今回は原稿執筆時(2024年9月1日現在)、流行が拡大しているマイコプラズマ肺炎についてお話ししようと思います。この肺炎、タイトルにあるように異名(ニックネーム?)が多いんです。今回のおはなしには、マイコプラズマ肺炎に関連する異名がいくつ登場するでしょうか?
不思議な性質をもつ細菌、マイコプラズマ
マイコプラズマ肺炎についてお話しする前に、「典型的な肺炎」について触れておきましょう。通常の社会生活を送っている、免疫系が正常な人に発生する肺炎を市中肺炎と言いますが、その原因としてもっとも多いのは「肺炎球菌」です。戦後すぐあたりのわが国では、市中肺炎の原因の8割くらいを肺炎球菌が占めていたようです。現在はそこまで多くはありませんけれど、おしなべて数えるとまだ1位なのは間違いないでしょう。いわゆる「風邪をこじらせて肺炎になった」という場合の肺炎の典型的な原因菌です。
「典型的な肺炎」の臨床像
この「典型的な肺炎」の臨床像をお示ししますね。肺炎発症の数日前から微熱が出たり咳や鼻水・くしゃみなどが出たりする「感冒様症状」がくすぶっていて、ある朝突然、38℃以上の発熱が出てぐったり、という感じです。それと相前後して痰を伴った、ゴボゴボした咳が続き、典型例では痰の色が「鉄さび様」(医師国家試験のキーワード)となります。
聴診所見ではcoarse cracles(水泡音)と呼ばれる、ブツブツ・ブジブジという感じの音が、どこかの肺野(たとえば「右下肺野」など)に限局的に聞こえます。これ、粘液や膿が肺胞や細気管支に充満していて、息を吸うときにそこに無理矢理空気が入るときに発する音ですから、たとえると水で湿らせたスポンジを口に当てて、息をゆっくりと吹き込んだときに出る音のような感じです。
胸のX線写真を撮ると肺のひとつの「肺葉(lobe)」全体が白く(浸潤影)なっています。いわゆる「大葉性肺炎」です(図1)。さらに治療に関しては普通のペニシリンが有効です。これが典型的な(細菌性)肺炎、つまり「定型肺炎」のパターンなんです。
典型的なものとは「真逆」の肺炎
ところが、このような典型的なパターンを取らない肺炎があることは、昔から知られていました。今でも「非定型肺炎*」と呼ばれることがあります。これ、さきほどの臨床像の逆を言えばだいたい当たります。まず、熱は微熱で、38℃以上まで上がることはあまりなく、最初は体もそんなめちゃくちゃしんどいわけではなく、痰は少ないかほとんど出ない、つまり「乾いた咳」がしつこく続き、聴診所見では異常な呼吸音が聞こえないか、聞こえてもfine craclesと呼ばれる、さきほどのcoarse craclesとは違ってもう少し高くて細かい、チリチリというような音が聞こえます。耳の上の髪の毛を指でつまんで捻ったときに出るような音ということで、「捻髪音」とも呼ばれます。胸のX線写真は多彩な像を取りますが、多くは真っ白な浸潤影ではなくて「すりガラス状」と呼ばれる、淡い影が出ます。それも1つの肺葉を侵すような感じではなく、多くは両側の下肺野に境界不明瞭にみられます(図2)。さらに治療に関してはペニシリンが無効なんです。
すべて定型肺炎とは「逆、逆」を行っていますよね。こういう肺炎の中で、原因不明なものをかつては「原発性異型肺炎(primary atypical pneumonia = PAP)」と呼んでいました。これの原因のひとつがのちになって、マイコプラズマであると明らかになるわけなんです。
目玉焼き状コロニー
この原発性異型肺炎、当初はウイルスが原因だろうと思われていました。しかしテトラサイクリンなどの抗菌薬が有効なので、ウイルスなのに変なやつだなあということで、とりあえず人の名前を取って「イートン因子(Eaton agent)」といわれていた時代があったようです。その後、培地が工夫されて(現在のPPLO培地)、分離培養ができるようになりました。
図3は1962年にChanockらが初めて分離培養に成功したことを報告した論文の表紙と、その論文に掲載されているコロニーの写真です。マイコプラズマ属の細菌は「目玉焼き状」のコロニーになるというのは有名な話なのですが、肺炎マイコプラズマMycoplasma pneumoniaeはこの写真のように、目玉焼き状にならないこともあるということです。
国立感染症研究所が出しているマニュアルに掲載されている典型的な「目玉焼き状コロニー」の写真もご紹介しますね(図4)。ただし、非常に小さいコロニーなのでもちろん肉眼での観察は不可能で、観察するには100倍程度の実体顕微鏡が必要です。というわけで、ニックネームのひとつめは「目玉焼き状コロニー」です。
細菌・マイコプラズマの特徴
マイコプラズマというのはとても不思議な細菌で、細菌ならあまねくもっているはずの細胞壁がありません。そのため、丸い菌が「球菌」、長細い菌が「桿菌」という常識が通用せず、形が決まらない「不定形」なんです。さらに大きさは細菌にしては非常に小さく、大きめのウイルスと同程度の数百ナノメートルくらいです。私たちが実験室で、たとえば熱で変性してしまう細胞培養用の培養液などをろ過滅菌するために使っている「メンブレンフィルター」のポア(孔)径は普通、0.22マイクロメートルとか0.45マイクロメートルくらいなので、普通の細菌はトラップできてもマイコプラズマは簡単に通り抜けてしまいます。そのため、細胞培養でいろんな種類のマイコプラズマの汚染が問題になることもあります。
