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第5回協働学習会:学生指導シミュレーションに向けた準備学習

第5回協働学習会:学生指導シミュレーションに向けた準備学習

2024.06.05奥野 信行(京都橘大学看護学部・大学院看護学研究科 教授/看護教育研修センター センター長)

協働学習会プログラム(全6回)

  • 第1回協働学習会:「臨地実習と臨地実習に参加する学生の特徴」
  • 第2回協働学習会:「臨地実習における看護現象の教材化」
  • 第3回協働学習会:「臨地実習における効果的な教え方とかかわり方」
  • 第4回協働学習会:「臨地実習において学生が良質な学びを経験する学習環境」
  • 第5回協働学習会:「学生指導シミュレーションに向けた準備学習」
  • 第6回協働学習会:「臨地実習における学生指導シミュレーション」

第5回のねらい

 今回は、「学生指導シミュレーションに向けた準備学習」をテーマとした第5回協働学習会についてご紹介させていただきます。
 「simulation(シミュレーション)」の動詞の英語表現である「simulate(シミュレート)」は、「似た様子にする」が原語であると言われています。このことから、シミュレーションを教育あるいは学習に活用した場合、「本物と似た様子にして教えること、学ぶこと」と言えそうです。本稿では、シミュレーション教育(学習)を「実際の臨床の場などを再現した状況下で、学習者が人やモノにかかわりながら、学習課題への対応を実行し、その経験を振り返り、ディスカッションすることによって、専門的な知識・スキル・態度の獲得と統合を目指す教育方法(学習方法)」とします。看護学教育においても近年、看護学生(以下、学生)を対象とした教育方法として発展してきています。

 協働学習会では、看護の教え手である臨床指導者(以下、指導者)や看護教員(以下、教員)が、臨地実習における学生指導に関する専門的知識・スキル・態度の獲得・統合を目指した学習方法としてシミュレーション教育を活用しています。それが、2022年から取り組んでいる「学生指導シミュレーション」です。京都市立病院内の病棟を活用して、可能な限りリアルな臨地実習場面を再現し、指導者と教員が学び合っています。学生指導シミュレーションには、教員と指導者に加え、学生も「実習学生役」として協力してくれています。

学生指導シミュレーションのねらい

 協働学習会の参加者である指導者と教員は、これまでの自己の指導経験と協働学習会で学んだ知識・スキルを活用して、臨地実習における学生指導場面を想定したシミュレーション下で、教え手役として実際に学生に対する教育実践を展開します。実際の臨床場面では、学生の担当患者が目の前にいるため、実験的な試みを含んだ実習指導ができないかもしれませんが、シミュレーションではそれが可能になります。また効果的な学生指導ができなかったとしても、そこから他者と共に学び、教訓を導き出すことができます。
 つまり、学生指導シミュレーションは、看護の教え手が患者に対するミスや影響を恐れることなく、教育に関する理論的知識の適用を体験することができます。また、安全な環境下であるため、失敗体験から学ぶこともできるという利点があります。

 協働学習会は、教育理論家のユーリア・エンゲストロームの「探究的学習理論」1)と、この理論に依拠した学習サイクル「CIERモデル2)3)の考えを参考に構想しています(図1)。CIERモデルにおける人の学習には、〈コンフリクト〉→〈内化〉→〈外化〉→〈内省〉の4ステップがあり、このステップを繰り返すことで深い学びが得られるとされます3)。協働学習会への参加を通した教員・指導者の学習サイクルについては、本企画初回の記事をご覧ください。 

図1 協働学習会におけるCIERモデルの学習サイクル
[ユーリア・エンゲストローム:変革を生む研修のデザイン-仕事を教える人への活動理論-(松下佳代, 三輪建二訳),鳳書房, 2010・佐藤佐敏/国語科の学びを深めるアクティブ・リーディング <読みの方略>の獲得と<物語の法則>の発見Ⅱ, 明治図書出版, 2017/松下佳代:資質・能力とアクティブ・ラーニングを捉えなおす なぜ、「深さ」を求めるのか.深い学びを紡ぎだす─教科と子どもの視点から(グループ・ディダクティカ編), p.3-25, 勁草書房, 2019を参考に作成]

 私は、この学習サイクルのうち、学んだ知識・スキルを実際に活用し、学生指導に取り組むフェーズである〈外化〉において、学生指導シミュレーションを取り入れることによって、参加者(教員・指導者)にとっての深い学びの実現が可能になるのではないかと考えました。 

