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広がるコミュニティナースの輪 蕨戸田市医師会看護専門学校

広がるコミュニティナースの輪 蕨戸田市医師会看護専門学校

2022.05.26NurSHARE編集部

これまで2回にわたり本サイトで紹介してきた、地域に根差した新たな看護のかたち「コミュニティナース」と、それを広める看護学生らの取り組み「全国ぶっコミプロジェクト」。看護学生が自分のやりたい看護は何か考えられるようなきっかけを作りたい、と活動を続ける彼女たちの姿は、看護教員や学生らの目にどのように映っているのでしょうか。

※「全国ぶっコミプロジェクト」および「コミュニティナース」についての詳細は、上記記事をご覧ください。
 

パワフルな看護学生に感銘を受ける

 書籍『コミュニティナース|まちを元気にする“おせっかい”焼きの看護師』(矢田明子著)を全国各地の看護学校に届け、学生らが自身の看護実践の仕方について考えるためのきっかけづくりを進める「全国ぶっコミプロジェクト」。この活動にエールを送る看護教員のひとりが、蕨戸田市医師会看護専門学校(埼玉県戸田市)で教務主任を務める加藤久美子先生だ。

蕨戸田市医師会看護専門学校

 2021年9月度の埼玉県高等看護学校教務主任協議会で、同プロジェクトのリーダーを務める總山萌(ふさやま・もえ)さんを知った。總山さんはコミュニティナースの紹介と書籍の贈呈について案内するため、Zoomをつないで同会に特別参加していた。大学を一年留年して「自分が看護師として目指す将来の方向性」について考えたこと、コミュニティナースこそが自分の理想に合致する看護の在り方だと感じたこと、実際の活動を通して得たもののことを語る總山さんに、心を動かされた。県内看護学校のベテラン教員たちが集う場においても堂々と、かつ愛嬌たっぷりに生き生きと伝える姿。看護学生が自分の意思でここまで真剣にキャリアを考え、行動して道を切り拓いているのか。パワフルな学生の頑張りに驚きと感動があふれた。

コロナ禍で元気をなくした学生に声を届けたい

 加藤先生は、總山さんの存在やコミュニティナースの考え方に強い希望を感じたのだという。その理由のひとつが、2020年より国内でも未だ感染者を増やし続けるCOVID-19の影響だ。
 いわゆるコロナ禍の中で、看護学生たちの学びのあり方は大きく変容した。本来ならばじっくり時間をかけて取り組むはずの臨地実習は、満足に行えず学内演習での代替が増えた。対面だった授業はオンライン中心の形式に変わり、学校で毎日顔を合わせるはずのクラスメイトとは何ヵ月も会えない時期が続いた。これまでにない事態を受け、自分の学びに不安を覚えたり、友人と共に学べない状況に孤独感を抱いたりする学生も少なくなかった。

 コロナ禍は学生のモチベーションにも大きな影響を及ぼした。「学習についていけない」「看護師になれるかどうか、あるいは就職してうまく働いていけるのかどうか、将来に希望が持てない」などといった理由で、かつて胸に抱いていたはずの“看護師になる”目標を見失ってしまう学生が増えた。メンタル的に不安定になり、フォローが必要な学生もいた。以前と比べて元気がなくなっている。加藤先生の目には、ネガティブな感情に苛まれる彼らの姿がはっきりと映っていた。どうにかして励ますことができないだろうか。焦燥感を抱いていた時に出会ったのが、總山さんだった。

