本記事は、筆者が管理人として運営している『看護系ICT教育コミュニティ』の成人急性期チームでリーダー的役割を担う愛知医科大学医学部シミュレーションセンターの船木 淳講師より提供していただいた資料を代理で解説したものです。オンラインとリアルをうまく組み合わせて代替実習が行われていますので、みなさまのご参考になれば幸いです。
はじめに
某日、周術期の臨地実習が中止となったため、代替実習を行うことにしました。
- ペーパーペイシェントで臨地実習の代替はしたくない
- 学生6-7名全員が同じペーパーペイシェントを受け持つこともしたくない
- 学生に臨地と同じようにベッドサイドで看護を感じ取ってもらいたい
- グループ全員が一同にベッドサイドに行き、学生の代表が看護を実践、他の学生が見学するようなことは何としても避けたい
- 臨地実習と同じように学生自ら電子カルテの患者情報にアクセスしたり、患者の回復過程に応じた看護過程を学生個々で展開させたい
という思いがありました。
また、急性期看護学分野のシミュレーション教育のノウハウを使えば、2週間の看護過程展開ができる代替実習を行えるという確信もありました。
これらのことから、臨地実習と同じように学生自ら電子カルテにアクセスし、患者情報を自ら収集し患者の回復過程に応じた状況をシミュレーションでリアルに再現することにしました。
そうして教育用電子カルテ『Medi-EYE』を用い、リアルシミュレーションと融合してハイブリット方式の代替実習を行ったことにより、無事に実際の臨地実習と同様、患者さんの術前~術後、退院に至るまでの8日間の看護過程を展開することができました。その具体的な実践方法をご紹介します。
代替実習の目標と計画
実習目標
実習目標は以上の通りです。実習目標に向けて可能な限り臨地に近い状態で代替実習ができないかと言うことを考え、プランを立てることにしました。
しかし、周術期看護における看護チームの機能、および多職種との連携・協働の必要性とそのあり方を学ぶという部分については、実際に関わったり連携の場に立ち会える機会がないことから、代替実習で学べることの限界も感じました。
実習計画
学生自らが情報収集できるように、Medi-LX社の教育用電子カルテMedi-EYEを用いた代替実習について考えていきました。
学生は6名いたため3人ずつの2組に分かれ、その際にバディ制度を取り入れ、お互いのベッドサイドの実践を見られるように意図して計画しました。バディ制度とは下図のように、A組の学生と、B組の学生がペア(バディ)となる制度です。
2組の学生がそれぞれ別の患者を受け持つようにするため、学生が臨地で受け持つことの多い疾患をベースに、2つのシナリオを作成しました。
実習スケジュールについては、大学の規定で学内日は週に2日までと決められていたので、オンラインと学内で学生の予定を分け、それぞれの組が術後の回復過程に応じた看護実践ができるように設定しました。
A組の学生が学内の日は、B組の学生はオンラインでその様子を見る、そして翌日は、学内で実施する学生とオンラインで見る学生が入れ替わって実習するようにしました。
代替実習の進め方
「看護上の問題」「1日の行動計画」「看護計画」の立案・実施のサイクル
実習初日はMedi-EYE事例から患者情報の収集、行動計画を立案してもらい、計画した行動計画について個別指導しました。
実習終了後、学生は、夕方から翌朝までの患者の状態を予測して「看護上の問題」や翌日の「1日の行動計画」「看護計画」などを立案し、朝9時までにこれらのデータを教員に送信します。教員は夜間のうちに学生の記録を見つつ患者情報を追記し、毎朝9時にMedi-EYE上の患者情報を更新することで、学生の実践と回復過程に齟齬が起きないように注意しました。
学生は翌日、前日の実習終了後から翌朝までの患者情報をMedi-EYEで確認し、「看護上の問題」「1日の行動計画」「看護計画」を修正し、当日の看護の実践に臨みます。実習が終了したら、前日と同じように夕方から翌朝までの患者の状態を予測して「看護上の問題」や翌日の「1日の行動計画」「看護計画」などを立案し……と、これを毎日繰り返しました。
実践の持ち時間
学生1名の持ち時間は、午前・午後の各20分としていました。
ベッドサイドに行く前に教員と行動調整するのに5分、ベッドサイドの実践を10分としました。この10分は、その日の看護上の問題で優先順位が一番高いものを10分内で実践します。10分立ったところで途中でも時間を切るようにしていました。実践後は指導者への報告を5分行い、その後はバディからのフィードバックの機会も設けました。
ベッドサイドでの実践方法
「思考発話法」を取り入れ、観察や行動内容、思考を声に出して伝えるようにしました。
学内組の学生A(A組)は模擬患者に対し、これから行うことや観察項目を口頭で説明しながら看護実践を行います。学生D(B組)はオンライン上でその内容を観察します。
その間、学生B、C、E、Fには課題などを示し、学内の別室またはオンライン上でMedi-EYEから患者の情報収集や記録整理を行うことで、実習時間を有効に用いるようにしました。
オンライン上での実践方法
逆パターンとして、オンライン上の学生も看護を実践します。たとえばオンライン側にいる学生Bが「ドレーンを見ます」というと、学内にいる学生Aが模擬患者のドレーンの観察を行うというように、学生Aが学生Bの目となり身体となって動きます。
このようにすることで、オンライン上であっても学生Bが模擬患者の観察を行ったり模擬患者の目線に合わせてコミュニケーションを取ったりすることができました。
実践後のカンファレンス
