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最終回:企画連載を振り返って

最終回:企画連載を振り返って

2024.07.17北得 美佐子(東京医療保健大学和歌山看護学部/和歌山看護学研究科 教授/学長戦略本部学修基盤推進室 副主幹/看護系ICT教育チーム 代表)

はじめに

 この企画では、これまで6回にわたり実習記録のデジタル化について連載を行いました。これまでご紹介したのはLMSに実習記録そのものを搭載する方法と、F.CESSというICTツールを活用した実習記録の電子化を進めるにあたって必要な情報リテラシーやセキュリティ対策について、また学内教員や学生、実習施設との共通理解の図り方などについてです。
 多くの先生方が記事を読んでくださっていることを知り、afterコロナでICT教育が活性化され、実習記録のデジタル化への関心も高まっていると改めて実感しました。今こそ、移行のベストな時期ではないでしょうか。

改めて、なぜ実習記録をデジタル化するのか

 初回の記事でお伝えしたように、看護学生にとって“記録を書く”ということは、看護過程を展開するために重要な経験であり、知識・実践・経験を統合するための思考をまとめる大切な作業ですが、紙媒体の実習記録を使用することによって、学習時間や睡眠時間、実習の場で指導を受ける方法や時間など様々なことに影響します。また紙媒体の実習記録は、紛失や置き忘れなどのインシデントのリスクがあります。
 一方で、電子カルテの記録を看護教育の早期に取り組み、デジタル環境で正確に記載する教育を行うことは非常に重要であり、電子カルテの使用は、看護学生の患者ケアにおける自信の向上や批判的思考能力の向上につながるという報告1)や、第2回で紹介されたように、電子カルテの使用機会の少なさが電子カルテ使用に対する自己効力感を低下させ、看護師になってからも電子カルテのスキル習得を困難にしているという報告2,3)があります。また日本の医療現場における電子カルテシステムは、令和2年時点で400床以上の病院の91%が導入していますが4)、新人看護師の残業や離職の理由には、電子カルテのへ記録の困難さが挙げられている5)ことから、看護基礎教育の実習におけるデジタル化、ICTの活用によって、学生および看護教員の負担を軽減・改善し、デジタル環境で正確に記載する教育を行うことは非常に重要であると考えられます。
 しかし何もかも電子媒体にすればよいのではなく、第6回で説明されたように、人間の記憶力や創造力については、デジタル媒体より紙媒体の方が、記憶の定着に有利であり、新しい思考や創造的な発想に対しても有効であることが示唆されている6)ことから、看護学生にとって演習記録や実習記録は学習ツールであり、利便性や効率性のみならず、学習プロセスとしての視点を持って、デジタル媒体と紙媒体をうまく使い分ける選択肢も念頭に置くことが重要です。

デジタル化導入における課題/導入後の課題

 また実習記録を電子化する際には、セキュリティの基礎知識をしっかり身に付ける必要があります。ウイルス対策や安全性の低い公衆LAN(Wi-Fiなど)を使用しないようにするほか、不正アクセスや情報漏洩を防ぐためにセキュリティ技術(VPN利用や多要素認証など)などについても教員や学生間で確認する必要があります。
 PC内に個人情報が含まれる実習記録を残すこと自体が個人情報漏洩のリスクとなりますので、Wordで実習記録を書くことはお勧めできません。LMSを使用する場合は、アップロードするのではなく、直接入力できるようにしましょう。クラウドに保存するタイプの実習記録であっても、アクセス権限の管理を厳重に行い、PC内にデータをダウンロードしないように気を付ける必要があります。個人情報をUSBに保存することも控えましょう。
 それと同時に情報モラルについての知識の共有も重要です。個人レベルのセキュリティ対策については、情報モラルや倫理的な側面について理解できていれば、自然と行えるものではないかと思います。

 そして、導入した看護実習DXを組織全体でどのように活用していくかが大きな課題となります。本学でも未だすべての学部で導入・運営が行えている状況ではありません。コスト面もそうですが、どのように使用し、教育に生かしていくかということを学内教員に理解してもらう必要があります。そのためにはカリキュラムにどのように位置付け活用していくのかという検討も必要ですし、アナログ世代やデジタルイミグラント世代への理解を得るためにも様々な活用方法についての研修会などを継続的に実施しなければなりません。いつでもどこからでも実習記録にアクセスできることでジャストインタイムティーチングが行えることなど、学生と教員双方に与えられるメリットを伝えることも効果的だと思います。また、デジタル化の予算を継続して確保するために、組織が納得するDXの効果を示す実績を積んでいかなければなりません。
 しかしこれらをクリアし、いずれは実習記録そのものを更にスリム化し、より実践力を高めるために効果的なものに改革していきたいと考えています。これからは、そういったことを真剣に考える時代なのではないかと思っています。

