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第2回:実習記録デジタル化の実際 [1]―既存のLMSを用いた実装

第2回:実習記録デジタル化の実際 [1]―既存のLMSを用いた実装

2024.04.25納谷 和誠(東京医療保健大学和歌山看護学部 講師)

はじめに

 前回記事では、実習記録のデジタル化の必要性と効果、導入の障壁などについて紹介しました。今回は、筆者が所属する東京医療保健大学和歌山看護学部でのデジタル化の事例を、導入プロセスの段階に沿ってご紹介したいと思います。

STEP1:有用性の明確化―研究エビデンスと実践的な経験、学習者の意見の収集

 まず、学習者の意見をくみ上げるとともに、実習記録デジタル化に向けて研究エビデンスと(教員の)実践的な経験から“デジタル化の有用性”を考えました。

研究エビデンス
  • 電子カルテの使用機会の低さが電子カルテ使用に対する自己効力感を低下させ、看護師になってからも電子カルテのスキル習得を困難にしている1, 2)
  • 電子カルテに対応した教育的体験は、看護学生の臨床実習経験と臨床看護意識を高めた3)
     
実践的な経験
  • 紙媒体の実習記録は、紛失や置き忘れなどのインシデントリスクが高い
  • 臨床現場では多くの病院で電子カルテが普及している
     
学習者の意見のくみ上げ
  • 実習記録の手書きに時間がかかる
  • 教員からの修正・コメントが入り、紙媒体は読み返した時に分かりづらい


 以上のことから、実習記録デジタル化により「記録に費やす時間が短縮され、学修が効率的になる」「実習記録に関するインシデントが減少する」「電子カルテのスキル習得が促進され、卒業前後のシームレスな教育になる」などに寄与すると考えました。
 併せて、システム導入に向けて解決すべき問題を明確にしていきました。検討の結果、「情報管理のためのシステム構築」「ハード面の整備」「教員および学習者のICTスキルの習得」などが挙げられました。

STEP2:問題の解決―専門家や他校への相談

 「情報管理のためのシステム構築」「ハード面の整備」「教員および学習者のICTスキルの習得」などの問題は、それぞれ専門家や既に取り組んでいる経験者に相談しました。


 ハード面では、本学のLearning Management System (LMS)であるWebClassを用いて実習記録のデジタル化を目指しました。実習記録のデジタル化に用いることができるシステムもありますが、新たなシステムを導入するのは費用の問題があったためです。しかし、これまでWebClassに実習記録システムを実装した実績がなかったため、開発者との相談を繰り返し、費用を抑えつつどうにか実現することができました。
 情報管理のシステムについては、とくに情報のクラウド管理に関する留意事項の取り決めを学内組織に相談しました。

 


 教員および学習者のICTスキルの習得については、同じように実習記録のデジタル化に取り組んでいる他大学の教員と意見交換をしながら、必要なスキルやその習得に向けて準備すべきことなどを検討しました。
 以上の結果、いずれの問題もクリアでき、実習記録デジタル化の実行可能性が確認されました。

STEP3:実習記録デジタル化の実装

 すぐに実際の実習に適用するわけにはいきませんので、まずは学内演習で試験使用し、使用時の問題点を確認・改善したうえで、臨地実習で使用しました。
 下の図は、実際の実習記録の画面です。ツリー形式で、各記録用紙にタブが設定されており、タブをクリックすると記録スペースに飛びます。


 次の図は、患者情報(事例患者)が整理されたものです。身体面のアセスメント用紙に、栄養に関する情報がまとめられています。

 

運用上のルール

 実装にあたっては、STEP2で述べた「情報のクラウド管理に関する留意事項」について学生に周知しました。
 その他のルールとして、記録内容に関する教員 – 学習者間のやりとりを行う時間帯についても留意するよう説明を行いました。夜●時から朝●時までは質問・回答しないというものです。実習記録のデジタル化により、いつでもオンライン上で記録の確認・助言を受けることが可能となるため、教員・学習の双方にとって負担にならないルールが必要と考えました。