余談ですが、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)がわが国でも問題になった2020年初頭、国立感染症研究所が国内の研究施設が、実験研究や検査に活用できるよう、いち早く分離したSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)武漢株を提供してくださいました。当教室もこの恩恵にあずかれたのですが、このサンプル、マイコプラズマのコンタミネーション(混入)があることはあらかじめ承知の上で、緊急的に分譲されたのでした。
歩く肺炎
さて、この細菌が原因で起こるマイコプラズマ肺炎、患者の年齢のピークは7~9歳の学童期にあることは有名ですが、実際には幼児期から青壮年期まで幅広く感染します。一方、新生児や老人にはまれです。つまり患者さんは若い人が多く、もともと活動的であるとともに、発症初期はめちゃくちゃしんどいことも寝込むほどのこともなく、乾いた咳をしながらも仕事や学校を休まず出歩くことが多い印象です。職場やクラスで流行していることに気づいたときにはもう、多くの人が罹っている、という感じになります。これ、マイコプラズマ肺炎を英語でwalking pneumonia、まさに「歩く肺炎」といわれるゆえんです。これが2つめのニックネームですね。ただし、重症になる人もいるので油断は禁物です。
オリンピック肺炎
またこの肺炎、流行する年は大流行しますが、流行しない年では患者がほとんど見られないという、波があることもよく知られています。そしてその周期が、1980年、84年、88年と、4年ごとになっていて、さらにちょうどオリンピックが開催される年にピッタリ一致していたために、「オリンピック肺炎」の異名で呼ばれることもありました(当時は夏季オリンピックも冬季オリンピックも同じ年に開催されていた)。これが3つめのニックネームですね。
しかし、別にこれ、オリンピックがあったから、というのが理由でもなんでもなく、あくまでも偶然に一致していただけでして、1988年以降、この「4年ごと」の周期性は見られなくなりました。ただ、流行する年としない年があることは相変わらずでした。そして今年、奇しくもパリオリンピックが開催された2024年にまた流行がみられています。
マイコプラズマ肺炎の診断法と治療
さて、診断法ですが、肺炎球菌のように痰をグラム染色して顕微鏡で見ても何も見えませんし(これも「非定型肺炎」の特徴のひとつ)、培養も時間がかかるのであまり役に立ちません。昔は非特異的な寒冷凝集素や、特異的なIgM抗体を検出するなど、血液検査で診断するしかなかったのですが、今では咽頭ぬぐい液を使った核酸増幅法(PCRやLAMP法)や、最近では迅速抗原検出キットも使えるようになりました。これも改良が加えられて、感度もおよそ8割以上と、実用的なレベルまで上がってきています。しかし、呼吸器感染症の専門家に聞いてみると、マイコプラズマ肺炎診断のキモは、「今、マイコプラズマ肺炎が流行しているかどうかを知っておくこと」なんだそうです。流行する年としない年が極端に分かれるという特徴があるからなんですね。
また治療ですが、上記で申し上げたとおり、マイコプラズマは細胞壁をもちませんので、細胞壁合成阻害薬であるペニシリン系やセフェム系の抗菌薬は使えません。これも一般的な非定型肺炎の特徴のひとつですね。子どもが罹ることも多いので、治療は副作用が比較的少なくて経口薬がある、マクロライド系の抗菌薬を使います。
ところが近年、マクロライド耐性菌も出てきています。そうなると、テトラサイクリン系抗菌薬しか使えなかったんですが、これを子どもに使うと生えかけの永久歯に黄色い線が入ったり、骨の成長に影響があったりすることもあり、なかなか使いにくい状況でした。現在ではニューキノロン、とくにレスピラトリーキノロンといわれる、呼吸器感染症に使える内服のお薬が出ています。ただ、なんでもかんでもマイコプラズマ肺炎を見たら耐性菌だと思って治療をするというわけではなく、まずマクロライドから開始して、2日ほど経って回復傾向になかったら、耐性菌を疑って治療薬を変える、というのが一般的な治療方針だと思います。耐性菌は増殖速度が遅いので、それからでも間に合う、という考え方かもしれません。
今年(2024年)の夏は手足口病やヘルパンギーナも流行しました。この数年間、COVID-19のためにみんながマスク生活をしていたため、飛沫感染する感染症のほとんどは流行がなく、そのため集団免疫が得られていない可能性があります。そのような状況下で、他の感染症とともにマイコプラズマ肺炎も出てきた、ということが予想されます。ウルトラマンではないですが、「帰ってきたオリンピック肺炎」、という感じですね。これからしばらく、いろんな感染症に注意すべきと考えます。みなさんもお気をつけくださいね。