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第3回:実習記録デジタル化の実際 [2]―導入における課題とその対応を中心に

第3回:実習記録デジタル化の実際 [2]―導入における課題とその対応を中心に

2024.05.09小川 賀惠(東京医療保健大学立川看護学部 講師)

はじめに

 本学部では、2023年度後期より全領域で実習記録のデジタル化を実現しました。今回は実習記録のデジタル化について、導入までのプロセスとともに、その中で「どのような課題があり、どう対処したか」に焦点を当て、「①学部内での統一が図れるか」「②実習施設からの理解が得られるか」「③セキュリティや個人情報保護をいかに担保するか」「④学生への教授方法やシステムトラブル時の対応」の4つの課題についてお伝えしていきたいと思います。

学部内での統一について

 実習記録デジタル化の2023年後期までのプロセスは図1の通りです。

図1 実習記録デジタル化導入までのプロセス


 まず、学部内で統一を図るための基盤づくりとして、本学部の各領域から1名ずつDX担当の教員を選出し、小委員会を組織しました。全領域をまたいだ組織編成をしたことで、各領域への情報伝達や、ニーズと課題の抽出、システムトラブルへの対応等もスムーズに行うことができました。また、各領域から選出することで当事者意識が生まれ、よりスピード感が生まれたように思います。
 また、全領域での導入前に、試験運用を行い、その成果と使用感を全教員に伝える機会を設けました。加えて、2023年前期の演習科目においても複数の領域で看護過程の展開をデジタル化した記録用紙で行い、使用感を共有していきました。Bandura1)は、自分と同じ状況で同じ目標をもっている人の成功体験や問題解決方法を学ぶことで「自己効力感」が高まると述べています。試験運用での成果や実際を知ることで、自分の領域で使用する際のイメージが湧き、前向きに導入していくことにつながったと考えます。
 DXのような抜本的な取り組みを進めるには、DXを行うことを前提として検討することが重要であり、そのためにどのような工夫や注意が必要であるかを検討していくという姿勢が必要と考えます。また、この1年で再認識したのは、初めからすべてがうまくいくわけでも、圧倒的に便利になるわけでもないという心づもりが重要ということでした。デジタル化というと、革新的に利便性が向上するといったイメージがあり、少しでも煩雑な部分があると「やはりやめたほうがいいのでは」という感情におそわれます。しかし、そこは私たちがどのように活用していくのか熟慮していくことが必要であり、そもそもそれがなければ本来の目的を見失い、デジタル化による産物が「ただPCの中に実習記録が入っただけ」になりかねません。どのように活用すればより学修効果が向上するのかは、教員一人ひとりが考え試行錯誤していくべきで、それはデジタル化以前の問題のようにも思います。

実習施設との調整について

 実習施設の理解を得るために、まずは調整の第一段階として、導入の経緯や運用方法、デジタル化によって得られる学修効果などを各施設の方々に丁寧に説明し、疑問点や不安点を伺いました。その上で相談をしていくと、「そういう時代ですよね」と多くの実習施設から理解を得ることができました。病院の看護部においても業務の効率化等のためにDXを進めていたり、今後取り組んでいくべきであると考えていたりする施設が多いことも大きく影響しているのではないかと思います。
 また、病棟の指導者やスタッフの皆さんはさらに協力的で、興味関心をもってくださり、好意的な意見や感想をいただくことができました。「患者さんもポケットWi-Fiで仕事をしたり、スマホを使ったりしていますから」と、病棟内でのインターネットの使用についても前向きに検討してくださる施設も多くありました。
 病棟内でインターネットを使用して実習記録を作成するかどうかについて、施設によって差はありますが、インターネットの使えない環境ではオフラインで記録を作成していく運用方法も十分に検討可能でした。「一部の施設ではインターネットが使用できないのでデジタル化はしない」ではなく、まずは可能な範囲で運用してみることが、課題への解決策や対応策を検討する契機となると思います。

セキュリティや個人情報流出への懸念について

 デジタル化というと、真っ先に「セキュリティが懸念される」と思われる方も多いかもしれません。具体的には、インターネットのセキュリティの担保やデータの送信、SNSへのアップロードによって患者の個人情報が流出しないかということだと思います。
 まず、インターネットのセキュリティについては、専門業者と提携し担保していくことが可能でした。次に、個人情報の流出については、「デジタル化」の言葉の陰になり見えなくなりがちですが、「デジタル化によってリスクが上がる」ということではなく、留意点は従来と何も変わらないということを再認識しました。「実習記録に個人を特定できる情報は記載しない」「公共の場所で記録を作成しない」「実習と関係のない人に情報を開示しない」というのはペーパーベースの時と同様です。そのうえで、「メールで送信しない」「実習終了後はデータを削除する」などの原則で運用が可能でした。むしろ、ペーパーベースよりも記録が流出する(記録を紛失する)リスクが減少したというメリットもありました。

学生への教授方法について

 まず、使用方法については、学内での演習科目から使用を開始したこともあり、大きな問題はありませんでした。学生は環境に合わせ柔軟に対応していく力があると再認識しました。教員に求められていることは、記録のデジタル化によってどのようなことが見えやすくなるのか、それを自身の学修にどう生かすことができるのか等、効果や生かし方を明示していくことだと思います。
 設定方法やトラブルについては、業者のサポートサービスを利用することはもちろんですが、各領域にDX担当の教員を配置することで、学生にとって相談しやすい環境を用意できたと感じています。また、2023年度は実習記録のデジタル化初年度であったため、今度の改善のために使用感を積極的に聴取し、教員に相談するほどではない小さな使いにくさについても吸い上げ、今後の運用方法の改善に生かしていくことを意識していきました。

おわりに

 繰り返しになりますが、導入に際しては、様々な問題や課題が生じるのは当然といえます。「記録のデジタル化によって便利になる」とだけ思っていると、意義を見失う危険性があると感じました。利便性について学生と実習施設には明示しつつ、「どのように運用すればより効果的か」の検討を重ねていくことが重要なのだと感じました。

【引用文献】
1)Bandura A: Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review 84(2): 191-215, 1977

小川 賀惠

東京医療保健大学立川看護学部 講師

おがわ・かえ/筑波大学医学専門学群看護・医療科学類看護学主専攻卒業後、筑波大学人間総合科学研究科看護科学専攻博士前期課程修了(看護科学修士)を経て、現在の国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院に入職。その後、精神科に特化した訪問看護ステーションを経て、2019年4月に東京医療保健大学東が丘・立川看護学部(当時)に助手として入職。2023年4月より現職。趣味は愛猫を愛でること。

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