2023年6月23日にLGBT理解増進法が施行されました。性の多様性に関する社会の理解が少しずつ進む一方で、当事者の方の困難や生きにくさはなかなかなくなっていないと聞きます。国民の健康を支える医療者を育成する看護基礎教育においても、理解を広めることが求められているものと思います。
そこで今回は、当事者等に対する法整備を求めてきたLGBT法連合会の代表理事でもある大手前大学の藤井ひろみ先生に、性の多様性に関する基礎知識や現状の課題についてご寄稿いただきました。(NurSHARE編集部)
SOGIEをかたちづくる性的指向と性自認、性表現
昨今「多様性=ダイバーシティ」、という言葉をよく聞くようになったかな、と感じますが、中でも今回お話しする「性=セクシュアリティ」の多様性について理解するには、性的指向:Sexual(セクシュアル) Orientation(オリエンテーション)、性自認:Gender(ジェンダー) Identity(アイデンティティ)、性表現:Gender(ジェンダー) Expression(エクスプレッション)の頭文字をとった、性のあり方を示すSOGIE(Sexual Orientation, Gender Identity, Gender Expression、図)を頭に置いておくとよいと思います。
性的指向とは、恋愛感情や性的な感情が向かう対象が、どの性別に向いているかを表す言葉です。他方で性自認あるいはジェンダーアイデンティティとは、出生時に与えられた性別(生まれたときの性別)に対して、その人自身が自分の性別が何であるかと自己認識する性別のことです。これが生まれたときの性別とは違う場合は、「性別違和(せいべついわ)」感があるということになります。性表現は、自分の性別が何であるかという本人の感覚を表現することで、たとえば、性別トイレのどちらを選んで入るかなどがあります。
生まれたときの性別と性自認が違ったり、性的指向が同性愛や両性愛であったりすることは、異常なことではなく、すべてが多様な個性であると世界の多くの国や専門機関は捉えるようになっています。社会の中に異性愛指向の人と同性愛指向や両性愛指向の人が平等に共存できることが、そもそも健全な社会であると考えられているのです。また性的指向、性自認、性表現は、不変のものではなく、変化したり揺らいだりすることがある場合もあります。こうした過程もその人らしさを形作っていきます。
さまざまなセクシュアリティ
多様な性について示すとき、日本ではLGBTQ+などの言葉もよく使われます。レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)と、クイア(Queer)あるいはクエスチョニング(Questioning)の頭文字をとったもので、その他にもさまざまな多様な性があることを表すために「+」をつけます。
レズビアンとは女性の同性愛者、ゲイは男性の同性愛者、バイセクシュアルは両性愛であるすべての人を指し、トランスジェンダーとは出生時の性別に違和感を持って男性から女性へ、あるいは女性から男性へ、または2つ以外の性別へと、自分に与えられた性別を超えていこうとする人を意味します。クイアとは、かつては蔑称であった言葉を逆転させ、プライドを高揚させる言葉として再評価され使われるようになったもので、「CoolでNice、しかし差別の歴史を生き抜いてきたサバイバー」というようなニュアンスを含んだ、性的に多様な生き方をする人を指します。クエスチョニングとは、性的指向や性自認について決めていない・決めたくない人などを含んだ用語です。また他にも性的少数者という言葉も見ることがありますが、正確を期すならば、主に性的指向が少数派である性的マイノリティと、性自認に関して性別違和があるジェンダーマイノリティという風に、用語を分けることも増えています。
婚姻の可・不可が届け出上の性別で変わってしまう
その人がどのような性的指向かを示す場合は、自分の性自認と恋愛感情などが向かう相手の性自認が同性であれば同性愛、異性であれば異性愛と言います。たとえば、生まれたときの性別は男性で、性自認が女性、好きになる相手は女性、という場合は、その人は「同性愛(レズビアン)」ということになります。日本では同性婚が認められていませんが、この例の場合では、法的には自身は男性、相手は女性であるので、法的には結婚できます。また、2003年に作られた「性同一性障害者の性別の取扱いに関する法律」により、一定の基準を満たしている裁判所に認められた場合は、法的な性別の変更ができます。このため、先ほどの例に挙げた人が性別変更をしたあとは、同性婚を認める法律がないと、同性である相手との結婚はできなくなってしまいます。なお、先ほどの例の人が性別変更をする前に結婚すると、結婚後は性別変更ができなくなります(注)。
このように、同性愛者の結婚が届け出上の性別でできるかどうか決まってしまうことや、そもそも異性愛者と同じように同性愛者が結婚できないことはおかしい、として、婚姻の平等を求める声は大きくなってきます。世界を見ると、経済的に豊かとみなされる国において同性婚を実現していないのはロシア、中国、日本のみです。
言葉を知ることで社会にある困難や生きづらさを知る
このように日本には、性指向や性自認の多様な人々が生活をしていくことを想定した法律や制度がまだほとんどないため、当事者の困難や生きにくさが社会的課題となっています。「性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備のための全国連合会(略称:LGBT法連合会)」が作成した『性的指向および性自認を理由とするわたしたちが社会で直面する困難のリスト(第3版)』には、354個もの困りごとが挙げられています。
その中には、医療従事者の偏見によるものも多く、HIV陽性者が歯科の受診を断られた例や、「見た目の性別と身体の性別が違うことを奇異に見られる」「受付で戸籍上の名前が呼ばれるため受診しづらい」「医療機関で『彼氏はいるのか』など性別を決めつけられた世間話をされる」「(緊急連絡先など)同性パートナーとの家族関係を伝えられない」などがあります。
医療従事者が性的指向、性自認、性表現(SOGIE)やLGBTQ+という概念や言葉を知ることで、こうした社会課題の解決につながる可能性があります。言葉を知ることは、語りあう力の基本になります。LGBTQ+という言葉は流布しましたが、現実には華やかな情報だけではなく、差別があることも知り、ポジティブな言動で、多様性を受け入れ平等で成熟した社会へと、変化させていくことに一人ひとりが貢献できます。インターネットの中には、偽の情報や誹謗中傷が多くみられます。性の多様性についても例外ではありません。真実の姿を知り、学べる機会が重要ですが、本稿がその一つになれば幸いです。
1)はたちさこ、藤井ひろみ、桂木祥子:LGBTサポートブック,保育社,2016
2)性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備のための全国連合会:性自認および性的指向の困難解決に向けた支援マニュアルガイドライン, 一般社団法人社会的包摂サポートセンター,2016
3)JSPS科研費「性的指向と成人の人口学」「働き方と暮らしの多様性と共生」研究チーム:大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」報告書(単純集計結果),2019,〔https://www.ipss.go.jp/projects/j/SOGI/%EF%BC%8A20191108%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E6%B0%91%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%EF%BC%88%E4%BF%AE%E6%AD%A3%EF%BC%92%EF%BC%89.pdf〕(最終確認:2024年10月8日)