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第5回:学生は未来の看護からの預かりもの、送り届けよう未来へ

第5回:学生は未来の看護からの預かりもの、送り届けよう未来へ

2022.12.01齊藤 茂子(東京工科大学名誉教授)

 今回、本連載への執筆のお話を頂き、18歳の職業選択時から半世紀にもわたり、自分が看護に携わってきたことを改めて実感した。臨床看護師、専任教員、学校管理職、大学教員を経て、今はフリーランスとして主に卒後教育にかかわっている。一貫して、向き合う対象、すなわち患者、学生、同僚、職員を尊重することを第一に考えてきたように思う。ここまで支えてくれた友人、家族、上司への感謝を込めながら、この半世紀を振り返り、自分が大切にしてきたことをまとめてみたいと思う。

看護実践家を育てるということ

 筆者は“看護実践家”を育てることを主眼に、自身の半生を費やしてきた。看護実践家とは単に優れた技術を持ち合わせているということではない。筆者が考える看護実践家とはどのような人か、整理してみる。

  1. 看護観が確立しており、いかなる時もブレない看護を実践する。
  2. 対象に寄り添い、人間としての尊厳を保てる倫理的行為を、心を込めて実践する。
  3. アセスメント、エビデンス、リフレクションという専門家の思考様式により、より良い看護を目指して探究し続ける。
  4. 対象に合わせた個別的行為ができ、人の数だけ看護の方法を実践できる。
  5. 素人とは明らかに異なる結果を出す技術力を持っている。

  学生がこのような看護実践家へと成長していく過程では、たくさんの変化が起こる。
 入学した直後の学生は、看護職である教員を身近に感じ、自分の目指す職業が射程圏内にあることを実感し輝きを放っている。しかし、カリキュラムが進んでいくと、決して楽な道ではないことを痛感する。膨大な学習量にくじけそうになったり、臨地実習では計画通りに事が進まず眠れぬ夜を過ごしたりする。やがて国家試験の合格通知をもらった時には、苦労が実り喜びに包まれる。そうして看護実践家としてのスタートを切る。スタート時は看護実践力の不足などで苦労するが、その後は看護実践家として大きく成長していく。

 教育哲学者・教育者である林竹二は、「学んだことの証は、ただ一つで、何かがかわることである」1)と、深く思索することで学習者の中にそれまでとは違う何かが生まれるという“変化”こそ、学ぶということの本質だと述べている。またこの前段として、「学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終ることのない過程に一歩ふみこむことである」1)とも述べている。
 まさに看護には終わりがない。常に様々に思考をめぐらせてもなお、これで良いということはなく、だからといって答えが一つとも限らない。それでも、このような看護を学生に教授する人たちは、決してあきらめない。筆者が講師を務める実習指導者講習会や教員養成講習会などで、患者への看護や、学生の教育をいかにすべきかを語り合う受講者の姿は実に美しく誇らしい。

看護教育の転換期に際し、心得たいこと

 世界を揺るがす感染症・COVID-19により人々の認識や生活は大きく変わった。筆者のこの半世紀の歩みの中でも、自身の教育観に大きな衝撃をもたらした出来事の一つである。逆境から学べる者こそ真の勝者だという考えに立ち、この状況から教員は何を学べるのか、筆者なりに考えてみたい。

1)先を見据えた教育方法の開発・工夫

 オンライン授業か、対面授業かで決断を迫られた中、看護学教育の特徴を踏まえて対面授業が保たれるよう頑張った学校もあったことだろう。オンライン授業には、ICTを活用することならではのメリットがあるが、授業を受ける側の疲弊・孤独・体力低下をはじめとしたデメリットも当然ある。メリットもデメリットも経験したから、これからは双方を考慮に入れ、ハイブリッド型の授業を目指すという、これまでとは異なる教育方法の創意工夫が求められている。
 筆者もオンライン授業を余儀なくされているが、オンラインにおいてアクティブラーニングをどのように実現していくかが課題である。
 筆者がかかわる卒後教育の受講生のICTスキルは格段に上昇し、PBL(problem based learning)で協同作業を行うことも可能になってきている。看護学生はICT環境への順応はさらに早く、教員のほうが遅れをとっていると思われる。教員のICTスキル向上と共に、看護実践力を高める授業方法の工夫、シミュレーション、プレゼンテーションを取り入れ、できる限りの対面授業と、オンライン授業とを合わせて効果的に行う工夫をしていきたい。

2)臨地実習停止の可能性を見越した学内実習の充実

 コロナ禍の初年度には、厚生労働省は、学内での紙上事例の展開であっても臨地実習の単位習得を認めざるを得ない異例の通知文を出している2)。臨地実習で学べることは、必ずしも教科書に載っているわけではない。人間関係の形成方法も、臨地でこそ学べる側面がある。いわゆる臨床の知を学べるような学内実習でなければ、看護実践力はおろか職業観・看護観も育たないであろう。
 2022年度からの新カリキュラムではICTの活用が謳われている。ICTを活用したリアルな学内実習の可能性を模索したい。それにより経験学習やリフレクションも可能になると考える。

3)学生の成長を信じて

 Z 世代と呼ばれ、まさしく新たな時代を生きている若者は、その教育にあたる我々とは価値観も考え方も異なり、ジェネレーションギャップは否めない。そのうえ現在の新人看護師は、コロナ禍で満足に実習を経験できずに就職したので、彼らが起こすハプニングは、予想をはるかに超えて頻発しているようで、現場から悲鳴が聞こえてくる。

