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第4回:IPEの授業デザイン

第4回:IPEの授業デザイン

2022.03.23井出 成美、臼井 いづみ(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター)

日本の医療専門職の資格取得前教育に専門職連携教育(Interprofessional Education 以下IPE)必修化の流れが形作られています。しかし看護教員の方々からIPEの実施が難しいという声もよく耳にします。
そこでIPEを始めたい、始めて見たけどうまくいっている感じがしないという教員のみなさまに、考え方と方策をご紹介する5回の企画を考えました。ぜひトライしてみようと思っていただけたら嬉しいです。

企画:酒井 郁子
(千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター センター長・教授)

インストラクショナルデザイン(以下IDと略す)による授業設計

 授業デザインを考えるにあたり、本稿ではインストラクショナルデザイン(以下ID)の考えを用いたいと思います。
 鈴木によると「最低学習時間を規定して、それを満たす時間数の学習を行った者を「修了」とみなす考え方を履修主義といい、これに対して、一定の学習成果を収めた者を「修了」とみなす考え方を習得主義といい」ます1)。第3回でも紹介した通り、IPEではコンピテンシーベースの教育を実施することが重要視されていますので、習得主義で授業を設計するべきでしょう。

 そこで、IPEにおいては、IDによる授業設計が推奨されます。IDは、「教育の効果・効率・魅力をたかめるための手法を集大成したモデルや研究分野、またはそれらを応用して学習支援環境を実現するプロセス」2)を指すとされ、学習者にとって最適な学習を設計することであり、「習得主義を採用」3)しています。
 IDでは設計手順として、以下の5つの視点が紹介されています4)

①出口(学習目標)の設定
②入口(学習者)の分析
③構造(構造化と系列化)
④方略(情報提示とアクティビティ)
⑤環境(適切なメディアの選択とサポート体制の確立)

ここでは、この考え方に準じてIPEの授業デザインのポイントを書いてみます。

学習目標を決める

 学習目標すなわち、IPEによって学生にどのような能力を身につけさせたいかを明らかにすることから、授業設計は始まります。学習目標は、IPE終了時に学生が、何を知るべきか、何ができるようになるべきかについて、語尾が『~できる』という表現で表します。

 第3回では、IPEの教育目的を明文化することの重要性について説明しました。この教育目的は、その教育機関の教育理念やポリシーに照らしてどのような人材を育成するのかを『教員側』を主語にして表現したものです。
 学習目標は、教育目的達成のために、学習者である『学生』がどのような知識を理解すべきか、どのような技能・行動を身につけるべきか、どのような態度をとれるようになるべきかといった観点から、『学生』が主語となり観察できる行動目標として表現されるものです。
第2回で紹介したWHOの提示する6つの学習目標を念頭に置きつつ、所属する教育機関の教育理念、社会からの期待、学生の理想とする将来の専門職としての姿などを考慮して、学習目標を決めるとよいでしょう。

 例えば、“他の専門職種の専門性や業務の特性などを理解すべき”と考えた場合、これらを例えば『知識』として獲得できたとき、どのような行動として観察できるかを表現します。この場合、“他の専門職種の専門性や業務の特性を説明できる”などとなります。
 卒業時にこうなっていて欲しいという目指すべき姿を描きつつ、その姿に届くまでに段階的な学習が必要であるならば(多くはそうでしょう)、積み上げ型のカリキュラムを作成し、各段階で学習目標を設定します。例として筆者の属する千葉大学のIPEプログラムの学習目標をご紹介します。

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター:
亥鼻IPE「学習内容・体制」プログラムの構成,〔https://www.n.chiba-u.jp/iperc/inohana-ipe/contentsandsystem/index.html〕(最終確認:2022年1月27日)より許可を得て転載、一部改変

 Step1~Step4の4段階プログラムを導入し、Step4終了時には“患者・サービス利用者を全人的に評価し、患者・サービス利用者中心の専門職連携によって診療・ケア計画の立案ができる”ことを目標として設定しています。この目標に至るまでに、Step1~Step3各段階で目標を設定し、それぞれにおいてさらに下位の目標を定めています5)。詳しくは第5回で紹介します。

学習者である学生を分析する

 学習目標は、IPEの学習をした後に学生がどのような理想の姿になっているか、すなわち望ましい結果を表します。学習者である学生の姿とのギャップが教育ニーズ(学習ニーズ)になります。学生の状況を分析することによって、望ましい結果にいたるにはどのような学習が必要になるかが明確になります。

 学習者は、【知識や技術の程度】【学習態度】【学習へのモチベーション】【学習スタイル】といった観点から分析できます。このうち【学習へのモチベーション】はKellerによるARCSモデルでは「Attention(注意)」「Relevance(関連性)」「Confidence(自信)」「Satisfaction(満足感)」の4つで説明されています6)。簡単に言えば、学生がIPEに対して(面白そう)、(自分の将来に役立ちそう)、(やればできそう)、(やってよかった)と思っているかどうかといった観点です。

