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第4回:主体性と意味への注目

第4回:主体性と意味への注目

2022.03.15安保 寛明(山形県立保健医療大学 教授)

 これまでの連載では、生理的早産に代表される身体的な未成熟さによっていわゆる「受け身の期間」が生まれることの意味を紹介してきました。とくに第3回では、人間の特徴の1つである感情表現が生まれる過程を紹介しました。

 第4回では、身体的機能の発達とともに行動範囲が広がり、予測が期待に、期待が発見につながる過程を紹介します。

 

飛び跳ねて段差を歩く子ども

 トランポリンやブランコ、ジャングルジムなどなど……遊具のあるところに子どもが行くと、まあ楽しそうに遊びますね。大人になってからは、そう無邪気には遊べないなーと思う人が多いんじゃないかと思います。子どもって、本当に楽しそうに遊びますよね。
 子どもが楽しむのは、遊具だけではありません。横断歩道やたたみのへりを歩いたり、何かの境界線の前後を飛び跳ねたり、段差のあるところをあえて歩いたりする子どもも、よくいるように思います。ちなみに私は子どもが3人いる生活ですが、3人とも、段差歩きが大好きでした。
 ところで、子どもはなんで、トランポリンで飛び跳ねたり、ジャングルジムにのぼることが楽しいんでしょう? なんでわざわざ、段差を歩いたりするんでしょう?
 それは……子どもは存在に「意味」を見つけることに喜びを感じるからなのです。子どもは、自分の心身の発達に応じて「できる」ことを増やしていくために、周囲の環境に対する主体的な行動を多くとるようになります。

言葉の獲得を通じて、“意味”を見出す

 共同注視(第1回参照)で本格的に始まった子どもの学習は、2歳ごろには言語を自分でつなぎ合わせることまで可能にします(言語の獲得は、下の図のような流れ)。単語をつなぎ合わせる行為は、概念をつなぎ合わせることを可能にしていきます。
 たとえば、「りんご」だけだと「りんご」自体を知っていることにしかなりませんが、「りんご」「とって」という二語文になると、「りんご」は持つことができるものという、りんごの意味をある程度理解して表現できることが必要なのです。
 


 二語文の獲得ができるようになってから、子どもは「物には意味がある」ということが楽しくなっていきます。たとえば、「りんご」が「おいしい」とします。はじめは子どもは、「りんご」は知っていますが「おいしい」は知りません。そのため、子どもはおいしさを表情や行動で表します。その時に周囲の大人たちが「あーーりんご、おいしいんだねーー」と話すのを聞くと、子どもは「りんご」という物の名前だけでなく「おいしい」という価値や意味の存在に気づくことになるのです。
 この、価値や意味の発見は、第1回で紹介した共時性が重要な役割を果たします。そのとき食べている「りんご(名前)」が「おいしい(意味)」ということを知るためには、口の中にあるりんごがおいしいという実感があるうちに「おいしい」という単語を周囲の人が話してくれる必要があります。

“意味”を見出す楽しみと好奇心

 こうして子どもは、先ほどのおいしいりんごのように、意味を見出す楽しみを獲得します。自分が話せなくても耳で聞いて意味の存在を頭の中で獲得していくため、言葉を話さない頃から、物を口に入れたり、行ったらダメと言われた場所に行ってみたりするようになります。たとえば、ビー玉を舐めたり、柵を乗り越えてどこかに行こうとしたりもするでしょう。このような行動は、知的発見を快体験にすることができる人間の1つの特徴といえるかもしれません。
 大人は、おおむね意味があるものと意味のなさそうなものを予測することができます。たとえば、公園に行った時に公園に落ちている石を拾って帰るということは、大人はほとんどしません。それは、公園に落ちている石に新たな意味を発見することがかなり難しいと感じているからです。
 ところが、子どもは、どの物体が自分に意味をもたらすかはわかりません。道端に咲いている花、道路の横断歩道、落ちている石など、大人だったら見逃してしまいそうな物体や模様たちは、子どもから見ると花瓶の花や自宅のおもちゃのように、後で意味を持って自分たちに発見をもたらすかもしれないのです。大人にとっては見慣れた部屋や近所の環境でも、子どもにとっては初めての発見がたくさんあるはずなのです。

