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第2回:江戸時代の「はしか」と令和のアウトブレイク

第2回:江戸時代の「はしか」と令和のアウトブレイク

2023.04.06中野 隆史(大阪医科薬科大学医学部 教授)

 こんにちは、とろろです。まだまだ連載手探りの第2回です。前回のお話は新型コロナウイルス感染症による不自由な生活はいつまで続くのかなあ、というものでした。本コラムの執筆時点(2023年3月1日)では、5月になると同感染症は感染症法上の2類相当から5類へと取り扱いが変わるという報道がなされていますね。日常生活はどのように変わるのでしょうか。

徳川宗家は麻疹によって断絶した!?

 さて、巷では松本潤さん演じる徳川家康が主役の大河ドラマ『どうする家康』が放送されていますが、江戸時代にも感染症のアウトブレイクは何度も記録されています。とくに麻疹(はしか)の流行はひどかったようで、江戸時代260年間で麻疹のアウトブレイクは計13回、記録されているそうです。図1は当教室で撮影した麻疹ウイルスの電子顕微鏡写真です。教科書では球形とされていますが、この写真では不定形ですね。そんなところも微生物のおもしろいところですが、それはまたの機会といたしまして、今回は、この麻疹のお話をさせて頂こうと思います。

図1 麻疹ウイルスの電子顕微鏡写真
(提供:大阪医科薬科大学医学部微生物学・感染制御学教室)

 みなさん日本史の授業でご存じの「生類憐れみの令」で有名な犬公方、徳川5代将軍・綱吉は成人麻疹で亡くなっています。図2は徳川将軍15代の家系図です。5代綱吉のあと、6代家宣の子は正室が産んだ女子1人と側室が産んだ男子3人がいたそうですが、つぎつぎと幼死し、残ったひとりの男子である家継がわずか4歳で7代将軍となりました。ところがこの家継も8歳で病死します。彼らの死因はいずれも麻疹であると想像されています。とうとう跡継ぎがいなくなってしまい、紀州から8代将軍として、テレビ時代劇『暴れん坊将軍』で松平健さんが演じて有名になった吉宗が江戸に迎えられることになります。

図2 徳川将軍家略系図
*数字は歴代将軍の代数、オレンジは養子を示す。図には男子のみを示す。
[徳川美術館:尾張徳川家歴代の系図,https://www.tokugawa-art-museum.jp/about/owari-family/,(アクセス日:2023年3月8日)/刀剣ワールド:徳川家康の直系の子孫,https://www.touken-world.jp/tips/79380/,(アクセス日:2023年3月8日)を基に作成] 

 そうなんです、実は家康の直系、徳川宗家は第7代で滅びているのです。歴史の授業で「御三家」というのを習ったことがあると思います。紀伊(現在の和歌山県)、尾張(同愛知県)、水戸(同茨城県)ですね。
 私、個人的には徳川家康は感染症が原因で家系が断絶するのを防ぐため、おのおの離れた場所に息子たちを分散させて住まわせたのではないかと想像しています。もしそれが事実なら、家康は感染症のことをよく分かっていたんだなと感心します。どうする家康、なかなかやりますねえ。いえ、あくまでも想像ですが。。。

「麻疹はいのち定め」

 江戸時代当時、「疱瘡ほうそうつら定め、麻疹はしかはいのち定め」と言われたそうです。ほうそう=痘瘡(天然痘)は当時から死亡率の高い疾患でしたが、治癒すると顔面などに「あばた(痘痕)」を残します。これが「面定め」。しかし、とくに小児の場合、痘瘡より麻疹のほうがより致死的な疾患(=「いのち定め」)であると認識されていたのでしょう。将軍家だけでなく、一般市民にも麻疹は広く流行していたことが分かります。