 これらの分析を、IPEを開始する前に完璧にしておくということは実質的には不可能です。実際には授業を実施しながら、学生の反応を観察したり、レポートへの記述を分析したり、授業評価アンケートなどで学生の意見を聞いたりといった手段で複合的に行い、それを踏まえて授業を改善していくのが現実的です。 

授業の構造(学習コンテンツと学習プロセス)を決める

 授業の構造とは、要するに何をどのような順番で提供するかということになります。どのような学習コンテンツをどのようなプロセスで提供すれば、学習目標が達成するかを考えます。

 例えば“効果的なチーム・ビルディングができる”という学習目標の場合、チームとは何か、チーム・ビルディングとはどういうことか、という『知識』の提供も必要でしょう。そして、『技術/行動』としてチーム・ビルディングができるようになるためには、実際にチームを形成して協働して何かの課題に取り組むという演習も必要になるでしょう。
 演習したらそれを振り返り、チーム・ビルディングができたのか、チーム・ビルディングとはどういうことだったのか、これからチーム・ビルディングを効果的にするにはどうしたらよいかといったリフレクションも必要でしょう。これらの学習コンテンツを、実際の授業時間の中にどういう順番で構築するかということを決めるのが、構造を決めるということです。

 IPEにおいては、異なる職種の学生同士での協働は必須の学習コンテンツです。職種混合の学生でチームを形成し、チームで取り組んでもらう課題を提供して、その課題に取り組む過程で、協働の方法やスキル・チームメンバーへの倫理的行動・コミュニケーション・お互いの役割と責任を学びます。
 提供する課題は、一人でやった方が早かったり簡単すぎたりするものではなく、協力してちょっと頑張ればできるといった性質のものが適切です。あまりに難しすぎる、時間がかかりすぎる課題も避けた方が良いでしょう。また、複数の職種の学生が平等に学べることが重要です。一つの職種の学生だけが主導権をとりやすいような課題をさけ、参加するどの職種も対等に参加できる課題を提供することを配慮すべきです。

ミニコラム IPEの隠れたカリキュラム

 IPEは、単一の職種を閉じられたカリキュラムの中で育成するこれまでの専門職教育を“横断的かつ開放的にする”という特徴があります。閉じられたカリキュラムの中で当たり前だった価値観が、他の領域では通じないという壁にぶつかることもあり教員間での対立も生じるでしょう。
 また教員や実践者一人ひとりの中にある他職種への固定観念といったものが顕在化し、それが学生に伝わってしまうということも生じます。
 例えば、“職種間の対等性”を学生に学習させたいにもかかわらず、教員や実習指導者間で、ある職種の意見だけを優先させるといった行動や態度が見られた場合、学生は、それらを敏感に受け取り、学習目標到達は妨げられてしまいます。こうしたことを隠れたカリキュラムと呼びます。学生が隠れたカリキュラムを学ぶことがないように、教員間や実習指導者、そして学生も含めて、グランドルールを定めて周知徹底を図る、教員や実習指導者に対する研修を行うなどの対策が必要です。  

授業の方略(教授方法)を決める

 授業の構造が決まったら、学習到達目標を達成するために一番効果的な学習方法(教授方法)を選択します。特に、学生の能動的な学習活動(アクティブ・ラーニング)が促進されるような方法を考えます。

 お互いから、お互いについて学び合うIPEは、協働学習が基本となります。グループでの話し合いが協働学習なのではなく、違いを認め話し合い、学び合うことでお互いを高め合うことが協働学習です。「協同学習では、(中略)仲間を高める責任と仲間からの支援に誠実に答える責任という2つの「個人の責任」が求められます」7)

協同学習:我々は、連携協働の意味合いを含め、協働学習という用語を用いています。教育学の中では、協同学習という用語が、お互いに高めあうという要素が含まれた意味で用いられており、協働学習とほぼ同じ意味であると解釈しています。本稿の中では、他著書の引用部分は引用元の用語をそのまま使っています。

 「協同学習は、授業の工夫で学習者の個々の意欲を高め、同時に」8)お互いを高め合うという「協同的集団によって学習者全員の意欲を高める」9)ことができます。よって、アクティブ・ラーニングにつながります。
 溝上10)は、アクティブ・ラーニングを、「一方的な知識伝達型講義を聴くという(受動的)学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には、書く・話す・発表するなどの活動への関与と、そこに生じる認知プロセスの外化を伴う」と定義しています。アクティブ・ラーニングでは、ただ「書く・話す・発表する」といった活動を行えばよいのではなく、「課題に対して「振り返る」「離れた問題に適用する」「仮説を立てる」「原理と関連付ける」といった高次の認知機能をふんだんに用いて課題に取り組む」11)といった深い学習に結びつける必要があります。そのためには、「問いや課題の与え方に工夫が必要」です12)

