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第6回:社会性とメタ認知

第6回:社会性とメタ認知

2022.04.12安保 寛明(山形県立保健医療大学 教授)

 学校って独特な場所です。同年代の子どもたちが一堂に会して、家族ではない大人が学習環境を整えます。学校というシステムが人間にとって最適かどうかはわかりませんが、とても便利なシステムです。乳幼児期に獲得した「誰かと共同経験することが嬉しい」という感覚が共時性のある環境での学習や課題への挑戦を支えます。
 嬉しくて楽しいことが失敗や不快よりも上回ることで、人は多くの経験から学習を続けることができ、人間の知的能力は飛躍的に向上します。

 

恥からの解放と自己効力感

 学校というシステムが機能するのには理由があります。というのは、多くの子どもが、5歳ぐらいには衣食住に関する基本的な動作ができるようになっていきます。つまり、極度の緊張感の高い場面でなければおしっこやウンチを漏らさないですし、食事ができない状態でいるということもないでしょう。このように、幼児期の心理的危機であった「恥」や「罪悪感」にさらされにくくなると、子どもどうしで過ごすことに快の感情をもちやすくなるのです。

 そして、快の感情が簡単には崩されない状況になることで、子どもたちは共時性のある経験を豊富に楽しめたり、ほかの子どもを観察して自分も達成することの喜びを獲得したりしていきます。つまり、子どもの多くは、似たような状況にある他者(クラスメイトなど)を通じて知的発達を進めていきます。

 もちろん、このようなことは幼稚園や保育園でも誘発できるのですが、幼稚園や保育園ではいわゆる「課題」は明確にしません。なぜなら、幼稚園や保育園では同じ年齢であっても、生まれ月の差や言語化の程度などから達成できない課題がある場合のリスクが大きいのです。一方で、学校というシステムでは、「学習課題」という緊張感のある課題が出ても、多くの子どもが挑戦して達成できるように仕向けているのです。

 自己効力理論の提唱者であるバンデューラ(A.Bandura)によると、自己効力感を支える基盤となる情報は下記の通り4種類ありますが、その中に「代理的経験」があります。この代理的経験とは、他者が課題を遂行する行為を観察することで自分自身が行動しなくても行動した人と似たような感覚を獲得することをいいます。これまでの回で話題にしてきたような「共時性」が関係していて、「子どもどうし」のような同質性のある関係で強化されることがわかっています。というのも、代理的経験となるような観察は、親のような体格も状況も異なる人よりも自分に近い人である方が、実感がもちやすいからです。

自己効力感獲得の基盤となりやすい4つの情報源

・行動達成:成功体験による達成感覚
・代理的経験:他者がある課題を遂行する行為を観察すること
・言語的説明:自分や他者からの励まし
・情動的喚起:心拍数などの変化による気持ちの高揚

 こうして、身辺が自立してきて恥の経験が生じにくくなった6歳ごろから、多くの国では学校というシステムを活用して子どもや大人による学習環境をつくっているわけです。

仲間意識から社会性へ

 さて、幼児期の後半から学齢期には、同年代の子どもへの「仲間意識」が芽生えるようになります。ここでいう「仲間」は「友達」とは少し異なる概念で、仲間意識というのは、自己効力感を与え合うような関係を意味します。

 つまり、仲間というのは、「何らかのある目的が共通に存在していて、その目的に対して類似の取り組みをすることで代理的経験を促進している関係性」です。友達というときには、「目的が共有されなくても親近感や安心感をもてる関係性」をいいます。幼児期の代表的な存在としてアンパンマンを紹介しました(第4回参照)が、アンパンマンにとって、しょくぱんまんやカレーパンマンは、一緒に食事をとったりしないしプレゼントの贈り合いなども行わない、けれどどうぶつ村の平和のためにお互いに協力し合っていてお互いが学んでいる、いわゆる「仲間」の関係性です。

 仲間意識は代理的経験を促進しつつ親近感も生むので、その相手が何を考えているか、何を知らないかを理解しやすくなります。たとえば、自分が鉄棒で逆上がりができた後に、自分が仲間意識をもっている人が逆上がりができると、自分ができた時に近い気持ちをもつだろうと想像することがしやすくなります。このような、自分以外の他者が何を考えているかを推察することは「心の理論」といいますが、ちなみにこの「心の理論」は「理論(theory)」というよりは「理性による推論」というような意味で使われています。

 この時期には、仲間意識がもてることで、自分以外の他者が考えていることを推論しやすくなり、状況に合わせた行動の的確さが上がっていきます。とくに教わらなくても、跳び箱が跳べた友達の気持ちや跳び箱に失敗した友達の気持ちを推察でき、言葉や行為で歓迎することができるようになります。そのような感覚がもてればもてるほど、仲間意識をもてる対象が広がり、社会性を広く獲得するチャンスが増えることになります。

