はじめに
本校は神奈川県厚木市にある3年課程の看護専門学校で、この4月で創立56年を迎えました。「共に生きる社会」の発展に貢献するという、本校の設置主体である社会福祉法人神奈川県総合リハビリテーション事業団の基本理念に基づき、 神奈川県県央地域の保健・医療・福祉に貢献できる看護師の育成を使命としています。この使命を果たすため、「学生ひとりひとりの持つ可能性を引き出し、専門職業人として信頼される高い倫理観、自律性を育てます」「人間と健康に対する理解を深め、自ら考え、看護を探究できる看護の実践者を育成します」「時代の先見性をもって柔軟に多職種と協働できる専門職業人を育成します」の理念に基づいた教育を目指しています。
神奈川県は人口10万人当たりの看護職員就業者数が、980人と全国平均の1369人に比べ少なく、全国ワースト11)です。また、厚木市の2040年における推計生産年齢人口は、2020年に比べ約 21%減少する半面、老年人口は約 18%の増加が予測されており、高齢化率は 33.9%になると予測されています。そのため、今後看護師が臨床や地域で一番かかわることになるであろう高齢者の対象理解は必須といえます。
一方、近年は核家族化が進んでおり、身近に高齢者がいなかったり、高齢者とかかわった経験が少ない学生が多くいます。また、現役で入学した1年生においては自分の祖父がまだ高齢者でないこともあります。世代間ギャップのある高齢者を理解することは容易ではないと考えます。
当校における地域と連携した取り組み「敬老の日交流会」について
「敬老の日交流会」開催に向けた自治会役員との調整
本校は2010年に現校舎をA地区に移転しています。その後、A地区の自治会(以下、A自治会)へは文化祭のご案内をするなど、地域住民とのつながりを大切にしてきました。そのような中、2012年に本校の講堂を利用して敬老会を開催したいこと、その際健康に関する講話を教員に行ってほしいとA自治会から連絡がありました。そこで、地域高齢者が一堂に会して来校する機会を活用して、学生が交流する場を設定できないかと自治会役員に提案し、2014年にA自治会と当校が合同開催する「敬老の日交流会」が始まりました。2016年度からは、この敬老会の企画・運営を老年看護学Ⅰの授業内に位置づけています。
開催に向けて1年前から自治会役員と教員による話し合いを数回設け、綿密な打ち合わせを重ねていきました。1回目は開催日程の検討・前年度の評価を行い、2回目はテーマの絞り込み、レクリエーションの要望、学生のレディネスの説明など、高齢者・学生双方に成果が得られるような内容の検討を重ねていきました。また、自治会からは2つの要望として「高齢者と学生1対1のコミュニケーションの機会を設けること」「戦争の話題を中心にしないこと」があがりました。その背景としては、1人暮らしの方や男性高齢者などは話をする機会が少ないため、ひとりひとりが気持ちを声に出して表現する場にしたいということと、参加者は60~90歳代と年齢層が幅広く戦争未経験者もおり、戦争の話に発展性がない場合があるからという理由でした。
学生への交流会準備の教育的支援と学生の気づき
当校における「敬老の日交流会」は、多い時には約100名の方に参加いただく一大行事です。学生は主体的に「敬老の日交流会」の企画運営を担い、必要な調整を教員や自治会役員の方々と行います。地域に暮らす高齢者との交流を通して老年期にある人の理解を深めることを目的に、交流会にご参加いただいた方へのホスピタリティを最も大切にできるよう、教員は敬老会における交流会の位置づけ、授業目的をその都度学生に説明していきました。
高齢者とのかかわりにあたっては、学生が高齢者の生きてきた時代背景を調べ、それを手がかりとして高齢者の言葉や語りを聴く準備を行えるよう調査学習を課題として示し、学生の高齢者理解を促進させる支援を行いました。また、学生は高齢者疑似体験セットを身につけ、関節の曲がりにくさや動きにくさ、見えにくさなど、加齢変化の体験を行いました。高齢者疑似体験セットを身につけた学生を看護師役の学生がサポートすることで、高齢者とかかわる時の注意点、事故やトラブルへの配慮、備えやかかわりの中で大事にしたいことなどを考えていきました。しかし、疑似体験セットを身につけても中身は元気な若者です。関節サポーターや重りも何のその、元気に動けてしまうのが現状です。まだ経験したことのない高齢者の世界を想像し表現することは、学生にとって簡単なことではありません。その中で、敬老会を通して幅広い年代の高齢者の方々と実際に触れ合うことは、学習したことを深める貴重な機会となりました。
