指定規則の改正を受けた新カリキュラムが2022年4月にスタートを迎える。各看護系大学においては、どのような看護人材の育成が必要とされているのか、自学の特色は何かを考え、悩まれたことと思う。そこで本企画では、各校がどのような意図で、どのようにカリキュラムを編成したのか、執筆の先生の専門領域の特性も交えながらご紹介いただいた。既に新カリキュラムは実施を待つ段階であると思うが、今後の実践・評価・改善に本企画が参考になれば幸いである。
企画:野崎 真奈美(順天堂大学)
改正指定規則を受けての変更点:大学の3つのポリシーの洗練化
神奈川県立保健福祉大学(以下、本学)は、2003年の開学以降、常に理念や教育目的の達成を意識し、カリキュラムの設計、実施、評価というPDCAサイクルを循環させてきた。そのためこの20年間で5回のカリキュラム変更を行い、2022年スタートの新カリキュラムは第6次カリキュラムということになる。第5次カリキュラムは2018年にスタートしたばかりのため、「また変更するのか……」とうんざりした気持ちになったのが本音である。
ところが、公表された「『看護師等養成所の運営に関する指導ガイドラインについて』の一部改正について」(厚生労働省,2020)(以下、指導ガイドライン)の看護師教育の基本的考え方、留意点等を確認すると、その方針・内容ともに、本学が目指していたものと合致しており大幅改正の必要がないことがわかった。そこで、この機会に本学が掲げている3つのポリシー、とくにディプロマ・ポリシー、カリキュラム・ポリシーと実際のカリキュラムとの整合性・一貫性を見直し、洗練化を図ることに取り組んだ。
最終的には、「科学的思考の基盤」や「看護の統合と実践」に関連する選択科目の一部を必修科目へ変更して、卒業要件単位数を増やした(126単位から129単位に変更)。従来からあった「地域看護学Ⅰ」(2年次)を1年次へと開講時期を変更し、「在宅看護学」(3年次)をⅠ・Ⅱに分割し、かつ2単位から3単位へと単位増とした(年次は変更なし)。その他、本学の3つのポリシーに応じて、既存の科目の単位数や開講時期の変更、新たな科目(選択)を置くという調整を行った。
基礎看護学の変更点:科目内容は変更せず、方法を変更
ところで今回の指定規則の改正では、「基礎看護学」の単位数が10単位から11単位に増加の変更が示された。指導ガイドラインの留意点には、「基礎看護学では、臨床判断能力や看護の基盤となる基礎的理論や基礎的技術、看護の展開方法等を学ぶ内容とし、シミュレーション等を活用した演習を強化する内容とする。」(厚生労働省,2020)ことが挙げられた。このことは丁度、本学の基礎看護学において第5次カリキュラムとして力を入れて検討し、授業展開を行ってきたところであったので、今回のカリキュラム変更では、科目内容や単位数を変更する必要がないと考えた。
なお、本学で2018年に基礎看護学のカリキュラムを変更した理由は、今日の保健・医療のしくみの変化であり、具体的には、急性期病院での患者の在院日数が短くなり、学生が実習で患者を受け持つ期間が短くなったことに起因する。つまり、少ない実習時間・短い受け持ち期間のなかで、学生が患者に必要な援助を考え、実施するところまでを経験できるようにと考え、そのためのキーワードが、まさに臨床判断能力、看護の展開方法の工夫、シミュレーション等の活用と考えたのである。
1年次 | 2年次 | 3年次 | |
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専門創造教育科目 | 看護学原論(2) ヘルスアセスメント論(2) 看護技術論Ⅰ(2) |
看護技術論Ⅱ(2) 看護技術論Ⅲ(看護過程)(1) |
看護倫理(1) エビデンスベストナーシング(EBN)(1) |
基礎看護学実習Ⅰ(1) | 基礎看護学実習Ⅱ(1) 基礎看護学実習Ⅲ(1) |
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()内は単位数 |
本学の現在の基礎看護学の科目は、表1に示す通りである。科目名、科目内容、単位数、開講時期(順序性)いずれも標準的であり、特徴としてあげるなら3年次に開講しているエビデンスベーストナーシング(EBN)を置いているくらいのことであろう。ただし、すべての科目の内容に次の科目につながる”のりしろ”的な内容を含んでいること、そして教育方法として常に事例を用いたアクティブラーニングを取り入れていることが特徴であり、工夫点である。
