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第42回日本看護科学学会学術集会/ケアサイエンスの構築に向けて 看護科学の深化と発展

第42回日本看護科学学会学術集会/ケアサイエンスの構築に向けて 看護科学の深化と発展

2023.02.01NurSHARE編集部

 日本看護科学学会(堀内成子理事長、聖路加国際大学)は2022年12月3~4日の2日間、広島国際会議場などで第42回日本看護科学学会学術集会(森山美知子集会長、広島大学)を開催した。3年ぶりとなる現地開催に加え、Zoomを活用したオンラインからの参加も可能とし、同学術集会初のハイブリッド開催として実施した。
 本レポートでは、近年大きな注目を集める“看護教育のデジタルトランスフォーメーション(DX)”に焦点を当て、最先端のデジタル技術を活用する看護教育について取り上げた演題の様子を中心に紹介する。

3年ぶりの現地開催を喜ぶ声も多く聞かれた

DXの必要性を多くの人たちが実感し始めた

 1日目に開催された基調講演3(座長:法橋尚宏氏、神戸大学大学院)では、「医療DXの現在地と展望」と題して矢作尚久氏(慶應義塾大学大学院)が講演した。矢作氏は冒頭、日本の医療システムのすばらしさを挙げ、それらのインフラを後世に残す手段としてデジタル技術を提示したうえで、「デジタル技術は決して冷ややかなものではない。うまく利用すれば、患者さん一人ひとりに寄り添う医療も実現できる」と述べた。

 講演中で矢作氏は、電極をつけなくても正確な心電図を取得できる「Apple Watch」の機能や、外科手術のトレーニングに仮想現実(VR)コンテンツを使用する試みなどを例示して「使い手が慣れていない導入初期には負荷がかかるが、業務効率性の向上やリスクマネジメントの観点からはとても便利なもの」と評した。患者の意思決定を尊重し様々な同意を得たうえで、電子カルテなどから蓄積されたデータを統合・管理するシステムもすでに展開されているのだという。患者は自身に関するデータの提供先施設を選択することもできるそうだ。

 デジタル技術を組み込んだ医療システムについて長年研究し続けてきた矢作氏には、自身の研究やデジタル技術の活用について、現在は以前以上に医療業界関係者からの理解を得られているという実感があるようだ。医療におけるデジタル技術の必要性をたくさんの人たちが実感し始めたからこそ、DXの機運が高まっているのだと考えられる。
 矢作氏は、急速なDXに伴い「DX人材とはどのような人なのか」と質問される場面が増えたとも話す。こうした疑問を抱える人たちへ、「仕組みをつくる人材も必要だが、デジタル技術を活用できる人材がいないと何も始まらない。まずは技術をとことん使ってほしい。イノベーション実現のためには、みなさんと一緒に現状を変えていくことが重要」とアドバイスした。

最新技術を取り入れた看護教育の知見を共有

 同じく1日目のメインシンポジウム「デジタルトランスフォーメーション(DX)と看護科学の未来(座長:叶谷由佳氏、横浜市立大学/小池武嗣氏、聖隷クリストファー大学)」では、それぞれ所属施設で仮想現実(VR)システムや人工知能(AI)などを取り入れた看護教育を行う5名の演者が登壇した。

有効な場面にVRを投入して教育効果を得る

 一番手の清住哲郎氏(防衛医科大学校)は、自作したVR教材やメタバースを活用した遠隔での講習会について解説。国際活動やテロリズム発生時、自然災害下といった臨地での経験を蓄積することが困難な防衛医学を教えるうえで、VR教材による時間と空間を超えた体験の有用性が発揮されていると聴講者らに伝えた。
 また、VRの導入に教育効果やコストパフォーマンス、ICTに関する専門知識の面で不安を抱く教育者が少なくないことを受け「教育を全てVR化してしまうのではない。何を教えたいかを明確にし、有効だと考えられる場面にVR教材を組み合わせれば効果が見込める。専門知識がなくても、ホームビデオの編集や一般的なパソコンスキルがあれば教材は作成できる」と話した。

 続く五十嵐歩氏(東京大学大学院)は、開発中のVRを用いた一般向けの認知症教育プログラムについて講演。ある認知症女性の生活をVR教材を通して体験することで、認知症の知識がない一般市民であっても認知症患者への態度がより肯定的になり、支援行動の意図が高まる効果があったと述べた。
 五十嵐氏はVR教材について、今後は認知症だけでなく、様々な生きづらさを抱える人に対するケアの知識を得て活用する力の向上や、支援行動の推進にも活用できるのではと見込んでいる。