STEP4:実習記録デジタル化実装後の評価

 実習記録デジタル化を実装しての利点として、学習者からは以下のようなフィードバックが得られました。

  • 手書きよりも短時間で記録が行える。
  • 思考が整理しやすい。
  • 手書きとは違い、修正が行いやすい。
  • 対面でなくてもオンライン上で記録の確認、助言を受けることができる。
  • 教員からのコメントも参照しやすい。

 実習成績への反映について、前年度の同実習の評価と比較したところ、実習目標の到達度(アセスメント、看護計画、実践の合計平均)が1ポイント上昇していました。 他にも多くの関連因子はありますが、実習記録をデジタル化にして思考が整理しやすくなったことで、情報の整理 →分析・解釈 →問題の明確化 →計画の立案 →実践 →評価、といったプロセスが円滑に進んだ可能性があると考えています。

 今後、改善・工夫が必要とされる部分としては、以下のものが挙がっています。

  • クラウドの安全性を確保するため、公衆無線LANの使用を禁止しているため、病棟で実習記録の記入が行えない。
     ➡ データ保護が強力なシステムの導入、臨地へのポケットWi-Fiの持参など
     

実習記録のデジタル化実装の取り組み全体を振り返って

  • ハード面の整備が障壁となる施設もあるとは思います。本学では、入学時にPCが貸与されること、学内のインターネット環境が整備されていたことにより、比較的導入がスムーズに進みました。
  • また、複数領域が一気に実装するのではなく、筆者が所属する成人看護学領域で試行的に導入し、障壁の特定・改善を繰り返しながら進めて行ったことが、スムーズな実装に繋がったのではないかと考えています。2024年度は、前期で実習記録をデジタル化するのは成人領域だけですが、後期の実習に向けて、デジタル化を検討している領域が出てきています(2024年4月現在)。   
  • システムの構築~実装まで、情報のルートを明確にし、システムの改善点や要望について製品開発者とやり取りを行いました。今回ご紹介したWeb Class®は、本学で使用しているLMSであり費用面の障壁はありませんでしたが、実習記録デジタル化のための製品ではなかったため、搭載できる情報や機能にも限界がありました。そのため、学習者が使用しやすい記録システムを実現するためには、多くの時間的コストを必要としました。
     

おわりに

 日本国内では、看護基礎教育における実習記録デジタル化の効果についての報告はほとんどありません。しかし、実際に実習記録のデジタル化に取り組み、デジタル化の有用性を実感しています。今後は、評価指標を明確にし、実習記録のデジタル化の有効性を検証していきたいと思っています。
 今回、導入までのプロセスと試験的導入による評価についてご紹介させていただきました。今後、実習記録のデジタル化に取り組もうとされている皆様の参考になることがあれば幸いです。

【引用文献】
1)Abrahamson K, et al: The impact of university provided nurse electronic medical record training on health care organizations: an exploratory simulation approach. Studies in health technology and informatics 208: 1-6, 2015
2)Jones S, et al: Assessment of electronic health record usability with undergraduate nursing students. International journal of nursing education scholarship 8(1): Article 24, 2011
3)Choi M, et al: Usability of Academic Electronic Medical Record Application for Nursing Students' Clinical Practicum. Healthcare informatics research 21(3): 191-195, 2015

納谷 和誠

東京医療保健大学和歌山看護学部 講師

なや・かずあき/1985年11月24日和歌山生まれの和歌山育ち。2007年、日本赤十字社和歌山医療センターに入職(12年間勤務)。2013年、和歌山県立医科大学大学院保健看護学研究科博士前期課程修了(看護学修士)。2019年、東京医療保健大学和歌山看護学部看護学科成人看護学領域の助教として入職し、急性期看護を担当している。『災害看護』や『集中治療室看護』をテーマに研究に取り組んでいる。

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