看護を専門とする看護師の実践を軸に学修する。

第4回:感染症看護および易感染患者に対する看護

 第4回「感染症患者および易感染患者に対する看護」では、感染・易感染の健康問題を抱える個人への感染看護の実践力を修得できるよう、感染看護における情報収集・アセスメントの視点、看護過程の考え方を教授したうえで、事例検討を行っている。予習課題としてテキスト巻末の「一般病棟における感染看護」の演習課題を参考とした事例を学生へ提示し、感染リスクのアセスメントと、事例場面において必要と考える看護を記述してきてもらう。それを授業内で学生に発表してもらい、教員が解説を行う。

第5回:感染看護における倫理的課題とその対応

 第5回「感染看護における倫理的課題とその対応」では、感染症患者が差別と偏見を受けてきた歴史的経緯を概説し、感染看護の実践で生じる倫理的課題を集団と個人の視点から教授している。予習課題として、第4回の予習課題で提示した事例を再び用いて、倫理的に問題であると考えたことと、解決方法を記述してきてもらう。第4回と同じ事例とすることで事例への理解が深まり、倫理的側面からの検討がしやすくなるといった利点がある。第4回と同じく、授業内で学生に課題で考えてきた内容を発表してもらい、教員が解説を行う。

第6~7回:さまざまな臨床場面における感染予防策と看護

 第6回、第7回の「さまざまな臨床場面における感染予防策と看護」は、演習形式の授業である。臨床現場で遭遇する8つの場面を提示し、第5回までの学修内容を活用しながらグループワークを行う。「肺炎で入院した成人期にある麻疹患者の全身清拭を行う」「ノロウイルス感染症患者が床に嘔吐した吐物の処理を行う」といった各場面について、①感染症の感染経路、②実施する隔離予防策、③必要な感染対策物品とその理由、④感染対策を行ううえでの留意点(感染予防・拡大防止の視点から考える)についてグループで話し合い、発表する。発表後、教員が解説を行う。

授業構成の意図

 前述のとおり「感染看護」は「医療看護の統合と発展」の科目に位置づけ、3年次前期に開講している。そのため、既習の知識・技術を基盤に多職種連携・チーム医療の視点を取り入れた学修ができるよう、まず集団を対象とした感染管理を学び、次に個人を対象とした感染症看護を学ぶ流れとした。もし低学年を対象とするなら、基礎看護学で学ぶ看護技術や看護過程を発展させる形で、臨地実習で活用できる感染予防技術や個人の感染症看護の学修に重点を置いた構成にしていただろうと考える。
 なお成績評価は、予習課題で取り組んだ内容と定期試験で行っている。

学生の授業への参加の様子と、今後への期待

 2022年度に「感染看護」を履修した3年生は、COVID-19の発生と同時に入学し、大学生活を始めた学年の学生たちである。本科目を選択し履修した学生の多くは、日常生活で行う感染症対策に疑問あるいは興味関心を持つ者であった。いずれの学生も熱心に予習課題に取り組み、授業へ積極的に参加して発言し、グループワークでの話し合いも盛り上がっていた。本科目の学修をとおしてさらに感染看護学に関心を持った学生においては、次年度の4年次の統合実習で感染看護分野の選択につながり、感染対策室の実習指導者のもとで手指衛生直接観察や病棟での患者への感染看護実践に取り組むことになる。
 今後は臨地実習をとおして感染看護の実践力を身に着け、卒業後は多職種と協働し、感染看護の視点も踏まえた倫理観を持って、あらゆる看護の対象者に感染予防を実践できる看護職として成長することを期待している。

手指衛生直接観察:手指衛生遵守率の向上を目的に、医療従事者が「WHO 手指衛生5つのタイミング」に沿って手指衛生を実施しているかを感染管理担当者が病棟で観察し、手指衛生遵守率を測定・評価する活動。

2022年度の授業を振り返って:今後の課題

 本科目は2022年度に授業内容を刷新し、第2回のように映像教材を多用した授業では「わかりやすい」と学生に好評であった一方で、感染看護概論など本科目で初めて学修する内容では、一部の学生から「難しかった」という感想が聞かれた。既習の学修内容とのつながりがより明確に伝わるよう考慮し、映像教材等の活用も含め、学生が理解しやすい内容への改善に取り組む予定である。
 医療機関では現在も、COVID-19への厳重な対策が講じられている。臨地実習施設の看護部教育師長からは、看護学生には基本的な手指衛生と個人防護具の着脱、自身の健康管理ができるようになったうえで実習に来てほしい、という声を聴く。医療現場のニーズもふまえて、「WHO 手指衛生の5つのタイミング」など、基礎看護学での学修内容をさらに発展させた臨地実習で活用できる感染予防技術を授業内容に取り入れ、看護実践に役立ったかなどについて評価したいと考える。

引用文献
1)Nightingale F, 1820-1910: Notes on nursing: what it is, and what it is not. Dover Publications.1969(湯槙ます,薄井担子,小玉香津子他訳:看護覚え書;看護であること・看護でないこと, 改訂第7版,現代社,2011)
2)Garner JS. Guideline for isolation precautions in hospitals. The Hospital Infection Control Practices Advisory Committee [published correction appears in Infect Control Hosp Epidemiol 1996 Apr;17(4):214]. Infect Control Hosp Epidemiol. 1996;17(1):53-80. doi:10.1086/647190(向野賢治訳, 小林寛伊監訳:病院における隔離予防策のためのCDC最新ガイドライン, メディカ出版, 1996)
3)日本看護協会:専門看護師・認定看護師・認定看護管理者,〔https://nintei.nurse.or.jp/nursing/qualification/about_institution〕(最終確認:2023年1月2日)
4)WHO, WHO Director-General's opening remarks at the media briefing on COVID19 -March 2020 [https://www.who.int/director-general/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-19-11-march-2020](最終確認:2023年1月2日)
5)操華子:「感染看護学」とは.看護学テキストNiCE感染看護学(操華子,川上和美編),p6-7,南江堂,2022

川上 和美

順天堂大学医療看護学部、同大学院医療看護学研究科 准教授

かわかみ・かずみ/自衛隊中央病院高等看護学院(現・防衛医科大学校)卒業後、手術室、循環器・呼吸器内科病棟等に勤務。2004年日本看護協会看護研修学校認定看護師教育課程感染管理学科修了、同年感染管理認定看護師取得後、感染対策室で感染管理専従看護師として従事。2012年より現職(順天堂大学医療看護学部 高齢者看護学・感染看護学、同大学院医療看護学研究科 感染制御看護学 准教授)。2010年国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科修士課程感染管理・感染看護学領域修了、修士(看護学)、2013年国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科博士課程感染管理・感染看護学領域満期修了、2014年博士(看護学)。日本環境感染学会教育委員、日本感染管理ネットワーク理事。近年は、感染予防実践者のコンピテンシーや隔離予防策に関する研究に取り組んでいる。

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