学生指導シミュレーションの概要

 学生指導シミュレーションの目的、目標、概要は、図2のとおりです。

図2 第5回協働学習会の目的、目標、概要についての説明資料の一部

第5回協働学習会:学生指導シミュレーションに向けたグループワーク

 第5回協働学習会は、学生指導シミュレーションに向けたオリエンテーションと机上学習を中心としたグループワークが主な内容となります。進め方は下表(表1)のとおりです。

表1 第5回協働学習会「学生指導シミュレーションに向けたグループワーク」の進行表

1.自己紹介、アイスブレイク、学生指導シミュレーションのオリエンテーション

 学生指導シミュレーションのグループメンバーは、指導者2~4名と教員1~2名の合計4~5名で構成されています。各グループの構成例とシミュレーションテーマは表2に示すとおりです。いずれも各実習病棟の特徴と普段受け入れている実習内容を考慮し決定しています。
 各グループのファシリテーターは、協働学習会の企画・運営メンバーである京都市立病院の実習指導者会のコアメンバーと教員が担っており、学生指導シミュレーションの準備・進行等を行っています。

表2 学生指導シミュレーションのグループメンバー表とテーマ

 初対面となる参加者もいるため、グループワークに先立って自己紹介とアイスブレイクを行い、メンバー同士の雰囲気が和むようにしています。その後、次回の学生指導シミュレーションの実施に向けたオリエンテーションを行います。オリエンテーションでは、学生指導シミュレーションの目的、目標、概要(図2参照)、メンバー構成と役割、当日のスケジュール、使用する教材などについて説明します。その際、学生シミュレーションに関する教材開発過程において実施したテストプランの動画(図3)を視聴してもらい、参加者の学生指導シミュレーションについてのイメージづくりを促しています。

図3 学生指導シミュレーションのテストプランの動画の一部

2.シミュレーションにおける学生指導の事前検討:ブリーフィングシート作成

 グループワークでは、設定されたテーマに即した学生指導場面のシナリオを読み、その事例に登場する学生に対して、どのような教授活動や教育的なかかわりを展開していくのかについて構想します。図4、5は、参加者に配布している学生指導シミュレーション進行表に記載されているシナリオ②の事例です。

図4 学生指導シミュレーションのシナリオ例(シナリオ②)
図5 シナリオ②におけるシミュレーション場面の配置図

 このシミュレーションにおける学生指導についての構想の際、活用しているのがブリーフィングシートです。ブリーフィングとは、シミュレーションの実施前に、準備性を高めるために活動内容等について構想したり、打ち合わせをしたりすることです。このシートは、学生指導を展開する臨地実習中の看護場面を「授業」の一部として俯瞰的に捉え、自己の学生に対する教授-学習活動を構想するためのものです。協働学習会では、教育学者の藤岡氏によって開発された「授業デザインの構成要素モデル」5)を参考にブリーフィングシートを作成しました。これは、「自分の実現したい授業の方向を明確にする」6)ことを目的とした授業づくりのためのツールです。

図6 学生指導シミュレーション用ブリーフィングシートの例(内容はシナリオ②)

 「授業デザインの構成要素モデル」は、授業を①ねがい②学習目標③学習者の実態④教材の研究⑤教授方略⑥学習環境・条件の6つに整理しており、初めて授業をデザインし、学習指導案を作成する教育者にとってわかりやすく、活用しやすいものとなっています。臨床実習指導者講習会での実習指導案づくりでも使われている考え方です7)。図6は、「術後1日目患者の初回離床場面の指導」をシミュレーションテーマとしているグループのブリーフィングシートです。協働学習会のブリーフィングシートでは、【実習全体像】【看護学生の実態】【教え手としてのねがい】【看護現象の教材化】【教授方略・指導方法】の5つの構成要素で学生指導を検討しています。この観点から、臨地実習という「授業」における学生との看護実践場面について考えることによって、自分の実現したい学生指導の方向を定めていくことが可能になります。
 ここからは、協働学習会のブリーフィングシートにおける5つの構成要素について、どのようなことを記載しどう活用していくのかを簡単にご説明します。

実習全体像

 【実習全体像】には、シミュレーション内でかかわる看護学生の実習目的、目標、内容について明記します。看護の教え手は、この目的、目標を踏まえて、シミュレーションにおける教授活動・学生指導を展開していくことになります。

