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第2回:口腔の健康と認知症

第2回:口腔の健康と認知症

2023.09.21島谷 浩幸(医療法人恵泉会堺平成病院歯科 科長)

 

日本の認知症の現状

 日本における65歳以上の認知症有病者数は、2012年に462万人であったが2025年には730万人(高齢者人口の約20%)になるとの推計もあります1)
 認知症とは「記憶障害のほかに、失語、失行、失認、実行機能の障害が1つ以上加わり、その結果、社会生活あるいは職業上に明らかに支障をきたし、かつての能力レベルの明らかな低下が見られる状態」と定義されており、その原因となる疾患でいくつかに分類されます。

①アルツハイマー型認知症

 認知症の原因で最も多く、認知症全体のおよそ半数を占めます。脳にアミロイドβなどのタンパク質が異常蓄積して脳の神経細胞が障害されて減少し、脳の一部が萎縮します。80歳以上では20%以上がアルツハイマー型認知症だという報告もあります。物忘れなどから始まり、進行は徐々に悪化します。

②血管性認知症

 脳梗塞や脳出血、くも膜下出血など、脳の血管が詰まったり破れたりすることで脳が損傷されることが原因です。記憶障害のほか、脳血管障害の部位により意欲低下や無関心などの様々な精神症状を示します。

③レビー小体型認知症

 大脳皮質の神経細胞内にαシヌクレインなどのタンパク質が「レビー小体」という特殊な構造を作って蓄積することで神経細胞が障害されるのが原因です。実際には存在しないものが本人にははっきり見える「幻視」という症状や、気分が落ち込んだり意欲が低下したりする抑うつ症状が出ることがあります。また、手足が震えたり、筋肉がこわばって動作が緩慢になったりするパーキンソン症状などが出ることもあります。

 これらは3大認知症と呼ばれ、各々の病態に応じた治療や対応が必要です。

咀嚼は認知症を抑える可能性がある

●エビデンス1

 2021年に日本歯科総合研究機構の恒石美登里氏らが報告した研究2)では、2017年4月に歯周炎または歯の欠損を理由に歯科受診した60歳以上の患者、それぞれ401万名、66万名を対象として、歯の存在数および欠損数とアルツハイマー型認知症病名の有無*との関係を検討しました。
 その結果、性・年齢の影響を統計学的に除外しても、歯数が少ない者、欠損歯数が多い者ほどアルツハイマー型認知症のリスクが高いことが明らかになりました(図1)。

*アルツハイマー型認知症病名の有無とは、その時点でアルツハイマー型認知症と診断されているということであり、診断されていないからといってアルツハイマー型認知症が否定されるわけではない。

図1 歯数とアルツハイマー型認知症の関係


 これらの研究結果は、歯を失った数が増えれば脳の萎縮が進行し、認知症が悪化する可能性を示唆しています。
 事実、歯とその周囲には非常に多くの神経があります。例えば、虫歯で歯が痛くなるのは、歯の中にある「歯髄組織」の神経が刺激されるからであり、食物の硬さにより微妙な噛み合わせを調節するのは歯根周囲を覆う「歯根膜」の神経の役割です。
 当然ながら、歯を失えば、それらの神経も失われます。その結果、脳を刺激する神経情報が減少し、認知症の進行を早めてしまう可能性があるのです。

●エビデンス2

 さらに、2017年に山本龍生氏が報告した研究3)では、要介護認定を受けていない65歳以上の4,425名を対象とし、歯数と義歯(入れ歯)の使用状況を調査後、認知症に伴う要介護認定を4年間追跡調査しました。
 その結果、年齢・所得や生活習慣などの影響を取り除いても、歯がほとんどなく義歯未使用の者は20本以上の歯がある者と比較すると、認知症の発症リスクが1.85倍高くなりました。
 それに対し、歯がほとんどなくても義歯を使用する者は20本以上の歯がある者と比べて認知症の発症リスクに有意差がなく、歯が少なくても義歯を使用すれば認知症の発症リスクを下げることが可能だと示唆されました。