仲間意識による社会的行動
 

言葉の獲得と発展:読書ができること

 学齢期ごろに獲得できる重要なスキルに、「読書」があります。誰でもできるように思うかもしれませんが、読書という行為にはいくつかの前提となる技術があります。代表的な技術に、

・縦か横に並んでいる文字を視線でまっすぐ追いかける
・文字や単語の意味を読み取る
・リズムのある流れに読み替える

があります。
 学齢期になる前の子どもは、視線をまっすぐ一方向に動かすことに慣れていません。そのため、視線を自由に動かしてよい構造である絵本の方が好きなことが多いのです。また、話し言葉で聞いたことがある文章構造でないと文章を読んでいてもリズムがとれず、読んでいて楽しくありません。それは、私たちがほとんど聞いたことがない外国語の文章が文字で書かれていても読む気になれないのに似ています。

 現代の多くの子どもたちは、学齢期になるまでに母国語の言語で基本的な文法を理解できるようになっています。そのため、「私は……です」のような文章を文字で読んだときに意味がわかり、リズムよく読むことができます。そう、この時期には「音読」ができるようになることで、読書が楽しくなるという語学を通じた概念化ができるようになる時期なのです。

聞いたことがある文章だとリズムよく音読できる
 

読書は “感覚共時性“のある行為

 前の項目で紹介しましたが、学齢期に獲得しやすい能力の1つに音読があります。この音読という行為は精神保健の面でも、とても重要な機能を果たします。というのは、音読は視覚による情報を聴覚による情報処理を行う言語に変換するので、目と耳の同時刺激によって心地よさを獲得しやすいのです。

 言語的能力の面でネイティブスピーカーになるには、12歳頃までにその言語の音韻を理解することが必要であるといわれます。それは、言語的能力の獲得には、前の項目で紹介したような聴覚刺激を使ったリズム感のある再生が必要であって、その言語がもつリズム感を獲得するのに有効な時期は幼少期である、というわけです。

 日本の小学校ではよく、教科書の音読をしたり、掛け算の九九を声に出したりしますね。これは感覚共時性(第1回参照)を使って概念の獲得を進めています。また、描写を伴う記述がある本や文章を読むことで、言語を映像に変換することが徐々にできるようになっていきます。さらに、自分の記憶をもとに感覚まで思い出すこともでき、予測力や想像力の幅を広げることができます。そして、音読ができるようになると、徐々に黙読でも頭の中で音声に変換して読書を進めることができるようになります。感覚共時性によって快の感覚を獲得しながら(つまり、心地よく感じながら)読書という体験をすることになるのです。

 読書は、文字を視覚的に認識して、言語という聴覚刺激を使った概念に変換して、さらに言語から意味を読み取って映像や感覚を刺激するという、複数の感覚を同時に刺激する知的活動なのです。

文字から映像、映像から感覚を連想する子ども
 

予測と先入観に気づく“メタ認知”

 さて、これまで書いてきたような知的発達は、人間の知的発達に有益な見方を生み出します。それは“メタ認知”とよばれる多角的な視点です。
 幼児期から学齢期には、自分と類似性のある他者の行動を観察することで、自分と似た行動をする他者の経験や感情を観察学習する機会が増えていきます。すると、自分と他者の共通性に気づくだけでなく、自分と他者の感じ方の違いにも気づいていきます。そのため、周囲の人が自分の予想と違う行動をしても、予測が外れた理由を推察できるようになっていき、他者の考えとの違いでのストレスも小さくなります。

 学齢期には同級生がたくさんいる環境で過ごしますが、それが競争や競合ではなく共時性のある環境として維持されるのは、予測ができることでメタ認知が発展することが貢献しているのです。

お互いが見ているものの違いに気づける
手前の子どもは、頭の中で正面から見た三つ山の映像をイメージしていて、右方向の子どもは、右から見た三つ山の映像をイメージしている。

 

安保 寛明

山形県立保健医療大学 教授

あんぼ・ひろあき/東京大学医学部健康科学・看護学科卒業、同医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。岩手県立大学助手、東北福祉大学講師、岩手晴和病院(現・未来の風せいわ病院)社会復帰支援室長、これからの暮らし支援部副部長を経て2015年より現所属、2019年より現職。日本精神保健看護学会理事長、日本精神障害者リハビリテーション学会理事。著書は『コンコーダンス―患者の気持ちに寄り添うためのスキル21』(2010、医学書院)[共著]、『看護診断のためのよくわかる中範囲理論 第3版』(2021、学研メディカル秀潤社)[分担執筆]など。趣味は家族団らん。

企画連載

人間の知的発達と精神保健

長年にわたり精神保健に携わってきた筆者が、人の精神の発達過程や、身体と脳の関係、脳と精神の関係、今日的な精神保健の課題である「依存症」や「自傷他害」、職場における心理学、「問題行動」や「迷惑行為」といった社会問題となる行為など、多様なテーマについてわかりやすくひも解いていきます。

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