 課題解決に必要な基本的知識については事前に個人で学習します。具体的には、事前課題として講義動画を視聴して確認テストに回答したり、学習テーマについての自分の意見をアンケートという形で回答したり、資料とともに提供される多数のクイズに回答したりして、授業に参加する前に必要な知識を担保します。学生たちが集まる授業では、これらの知識をもとに、知識を使ったあるいは応用したワークに多職種で取り組むことになります。つまり、反転授業を行うわけです。

 前述した、【学習へのモチベーション】でAttention(注意)やRelevance(関連性)を満たす医療系学生の興味を引く内容は、やはり臨床現場についてや患者・サービス利用者とのかかわりについてです。これらの題材を、教材として設計するシミュレーションは、有効な教授方法の一つとなります。学習目標に合わせて、模擬事例を準備して、学生たちが将来経験するであろう状況を作り、それを学習として体験することで、深く能動的な学びへとつなげることができます。よりリアルな状況を作るために、模擬患者を利用することも有用です。

形成的評価によって授業を改善する

 授業の評価には、“学習目標が達成されたか”を評価する成果評価と、“学習目標を達成するのに適した学習内容や学習方法を提供できたか”を評価するプロセス評価があります。これらによって、授業の改善につなげるのが形成的評価です。

 成果評価は、学習目標を作成する際に評価項目や評価方法も同時に計画しておくことが肝要です。評価方法は、例えば語尾が『~を説明できる』といった『知識』レベルの達成目標であれば、筆記試験といった知識の定着を問う方法が適しているでしょう。しかしIPEは、『技能/行動』や『態度』といった筆記試験では評価できない目標が多いことが考えられます。チームワークにおける能力や態度に関しての自己評価尺度も様々開発され、IPEの評価に用いられていますが、その際に重要なのは、その尺度がその学習目標の達成度を測るのに適しているかどうかの判断です。また自己評価だけでなく、グループメンバーの相互評価や、教員の観察による他者評価も適切に取り入れることも必要です。

 プロセス評価では、学習目標の達成が乏しいと伺われたとき、その原因が、学習内容や学習方法のどこにあるのかを分析するために必要な様々な情報を集めます。学習者である学生の分析が的確であると授業改善も的確に行えることが多いです。学生からの授業評価アンケート、協力教員からの意見、観察される学生の反応などから、【知識や技術の程度】【学習態度】【学習へのモチベーション】【学習スタイル】を分析し、問題と思われることへの解決策を練り、授業を改善します。
 こうした分析も、多領域の教員間で共有し、改善策についても意見をかわし納得する落としどころを見つけていく過程が重要です。

引用文献
1)    鈴木克明:インストラクショナルデザインで薬学教育実践に科学的な裏付けを.薬事57(9) :1505-1508, 2015
2)    鈴木克明:e-learning実践のためのインストラクショナルデザイン.日本教育工学会論文誌』29(3)(特集号:実践段階の e-Learning):197-205, 2005
3)    同1)
4)    鈴木克明:インストラクショナルデザインの基礎とは何か:科学的な教え方へのお誘い.消防研修84号:52-68, 2008
5)    千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター:亥鼻IPE「学習内容・体制」プログラムの構成,〔https://www.n.chiba-u.jp/iperc/inohana-ipe/contentsandsystem/index.html〕(最終確認:2022年1月27日)
6)    Keller JM, 鈴木克明監訳:学習意欲をデザインする-ARCSモデルによるインストラクショナルデザイン.北大路書房.2010
7)    杉江修治:第2章協同学習とアクティブ・ラーニング.協同学習が作るアクティブ・ラーニン,p.27,明治図書,2016
8)    同上7) ,p.32
9)     同上8)
10)    溝上慎一:アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換.p.7,東信堂,2014
11)    教育課程研究会編著:「アクティブ・ラーニング」を考える.p.65-66,東洋館出版社,2016
12)    同上11),p.65

井出 成美、臼井 いづみ

千葉大学大学院看護学研究院附属専門職連携教育研究センター

いで・なるみ/第3回プロフィール参照 うすい・いづみ(写真)/千葉大学看護学部卒業後、葛飾赤十字産院助産師、千葉大学看護学部助手を経て、千葉大学大学院看護学研究科博士前期課程修了修士(看護学)。川崎製鉄健康保険組合千葉病院助産師。2008年千葉大学大学院看護学研究科「専門看護師育成強化プログラム」特任教員の時にUCLAで高度実践看護師養成のためのシミュレーション教育と出会う。2010年千葉大学医学研究院特任助教としてシミュレーションセンターの開設、運営を行う。2013年千葉大学大学院看護学研究科災害看護学特任助教としてシミュレーション教育を担当。2016年専門職連携教育研究センター特任助教、2018年より特任講師。日本看護シミュレーションラーニング学会理事。最近の研究テーマはIPEやシミュレーションの教育効果について。趣味は手芸とガーデニング。研究室でも胡蝶蘭の世話を担当。

フリーイラスト

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