しっかり咀嚼するための工夫

 厚生労働省は一口に30回以上噛んで食事することを推奨しています。これは2009年に公表された「歯科保健と食育の在り方に関する検討会報告書」として『歯・口の健康と食育~噛ミング30(カミングサンマル)を目指して~』4)という文書で具体的に述べられています。
 咀嚼の健康に対する有効性を健康づくりや食育の視点から国も認めており、私たちも日常生活の中でぜひ意識したいものです。
 一概に「噛む」と言っても、食事する本人の意識次第ですが、「食べ方の工夫」で噛む回数を増やすことができます。例えば、一口の量は少なくして形がなくなるまで意識して噛む、飲み込んでから次の食べ物を口に入れるなど、時間をかけて食べることが大切です。
 また、食事を提供する側が調理に一工夫を加えることで、しっかり噛むこともできます。例えば、具材を大きく切る、硬く茹でる、歯応えのある食材(根菜、海藻、キノコ類など)を使う、軟らかい料理に噛み応えのある食材を混ぜるなど食材の組み合わせをアレンジする、という工夫で自然と咀嚼回数を増やすことができます。しかも、しっかり噛むことで食事の満足度もアップします。
 加熱調理で軟らかくなる野菜もサラダなど生で食せば歯応えを維持できます。食物繊維の豊富なゴボウなどの野菜はしっかり噛めることに加え便通もスムーズにしますから、腸の中をキレイにできて一石二鳥です。

 以上より、健康的な歯で栄養バランスのよい食事をしながら、しっかり噛んで認知症を予防しましょう。

*  *  *

 ところで先日、定期健診で当院歯科に来院されたTさん(88歳、女性)。ご自身の歯は下顎に前歯が2本あるだけですが、3カ月前に新しく義歯を作ってから食べられるものも増え、気持ちも前向きになったとのこと。最近は俳句も始めたそうです。認知症の予防にさらに期待ができそうですね。
 

【引用文献】
1)厚生労働省:第2節 高齢者の姿と取り巻く環境の現状と動向3 高齢者の健康・福祉.平成29年版高齢社会白書,〔https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/html/gaiyou/index.html〕(最終確認:2023年9月8日)
2)Tsuneishi M et al:Association between number of teeth and Alzheimer`s disease using the National Database of Specific Health Checkups of Japan. PLOS ONE April 30, 2021(オンラインジャーナル),〔https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0251056〕(最終確認:2023年9月8日)
3)Yamamoto T et al: Association between self-reported dental health status and onset of dementia : Aichi Gerontological Evaluation Study project 4-year prospective cohort study of older Japanese. Psychosom Med 74: 241-248, 2012
4)歯科保健と食育の在り方に関する検討会報告書(概要)―「歯・口の健康と食育~噛ミング 30(カミングサンマル)を目指して~」,平成 21 年 7 月 13 日,〔https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/07/dl/s0713-10a.pdf〕(最終確認:2023年9月8日)

【参考文献】
1)島谷浩幸:超高齢化社会における歯科の役割②咀嚼による認知症予防.厚生福祉(6754),2-6,2022

島谷 浩幸

医療法人恵泉会堺平成病院歯科 科長

しまたに・ひろゆき/大阪歯科大学卒業、同大学大学院博士課程修了。大阪大学微生物病研究所、京都文化医療専門学校非常勤講師等を経て、2019年より現職。歯科医師・歯学博士、野菜ソムリエ。TV番組『所さんの目がテン!』(日本テレビ)出演等のほか、著書に『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス、2008)、『ミュータンス・ミュータント』(幻冬舎ルネッサンス、2017/文庫改訂版2021)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版、2019)がある。雑誌掲載・連載多数。趣味は自然と触れ合うことと小説執筆、好きな言葉は晴耕雨読。ブログ「由流里舎(ゆるりしゃ)農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。

企画連載

エビデンスでみる歯・口と健康のかかわり

歯の病気や口腔機能の障害・低下はさまざまな疾患や健康状態悪化の原因になります。また歯・口腔の状態は全身の健康状態や、さらには置かれている環境・社会状況などの映し鏡にもなります。本連載では、そんな歯・口と健康のかかわりを、エビデンスを基にわかりやすく紹介します。

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