本連載第1回で歯周病と早産・低体重児出産との関連性を論じましたが、近年、歯周病と全身的な疾患との関わりがクローズアップされて「歯周医学」と呼ばれ、注目されています。
そのメカニズムは歯周病菌やその構成物が歯周ポケットで炎症を起こし、血管に侵入することで始まります。そして菌や産生した毒素(菌表層の内毒素など)が血流に乗って全身を巡り、サイトカインやケミカル・メディエーター(PG、IL等の生理活性物質)を賦活化させて身体各所で悪影響を及ぼします。
今回は歯周病と動脈硬化や肥満に焦点を当て、その関連性について解説します。
歯周病菌は動脈硬化の一因となる
動脈硬化症は動脈壁に変性したコレステロールなどが蓄積し、血管が硬くなって弾力が失われた状態をいい、心筋梗塞や脳梗塞などの重篤な疾患のリスクも伴います。
●エビデンス
2001年に東京歯科大学の奥田克爾教授らのグループは、動脈硬化を起こしている血管内壁から歯周病菌であるトレポネーマ・デンティコーラのDNAが検出されたことを研究報告しました1)。
さらに、奥田教授も携わった心臓外科センターとの共同研究によって、心臓の冠動脈疾患の病変部位や動脈壁プラーク(血管内壁に付着したプラーク)から歯周病菌の主原因であるポルフィロモナス・ジンジバリスを含む数種類の細菌のDNAも検出され、P. ジンジバリス等の検出率は、歯肉下のプラークにおけるP. ジンジバリス等の存在と相関していました2)。
これらは、歯周ポケットの細菌が血液中に入り込んで血管内壁にバイオフィルムという塊を形成し、動脈硬化の誘因になっている可能性を示唆しています。
歯周病菌と脂質異常症
脂質異常と動脈硬化に密接な関係があるのはよく知られています。
●エビデンス1
2017年に米コネチカット大学の研究グループは、動脈硬化症患者のアテローム(血管内膜の病的なこぶ)から歯周病菌由来の脂質を発見したことを報告しました3)。
この研究グループは、頸動脈内膜剥離術を行った患者から採取したアテロームを分析し、バクテロイデス門というグループに分類される細菌に由来する脂質を発見しました。バクテロイデスは歯周病菌の一種であり、歯周病菌が動脈硬化を進行させる一つの要因になっていることが示唆されました。
●エビデンス2
また、2018年に寺田裕氏らが報告した研究4)では、脂質異常症患者における残存歯数および重度歯周炎と頸動脈内中膜の厚さとの関連性を調べました。
その結果、脂質異常症患者においてmax-IMT(頸動脈の内膜中膜複合体の厚さ)の肥厚と喪失歯数の増加、あるいは重度歯周炎の存在の間に関連が示唆されました。max-IMTが1.1㎜を超える群では、歯周ポケットの深さが6㎜以上の重度歯周病の人の割合が有意に高くなりました(図1)。
肥満とメタボリックシンドローム
「肥満」とは正常より体重が多くて体脂肪が過剰に蓄積された状態をいい、日本人ではボディマス指数(BMI):[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗] が25以上になると肥満と診断されます。
また、腹の周りの長さを表す「腹囲」は内臓脂肪の蓄積の程度を示す重要な指標であり、日本人女性の場合は90㎝以上、男性の場合は85㎝以上で内臓脂肪型の肥満リスクが高まるとされています。
日本人の肥満率は欧米諸国に比べると低いですが、昨今のファストフード市場の盛況やコロナ禍以降のライフスタイルの変化による運動不足などの影響もあり、肥満者の割合は増加傾向にあります。
肥満に関連したメタボリックシンドロームにより動脈硬化のリスクは上昇し、このような患者の増加による医療費の増大は大きな社会問題にもなりつつあります。
肥満と歯周病の関係
近年、肥満と歯周病の間に相関関係があるという研究結果が、国内外からいくつも報告されています。
●エビデンス
1998年に九州大学の研究チームが福岡市健康づくりセンターにおける241人の健診結果から、肥満と歯周病の関連について調査を行いました5)。その結果、歯周病リスクはBMIが20未満の人を1とした場合、BMIの増加に伴って上昇し、BMIが30以上の肥満度2度以上になると8.6と高い数値を示しました(図2)。
●メカニズム
肥満が歯周病に影響を及ぼすメカニズムとして、脂肪組織から分泌されるサイトカインやホルモン(アディポサイトカイン)などの作用が考えられています。
例えば、肥満状態にある人のTNF-αやIL-6の血中濃度は健常な人よりも高値であると言われており、これらの炎症性サイトカインが増加すれば、歯周組織の破壊が進んで歯周病が悪化する可能性が高くなります。
また、歯周病による炎症性サイトカインの影響で脂肪細胞が脂肪を蓄えやすくなるほか、歯周病による歯の不健康から食生活が乱れ、肥満を助長する可能性も考えられます。
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当院に入院していたNさん(女性、60歳代)は身長は150㎝ほどですが、体重が110kgを超えて足に負担がかかり、膝の関節炎が起きていました。入院前より歯ぐきがよく腫れるとのことで、歯科受診も希望されました。
歯石が多く重度歯周病があったため、定期的な歯科衛生士による口腔清掃(歯石とり)や歯磨き指導、歯科医師による消毒用含嗽薬(うがい薬)の処方などで歯周病をコントロールしました。入院中はカロリー計算された食事で体重減少とともに膝の炎症は落ち着き、当初は赤みを帯びて腫れ気味だった歯ぐきもピンク色の引き締まった歯ぐきに回復しました。退院された現在も定期的に歯科健診で受診されて良好な歯ぐきを維持されています。
肥満やメタボを防いで、健康な歯ぐきでおいしく食事したいですね。
【引用文献】
1)Okuda k, et al: Detection of Treponema denticola in atherosclerotic lesions. J Clin Microbiol 39: 1114-1117, 2001
2)Ishihara K, et al: Correlation between detection rates of periodontopathic bacterial DNA in carotid coronary stenotic artery plaque and in dental plaque samples. J Clin Microbiol 42(3):1313-5, 2004
3)Reza Nemati, et al: Deposition and hydrolysis of serine dipeptide lipids of Bacteroidetes bacteria in human arteries: relationship to atherosclerosis. J Lipid Res 58: 1999-2007, 2017
4)寺田裕他:脂質異常症患者における残存歯数および重度歯周炎と頸動脈内中膜圧との関連性.日本歯科保存学会61(2):132-144,2018
5)Saito T et al: Obesity and periodontitis. N Engl J Med 339(7): 482-483, 1998
【参考文献】
1)日本歯周病学会編:歯周病と全身の健康,2015