その特徴を最も反映しているのが「看護技術論Ⅲ(看護過程)」である。本科目は、今回のカリキュラム改正の方針が明らかになった時点から、その特徴がより顕著になるように工夫を加えながら、既に授業展開を行っているところである。
看護技術論Ⅲ(看護過程)の工夫点
「看護技術論Ⅲ(看護過程)」(1単位30時間)は、科学的思考に基づく実践過程を技術と位置づけて教授する2年次後期開講の演習科目である。本科目は、本学の第4次カリキュラムの時点で、基礎看護学科目の終盤に位置し、各論科目へとつなげる役割があり、「臨床看護総論」としての知識内容も多く含む一方で、看護過程そのものは、紙上事例にて1例展開するのみに留まっていた。そのため、この科目に続く基礎看護学実習Ⅱ(2単位)では、患者の情報収集に時間を要し、全体像を捉えたところで、患者が退院することになり、必要な援助の実施ができないという事態が多く生じてしまった。
そこで2018年の本学独自のカリキュラム変更の際に、基礎看護学実習Ⅱ(1単位)、基礎看護学実習Ⅲ(1単位)に分け、その2つの実習の「のりしろ」をつなぐ科目として本科目を位置づけ、科目内容を整理した。表2に本科目の授業概要を示す。
本科目の工夫点を以下の3つの点から紹介する。
回数 | テーマ | [授業形式]と授業内容 |
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1、2 | 看護の思考・判断過程の理解 | ・[講義形式] ・看護過程の構成要素の理解(情報収集と全体像は看護技術論Ⅱで説明済) ・臨床推論と臨床判断の概念の理解 ・基礎看護学実習Ⅱでの受け持った事例の全体像の確認と課題提示 ・臨床看護総論の自己学習システム注)活用の説明 注 臨床看護総論の自己学習システムとは、教科書に対応した穴埋め式の問題集を教員が作成し、manaba学習支援システムの小テスト機能を使って学生が解答するしくみである。
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3、4 | 受け持ち事例の看護過程展開 | ・[演習形式:グループ学習と自己学習の併用] ・基礎看護学実習Ⅱで受け持った事例についてアセスメント、看護診断の明確化、目標設定、看護介入の立案、実施(振り返り)、評価を行い、看護過程展開用紙を提出する。 |
5、6 | 医療安全の理解 | ・[講義形式と演習形式の併用] ・医療安全の考え方と技術の理解 ・危険予知訓練、インシデント分析 |
7 | 患者変化に気づくトレーニング | ・[演習形式] ・ある状況下での患者の表情やしぐさ、言葉の変化が映し出された動画を視聴し、クリスティン・タナーによる臨床判断モデルに基づき、気づいたこと解釈したことを学生間で話あう。その後教員から動画を流しながら解説を行う(基礎看護学実習Ⅱで1回目を実施しており、本授業で2回目である。基礎看護学実習Ⅲの直前に3回目を実施予定)。 |
8-14 | 模擬患者事例の看護過程展開 | ・[演習形式:グループ学習] 肺癌の治療目的で入院してきた患者を学生が受け持ち、4日間の看護過程の展開を行う。 ・患者の情報収集は、模擬電子カルテと模擬患者とのコミュニケーションから行う。学生4人に対し模擬患者カルテが入ったタブレット1台が貸し出される。模擬患者は、看護実習室のベッドサイドで臥床しており、学生とはオンラインでコミュニケーションがとれる。学生は、知識の確認や記録のために個人所有または大学貸し出しのパソコンを持参している。 ・患者情報は、授業の回ごとに追加される。例えば、授業8回目は、模擬電子カルテには入院2日目朝までの患者情報が記載され、模擬患者は2日目午前中の状況としてコミュニケーションが行われる。授業9回目は、入院3日目に変わり、授業10回、11回は入院4日目の情報、患者の状況に変更される。 ・入院4日目の患者に、介入計画に沿って、1場面(20分程度)の援助を実施し、その場面を動画撮影する。 ・事例の看護過程報告会を行う。その際に思考過程とともに実施した援助の動画を用いて実施と評価を含めて発表する。 |
15 | まとめ | ・[講義形式] ・臨床看護総論の自己学習システム活用状況の確認とフィードバック ・模擬患者事例の看護過程展開に関するふり返りと補足説明 ・看護過程と看護記録の関連、記載方法 ・基礎看護学実習Ⅲに向けての準備 |
臨地実習での事例を用いて学内演習で看護過程展開を行う