所属を越えたコンテンツの共同開発

 織田千賀子氏(藤田医科大学)は、コロナ禍に伴って学びのDXを推進する中で得られた「デジタルコンテンツを活用した看護実践能力向上」への知見を共有した。織田氏が担当する急性期の成人看護学実習では、「臨地実習でないと学べないこと」「短期間の臨地実習で経験できること」「学内実習で補えること」「オンラインで実施可能なこと」についてそれぞれ検討し、臨地実習前後に自作のVR教材を用いた学内実習を行って、術後患者と療養環境についてのイメージを膨らませたり術後観察やアセスメントを行う力をつけたりできるような授業設計に取り組んだ。同時にシミュレータによる看護実践や OSCE(客観的臨床能力試験)なども導入し、「学習の成果がみえてきた」と手ごたえを感じているという。

 髙橋聡明氏(東京大学大学院)は、自身が行ってきた看護教育のDXに関する取り組みとして、「デジタルデータのさらなる利活用」と「拡張現実(AR)や複合現実(MR)を用いた看護教育および実践支援」について講演した。
 髙橋氏によると、エコーやサーモグラフィなどのデジタル画像を用いた観察は患者に負担がかかりにくいだけでなく、データをAIによって自動処理できれば、褥瘡の自動評価や膀胱内尿量、末梢静脈径などが自動測定でき、看護師のアセスメント支援にもつながるという。

 座長でもある小池氏は、VRの導入を始めとした看護におけるDXの現状や、これからの展望などについて、コロナ禍以前から積み上げてきた知見も踏まえて自身の考察を話した。VRの魅力は没入感のある映像によって様々なシチュエーションが体験できることだが、小池氏は現時点で看護教育に活用できるコンテンツが不足している点を指摘。「シミュレーションなど、新しい映像技術や ICTを活用した教材のニーズは高まっており、すぐに活用できるようなコンテンツが望まれている」として、DXの有識者やICTへの関心を持った看護研究者と連携したコンテンツ開発の必要性を示唆した。

 小池氏は他にも、看護教育への活用が期待される様々な機器やソフトを紹介。その使用感や秀逸な点を聴講者らに伝え、「看護教育のDXにも、研究手法と同じで再現性・利便性・汎用性が大切。魅力的かつ新しい看護教育を見出していくため、ぜひ先生方と探求していきたい」と意気込みを語った。 

VRを取り上げた演題が注目を集めた
(写真は12月4日のランチョンセミナー「暗黙知を形式知へ! VRで実現する看護教育の深化と発展」にて撮影されたものです)

もはやDXは身近なものになりつつある

 講演後に行われた座長と演者らによるディスカッションでは、現地、オンラインを問わず多くの参加者から演者らに質問がなされた。また、既にVR教材のコンテンツ開発に着手している指導者の立場として、小池氏が「制作物を他所属の方たちと共有できることが理想だが、予算や著作権など様々な難しい面がある」と制作物の共用について述べ、演者らの見解も募った。

 清住氏は「自分たちは公務員でもあるので、コンテンツの共有は理想的だが現実的ではない。資料作成のように、VR教材も“明日使いたいものを自分たちで今日作る”というスタンスでいる」と回答。一般向けプログラムを開発する五十嵐氏は「作ったプログラムを通して伝えたい内容や使い方を明確に伝えないと、制作者の意図を組んでもらうのは難しい」とし、それらも共有できるような仕組みが求められるとの考えを示した。
 織田氏は他組織への共有について「自分たちは幸いにも母体病院にも基礎教育に協力してもらえている環境。困っている学校があるならぜひ一緒に教材を使ってほしいとは思う反面、著作権のことを考えると一概にOKとも言えない。他の大学と連携協力して制作することで解決していきたい」と話す。さらに髙橋氏は「現状は様々な先生がそれぞれコンテンツを作っているが、これれらの制作物が教科書のように統一されれば、著作権の枠を超えて日本の看護教育の教材として共有できるのでは」と意見を述べた。

 演者らの見解も踏まえ、小池氏は「著作権のような現実的な問題が検討され始めたことは、新しい分野だったDXが身近になっている証拠。まずは皆でコンテンツを一生懸命作って、それから活かし方を考えたり、共有などのルールを検討するなど課題をクリアしていくために(看護教育業界が)走り出したところだと考えている。看護学生が新たなコンテンツで育ち、我々とは違う新たな視点を持つ、可能性を秘めた看護師となる未来が、すぐそこまで来ている」と話してシンポジウムを締めくくった。

