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『宮下光令の看護研究講座「私はこう教えている」』特別座談会(前編)

『宮下光令の看護研究講座「私はこう教えている」』特別座談会(前編)

2023.09.12NurSHARE編集部

 2023年1月よりNurSHAREにて掲載を開始した連載『宮下光令の看護研究講座「私はこう教えている」』はおかげさまで大変ご好評を頂いております。本連載では、宮下光令先生に実際に担当されている看護研究の講義のエッセンスをご紹介頂いておりますが、限られた文字数の中で、語り尽くせないこともたくさんあるようです。そこでこのたび、大学で疫学・保健統計など看護研究に関連する授業の経験がある友滝愛先生と森岡典子先生をお迎えし、大学における看護研究に関する教育の現状、とくに量的研究にまつわる教育について意見を交わしていただきました。(NurSHARE編集部)

参加者 サムネイル写真左から
森岡典子 先生(東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科看護先進科学専攻 准教授)
宮下光令 先生(東北大学大学院医学系研究科保健学専攻 教授)
友滝愛 先生(東海大学医学部看護学科 特任講師:司会)

学部における看護研究に関するカリキュラムや教育の実態は

友滝:はじめに、ご所属の大学の看護研究や統計に関する科目について、カリキュラムや教育の現状をご紹介頂けますでしょうか。

宮下:本学(注)では、現カリキュラム(2021年度以前の入学者)では2年次の終わりに卒業研究の研究室配属があり、それまでに研究に必要な内容を学ぶため、1年次に教養課程で数理統計学を2コマ、2年次に看護研究を30コマ使って教えています。
 看護研究は、講義の部分は全て私が担当しています。論文抄読のコマが5つあるので、そこでは若い先生を中心に協力してもらい、研究紹介などをしてもらうようにしています。

(注)特段の断りがない限り、本学とは、各先生が所属する学科・専攻を指す。
(連載『宮下光令の看護研究講座「私はこう教えている」』「第1回 私の経験から 私の言葉で 私の考える看護研究を語りたい」より)

 

本学は2013年の国立大学のミッションの再定義において「リサーチマインドを備えた健康科学を牽引する高度専門医療職者、教育者、研究者を育成」というミッションを掲げることになったのですが、当時の既存カリキュラムを見直す中で「このミッションを達成するための教育ができているのだろうか?」という疑問が生まれました。現在のカリキュラムは、これを踏まえて設定されたものです。
 しかし、2年次の終わりに研究室配属としたものの、4年の夏まで実習があり研究に専念できないという声が聞かれたので、2022年度入学生からの新カリキュラムでは、実習を3年次までに終え、研究室配属を3年次の終わりに変更しました。また、3年次に研究の演習を取り入れたいと考えています。実際に学生が自分でデータをとってみたり、インタビューをしてみたりして、それをまとめるような演習ですね。これは私とは別の教員が担当予定です。すみません、最初から長くなってしまいました(笑)。

宮下 光令(みやした・みつのり)/東京大学医学部保健学科卒業、看護師として臨床経験を経て、東京大学にて修士・博士を取得。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻助手、講師を経て、2009年10月より現職。日本緩和医療学会理事、日本がん看護学会理事、日本ホスピス緩和ケア協会副理事長。専門は緩和ケアの質の評価。主な編著書は「ナーシング・グラフィカ 成人看護学6 緩和ケア」(メディカ出版)、「緩和ケア・がん看護臨床評価ツール大全」(青海社)など。

森岡:それでは手短に(笑)。本学における看護研究に関連したカリキュラムとしては、1年次に教養科目として統計学を、3年前期に疫学を、4年前期に保健統計学を設置しています。私はそのうち疫学のほうを担当していますが、実際のところは外部非常勤の方に講義を依頼しています。4年生で研究室配属になりますが、統合実習もある中10ヵ月で卒業論文を書きますので、十分な研究時間は取れていません。

友滝:私が本学で担当する科目は、1年次の医療保健情報学、3年次の疫学などがあります。4年次の専門看護ゼミナールという科目では、研究計画書の作成や文献のクリティークを中心に指導します。

「リサーチマインドを持った人材」を育てるには

友滝:それでは早速、授業の狙いについて話を進めていきたいと思います。宮下先生のおっしゃった「リサーチマインドを持った人材育成」は看護学教育モデル・コア・カリキュラムでも掲げられていますよね。これが、連載第1回の中でお話されていた「看護研究に関する方法論に関する思想」とどのように関係しているのか、お聞かせ頂けますでしょうか。

宮下:「リサーチマインドを持った人材育成」の目的は卒業研究をちゃんと最後までできることと、ヘルスリテラシーを身につけてもらうことです。世間に溢れている色々な健康関係の情報について、実際はこういう研究がなされてこういう結果が出ている、といったデータを、自分の講義を通して本質的な考え方を学ぶことで、適切に読んで解釈できるようになってほしいのです。最近であれば、COVID-19に関する話題のようなことですね。
 こういった教育が2年次にできると、3年次以降の講義や実習でガイドラインを読んだり、研究的な話が出てきたりした時にも、その理解を深められます。クリティカルにものを見る視点であったり、交絡やバイアスのことがきちんと頭の中に入った状態で講義を受ける姿勢を身に着けてもらえるよう、自分の力で読んで解釈できるようになることを重視して教えているつもりです。