看護学生の実態

 【看護学生の実態】については、学生が学んでいる看護基礎教育課程、学年、主な既習内容、授業に対する姿勢、関心や興味などに加えて、一般的な看護学生の特徴なども明記します。これまでの協働学習会で活用した資料を見直し、学んだ理論的知識やグループで学び合ったことの想起を参加者に促していきます。グループメンバーの教員から、実際の普段の学生の様子や学習状況、特徴などについて指導者に伝えることもあり、指導者がリアルな学生の実態を知る機会にもなっています。グループワークにおいて時間的制約がある場合、【実習全体像】【看護学生の実態】は、あらかじめブリーフィングシートに記載しています。その記載の読み合わせを行って、グループ内で改めて指導対象である学生について共通理解していきます。

教え手としてのねがい

 次に、【教え手としてのねがい】について記述します。これは看護の教え手として、この看護場面を通して学生にどのようなことを学んで欲しいのか、どんな経験をしてほしいのか、どのように成長してほしいのかなどについてです。また、自分はどのようなことを大事にして学生とかかわっていきたいのかなど、看護の教え手として「ありたい自分」についても書き出していきます。
 実習中の学生に「Aさんは患者さんにどうなってほしいと思っているの?」と発問している教員を目にすることがよくあります。このような働きかけは、他の誰でもない、「この私」が看護師(看護学生)として患者とかかわることの意味を問うものであり、「看護観」を育む大切な問いかけだと私は考えています。臨地実習における看護の教え手も同様に、他の誰でもない、「この私」が看護を教える人として学生とかかわることの意味について考えることは、「指導観」「学生観」の形成につながるものとなります。

看護現象の教材化

 その上で、【看護現象の教材化 】について検討します。これは、学生が学ぶべき内容に対して、どのような素材を選択したり、対応させたりすることができるのかという「教育内容の教材化」、この素材でこんなことが学べるのではないかという「素材の教材化」についての構想です。
 たとえば、「術後1日目で痛みが続く中で離床に取り組む患者に対して、看護師としてどのような声かけが必要なのか」「それはどのタイミングで、どのように行うのか」について、ここで示した模範を教材とすることが挙げられます。さらに、そのような声かけは看護としてどのような意味合いを持つのかについて考えてもらうために、患者の反応の教材化を予定する場合もあるでしょう。あるいは、学生が術後患者の離床にかかわる中で生じる可能性のある現象や体験をある程度予測し、教材化することも検討しておきます。

教授方略・指導方法

 最後に、【教授方略・指導方法】について検討します。ここでは、看護現象の教材化を踏まえて、学生に対してどのような教授方略・指導方法を展開することが、効果的な学びや学習目標の達成につながるのかについて構想します。上述のとおり、学生指導シミュレーションでは、実際の臨床場面では難しい実験的な試みを含んだ学生指導が可能です。そのため、学んだ理論的知識や自己の経験から紡ぎ出した指導方法を構想し、試みることもよいでしょう。加えて、【看護学生の実態】を踏まえた上で、効果的な学びの実現に向けてどのような環境づくりができそうかなどについても考えます。

各要素の関連付け

 学生指導に関する構成要素についての書き出しが終われば、各要素がどのようなつながりを持っているのかについて関連づけていきます。図7は、個人フェーズで検討し、記入したブリーフィングシートの例です。

図7 学生指導シミュレーション用ブリーフィングシートの記入例(内容はシナリオ⑤)

 最終的には、事例の学生への指導の進め方についてグループとしての考えを1枚のブリーフィングシートにまとめます。その上で、各グループに、自分たちの構想した学生指導について、ブリーフィングシートを活用しながら発表してもらい、意見交換を行います。
 なお、こうしたブリーフィングシートを用いた学生指導の構想のグループワークは、教育学者の水野氏8)の「知識構築のサイクル構造モデル」のステップを参考に進めています。

①    各個人フェーズ:個人が自己と対話し、自分なりの考えを持つ。個人で考える時間を確保し、考えを書き留め、整理する。
②    ペア・グループフェーズ:他者に話すことで自分の考えやアイデアを明確にし、互いの認識を共有して理解を深めていく。
③    全体討論フェーズ:全員の意見を出し合い、互いの考えや視点の共通点や相違点の関係性を探りながら、グループ内での学生指導の進め方について合意形成をおこなう。そのプロセスを通して間主観的な知識・認識・考え(グループ内の複数の人々の主観の間で共通する知識・認識・考え)を形成する。
④    グループ間討論フェーズ:グループ間での発表・意見交換を行い、グループ内および各自の知識・認識・考えを見直す。
⑤    内面化フェーズ:対話の過程において構築された間主観的な知識が、各個人の認知構造の中で先行知識と結びつくように内面化される。それらを、シミュレーションにおいて、応用的に活用する。