敬老会当日は午後に交流会を実施するため、午前中に自治会役員の方々と学生による合同リハーサルを行うと、「声が小さく聞こえにくい、動きが小さく見えない」などと自治会役員の方から意見がありました。学生は高齢者の立場からの意見を聞くことができたことで、「この声量でも聞こえにくいのか・・・」などと高齢者理解を促進する手がかりとしていました。
敬老会に参加した方への調査
交流会の評価を得るために、敬老会に参加した方に調査を行いました2)。2015年の交流会参加者のおもな年齢構成は、80代が58%、70歳代が27%、90歳代が10%などでした。参加を希望した理由としては、「学生とのお話会である交流会があるから」が44%、「学生による催しのお祝い会だから」が34%、「歌謡ショーがあるから」が19%などでした。交流会の満足度は「満足」が96%、「どちらともいえない」が4%と良い評価をいただきました。
実践の内容・学生の成長
ある年の敬老会では、学生が歌やダンスを披露したり(図1)、授業で調べた大正から令和までさまざまな時代の生活史の発表を行いました。また、健康体操を実施したりして(図2)、交流会では、参加者の方と学生が1対1で向かい合い、ゆっくりとお話を聞かせていただいています(図3)。
敬老会の締めくくりには、敬老の日をお祝いして学生たちが作ったメッセージカードを送ります。メッセージカードは高齢者に見えやすい字の大きさや色、伝わる表現を考えながら作ります。「一生懸命にやってくれていることが伝わってきて涙が出ます」と参加者の方からの言葉もいただき、長い時間をかけて企画運営をしてきた学生もとても嬉しそうでした。講義や自己学習で学んだ知識や技術を使用し、その場の状況から判断し行動を決定する、このような貴重な経験が看護へとつながっていきます。
今後の課題・改善点
2023年5月から、感染症法における新型コロナウイルスの位置づけをインフルエンザと同じ5類に移行する方針がうち出されて、コロナ禍も徐々に収束しつつありますが、病院や高齢者施設など実習施設はまだ警戒態勢が続いています。今年度からは本校の講堂を利用して敬老会を開催することが計画されています。以前、要望があった「高齢者と学生が1対1でコミュニケーションを取れる場を設ける」ことは継続しつつ、withコロナ時代となった今、参加者の方々が安心して楽しい敬老の日のお祝いの場となるように、学生は地域住民の命と健康を守る運営企画をこれから考えていきます。今後も地域の方々へ貢献できるような学習を支援していきたいと考えています。
地域連携授業の発展に向けて
老年看護学のほかに、小児看護学でも少子化にともない「あまりかかわったことがないので子どもが苦手」と話す学生がいたことから、対象理解を深める工夫を行いました。たとえば、1年次に地域の保育所に通う子どもたちや子育て支援センターを利用する親子に参加を呼びかけ、当校に来ていただき学生の作製したおもちゃで遊ぶ講義を行いました(図4)。学生は子どもたちに安心・安全に遊んでもらうためにはどのように環境を作るかなど考え、実施時には本来の子どもの元気さ、パワーなどを体感します。
2年次には学生が保育所や小学校、中学校に出向き保健指導の実習を行います。ちょうどコロナ禍と少し重なったことを受けて、手洗いやうがいを教えたり、歯磨きなどの保健指導を行う体験を通して、地域の子どもたちの健やかな成長・発達を守る支援を考えていきました。子どもたちの特徴を踏まえ、発達段階に合わせて説明しないと、子どもに保健指導の内容を伝えることはできません。看護の対象にあわせて説明することを学んだり多職種に相談して実習を運営することなども貴重な体験となっています。また、神奈川県下の少子化が際立っている地域で保健指導を行う機会があり、地域の子どもたちと看護学校の学生とが触れ合う機会となっています。小学校や中学校の先生方からは、子どもたちにとても良い刺激になったと評価のをいただきました。今後も地域連携授業の発展にむけて地域に根差したかかわり、ひいては地域包括ケアシステムについて探究していきます。
1)厚生労働省:令和2(2020)年医療施設(静態・動態)調査(確定数)・病院報告の概況,〔https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/20/〕(最終確認:2024年7月8日)
2)山口利貴枝:高齢者理解を促進するための老年看護学授業での取り組み.神奈川県看護教育フォーラム,17:46-48,2016