友滝:ヘルスリテラシーは重要ですよね。たとえば、エビデンスレベルの話をいきなり理解できなくても、「健康や医療の情報を支えているデータを読み解くには?」につながる学習の導線を仕込んでおくことは大事だと思います。

宮下:講義の中でヘルスリテラシーも教えているのですが、私は「この講義は一通りの言葉を教える講義です」と学生に伝えています。看護研究を教えることになった当初「こんなにたくさんのことを教えないといけないのか」と思ったんです。教科書の索引を見るとものすごい数の研究用語があって、それもほとんどは学生が初めて聞くようなものなんですよ。
 たとえば学生は1年次に解剖生理を学んで、そこからたくさんの授業を経験して知識を積み上げ言葉を覚えないと、看護のことはわからないですよね。それと同様に、研究に関するたくさんの言葉を知らないと、研究に関する本も研究論文も読めない。だから、授業のどこかで一度聞いたことがあるという経験があれば、その後の学習の中で難しい用語や知識、考え方に出会ったとしても、苦手意識が多少弱まるんじゃないかと思っています。

実例をベースにストーリーを作る

友滝:たくさんの言葉を教授する必要がある看護研究ですが、教え方で気をつけていることはありますか。

宮下:講義の流れの中で「実例をベースにストーリーを作る」ということですね。学生が驚くものだったり、「勉強になるな」と思ってもらえたりするような、興味を引くデータをできるだけ用意して研究の実例として紹介し、その流れの中に新しい言葉を登場させる。言葉だけをぶつ切りに教えるようにはできるだけしないように工夫しています。
 本当は毎回論文を読ませる講義ができたらもっといいんでしょうけど、ちょっとレベルが高すぎるので、1枚のスライドに研究の概要をまとめて説明する形をとっています。連載第4回で挙げたように、「緩和ケアを早期から導入すると生存期間を伸ばす」という研究を紹介し、その流れの中でランダム化比較試験を教える形ですね。このちょうどよい実例を探すのがなかなか大変です。

(連載『宮下光令の看護研究講座「私はこう教えている」』「第4回 ランダム化比較試験はこう教えているより)

友滝:私も実例を紹介するときはシンプルにまずは情報を伝えたいので、研究者が発信するプレスリリースや企業が配信するメールマガジンの情報も参考にします。とくに学部の授業は、学生にわかりやすくてキャッチーなものがよいですね。あとは、あえてニュースサイトから変な実例をもってくることもあります。

森岡:「このデータって、この解釈でよさそう?」と尋ねてみたり、ですよね。

友滝:そうですね(笑)。最近は、医療系のニュースについて、専門家が出典を明記して解説している記事もあるので、そこからヘルスリテラシーの話題につなげたりすることもあります。

宮下:ニュース記事は私もよく使います。いつも「ネタにしてごめんなさい」と思いながら、授業で使えるような統計とか解釈上の間違いはないかなと探して回っています(笑)。

「厳密さよりも本質的な考え方」を学ぶための授業づくりとは

友滝:宮下先生の連載第1回では「学部レベルでは、厳密さより本質的な考え方のほうが重要」というお考えも述べられていました。

宮下:まず、「厳密さより本質的な考え方のほうが重要」というのは、簡単に言えば「統計の話をするときに数理統計までは教えない」というようなことを指しています。

友滝:私も同様です。とくに看護研究にまつわる研究デザインや統計の手法といった方法論については、「これはどういう意図で使われるのか」をまず理解できることが大事だと考えています。自分で数式の展開はできなくても、数式をよく見てその数式から得られる数字が何を意味しているのか、そして、その数字はどのような目的で、いつ・どういった場面で使うものかを理解することに、重きをおくようにしています。
 たとえば検定で用いるP値であれば、検定統計量やP値の厳密な計算方法は分からなくても、P値が何を意味しどう考えればいいのかを理解する、といったことです。他にも、オッズ比やハザード比、リスク比、信頼区間といったことは、概念としては説明しますが、その推定にまつわる数式を含めて詳細に理解しようとすると、応用数理の授業になります。ですので、そこは興味を持ってくれた人がさらに学んでいけるようにと考えています。

森岡:たとえば、さきほどの実例ベースの考え方も、既存の教科書には書かれていないのですよね。教科書って、「カイ二乗検定とは、適合度の検定および独立性の検定に用いられる。適合度の検定とは…」と説明する形で進んでいくじゃないですか。でも実例ベースでは、こういうニュースがあって、この中の間違いを正すために、こんなデータの読み方をするよね、といったケーススタディ的な説明をする。これが上手な先生もいらっしゃると思うんですけど、いざ自分が担当するとなると、なかなかそこがうまく表現できずに、教科書的な講義になってしまうと感じます。