 同じ看護学生という立場ながらやりたいことを見つけ、未来に向かって努力する總山さんの姿を通して「自分も頑張ろう」という気持ちになってくれるかもしれない。病院の外で地域に寄り添い住民を看護する、という働き方ができることを知り、不安を覚える資格取得後の将来像に光を見出してもらえるかもしれない。そんな直観と願いから、さっそく個人的に總山さんに連絡を取った。
 「当校の中でも今一番元気のない2年生たちに、ぜひ講演をして頂けないでしょうか」。入学当初からコロナ禍に翻弄され続けてきた年次の学生らに、明るい声を届けてほしいと伝えた。ぜひにと喜んだ總山さんから、同校近隣の蕨市でコミュニティナースとして活動する辻由美子さんを紹介された。辻さんの経験談や日頃の取り組みを聞いていくうち、彼女の底抜けに明るいキャラクターや活動への情熱にも惹かれるようになった。辻さんにも同校での講演を依頼し、快い承諾を得て、地域・在宅看護論の1コマを用いた特別講演会の開催が決まったのだった。

看護学生たちの心に差した光

 当日は總山さんとZoomをつなぎ、辻さんを自校に招いた。二人は同校の2年生50人の前で、コミュニティナースとして実践する看護の楽しさやそこに行きつくまでの自身の生き様、学生らに伝えたい思いの丈を語った。

学生らの前で話す辻さん
(この写真は2022年3月に実施された同校4年生への講演時に撮影したものです)

 總山さんは「かつての自分がコミュニティナースという看護実践に看護観を変えられたように、同じ看護学生の方が看護師としてこれからどう人生を歩んでいくのか考えるきっかけとして頂けたら」と挨拶。看護の専門性を楽しんで発揮するコミュニティナースたちの姿を見たり、自身が街に出て出会った人たちとのふれあいややりとりを経たりして感じたことを伝え、「看護を学んだ人はいろいろな環境で活躍できる、可能性を無限に秘めた人。せっかくなら、“看護という手段”を使って自分はどう楽しく生きていくことができるか考えてほしい」と明るい言葉を紡いだ。
 辻さんは苦しんだ自身の過去を引き合いに出し、学校や医療施設の外へと視野を広げ、本当になりたい自分になれるよう、気持ちに素直に従ってみてほしいと語りかけ、講演会を締めくくった。

 彼女たちの講演は、学生らの心にも強く響いた。講演終了後に同校が実施したアンケートには、学生が感じた率直な気持ちが記されている。

「ずっと看護師になるのが夢でしたが、いざ学校に入ってみると思い描いていたものと現実とのギャップにショックを感じました。やめたい、逃げたい、辛いと思ったことは何度もあります。でも、今日のお話を聞いて、看護にはいろいろな道があるのだと思うことができました」
「自分もぜひインターンをしてみたいと思いました。まずは挨拶から実践したいです」
「勉強が苦手で、このままで本当に看護師になれるのか日々悩んでいました。でも、講演を聞いて、自分の未来についてしっかり考え直してみたいと思えました。二人のような、良い看護師になりたいです」

 加藤先生の直観は当たった。萎んでいた学生たちの心は、もう一度前を向きつつあった。

広がるコミュニティナースの輪

図書室の目につきやすい位置に書籍『コミュニティナース』を展示した

 同校の図書館に足を踏み入れると、すぐ目に入る位置に『コミュニティナース|まちを元気にする“おせっかい”焼きの看護師』が展示されている。「全国ぶっコミプロジェクト」からの寄贈を受けた際に同封されていたコミュニティナースについての案内も隣に掲示し、興味を持った学生がQRコードからすぐにアクセスできるようになっている。
 寄贈分とは別に購入し、合計2冊を校内にそろえた。講演を聞いていない学生にもコミュニティナースについて知ってほしいと願う加藤先生の思いだ。
 同校は2022年3月、最上級生の4年生に向けても講演聴講の場を用意。前回と同じく總山さんと辻さんが登壇し、社会人生活のスタートを間近に控える学生らへもエールを送った。

同じ学生の立場である總山さんの話に聞き入る
(この写真は2022年3月に実施された同校4年生への講演時に撮影したものです)

 “医療機関の外”で看護を実践し、医療機関の一歩手前で人々の健康を守る「コミュニティナース」。看護職が秘めていた可能性を学生自身が切り拓き、そこで感じたことを別の学生にも伝える動きによって、看護のあり方にも新たな道が生まれつつあるのではないだろうか。

フリーイラスト

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