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第2回:臨床から教育へ──戸惑いと気づきの中で見えてきたもの

第2回:臨床から教育へ──戸惑いと気づきの中で見えてきたもの

2025.12.04坂木 孝輔(東京慈恵会医科大学医学部看護学科 助教)

 ICUやCCUといったクリティカルケア部門を中心に、専門看護師(CNS)や主任として働いていた頃、私は「チェンジエージェント」として組織に変革をもたらす存在であろうと意識していました。課題を見つけて改善のために動き、現場を動かす。その積み重ねが日常であり、「自分にしかできない役割を果たしている」という実感もありました。そんな環境にどっぷり浸かっていた私が教育の世界に飛び込んだとき、最初に感じたのは想像以上に大きな「ギャップ」でした。

教育の世界で感じた3つのギャップ

役割のギャップ―「誰でもできると感じてしまう」仕事に追われる

 教員1年目の仕事は、コピーをとったり、出席を確認したり、授業のマイクやプロジェクターの準備をしたり……。そんな裏方作業が中心でした。ICUでは「スタットコール(コードブルー)」に駆けつけていたのに、今は「プロジェクターがつかない!」「コピーの追加をお願い!」に駆けつける毎日。もちろん教育に欠かせない大事な役割だと今では理解していますが、当時は「他に自分がすべきことがあるのでは? 本当にこれでいいのか?」ととまどうばかりでした。

 ただ実際にこうした作業を経験してみると、「あえて両面印刷にしない」「A3で印刷して折りたたみ、2穴をあける」「このプリントはB5で配布する」など、各先生方の授業意図を感じ取る場面が多くありました。印刷ひとつにも学生にとって最善を考えた工夫があることを知り、教育の奥深さに触れた気がします。また、依頼される側としてどんな指示があるとスムーズかを体感し、事務職の方との連携の大切さにも気づくことができました。
 最初はこのギャップに苦笑してしまったのを覚えていますが、次第にこの経験が、教育現場の「見えない支え」を理解するきっかけになっていきました。 

[生成AIにて筆者作成]

学生の姿のギャップ―ピシッとする学生、ゆるむ学生

 もうひとつ驚いたのは、学生の「2つの表情」でした。実習に来るときの学生は背筋を伸ばし、真剣そのもの。患者さんの前では緊張で顔がこわばるくらいに集中している姿が印象的でした。ところが大学の教室に戻ると、教授の前でも平気で私語をしたり、スマホやパソコンで内職に没頭したり……。「本当に同じ学生?」と目を疑った瞬間も少なくありません。
 もっとも、そうした学生ばかりではなく、授業後に質問に来てくれる学生や、グループワークで仲間を支える学生も多くいます。環境や立場によって学生の表情が変わるのだと感じ、自分が学生の頃もきっとそうだったのかもしれない(先生方、すみませんでした(汗)!)──そう思うと、思わず苦笑してしまいました。

お金のギャップ―キャリアアップなのに収入ダウン?

 キャリアを積めば収入は増える──普通はそう考えますよね。私自身、修士や博士課程を修了し、大学教員にチャレンジし、「収入は増えるかな?」と漠然と思っていました。ところが、実際には基本給は確かに上がったものの、臨床での夜勤手当がなくなった分、「あれ?ちょっと減ってない?」と感じることもありました。これは“助教あるある”かもしれません。
 ただ一方で、大学には研究費を獲得できる制度があり、自分の工夫次第で資金や裁量を広げることができる環境が整っていました。時間の使い方もある程度コントロールでき、やりたい研究や教育に集中できる、こんなありがたいことはないですよね。私には3人の子どもがいますので、これからの収入や研究資金の面で不安がないわけではありませんが、今は現状に満足しています。

臨床で積み重ねたものは教育に活きる!