森岡 典子(もりおか・のりこ)/聖路加看護大学(当時)看護学部を卒業後、聖路加国際病院での看護師経験を経て、東京大学大学院公共健康医学専攻にて公衆衛生学修士(MPH)取得。その後、日本看護協会医療政策部にて医療制度専門職として診療報酬改定等、看護政策に携わる。在職中、東京大学大学院社会医学専攻博士課程に入学し、2017年医学博士取得。東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科特任助教、助教、講師を経て、23年4月より現職。

宮下:ていねいに正確に教えようとすると、教科書をそのまま読むような講義になってしまいますよね。実例ベースの教え方がうまくいくのは、講義をライブでできることが大きいと思うんです。きちんとしたeラーニング教材などは、様々な対象者に向けて正しく説明する必要があるため、「確率変数とは」と教科書を読んでいくような講義になってしまう。厳密ではあるけれども、非常に難しくて専門用語の羅列みたいな講義になるんですよね。「ここが難しかったらとりあえずわからなくてもいいから、ここだけは理解しよう」とか、「ここはよくわからないと思うけど、こういうイメージとして理解しよう」と言えるのは、学習者が目の前にいて、直接ライブで講義ができるからだと思います。

学生に看護研究への興味を持ってもらうには

友滝:一般的な傾向として、看護研究はどちらかというと学生の関心度が低く、興味を持って聞いてもらいにくいと感じる学生も多いかもしれません。学校によって違うかもしれないですけど。数式や専門用語の羅列は苦手意識を助長してしまうと感じます。まずは研究について興味を持ってもらえないと、リサーチマインドを持った人材の育成はできない。やはり興味のハードルは高いのでしょうか。

宮下:おそらく全国的に見たら、本学は看護研究の講義に興味を持ってくれる学生が多い方だと思います。それでも、やっぱり卒業研究は選択制にしてほしいと言う学生もそれなりにいて、全員関心があるわけではないですね。教員側としては、関心のない学生にどう教えて、どういう実例を提示したら興味を持ってくれるのかを追求していきたいです。興味を持ってもらえることだけを話していると、厳密なことは十分網羅できない、全部教えきれないんですが、学部生ならとりあえず教えきれなくてもいいのかもしれないと思ってやっています。

友滝:研究デザインや曝露・効果の指標のことは最低限理解してもらえるように授業を組み立てるにしても、興味を持ってもらうための組み立てとなると、教科書的に「保健統計とは」とか「研究デザインとは」と頭から教えていくような形にはならないですね。ここにも「厳密さより本質的な考え方の方が重要」というところが表れているでしょうか。

宮下:たとえばt検定を教える時にも、厳密にやるなら「分散が既知の場合はこういう検定をして、分散がわからないが等しい場合はこう」のように、等分散性が保証されている場合・保証されていない場合、といった具合で展開していく必要がありますが、正直面白くはないですよね。これをすると学生の心はもう遠くに離れていく。
 でも、本質を優先した教え方もそれはそれで一部の学生には不評というか、「厳密にちゃんと教えてくれ」と言う学生もたまにいます。ここの兼ね合いが難しい。数学が好きな人はひとつひとつ分かってくることが面白いかもしれないけど、そこに至るには自習の時間も必要になってきますし。

友滝:統計の数式を教えるのは難しく、たとえば標準偏差も、nで割るのかn-1で割るのかは「教科書に絶対に載っていること」です。しかし「これは今ここで教えなくてもいいかもしれない」と、学習目標にあわせて匙加減を考えます。厳密に理解するには数理統計を教える必要がありますが、その時間を十分には取れません。「研究の入口を学んでもらうフェーズなら、数式のウェイトをどこまで落とすか」と割り切るラインは、常に考えているかもしれません。それに学生にとっても、教科書を見ても、何が重要で何がポイントか、最初は分かりません。だから、実際に授業を通して「nで割ることもあれば、n-1で割ることもあるからね」と説明するなど、メリハリをつけて伝えたり。ここでも、授業中の双方向のコミュニケーションや、実例ベースでストーリーの中で教えることは大切だと思っています。

宮下:私は、標準偏差は「n-1はおまじない」と教えています。nで割るケースには触れません(笑)。もっというと、推測統計学と記述統計学も曖昧に教えています。これもきっちりやると数式を出さざるを得ないので。

友滝 愛(ともたき・あい)/広島県立保健福祉短期大学看護学科(当時)卒業後、東大医学部健康科学看護学科・学士編入、大学病院看護師を経て、東京大学大学院修士課程に進学。疫学・生物統計学を学んだ後、2008年よりNPOや大学の寄付講座で、臨床医主導の研究支援の事業に携わる。2015年より看護系大学の教員として、主に量的研究に関連する授業を担当。20年千葉大大学院にて博士(看護学)取得。22年4月より現職。

 

後編へつづく> 

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