1つ目は、基礎看護学実習Ⅱでの受け持ち患者の情報を用いて学内演習で看護過程を展開することである。臨地実習では看護技術の実施と患者情報の収集、全体像の把握までを行う。その後、本科目のなかで、学生は、受け持った患者事例についてアセスメントし、根拠や理由付けを明確にして介入計画を立てていく。この思考過程を一人で行うのは大変であるのでグループメンバーと共有し、かつ教員の助言を得ながら進めていく。学生は既に臨地実習中に患者への援助を行っており、後からその根拠や理由付けを考えることになるので、看護過程の流れとしては逆転している。しかし、学生が実際の患者のことを思い出しながら立てた援助計画は、具体的でかつ説得力がある。何よりも学生の集中力の高さが、紙上事例の時とは違うと感じている。
臨床判断と看護過程を組み合わせる
2つ目は、臨床判断と看護過程を組み合わせて教授することである。2018年頃、クリスティーン・タナー(Christin A. Tanner)による「臨床判断モデル」への関心が高まり、日本の看護教育での活用が紹介された(三浦,2018)。そこで本科目においても臨床判断を教授することにし、臨床判断モデルを参考にした「気づくトレーニング」を取り入れた。
その理由は、先に述べた基礎看護学実習Ⅱでは、簡単なアセスメントの後、すぐに看護技術を実施することになり、その思考過程が臨床判断モデルと類似しているので、このモデルを使うことで学生の気づきを解釈へとつなげ、すぐに行動することの意味づけが可能になると考えたためである。
実際にやってみると、学生はまず「気づいたところ」に注目して情報収集し、そこから情報収集の範囲を拡げることができ、さらには援助行動を通して省察し、そこから新たな気づきを得るという循環的な思考ができており、まさに小さな看護過程を展開していると感じた。そして、最終的には患者の全体性を捉えた看護過程の展開をスピーディにできるようになったことも確認した。
シミュレーションの活用:模擬電子カルテとオンラインでつながる模擬患者の導入
3つ目の工夫点は、臨地実習での看護過程展開のシミュレーションとして、①模擬電子カルテと、②オンラインでつながる模擬患者を導入したことである。なお模擬電子カルテについては、指導ガイドラインでICT教育の推進が挙げられおり、本学でも模擬電子カルテの導入を検討していたところではあったが、COVID-19による臨地実習の制限に対する対応策として早めの2020年に導入することになった。


オンライン上での模擬患者とのコミュニケーション場面(右)
本学で導入した模擬電子カルテシステムは、病院での電子カルテを模して作り、カルテ、看護フロー検査、指示、患者情報から構成されている。ソフトウエアは業者に作ってもらったが、コンテンツは教員が作成しデータを入力した。その作業はとても大変ではあったが、情報量の多さも、情報を日々更新できることも、臨場感につながっており、よい模擬電子カルテになった。その活用例を表2の「模擬患者事例の看護展開」の欄に記載したので参考にしていただきたい。
また、オンラインでつながる模擬患者を導入した。実際には、本学の非常勤教員1名が患者役になり病室に見立てた実習室のベッドに臥床しており、オンラインのカメラ越しにコミュニケーションができるしくみにしている。学生は、電子カルテ情報を見た後に、必要時オンラインに参加し、模擬患者に質問をして、さらにベッド周辺の様子を観察した。
このように電子カルテの情報と模擬患者を組み合わせことで、学生が臨地実習で情報収集する場面に似せることができた。まさにシミュレーションである。
新カリキュラムの実施に向けて
以上のとおり、2022年の新カリキュラムに先駆けて、本学の基礎看護学では2018年から様々な取り組みを行ってきた。特に近年のCOVID-19の影響で臨地実習が制限されてからは取り組みは加速し、学内演習の工夫、ICTやシミュレーションの活用について積極的に検討してきた。おかげで新カリキュラムのスタートは、準備万全の状態で切れそうである。授業評価を行いつつよりよい教授活動を行っていきたい。

厚生労働省.(2020).「看護師等養成所の運営に関する指導ガイドラインについて」の一部改正について(令和2年10月30日医政発1030第1号).2021. 11. 27,https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T201105G0040.pdf
三浦友理子.(2018).コンセプトに基づいた学習で「看護師のように考える」を支援する②.看護教育,59(12),1054-1060.