はじめに
本校は、福島県の西側に位置する会津地方の中心都市・会津若松市にあります。会津若松市は鶴ヶ城・白虎隊に代表される歴史・伝統・文化が今も息づく城下町です。磐梯山や猪苗代湖など豊かな自然に恵まれた「米どころ」「水どころ」でもあり、日本酒の美味しさにも定評があります。肥沃な大地と清廉で豊富な水、盆地特有の寒暖差の大きい気候など、会津地方全体が農業に適した土地であり、現在も農業が盛んです。一方で、13の市町村からなる会津地方は、会津若松市など3町村を除くすべての自治体において、高齢化率が40%を超えています。そのため農業を支えているのも65歳以上の方が中心です。
この会津地方で、90年以上前に「会津の地に最高の医療を」という夢を追い求め、「虹を追う人」と呼ばれた竹田秀一氏が創立した竹田綜合病院の下で、本校は運営しています。創立者の想いを96年間引き継いできた同院は、地域との信頼、人と人との信頼を大切にしてきました。「あたたかい心とたしかな医療」を実践することが病院の使命であり、本校の教育理念につながっています。
カリキュラム改正にあたって目指したこと
2022年度のカリキュラム改正にあたり、新しい科目である地域・在宅看護論について、どのような学びを目指すか検討を重ねました。
本校が期待する卒業生の人物像のひとつは、「地域に貢献できる人」であり、これには“人々の生活に関心を持ち、地域で活躍できる人材を育てたい”という目標を含んでいます。一方「地域・在宅看護論」は、対象を地域で生活するあらゆる人々に焦点化させています。病院中心での活躍を期待したカリキュラムから、地域のあらゆる場で活躍できる看護師の育成をめざすよう変革が求められていました。そこで、早くから地域で生活している人々と交流し、それぞれの生活の場や価値観を知ることができるような実習の実現を目指しました。そして、学生が実習をスタートする場を病院から地域に変更しました。こうして新設したのが、次に述べる「地域在宅看護論実習(生活者の理解)」です。
「地域在宅看護論実習」の実際
「地域在宅看護論実習ⅠA」の概要
田植えへの参加
まず同科目において、カリキュラムとして、会津地方の特色に直結する「田植え」に参加することを決めました。会津若松市の周辺地域は田んぼが多く、「田んぼに水が入ると地域の気温が低くなる」というのは、会津地方に古くからある住民の健康にもかかわる情報です。また、農家の作業は高齢者が中心であり、機械化が進んでいるとはいえ重労働ですので、自己の健康管理は必須です。しかし、農家の方は、病気の治療でさえも農繁期は避ける傾向にあります。そのような方々の生活を知るために、農作業を手伝いながら交流できる方法を検討し、田植えの実習(図1)を取り入れました。
会津地方では5月に田植えが行われます。その作業は機械で植え付ける方法が主ですが、学生たちは手植えを体験させていただいています。種から育てた苗を運び、苗を田んぼに投げ入れ、受け取った苗を手植えする。私自身も学生と共に実習に行き、農作業の大変さや奥深さを改めて知ることができました。それらの作業を共にすることで、農家の方々と交流できて、「朝は何時に起きるんですか?」「睡眠時間はどれくらいですか?」「楽しみはありますか?」など、学生から質問が出るようになりました。農家の方々は、戸惑いながらも、作業終了時には学生の質問に次々と答えてくれて、健康管理の方法も教えてくださいました。教員は、作業を共にすることで農家の方と学生の心が通い合う瞬間を見届けられたとともに、学生の若いパワーが農家の方々の疲れを癒すような時間を感じることさえできました。
過疎地域の地域包括ケアシステムを学ぶ
「地域在宅看護論実習ⅠA」のもう1つのフィールドは、高齢化率が49.8%と高い過疎地域(図2、3)です。脳血管疾患での死亡率が高かった町が、町民の健康調査を細やかに実施し、早くから地域包括ケアシステムを導入することで「100歳への挑戦」達成を目指した事例があるように、地域包括ケアシステムの導入は健康寿命の延伸を着実に実現しています。
そこで、本実習では町役場を拠点に、家庭訪問への同行やデイサービスなどの施設見学、ケーブルテレビでの情報発信の方法など、地域の健康を守るためのさまざまな取り組みを見学することにしました。また、町を散策しスーパーや道の駅で地元の特産物を発見して知識を得たり、町民の方にインタビューしたりする学生たちもいました。実習最後のグループワークで、まだ入学して2か月足らずの学生たちが「地域のお店の店員さんが住民を気にかけて見守っていた」「健康に長生きしたい意思がみられた」「人々が支え合って生きていると感じた」など、それぞれの思いを話し合っている光景を見ていた町役場の方から、嬉しそうに「これからの成長が楽しみですね」とかけてくださった言葉が、私たちの教育の励みになっています。
「地域在宅看護論実習ⅠB」の概要
1年次の9月には、再び地域での実習「地域在宅看護論実習ⅠB」が始まります。この実習では、健康障害を抱えながら地域で生活する方々への支援について学びます。2~6人のグループに分かれ、就労移行支援施設や就労継続支援施設、児童発達支援施設、老人福祉施設や託児所などさまざまな施設で実習をします。1日のみの実習ですが、学生たちは利用者や利用者を支援する人々と出会い、多くの学びを得てきます。その後、学校内での発表会を実施しそれぞれの学びを共有することで、健康障害を持ちながら地域でたくましく生活する人々についてそれぞれの立場を知り、支援する役割があることに気づくことができるようになっています。
また、本実習ではボランティア活動(図4)を授業内容に組み込みました。ボランティアはあくまでも自主活動であるという考え方もありますが、授業にすることで、学生たちは自分たちで取り組めるボランティアを見つけてくるようになりました。そのためには、“調べる力”や“行動する力”が必要になります。自分の興味のあるボランティアを選び活動することで、人の役に立てる喜びを感じる学生が多くなりました。また、「相手の方から元気をもらえた」「実施していくうちに感動があった」などという学びも出てきました。
今後の構想
新カリキュラムの運用を開始してから今年で3年目を迎え、今や田植えは市役所の農政課と連携するようになり、毎年実施場所を確保できるようになりました。その他の内容も、地域の皆さまのご協力の下、同様に実習をさせていただいています。3年前、実習の打診をした際に地域の方々から必ず言われたのは「看護師を目指す方に対し、私たちに何ができるんですか?」という言葉でした。しかし、学生と共に過ごし、学生の学びに触れることで、それが「私たちでもお役に立てるんですね」という言葉に変わりました。
私たちは、来年3月に卒業する学生たちが今後どのように活躍できる看護師になるのかを見守りながら、自校のカリキュラムを評価していかなければならないと思っています。また、地域の皆さまのご協力を受けながら教育を実施していく想いも継続してまいります。これからは、地域の方々に学生と共に楽しんでいただけるような企画や、伝統・文化を継承できるような活動も検討していきたいと考えています。今後も、地域との信頼、人と人との信頼を大切に、地域に貢献できる看護師の育成をめざしていきたいと思います。