リアルなVR教材のデモンストレーションが賑わう

 2日目の昼には、医療教育用VR教材を開発・提供する株式会社ジョリーグッド共催のランチョンセミナー「暗黙知を形式知へ! VRで実現する看護教育の深化と発展」に多くの参加者が集まった。看護基礎教育においてVR教材を取り入れている福岡大学医学部看護学科の大田博氏が講演したほか、東海大学医学部付属病院看護部中央手術室の山崎早苗氏が座長を務め、比良英司氏(島根大学医学部附属病院高度外傷センター)、細木豪氏(同社営業戦略部)が登壇した。
 比良氏はドクターカー内での重症外傷患者への処置を疑似体験し、医師と看護師、救急救命士がどのようにチーム連携しているかを観察できるコンテンツを紹介。実際に体験してもらったうえで、「ドクターカーの中にいるような没入感や見たいところに視線を移せる利便性は、平面のコンテンツにはない」とVRの利点を参加者らに伝えた。

 以下本レポートでは、看護基礎教育におけるVRの活用例として大田氏の講演を紹介する。

VR教材を用いた看護基礎教育に利点を見出す

 大田氏は福岡大学医学部看護学科におけるVR教材を用いた教育や、現在取り組んでいる看護基礎教育に特化したVR教材の開発について論じた。
 同学では2022年の春から、同社のVR教材のコンテンツプラットフォーム「JOLLYGOOD+(ジョリーグッドプラス)」に収録された動画を用いて基礎看護学などの授業を展開している。大田氏によると、VR教材を取り入れた代替実習は、学生の実践への関心や満足度の向上に非常に貢献しているという。臨場感の高いVR動画の体験によって、事象に興味を持ちやすくなるほか、「疑似体験である」という心理的安全性の中でじっくりと学べる点も大きい。もちろん通常の臨地実習と異なる配慮や注意も求められる。学生が楽しく学ぶことが必ず理解につながっているとはみなせないため、授業設計の段階で「どう評価するか」を丁寧に検討することの大切さも指摘された。 

セミナー内でVR教材の活用や開発について論じた大田氏(写真左)、比良氏(右)

開発したVR教材を参加者らが体験する

 「我々はVR教材の効果を実感して、その可能性に期待を持った」と話す大田氏らは、同社と連携してVR教材の共同開発にも踏み切っている。学内でプロジェクトチームを組織し、現在の看護基礎教育でのニーズや汎用性を考慮してVR動画制作を進めた。
 会場では先着100名の参加者に専用ゴーグルを貸与し、大田氏らが作成した動画で実際にVRを体験するデモンストレーションを実施した。

 動画は、人工膝関節置換術を受ける患者の回復過程を「入院時」「術後2日目」「術後5日目」に分け、それぞれに合わせた療養環境を整える視点を看護師目線から学ぶもの。入院患者の療養環境についてアセスメントし、必要な援助を考えるという“基本の基本”を学べるように設計した。
 また、術後の痛みやカテーテル類の留置によって著しく低下した患者のセルフケア能力をアセスメントし、安楽な体位やカテーテル類の管理の視点を学んでもらえるよう工夫されている。患者と看護師が「この後10時半ごろにリハビリ室へ行きましょうね」「歩く練習ができて楽しみです」とやりとりする様子を通して患者の言動や表情に着目したり、ベッドサイド周囲の環境のうち問題がある箇所はどこか制限時間内に回答してもらったりする内容だ。教員が「ここに気が付いてほしいな」と感じる点があれば、映像上に直接マーキングする形で視線を誘導することもできる。

 参加者はゴーグルを装着し、思い思いの方向を向いて臨床現場に近い映像の中に身を置くという体験をした。「その場にいるみたいにリアル」「ゴーグルがちょっと重いかも」など、感想も飛び交った。
 質疑応答では会場・オンライン参加を問わず様々な質問がなされ、「ぜひ学生たちに見せたい」「今日体験させて頂いたVR教材はゆくゆく自分たちも活用ができるのか」といったVR教材への興味関心の高さを感じさせる発言も多く見られた。

写真左から大田氏、比良氏、山崎氏、細木氏

おわりに

 ICTの利活用や最先端の電子コンテンツなどDXを扱う演題は、2日間にわたって多様な発表者が取り上げた。いずれも多くの参加者が知見を得るために聴講しており、今後のさらなる発展や深化を思わせる学術集会となった。

Apple WatchはApple inc.の登録商標です。
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