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エピソード4 ARを活用した看護技術セルフトレーニング用コンテンツ

エピソード4 ARを活用した看護技術セルフトレーニング用コンテンツ

2022.02.15長島 俊輔,水戸 優子(神奈川県立保健福祉大学)

現実世界とやりとりできるARは技術教育に適している

 神奈川県立保健福祉大学(以下、本学)基礎看護学領域ではICT教育の充実化の1つにセルフトレーニング用コンテンツとしてAugmented Reality(AR) 技術を活用した教育教材の開発を進めている。ARとは拡張現実ともよばれ、デバイスのスクリーン上に仮想現実の映像を映し出し、現実世界に重ね合わせる技術である。使用者はスマートグラスなどを装着することで、デバイス上に表示されるさまざまな情報を現実世界と重ねて見ることができる。
 ARはVirtual Reality(VR: 仮想現実)やMixed Reality(MR: 複合現実)などと並びExtended Reality(XR)という名称でよばれており、XRは昨今のメタバース(仮想空間)の急速な活用により看護教育の現場においても浸透してきている。現在看護教育においてはVR技術による教材が多く、患者や看護師の視点を体験したり、仮想空間の中でコミュニケーションやシミュレーションを行ったりといった教材が開発されている。しかし、VRでは仮想空間でのやりとりに主体が置かれ、現実世界とのリンクは困難である。また仮想空間内での移動を伴うコンテンツの場合にはVR酔いも頻発するため定点からの観察がメインとなる。そのため、現実世界との物理的なやりとりを含んだ活用には、とくにARやMRを活用した看護学教材の開発が必要であると考えている。

ARによる「静脈血採血」セルフトレーニング用コンテンツ

 本学のAR技術を活用した看護技術のセルフトレーニング用コンテンツは、NECソリューションイノベータ―の「現場作業支援ソリューション」のシステム(以下、本システム)をベースに作成した。本システムではさまざまな作業の手順を工程化し、各工程における作業内容や確認事項を画面と音声で指示するものであり、図1のように使用者側はスマートグラスとヘッドセットのハードウェアから構成される。
 使用者はスマートグラスとヘッドセットからの指示内容に沿って作業を遂行し、ヘッドセットマイクの音声認識によって作業完了の確認を行っていく。そのため、使用者は手順の確認をスマートグラス上で行うことができる上にハンズフリーでの操作が可能となっている。本システムでは作業帳票とよばれるExcelファイルで作業内容や工程を自由に編集することができるため、さまざまなコンテンツが作成可能である。

図1 AR教材用のスマートグラスとヘッドセットの一例
(神奈川県立保健福祉大学で導入したEPSON社製のスマートグラスBT-300とPoly社製VOYAGER LEGEND[Bluetoothヘッドセット])

スマートグラス上に透過した表示画面が見える

 本学ではこのシステムを用いて看護技術のセルフトレーニングに活用できるコンテンツを作成した。今回はその中の「静脈血採血」のコンテンツを紹介する。本学では、2年生の看護技術論Ⅱという科目で静脈血採血を学ぶが、その後実習・学内を含め静脈血採血を練習する機会はなく、次の機会は臨床現場での実践ということになる。そこで、本年度の4年生(現在)を対象に、卒業から就職までの期間で静脈血採血のトレーニングができる機会を設け、その場で活用できる教材としてARによるコンテンツを作成した。以下の図2がコンテンツの一画面である。

図2 試作したAR教材の一画面(静脈血採血)
スマートグラス内に表示される画面の一例。本画面が表示されると同時にヘッドセットから説明文が読み上げられる(音声をなしにすることも可)。

 スマートグラス上の表示画面は透過するようになっており、実際には図3のような視界となっている(イメージ画像)。そのため、画面上の情報が表示されていても、視界上は十分に演習ができるようになっている。

図3 スマートグラス装着時の視界イメージ(本写真は合成)

セルフトレーニングのための機能いろいろ

 この画面では文字や写真以外にも作業内容の読み上げも行われており(読み上げの有無や内容についても自由に設定可能)、それらの提示された指示にしたがって学生はセルフトレーニングを進めていく。1つ1つの工程の完了は、ヘッドセットマイクで指示することができ、発話によって次の工程に移っていく。
 なお、静脈血採血のように、採血の成功・失敗によって次の工程が変わってくるような場合は、条件分岐のプラグラムを設定することによって、次に表示させる工程を任意に変化させることも可能である。本コンテンツによる演習では、工程ごとに発話による確認(完了)が必須となるため、1つ1つの工程を確実に実施していくという点において教育効果は高いと考えている。工場などの作業現場を対象とした先行研究では、ARデバイスの活用はヒューマンエラーの減少、作業効率の安定による生産性の向上といった有効性が報告1)されているだけではなく、技術習得の向上についても示唆されている。そのため、看護技術教育への応用についても、そのような効果が期待できるのではないかと考えている。

まだまだ発展途上―今後の展望と課題

 本学のAR技術を活用したセルフトレーニングのためのコンテンツはまだ試作段階であり、教育的効果などは今後研究的な手法も含めて検討していく必要がある。1つ1つの工程をしっかりと確認していくことは、初学者にとっては重要であり効果的な学習法ではあるが、ある程度知識や経験のある者にとっては円滑な演習進行の妨げになることもある。そのため現段階では、技術そのものの難易度が低かったり熟練者に対しての効果は低く、本教材を効果的に活用できる看護技術の範囲は限定されるかもしれない。しかし、初学者が初めて学ぶというタイミングで活用するのは、デバイスへの興味関心も含めて効果的あることを期待している。したがって、対象者を見据えた活用と対象者に合わせたコンテンツの開発は本教材においても核となる課題であろう。また、使用しているデバイスについてもバッテリーの問題や装着時の使用感などまだまだ改善の余地が大きい。技術の進歩とともに日進月歩で開発が進められている分野でもあるので、ハードウェアの進歩も併せて期待したい。

 ARはVRに比べてまだまだ看護や教育分野への活用は少ない。今後は電子カルテとの連動による情報端末としての役割や、MRとしてホログラムを活用した授業教材などの開発につながってくるかもしれない。SFやアニメーションの世界だけだった技術が実際に使えるようになってきた今、新たな活用を見出し看護教育への貢献を模索していきたい。
 

引用文献
1)田淵仁浩ほか:現場作業支援ソリューションのための音声対話型AI帳票.情報処理学会論文誌 8(2):13-23,2018

長島 俊輔,水戸 優子

神奈川県立保健福祉大学

ながしま・しゅんすけ/京都大学医学部人間健康科学科を卒業後、同大学医学部附属病院にて看護師として勤務。その後、京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻の特任助教・助教を経て、2019年より現職。京都大学大学院医学研究科修士課程修了、同研究科博士後期課程修了・博士(人間健康科学)。「異分野とのコラボレーションから看護のイノベーションを目指して研究や教育に取り組んでいます。」

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