 ある現場から「新人看護師が患者のティッシュを取り自分の鼻をかんで患者のごみ箱に捨てた。注意をすると何がいけないのかとキョトンとしている。どう指導したらよいか」との声が寄せられた。新人看護師には悪気がないと思われるが、このケースにはいくつもの「えっ⁉」が存在する。この場が収まれば良いというわけではなく、他のケースにも波及する問題をはらんでいる。この対応策を下表にまとめてみた。筆者の独断もあるので、批判的に見て頂けたら幸いである。

事 象 分 析 対 応
①患者のティッシュを黙って取った 私物と共用物との境界線があいまい 「公共物の私物化」「公共の個室化」現象。ティッシュが「患者の私物である」とわかれば、すぐ理解する。
 
②患者の部屋で鼻をかむ 社会人としてのマナー不足 暗黙の社会ルールの微妙な点は新人にはわかりにくい。「見える化」が必要だが、この場合は根気強く。
③使用後のティッシュを患者のごみ箱に捨てた 感染予防等アドボケート意識の乏しさがある スタンダードプリコーションが順守できていないこと、パーソナル空間を侵害していることを指導。職業選択の動機が「人の役に立ちたい」である者が多いため、行為の矛盾を説明すると理解が早い。
④「何がいけないのか」とキョトンとしている 何も問題がないと思っている ジェネレーションギャップ? こちらが誤っている? と自信がなくなる。負けずに根気強く指導。

 学生の学びができる限り保たれるようにと尽力されてきた教育現場からは、「そこからですか…」と落胆の声が聞こえてきそうだが、残念ながら「そこからです」と言わざるを得ない。しかしこのような言動をする新人看護師も1年後には職業社会化がされる。教育担当者には1年頑張れば新人看護師は確実に成長することを伝え、エールを送っている。
 新人看護師自身も卒業時に「実習に行っていないことによる学習不足」「就職病院が自分達の経験不足をわかってくれているのか」「看護師になるのが怖い」「コロナ世代よねぇと言われたくない」などの不安をひしひしと感じていることが報告されている3)

 果たして、この不確かな状況はいつまで続くのであろうか。感染状況は一進一退でまだまだ予断は許されず、長きにわたって続く可能性がある。教育にあたる我々は、改めて腹をくくるということが必要であろう。

教えることは二度学ぶこと

 長年教育に携わってきた筆者は、実習指導者講習会や教員養成講習会で教え子と再会することもしばしばだが、彼らの成長した姿にいつも感動する。このように基礎教育と卒後教育を継続して行っていると、看護学生は未来の看護からの預かりものであるということを強く感じる。彼らがキャリアアップを目指し、今後もさらにそれぞれの人生を豊かにしていく未来を考えると、喜びに堪えない。

 ところで、筆者自身が勉強を始めたのは、実は学生時代ではなく仕事を始めた時である。患者への責任を感じたためだ。教員になった時はさらに勉強した。学生とのかかわりも楽しかったが、学ぶ楽しさも感じられるようになった。成人学習の特徴としてすぐに役立つ知識を好むというが、学んだことを患者や学生に役立てられることがうれしかった。こんな基礎的なことも? と思われるくらいのことであっても、今も調べ直すようにしている。間違いを教えないためだが、自分の無知を自覚することも多い。学問に対して謙虚にあるべきとは思いつつも、調べれば調べるほどわからないことが増えてくるため、最近では原稿や資料を仕上げるのにかつての何倍もの時間が必要となっている。知識を得ても忘却するスピードが加速しているためかもしれないが…。

 何はともあれ、「教えることは二度学ぶこと」(ジョゼフ・ジューベル)、いや三度、四度かもしれないと思いながら、この先も自分が学ぶことを楽しんでいきたい。

 

引用・参考文献
1) 林竹二:学ぶということ,国土社,1978.P95 
2) 厚生労働省医政局看護課事務連絡通知「新型コロナウイルス感染症の発生に伴う看護師等養成所における臨地実習の取扱い等について(2020年6月22日)」,https://www.mhlw.go.jp/content/000642611.pdf,アクセス日:2022年11月22日
3) 日本看護系大学協議会 看護学教育質向上委員会:2020年度 COVID-19に伴う看護学実習への影響調査―A調査・B調査報告書(2021年4月),https://www.janpu.or.jp/wp/wp-content/uploads/2021/04/covid-19cyousaAB.pdf,アクセス日:2022年11月29日

齊藤 茂子

東京工科大学名誉教授

さいとう・しげこ/北海道北見赤十字看護専門学校(当時)卒業後、北見赤十字病院、都立病院で10年間臨床経験を積む。東京都専任教員講習会を経て、都立看護専門学校で専任教員として14年間、また副校長・校長として13年間勤める。この間、厚生労働省看護研究研修センター幹部教員養成課程、および東洋大学大学院(修士〔教育学〕)を修了。その後、東京工科大学医療保健学部看護学科教授(基礎看護学)を6年間務めた。以降、非常勤として看護基礎教育や卒後教育の講師を務め、現在に至る。主な著書に『看護学実習指導ガイドブック;TeachingからLearningへ』(日本看護学校協議会共済会、2021年)[共編]、『実習の“想定外”を乗り切る なるほど看護技術』(メヂカルフレンド社、2019年)[編著]など。趣味は旅行、読書、俳句、落語鑑賞。好きな色はピンク色。

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