錦絵が麻疹を防ぐ情報源に

 図3は麻疹を軽くするための言い伝えを記した当時の錦絵です。このような錦絵は、麻疹にかからないための教訓が書かれた情報源として重宝されたと思われます。魔除けとして壁に貼られたのかもしれません。
 この絵は富士山の絵の上に「はしかをば かろくするがの ふじのやま いづれのかみも さわりなすなよ」と詠んでいます。はしかを「軽くする」と「駿河(するが:現在の静岡県)」を、そして「不治の病」である麻疹と「富士山」をかけています。その下では武士が飼い葉桶を子どもの頭にかぶせていますが、これは麻疹にかからない、かかっても軽く済むという、一種の「おまじない」なんだそうです。

図3 江戸時代の錦絵「麻疹を軽くさせる伝」(一松齋芳宗 画)
[伊藤恭子:くすり博物館収蔵資料集(4) はやり病の錦絵,p.78,https://search.eisai.co.jp/cgi-bin/historyphot.cgi?historyid=E01997,(アクセス日:2023年3月7日より引用)]

江戸時代にも漂った「自粛ムード」

 富士山と武士の絵の間に書かれている細かい字をよく読むと、はしかにかからない、かかっても軽くするために食べてよいものや悪いもの、やっていいことや避けるべきことなどがびっしりと書かれています。食べてよいものとしては、かんぴょう、人参、大根、さつまいも、どじょう、こんぶ、たくあんなど、食べてはいけないものは、川魚(鰻など)、梅干し、ごぼう、そらまめ、ねぎ、もろこし、里芋などが読み取れます。

 また、やってはいけないこととして、「房事七十五日、入湯七十五日、灸治七十五日、酒七十五日、そば七十五日、かえ月代(さかやき)五十日」と書かれています。房事とは男女の交わりのこと、かえ月代とはちょんまげを結うために前頭部を剃ることで、今でいう散髪でしょうか。つまり当時、現在でいうところの性風俗店、キャバクラや居酒屋やバー、鰻屋やそば屋などの飲食店、銭湯・サウナ・健康ランド、マッサージ店、理容・美容店などに行ってはいけない、とされたわけで、これらのお店は「商売上がったり」になったことが想像されます。新型コロナウイルス感染症が我が国で流行し出した2020年前半、パチンコ店やライブハウスなどが感染リスクの高い場所としてバッシングを受けたことは記憶に新しく、その頃から始まった「自粛騒動」となんら変わらない状態が江戸時代にもあったと考えると、まさに「歴史は繰り返す」なんでしょうか。

 時は過ぎて2015年、我が国はWHO(世界保健機関)から「麻疹排除国」と認定されました。しかし、麻疹は現在でも輸入感染症としての注意が必要で、時に海外由来株による国内アウトブレイクが見られます。実は、麻疹は今でも有効な抗ウイルス薬は存在せず、重症化すると死亡率が高いので、ワクチンによる予防がたいへん重要な疾患なのです。図4は現在の麻疹に関する啓発ポスターですが、このポスターでも「マジンガーZ」と「ましんがゼロ」をかけて、麻疹が輸入感染症であるとして注意を呼びかけています。掛詞でうまいこと言って麻疹を予防してもらおうとしているのも、ある意味「歴史は繰り返し」ているのかもしれませんね。。。

図4 現在の麻疹啓発ポスター
[厚生労働省:報道発表資料;渡航者向けの「麻しん」の予防啓発活動に「マジンガーZ」を起用,2017年7月27日,https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000172672.html,(アクセス日:2023年3月7日)より引用]

中野 隆史

大阪医科薬科大学医学部 教授

大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)医学部卒業後、同大学院医学研究科博士課程単位取得退学(博士(医学))。大学院時代にHarbor-UCLA Medical Centerに留学。同大学助手時代に国際協力事業団(現・同機構;JICA)フィリピンエイズ対策プロジェクト長期専門家として2年間マニラに滞在。同大学講師・助教授(准教授)を経て2018年4月より現職。医学教育センター長、大学安全対策室長、病院感染対策室などを兼任。日本感染症学会評議員、日本細菌学会関西支部支部長、大阪府医師会医学会運営委員なども勤める。主な編著書は『看護学テキストNiCE微生物学・感染症学』(南江堂)など。趣味は遠隔講義の準備(?)、中古カメラの収集など。

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