図8 ブリーフィングシートを用いた、学生指導の構想に向けたグループワークの進め方のイメージ図

まとめ

 今回は、「学生指導シミュレーションに向けた準備学習」をテーマとした第5回協働学習会についてご紹介させていただきました。参加者からは、次のようなコメントがありました。

・実際にどのようにシミュレーションを進めていくのかをディスカッションすることで、他の指導者の視点や学びを共有することができた。
・シミュレーションにおいて学生に指導できるか不安な点はある。
・次回のシミュレーションは楽しみでもありますが、不安もたくさんで、事前にチームで話し合えてよかったです。

 普段、臨地実習における自己の学生指導を他者に観察され、批評されるような機会はほとんどありません。学生指導シミュレーションでは、教員と指導者、さらに学生が加わり、よりよい学生指導について探究していきます。そのプロセスにおいて、他者から自己の学生指導の「良かった所」「もっとこうすると良いなと思った所」についてコメントをもらいます。筆者自身もこの学生指導シミュレーションに参加する前、「自分の指導に対してどんなコメントをされるのだろう」と不安がありました。実施当日は、自分の考えにもとづき、学生指導シミュレーションを実施し、指導者や学生からさまざまなコメントをいただきました。そのコメントをもとに自己の教育実践を内省することで、見直すべきことはもちろん、良さがあることも理解できました。それは私にとって、「コンフリクト」を伴う経験でしたが、同時に多くの気づきと学びが得られ、課題を見出すことにもつながりました。

 つまり、本稿の冒頭や本企画第1回でご紹介した学習サイクル「CIERモデル」を体感することができたのです。こうしたグループでの協働的な取り組みを良質な学びにつなげるには、メンバーが互いの考えや感情を気兼ねなく発言できる雰囲気が重要とされますが、今回の参加者のコメントと私の経験からは、個々のメンバーに対する「思いやり」「共感」「ねぎらい」の言葉と態度が欠かせないと言えそうです。
 次回は、「学生指導シミュレーション」を取り入れた協働学習会の実際について、ご紹介いたします。

【引用文献】
1)ユーリア・エンゲストローム:変革を生む研修のデザイン-仕事を教える人への活動理論-(松下佳代, 三輪建二訳),鳳書房, 2010
2)佐藤佐敏:国語科の学びを深めるアクティブ・リーディング <読みの方略>の獲得と<物語の法則>の発見Ⅱ, 明治図書出版, 2017
3)松下佳代:資質・能力とアクティブ・ラーニングを捉えなおす なぜ、「深さ」を求めるのか.深い学びを紡ぎだす─教科と子どもの視点から(グループ・ディダクティカ編), p.3-25, 勁草書房, 2019
4)ジェームス・ワーチ:行為としての心(佐藤公治・田島信元他訳),北大路書房,2002
5)藤岡完治:看護教育のための授業設計ワークブック,医学書院,1994.
6)目黒悟:看護教育を創る授業デザイン-教えることの基本となるもの,メヂカルフレンド,2011
7)静岡県看護協会:令和5年度実習指導者等講習会(特定分野)最終日のこと,〔https://www.shizuoka-na.jp/archive/13/1311FCIS22H2U2A.asp〕(最終確認:2024年5月9日)
8)水野正朗:学びが深まるアクティブラーニングの授業展開-拡散/収束/深化を意識して.アクティブラーニングの技法・授業デザイン(安永悟・関田一彦・水野正朗編),p.45-66,東信堂,2016

奥野 信行

京都橘大学看護学部・大学院看護学研究科 教授/看護教育研修センター センター長

おくの・のぶゆき/国立循環器病センターでの勤務を経て、兵庫県立看護大学大学院修士課程看護教育学専攻修了(看護学修士)、2003年に兵庫県立看護大学助手、ワシントン大学看護学部Visiting Scholar。2006年に園田学園女子大学講師を経て、京都橘大学看護学部准教授、2019年に神戸市看護大学大学院博士後期課程修了(看護学博士)。2020年より同大学および大学院の教授・2022年看護教育研修センター長を併任。研究テーマは、ICU看護師の看護実践能力とその発達に向けた教育プログラムの開発、実習指導者と看護教員の協働的な学び、臨床看護師の「看護師らしさ」の形成。著書に『看護実践のための根拠がわかる基礎看護技術』(共著、メヂカルフレンド社、2018)、『成人看護II 慢性期・回復期 第2版 (パーフェクト臨床実習ガイド)』(共著、照林社、2018)など。趣味はバイクいじりとツーリング。

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