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第9回:ともに希望を語ること

第9回:ともに希望を語ること

2023.08.01山田 かおる(勤医会東葛看護専門学校 副校長)

看護教員になると決意したとき

 臨床看護師としての7年目が終わる頃、看護学校への異動を勧められました。私にとってはまさかの人事異動の話でしたが、迷いの中にいた私の背中を押してくれたのは、母校の母体である大学病院の看護部長であり、元担任だった先生でした。当時と変わらずやさしくそして明快に、「あなたにしかできない教育がある。あなたには学生の気持ちがよくわかると思う。」と電話から聞こえた言葉。人生の迷いと葛藤の日々であった学生時代を知る先生が、看護教員になる事を勧めていただいたことは、重たい一歩を踏み出す力になりました。

教員1年目、学生たちが教えてくれたこと

 「先生が求めていることは、難しすぎてわからない。私たちは看護師ではなく、学び始めたばかりの看護学生だ!」。23年前、教員1年目の6月、実習担当をした1年生たちが私に言った言葉でした。それはあまりにも激しい言葉で返す言葉が見つからず、しばらく呆然と立ち尽くしたことを覚えています。学生たちが『わからない・困っている』ということをはっきりと教えてくれて、『今の私の言葉は看護学生1年生には伝わらない』と自覚させられた時でした。教員養成講座の時、課題などに「学生のレディネスを理解して」とよく字面では綴りましたが、それを実生活のなかで教えてくれたのはこの学生たちでした。着任して初めて担任した学生たちです。彼女たちは今看護師21年目になり、看護学生たちを丁寧に指導してくれる先輩看護師になっています。
 学生たちの『わからなくて苦しい』というはっきりした言葉は、自分の学生時代の「わからなさ・苦しさ」を思い出した瞬間でもありました。自分も看護学生時代はそうだったと。

教育者 三上満先生との出逢い

 私が着任した年の秋、三上満校長が着任しました。先生との出逢いは、人間とは何か、医療とは何か、教育とは何かを、深く問われつづけられる日々になりました。三上満先生は、テレビドラマ「金八先生」のモデルになった教育者であり、人生の第5楽章を東葛看護学校の校長とし着任し、本校で最後の教鞭をとることになったのです(2015年8月逝去)。

 先生が着任して言われたことは、「ゴミ箱に宝物が捨てられている」という言葉でした。学生たちの輝く宝のような学びを、私たち教員が気づかず見逃しているという事でした。先生の口癖は「いい子なんだよな~」でした。報告の後もやっぱり、「こんないいところもあるんだよな~」の一言。学生たちが書いたレポートの中にみる、知性の疼きと成長の姿を弁証法で伝えてくれました。そして、人間の成長のために必要な出逢いであると三上先生が語ってくださった、『みじめな自分との出逢い、憧れの存在との出逢い、一緒に喜んでくれる・ほめてくれる存在との出逢い』を見事に表しているレポートを見せてくれました。

 さらに、先生が在職中「学生に本物の教師をしてもらった」と語った出来事がありました。本校恒例の田植えでの場面、田んぼのあぜ道でスーツを着て写真を撮っている三上先生に向かって学生が「まんちゃん(三上先生の愛称)はやらないの?」と声をかける。先生は、すぐにステテコ姿になって田んぼに入り泥まみれになって田植えをしました。
 本物の教師とは、外から眺めているのではなく、学生とともに泥まみれになるもの、学生と一緒に歩むもの。そして、私たちの学生への眼差しが成長に大きく関わることを学び、私が臨床で新人看護師に行っていたことは教育ではなかったこと、できないことを指摘して「変わらない・できない相手が悪い」と思っていた自分を、深く認識させられました。

わたしたちの『教育宣言』

 開校から8年目の2003年、東葛看護専門学校に教育宣言が出来ました。教育宣言は、学生に私たち教職員が何を目指すのかを伝えるもの、私たち教職員の指針です。

 教育宣言は、以下のような言葉で始まります。

今日も学生たちは通ってくる。江戸川のほとりのこの学校へ、自転車で、バイクで、徒歩で、雨の日も風の日も。1995年創立時、学校は「憲法と教育基本法」をあらゆる教育活動の土台に据えることを宣言した。その初心は不変である。無数の生命を奪った戦争への深い反省と人間として生きる権利の深い自覚なしに、医療も看護も、そして教育も成り立たない。私たちの学校は、看護に不可欠なたしかな知識・技術を身につけ、愛に満ちた心豊かな看護師を育てる。それとともに平和や、人間が輝く社会への熱い情熱と社会に向けた広い視野をもった人間を育てる。~(本文略)

 日本国憲法と教育基本法を学び、学ぶことは権利であり、どの学生にも等しく教育が保障されるべきであることを、私は東葛看護専門学校でしっかりと自覚しました。憲法第13条には「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が明記されています。国民の最も大切な権利として、政府がそれを「最大限」保障することを義務づけています。学生は幸せをもとめて生きる権利の主体者です。このことを、教育の土台にしっかりと据えなければならないのです。