環境にある“意味”を探す体験

 子どもは、多くの新しい環境に意味があるかもしれないと考えて探求行動をとります。たとえば、トランポリンを見たら、大人は「この布のような床の上でジャンプしたら、自分も弾んで大きくジャンプできるかもしれない」と予測しますが、子どもはこのような“概念化した予測”は行いません。でも、子どもはほかの子どもが跳んでいる様子や見た感じで受ける印象を元に、何かが起きるのではないかと勘づきます。
 幼児期くらいの子どもは、頭の中でだけ自分がジャンプするという想像力を持つことはまだ難しいので、具体的にやってみることで意味を探求しようとします。つまり、トランポリンだったらジャンプすることで「この床は(物体・環境)」「跳ねると弾む(意味)」に気づくことができます。
 ここで、環境がヒトに対して与える「意味」のことをアフォーダンスといいます。アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語であり、心理学や行動科学の分野でよく用いられています。意味があると思わせてヒトの好奇心を刺激して、望ましい行動をとらせようという考え方にもつながっていきます。

したいことは正しいこと

 幼児期の子どもの多くは、歩く、走る、ジャンプするといった行動がとれるようになる経験や、トイレに行ける、着替えができるなどの周囲の人を驚かせたり安心させたりする経験を通じて、「自分が何かをできることはいいことなんだ(快体験を周囲にもたらすんだ)」という確信を強めるようになります。その結果、積極的に物事をやりたいという主体性が前面にでてくる場合が多くあります。
 ちなみに、小さな子どもにとても人気のあるアニメ『それいけ!アンパンマン』では、アンパンマンは自分のやりたいことに素直であるという設定です。動物たちに自分の顔を分け与えたり、頼まれていないけどパトロールをしたり、ばいきんまんを見つけたら自己判断で成敗するように行動したりします。まさに子どもの心を持ったヒーローでして、小さな子どもから見ると、おいしいものをくれて空を飛べる素敵なお兄さんのような存在です。

 さて、そのようなアンパンマンが元気で前向きでいられるのは、周囲の人の助けがあってこそです。顔が濡れて力が出なくなったとき、すぐに駆けつけてくれて新しい顔を焼いてくれるジャムおじさんやバタコさんがいないと、思い切ってばいきんまんと戦うことなんてできなくなります。
 この時期の子どもには、やりたいことをおおらかにみる場が必要です。もしも、アンパンマンのことをジャムおじさんが説教していたらどうなるでしょう。アンパンマンはどうぶつ村の動物たちに不用意にパンを分けてあげようとはしなくなるし、ばいきんまんが現れても何かあったらジャムおじさんに叱られると思うと、思い切ってばいきんまんと戦うという決定がしにくくなります。
 「したいことは、やっていいんだ」「したいことは正しいことなんだ」という認識を持っていると、この時期の主体性はあまり阻害されないでいられることでしょう。
 アンパンマンの存在が、幼児期の子どもたちに受け入れられやすいのは、「自分のやりたいことを疑わなくてもいい」というメッセージが明確だから、と言えそうです。まさにその「したいこと」が主体性の鍵であり、子どもの“意味の発見”という知的発達の鍵なのです。

安保 寛明

山形県立保健医療大学 教授

あんぼ・ひろあき/東京大学医学部健康科学・看護学科卒業、同医学系研究科博士課程修了(保健学博士)。岩手県立大学助手、東北福祉大学講師、岩手晴和病院(現・未来の風せいわ病院)社会復帰支援室長、これからの暮らし支援部副部長を経て2015年より現所属、2019年より現職。日本精神保健看護学会理事長、日本精神障害者リハビリテーション学会理事。著書は『コンコーダンス―患者の気持ちに寄り添うためのスキル21』(2010、医学書院)[共著]、『看護診断のためのよくわかる中範囲理論 第3版』(2021、学研メディカル秀潤社)[分担執筆]など。趣味は家族団らん。

企画連載

人間の知的発達と精神保健

長年にわたり精神保健に携わってきた筆者が、人の精神の発達過程や、身体と脳の関係、脳と精神の関係、今日的な精神保健の課題である「依存症」や「自傷他害」、職場における心理学、「問題行動」や「迷惑行為」といった社会問題となる行為など、多様なテーマについてわかりやすくひも解いていきます。

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