臨床での経験を大切にし、不安が自信へ

 教育の世界に入った当初は「本当にやっていけるのか」と不安もありました。それでも実習を通じて学生とかかわるうちに、教員として少しずつ自分の役割を見いだせるようになり、次第に学生や同僚から評価をいただけるようになりました。
 教育の中で私が大切にしているのは、「Direct clinical practice(直接的臨床実践)」です。私は専門看護師でもありますが、その6つの役割に含まれる教育や相談、倫理調整といった活動は、すべては実践を基盤にしてこそ成り立つと言われています1)。これは教員にとっても同じだと感じます。臨地実習において学生と一緒に患者さんに向き合い、看護そのものを考える──その積み重ねが、私の教育の軸となっていきました。
 臨床で培った実践力を学生に還元することで、ケアしているつもりが、実は自分自身も学生や患者さんにケアされている──そんな気づきもありました。結果的に、1年目、2年目と連続で「Faculty of the Year Award」に選んでいただくという、思いがけない評価を受けることができました。これは臨床での経験が教育にしっかり活かされている証拠だと実感でき、大きな自信につながりました。

共通する看護実践への思い

 あるとき、NurSHAREの別の連載を読んで、思わずニヤッとしたことがありました。同じく臨床から教育に移った、懇意にしているクリティカルケアのCNSの先生が「臨床を忘れないように普段からスクラブを着ている」と書かれていたのです。一方で私は逆で、臨床現場にいないときにスクラブを着るのは、自分にとってはちょっとした“コスプレ気分” になってしまい、なんだか照れくさくて、普段は着用しないようにしています(着用されている先生、すみません)。
 外見だけを見れば真逆のようですが、根っこにあるのはどちらも同じ「看護実践を大事にする心」です。アプローチや見え方は違っても、共通して看護実践を軸に置いていることに気づき、なんだか嬉しくなってしまいました。そんな読者を勇気づける記事が私も書けるといいのですが……、どうか長い目で見守っていただけるとありがたいです。

看護学は実践の科学 

 臨床から教育現場へ移るとき、役割のギャップ、学生の姿のギャップ、金銭面のギャップ……戸惑うことは多々あります。それでも、看護実践という軸を持ち続けることで、とまどいを超えて学生の成長を感じ、自分自身の自信にもつながってきました。
 「看護学は実践の科学である」──先人の教えからは学ぶことがたくさんあります。教員として歩みはじめたばかりですが、この軸をぶらすことなく、これからも学生と向き合っていきたいと思います。同じように教育にとまどっている方がいたら、「大丈夫。自分の軸さえブレなければ、きっと道は開ける」とお伝えしたいと思います。

 2回目の連載でしたが、いかがでしたでしょうか。
 NurSHAREの仲間の連載を読んで励まされた私のように、読んでくださる方を少しでも勇気づけられる記事を書ければと思っています。まだまだ模索中ではありますが、長い目で見守っていただければ幸いです。

引用文献
1)Tracy MF, Sendelbach S:専門看護師.高度実践看護 統合的アプローチ 第3版(中村美鈴,法橋尚宏監訳,坂木孝輔訳),p.348–376,へるす出版,2025

坂木 孝輔

東京慈恵会医科大学医学部看護学科 助教

さかき・こうすけ/新潟県出身。東京慈恵会医科大学医学部看護学科を卒業後、同学附属病院に入職し、ICU・CCUなどで15年勤務。2015年修士課程修了(看護学修士)、2016年より急性・重症患者看護専門看護師として活動。2025年に東京慈恵会医科大学大学院医学研究科看護学専攻博士後期課程を修了(看護学博士)。2023年より現職。趣味は3人の子供に遊んでもらうこととサウナー活動。

企画連載

坂コー先生の看護教員はじめの一歩

駆け出し看護教員「坂コー先生」が、日々看護教育に奮闘する日常や、心に移りゆくよしなし事について綴ります。若手の先生方には「それ、あるあるだね!」と共感的に、ベテランの先生方には「ああ、私もそんなふうに悩んだな」と少しノスタルジックに読んでいただけたら嬉しいです。

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