実践を終えると、同じ組の学生が集まってカンファレンスを行いました。カンファレンスの開始時間は臨地実習と同じように毎日15時からと決め、学生が決めたテーマでカンファレンスを実施しました。このようになるべく臨地実習に近い経験となるように配慮しました。
同じ組の学生は同じMedi-EYE事例で実習を行いましたが、カンファレンスでは違った「看護の視点」が出てきました。学生の考えを深めることができるので大歓迎でした。同じ患者に対し学生がおのおの看護を実践し意見交換ができるのは、代替実習ならではだと思います。
バディの変更
慣れてきたところで学生の方から、「他の人の看護も見たいので、バディを変更してもいいですか」という提案があり、日ごとにバディを変更することで、別グループの全員の看護実践を見られるようにしました。
教員・大学院生の役割
シミュレーションを行うために、患者役として1人(2役)、指導者役として3人の大学院生に関わってもらいました。患者役の院生には詳細な情報提供が必要でしたが、時間的に十分な余裕がありませんでしたので、Medi-EYEから情報を見て、最低限演じてほしいこと(例:イレウスになっている際には落ち込んでください)や指導として抑えて欲しい部分を伝えるようにしました。
大学院生の存在は大変助かりました。大学院修了後に院内や大学などで教育に携わることになるため、ここで代替実習を経験してもらうことは院生のためにも良かったと思っています。
教員のN先生は1人で患者役、指導者役、教員役を担いました。患者役の時はお面をつけたり、指導者役の時は学生の緊張を緩和するためにシミュレータ人形を用いたりして、今自分が患者役・指導者役を演じているのか、本来の教員としているのかということが学生に分かるように工夫しました。
代替実習を振り返って
代替実習のメリット
代替実習では臨地実習と違い、学生のベッドサイドでの実践をすべて見ることができるため、学生の理解度などが把握しやすいと感じました。また学生個々に即時フィードバックが行えることは良かったと思います。
学生の思考や気づきを引き出すフィードバックができたことで、学生の思考がより深まりました。
模擬患者への援助を実践する際に、ベッドサイドで涙する学生もおり、臨地実習に近いリアルな状況を再現できていたのではないかと思います。
代替実習で苦労した点
教員側の苦労話としては、多くの人員を要し、常に学生と関わっているため実習記録を見る時間が無く、夕方にはクタクタになっており、少し仮眠して実習記録を読んでまた仮眠して、朝方実習記録を更新するというような状況でしたので、とても大変でした。
代替実習の改善点
オンライン上では看護技術関連の実践はできないと思っていましたので、重要視していませんでした。ですが、チーム医療、多職種連携・協働については、臨床側にもう少し協力を求めてもよかったかも知れないと思っています。
教育用電子カルテMedi-EYEの活用
Medi-EYE使用ルール
Medi-EYE使用のルールとしては、毎朝9時にカルテ情報を更新して情報が見られるようにしました。通常でも夜間は学生はカルテが閲覧できないので、同じ条件としました。
また、Medi-EYEのスクリーンショットは禁止し、院内の看護師と同じように個人情報の保護についてや、Medi-EYEで得た情報は口外しないということで守秘義務の遵守も意識づけました。
また教員自身が作成した事例であるため、間違いなどがあれば速やかに伝えてもらうことにしたところ、思いのほか学生が細かい情報も見ていることが分かりました。
Medi-EYE事例の作成
これが実際のMedi-EYEに登録した事例のカルテです。カルテ作成については臨床から一切のデータを入手することはなく、教員のこれまでの経験をもとに全てのカルテを作成しました。教員の実践知や実践力が問われることにもなったと思います。
Medi-EYE事例への看護記録の反映
Medi-EYE事例は、実際に学生がベッドサイドで患者さんと関わっていた時のことを指導者が見て記載したように作成していきました。
学生は臨地に行った際に、自分の行った実践内容が看護記録に記載されているとチームの一員となったように感じ喜んでいたため、代替実習においても、学生のシミュレーション演習での実践内容を教員がMedi-EYEの診療録に反映させ、学生が看護のチームの一員となれるように工夫しました。
また、学生に考えてほしいイベントは夕方~朝にかけて発生させるように意図的に記載し、朝、学生が情報を収集する際に予測していた患者と異なる状況になっていた時に、臨機応変に看護問題や看護計画を修正できる力を養えるように工夫しました。
代替実習による学生・教員の気づき
学生・教員からはそれぞれ以下のような気づきが得られました。
ベッドサイドでの看護の時間が10分だったのは短かったかもしれないと思っていましたが、時間が限られていることから優先順位を考えながら看護を行うことができたという意見があり、時間設定したことは良かったと思いました。
おわりに
Medi-EYEでの事例作成は最初は大変でしたが、慣れてくるとカルテが完成していく過程も見ることができ、満足感も高まりました。
また臨地実習ができないピンチをチャンスに思考転換したことで、自分自身のシミュレーション教育の幅が広がったように思います。実習に対する考え方としても、ハイブリット方式の代替実習を行ったことにより、臨地でしか学べないこと、臨地でなくても学べること、臨地よりも学べることなど様々な気づきを得ることができました。これらは実習目標や目的に添って学生に必要な学びを明確にしつつ代替実習を設計していることや多くの教員や院生の協力があってこそ実現できたことだと思います。