おわりに

 8月5日に本企画連載をテーマに、オンラインイベントを開催します(告知掲示板はこちら。イベントでは、本企画連載でご執筆くださったプレゼンターの先生方より自施設での状況をご説明いただいた後、参加いただいた皆様と看護実習DXをより有効に発展させるためにはどのような工夫や働きかけが必要か、DX導入の障壁についての悩みを共有し、解決策を模索するなど、有意義な時間にしたいと思います。ぜひご参加ください。

 最後に少し余談ですが、近年AI技術が急速に進歩し、看護教育にも様々な場面で取り入れられるようになってきました。F.CESS nurseに搭載されているAI機能では、模擬事例患者と音声でのコミュニケーションが行えます(図1)。
 本学の『周術期看護過程実践演習』の講義では、模擬患者事例の情報取集、アセスメント、看護問題の抽出、看護計画の作成後に援助計画を立案して、このAI機能を用いて患者とのコミュニケーション演習を行いました。学生たちはそれぞれ、どのような質問や説明を行うと患者が答えやすいのかなどを考え、再度援助計画を練り直していました。
 

図1 AIを使用した模擬患者とのコミュニケーション場面
 

 また現在私が運営するコミュニティの『看護系ICT教育チーム』では、領域ごとにチームを作って教材を開発したり、文科省から科学研究費の助成を受けて看護過程の展開に即した臨床判断能力の評価尺度(日本語版CRSs)7)を開発するなど、精力的に活動しています。ぜひともご活用下さい。

 こうして看護教育は進歩し続けています。今後も皆様と様々な交流を図り、看護実習DXが進む一助となれば幸いです。
 

【引用文献】
1)Holland C, Stuber M, Mellon M: Integrating an innovative, cost-effective electronic documentation system for undergraduate nursing students. Computer Informatics Nursing 39(11): 736-740, 2021
2)Abrahamson K, et al: The impact of university provided nurse electronic medical record training on health care organizations: An exploratory simulation approach. Studies in health technology and informatics 208: 1-6, 2015
3)Jones S, et al: Assessment of electronic health record usability with undergraduate nursing students. International journal of nursing education scholarship 8(1): Article 24, 2011
4)厚生労働省:医療分野の情報化の現状.医療分野の情報化の推進について,〔https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/index.html〕(最終確認:2024年7月16日)
5)Ommaya AK, Cipriano PF, Hoyt DB et al: Care-centered clinical documentation in the digital environment: Solutions to alleviate burnout. NAM Perspectives: 2018. doi: 10.31478/201801c
6)Keita Umejima, Takuya Ibaraki, Takahiro Yamazaki, et al: Paper notebooks vs. mobile devices: Brain activation differences during memory retrieval.Frontiers in Behavioral Neuroscience: 2021. doi: 10.3389/fnbeh.2021.634158
7)Kazuaki Naya, Hideaki Sakuramoto, Keisuke Nojima, et al: Translation, reliability, and validity of the japanese clinical reasoning skills self-evaluation scale: An instrument design study. Cureus Journal of medical Science: 2024. doi: 10.7759/cureus.53177

北得 美佐子

東京医療保健大学和歌山看護学部/和歌山看護学研究科 教授/学長戦略本部学修基盤推進室 副主幹/看護系ICT教育チーム 代表

きたえ・みさこ/大阪府出身。大阪市立大学大学院看護学研究科前期博士課程修了〈看護学修士〉。臨床勤務15年を経て、2007年より堺市医師会堺看護専門学校の専任教員に着任。2012年関西医療大学講師、2016年同准教授、2019年東京医療保健大学和歌山看護学部看護学科准教授を経て2022年より同教授。研究テーマは『がん患者の遺族に対する緩和ケアの質の評価』。近年は、『インストラクショナルデザインを用いた授業の評価』についても探求している。

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