ナイチンゲールに学ぶ

 『わが愛する姉妹よ。教育の仕事はおそらく例外であろうが、この世の中に看護婦ほど無味乾燥どころかその反対、すなわち、自分自身はけっして感じたことのない他人の感情のただなかへ自己を投入する能力を、これほど必要とする仕事はほかに存在しないのである。』1)~『そして、もしあなたがこの能力を全然持っていないのであれば、あなたは看護から身を退いたほうがよいであろう。看護婦のまさに基本は、患者が何を感じているかを、患者にたいへんな思いをして言わせることなく、患者の表情に現れるあらゆる変化から読み取る事ができることなのである』1)。ナイチンゲールの言葉です。看護師に最低限求められることを「他人の感情のただなかに自己を投入する能力」、つまり他者への共感力であると述べているのです。
 そして次のようにも述べています。『教育の仕事は別として、世の中で看護ほどに、その仕事において「自分が何を成しうるか」が「自分がどのような人間であるか」にかかっている職は、ほかにないからです。「優れた看護婦」であるためには「優れた女性」でなくてはなりません』2)。すぐれた教員であるためには、優れた人間であることが必要だと言っているのです。三上先生は、ナイチンゲールが看護婦に求めている基本的な資格は「人に共感できる人」「成長しようとする人」で、完全に教師にも当てはまると述べています3)。私たちは、学生がこの二つを身につけるように応援することが必要です。

 本校2年生は、2月に社会の実態を学ぶフィールドワークを行います。あるひとりの社会人学生が、凍えるほど寒い2月初旬の21時ごろから上野公園と浅草を回り、夜の路上で寝ている方々に翌日行う医療相談会のお知らせをして、カイロや毛布を渡していきます。上野公園で段ボールの上で横になっていた一人の方に、緊張しながら声をかけました。身体を起こした方は、小柄な高齢の女性でした。カイロ入りの袋を差し出すと、両手を合わせて拝むような仕草をした女性を前に、学生は思わず差し出した手を引っ込めて、手袋を外しポケットに入れました。素手になって、もう一度袋を差し出しました。受け取った女性は何度も手を合わせて頭を下げて「ありがとう、ありがとう」と繰り返し言いました。
 学生は「他人のただなかに自己を投入し」、女性の辛さが自分の身を切られるような辛さになり、自分だけが手袋をしていることに申し訳なさを感じて手袋を外したのでした。

教育とは希望を語ること

 前述の本校教育宣言は以下の様に結ばれています。

「教育とは、ともに希望を語ること」。希望とは、人間への信頼、明日への信頼、そして自己への信頼にもとづいた持続的な感情である。私たちは、勤医会東葛看護専門学校が希望をはぐくむ青春のキャンパスになるよう力をあわせて進むことを宣言する。

 学生が明日を信頼できるため、人間を、そして自己を信頼できるようになるためには、学校が「信頼」に包まれることが必要です。「信頼」で包まれた「オアシス」のような学校であれば、学生はのびのびと自由に、自主と自治の力を発揮して専門職として成長していくと思います。
 看護の専門職として育つには、専門性の高い厳しい学問に挑戦しなくてはなりません。「共感できる人」「成長しようとする人」はあたたかい信頼のなかでしか育たず、それが看護師の育成につながります。愛と友情に満ちた学校に、苦楽を分かち合える仲間と教職員がいる。希望をはぐくむ学校であり続けることが、看護の専門職を育てると思うのです。

【引用・参考文献】   
1) Nightingale F:Notes on nursing: what it is, and what it is not. Dover Publications.1969(湯槙ます,薄井担子,小玉香津子ほか訳:看護覚え書;看護であること・看護でないこと, 改訂第8版,現代社,2023)
2) Nightingale F:新訳 ナイチンゲール書簡集―看護婦と見習い生への書簡―(湯槇ます訳),現代社,1977
3) 三上満:いまほんとうの教育を求めて,p190-193,新日本出版,2014 
4) 三上満:明日へつなぐ みつめよう私、ひらこう未来,保健医療研究所,2000
5) 中西新太郎:人がひとのなかで生きてゆくこと 社会をひらく「ケア」の視点から,星雲社,2015
6) 堀尾輝久:子育て・教育の基本を考える,童心社,2007

山田 かおる

勤医会東葛看護専門学校 副校長

やまだ・かおる/東京医科歯科大学附属看護専門学校卒業後 城南福祉医療協会大田病院に入職。消化器外科、整形外科、消化器内科、小児科等で看護実践をする。7年間の臨床経験を経て、1999年勤医会東葛看護専門学校に専任教員として着任。2013年より同校副校長、設立法人の看護副部長も兼務。千葉県・埼玉県の教員養成講習会の講師、2021年より日本看護学校協議会副会長を務める。趣味はランニング、スポーツ観戦。

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